第二章)冒険者の生活 人魔会談開幕
■第一回人魔会談①
「さて、それでは誰がどこから話しましょうかね」
僕と、エレナ先生と、ラケインによる、人魔会談。
たった三人とはいえ、この一万年もの間、ただの1度も行われなかった快挙である。
互いにあまりに謎。
互いにあまりに不干渉。
ただ、相手を恐れ、憎しみ、争ってきた一万年である。
その最初の話題を互いに選ぶことが出来ずにいた。
しかし、僕は、話し始める前にしなければならない事があった。
「先生、先生の張った結界は、神の術式によるものですよね?」
そう言って、虎の子の魔石を使い、魔王の結界を張る。
神に仕える僧侶であるエレナ先生が行う術なのだ。
間違いなく神の術式が使われている。
それではダメだ。
魔王と神は、不倶戴天の敵。
敵の術式だけの中にあるなど、四方を槍に囲まれているに等しい。
「魔力量は少なくても、綺麗な術式ですね。見事です。念のため、ということですか?」
エレナ先生は、自分の結界を信用されなかったと思い、気色ばんだようだ。
「違います。エレナ先生には失礼ですが、神は、魔王にとって、相反する存在なんです。神の結界では、これからの話に不都合があるんです」
一応説明はするが、この話は、まだ人間に理解できる内容ではない。
「失礼であるのは分かりますが、今は納得だけしてください。決して、エレナ先生をかろんじているわけでも、何かの罠を用意しているわけでもないので」
幾分不満げな様子だったが、エレナ先生も一応の了承を示してくれた。
「……僕からいいかな?」
意外な人物から最初の議題が上がった。
いや、その質問を考えれば、確かに、それが一番はじめに問われるべき内容だった。
「アロウ、魔王は、どうして人間の国を攻めるんだ?」
ラケインの問は至極真っ当なものだ。
一般人の代表として、この場にいるのだ。
しかし、まだ早い。
「その質問に答えるのは簡単だけど、少し待ってほしい。いくつか人間と魔族の間には、認識のズレがあるみたいなんだ。これを整理しておかないと、僕の言葉は理解できないと思う。割り込むみたいで済まないけど、僕の質問を先にさせて欲しい」
ラケインは、無言で頷き了承する。
「認識のズレ、ですか」
エレナ先生がつぶやく。
「そうです。先日の歴史の授業。あれを聞いて、僕には理解できない部分が多かったんです。僕の知る、世界の歴史と、エレナ先生の言う人間の歴史には、重大な差異があるんです」
そう言って、エレナ先生に向かい合い、質問を投げかける。
「まず、先日の歴史の授業ですが、あれは、聖職者として教会の教える歴史の内容でしたか?それとも、一般的な歴史の内容だったんですか?」
エレナ先生は、それこそ理解できないようにキョトンとしている。
「教会の教える歴史……?どういうことでしょうか」
「つまり、人間の世界では、権力者が度々歴史を改ざんすることが多いと聞いています。あの歴史が、教会の手によるものなのか、一般に知られている正しい歴史なのかが知りたいんです」
エレナ先生も、ここで僕の意図するところを飲み込めたようだ。
「あの授業は、一般的に認識されているもので間違いないですよ。ただし、その教えは教会からもたらされているので、教会の教えと言っても間違いではありません」
そう、答えた。
なるほど。
つまり、神が歪めた歴史を人間は信じている。
そう思って間違いなさそうだ。
寿命の短い人間にとって、有史からの3000年程にしても認識を歪ませるには十分な時間だったのだろう。
「分かりました。それでは、僕の知る限りの歴史をお伝えします。もちろん、これは魔族の中で伝わっている歴史であり、絶対に正しいと言いきれるものではないと断っておきますね」
そして、僕は魔族が知る歴史を説明することになる。
およそ一万年前まで、この世界は魔族のものだった。
そして、その頃の魔族は、今の人間達とその姿はほとんど変わらなかったという。
今でも高位の魔族ほど人間に姿が近いのはそのためだ。
この世界は魔力に満ち、自然と精霊の力が溢れる楽園だった。
ある時、この世界に神が降り立った。
この世界の魔力に目をつけ、自分の治める楽園を作り出そうとしたのだ。
神は、魔族に祝福を与えようとした。
しかし、神の力と魔族の力は、残念ながら波長が合わず、祝福を受け入れなかったのだ。
神は魔族を疎んじ、この世界に新たな大陸と、神の力を受け入れる生物を作り出した。
それが、人間と獣たちだ。
元々、豊富な魔力が満ちた世界で、魔力から生み出されてきた半エネルギー生命の魔族や魔物。
魔族とは、正しく「魔」の一「族」だった。
それに対して、魔族の体をベースに、神の力を受け入れるように生み出された、物質に依存する生物。
それが人間だ。
そして、神の生み出した新たな大陸とは、元々大海だった地域に無理やり空間を広げ、大地をそこにねじ込んだ歪な土地だった。
この世界の魔力に依らない、神の力による大陸。
それがこの世界だ。
神によって歪められた世界は、大きな軋みを見せる。
豊富だった魔力は、魔族の世界に押し寄せ、毒となるまでに濃縮された。
魔族は濃密な魔力によって、大きな力を得るのと引きかえに、魔物たちの因子をも取り込んでしまい、怪物じみた、多種多様な種族となった。
魔物達も濃縮された魔力によって凶暴化し、魔族にも甚大な被害を与えた。
そして、新たに作り出された人間達も、人間達の世界にわずかに流れ込んだ魔力によって変質した。
それが後にエルフやドワーフ、獣人ら、亜人となる。
さらに、この世界自体もまた、その影響を受けた。
本来なにもなかった空間に、巨大な大陸をねじ込まれたのだ。
世界は軋み、歪み、結界の外にある世界は、数千年のうちは、天変地異のない日は訪れなかった。
それでも、魔族は耐え抜き、魔物も何とか生き延びた。
濃縮された魔力を、一際受け継ぎ発生した魔族が誕生したのだ。
それが魔王の誕生だ。
これまでに無い魔力を持った魔王。
魔王の放つ魔力によって、魔族は加護を得て、厳しい時代を生き抜くことが出来たのだ。
その頃人間は、神の力で大陸ごと守られ、天変地異など知らぬように穏やかに生きていた。
この新大陸は、神の箱庭だった。
濃密すぎて毒となる魔力と、神の力を受け付けない魔族は、魔族の土地へ。
そして神を崇め、その力を受け入れる人間たちは、穏やかな新大陸へ。
新大陸に限ってのみいえば、神の加護によって守られた、完璧な楽園だったのだ。
しかし、世界の軋みはそれだけでは収まらなかった。
いかに神の力とはいえ、無理やり新大陸をねじ込まれ、肥大化した世界は、崩壊を始めたのだ。
魔族の世界は荒れ、大地からは毒となった魔力が吹き出し、空は常に魔力を持った雲に覆われるようになったのだ。
そして、何代か前の魔王は、神の力によって隔離された新大陸に目をつけた。
濃密すぎる魔力を、新大陸に逃がす。
それによって、新大陸もまたこの世界の一部となり、世界の崩壊を防ぐことが出来るのではないかと。
それが、魔族の人間界侵攻の始まりだ。
始めは、人間にも詳しい説明を行おうとした。
しかし、人間は神の言葉を信じ、魔族を悪と断じた。
魔族は大陸の中心地、神の力の結晶を目指したが、人間の激しい抵抗にあった。
そして人間との永い争いの歴史が始まったのだ。




