表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
171/207

第九章)最後の魔王 最強の迷い

▪️魔王軍の襲来⑥


水氷系魔法(アイス)散弾(ショット)っ!」


 アロウが魔法を放つ様子を、リリィロッシュは上空から俯瞰して見ていた。

魔杖・黒桜昇狼(セブルテイル)に腰掛け、優雅に空中浮遊をしているのだ。


 無論、戦闘をさぼっているわけではない。

そもそも、空中浮遊自体、大魔法と呼ばれる高位の術の一つだ。

空中飛行(・・)であれば、推進力による補助もあり、ある程度の力量を持つ魔法使いならば難しいことではない。

だが、高高度で静止する空中浮遊(・・)を扱えるものは、魔族でもなかなかに少ない。

魔力量はもちろん、かなり緻密な操作精度を要求されるためだ。


 実際のところ、リリィロッシュにとってはさほど難しいことではないのだが、それでも空中に留まる理由は、上空からの情報量の重要性にある。

遠く離れた地の戦況、援軍の状況などを察知できることはもとより、地形や敵の援軍、策の準備など、地表にいれば分かりづらいことも、一切が筒抜けとなる。


「……アロウ、右方向から敵援軍。高位魔狼(ハイ・ヴォルフ)種が三。その後、正面から大型魔族。大炎球(フレアボール)の投擲が来ます」

 

 さらに言えば、仲間が対応しきれないような窮地となった際の予備戦力、及び上空からの制圧・援護射撃が彼女の役割である。


「──了解。右、それから正面っと」

 リリィロッシュからの指示を受け、アロウが完璧なタイミングで敵を迎撃する。

自分より上手の敵に対して策を用意するのは至極当然の発想だ。

だが、相手にとって最悪なのは、リリィロッシュの存在によって、用意した策のほとんどを事前に知らされてしまうことだ。

奇襲、陽動、設置罠、長距離砲撃、大魔法。

その全てが無意味となる。


「それにしても……」

 なるほど、と思う。

しばらく前からアロウが高熱で寝込んでいたのだが、その理由がやっと分かった。

あれが噂に聞く魔人化と言うやつなのだろう。


 魔族と人間、いや、魔族を含む魔物や龍族など、元からこの世界に存在する種族と、神によってもたらされた人間や亜人などの新しい種族には、根源的な違いがある。

それは、物質としての身体の有無である。


 人間達は、物質としての身体を持ち、その中に魂や魔力を内包している。

だが、魔族は魂と魔力そのものが一体化し、反物質化したエネルギー体として存在しているのだ。

だからこそ、人間には、予め決められた上限というものが存在する。

メイシャ達、吸血(ヴァンキュール)族がそうであるように、過ぎた力は身を滅ぼすのだ。


 だが、魂由来の力を操る魔法使いに限っては、さらなる高みが存在する。

人間という種の進化。

魔人化、という状態だ。

つまり、魔族同様、肉体という殻を捨て、魂と同質の存在へと昇華したのだ。


「これは、私もうかうかとしていられませんね」

 そもそもが高位魔族であるリリィロッシュは、今でも“反逆者(リベリオン)”最強を自負している。

微細な魔力制御や術式の構築速度はアロウに分があるものの、大容量の魔力量と圧倒的な出力量では、完全にアロウの上をいっている。


 剣の腕でも、一撃必倒のラケインの大剣、高速機動のアロウの長剣、そして、流麗な剣舞のリリィロッシュの大剣と、その性格こそ違え、それぞれが一流といえる技量を備えている。

二百年を超える歳月を戦いに捧げてきた経験も、他のメンバーとは比較にならないはずだ。


 だが、今のアロウはどうだ。

魔力を練り上げるスピード、放出量、そして魔力量も以前とは比べ物にならない。

それこそ、人間にはありえない、魔族である自分に迫る勢いである。


 それでこそ、アロウだ。

昔とは違い、元魔王としてではなく、今のアロウを愛している。

だが、かつて抱いていた、元魔王への敬意と信奉がなくなった訳では無い。

そして今まさに、アロウは、かつての力を取り戻そうとしているのだ。


 知らず、肌が総毛立つ。

いつか見た、あの雄々しく荘重(そうちょう)たる、かの魔王が伴侶として目の前にいるのだ。

だが、それと同時に微かな焦燥感にも苛まれる。

かの『魔王』に魔法の腕で叶うわけがない。

剣の腕でも、引けばとらないまでも確実に上かと言われれば、断言はできかねる。

ならば自分の、“反逆者(リベリオン)”の一員としての、そして、アロウの伴侶としての存在意義は。


 そんな葛藤を知ってか知らずか、アロウから支援の要請が入る。

「リリィロッシュ、こっちはこのまま北側の増援を叩くから、南の群れを頼むよ」


 そもそも魔力感知に長けるアロウには、上空からの情報支援もそれほど必要ない。

視覚情報での裏付けのためにこうして上空待機をしているのだが、今もこちらが伝える前に敵の援軍を察知している。


 それでも、頼ってくれる。

知らず、笑みがこぼれる。


「分かりました。アロウ、そちらも気をつけて」

 つまり、そういうことなのだ。

一番である必要などない。

無論、二番手に甘んじるつもりもないが、居場所とは、資格では無い。

共に在る。

それだけでいいのだ。


「魔力固定。空中魔法陣展開。──行きますよ。火炎系魔法(フレイ)閃熱の慈雨(レイ・レイン)

 黒桜昇狼(セブルテイル)を中心として空中に魔法陣が浮かび上がる。

炎という枠を超え白い閃光と化した灼熱の雨が、上位小鬼(ハイ・ゴブリン)の群れを貫く。

だが、すぐさまに次の群れがやってくるのが見える。


「ふふ、私もアロウに負けられないのです。さあ、どんどん来なさい」

 リリィロッシュは、中空のまま魔杖を構え直し、新たな敵へ微笑みかける。

居場所は自分で作る。

それが、アロウからの信頼に応えることだからだ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ