第九章)最後の魔王 ある村の惨劇
▪️魔王軍の襲来④
「オグゼにブルーガだって!?」
数日続いた高熱もだいぶ落ち着き、こちらも新婚旅行ならぬ新婚休暇を楽しんでいたが、予定より五日ほど早く、ラケイン達が戻ってきた。
旅の話を聞くうちに出てきた名前を聞いて、思わず声を上げてしまった。
「ああ、確かそう名乗っていた。知り合いか?」
荷物を下ろし、リリィロッシュの入れてくれたお茶を飲みながら話を聞いていたが、ラケインはその戦いを思い出したのか、口元は獰猛な笑みに吊り上がり、不敵な闘気が僅かに漏れだしている。
思い出し笑いとは聞いたことがあるが、こういうこととは違った気がする。
「う、うん。知り合いというか、昔の部下だよ。《蒼炎》と《朱風》。高位魔族の牛巨神の中でも最強と言われる二人で、群れるのが嫌いで軍を任せることが出来なかったけど、軍団長に匹敵する力を持った大幹部だよ」
四天王それぞれの下に三人の軍団長。
全部で十二人いた軍団長たちは、滅多に表に出ることの無い四天王を除けば、旧魔王軍の最高戦力だ。
その彼らと同格であったといえば、あの兄弟の強さの程は分かるというもの。
強ければ生き、弱ければ死ぬ。
魔族に共通する考え方ではあるが、彼らほどそれが顕著な者も少ないだろう。
彼らは、魔族の宿願である人間の大陸の制圧の任を受けつつも、足手まといの部下達を連れることを拒んでいた。
およそ協調性というものに欠ける魔族ではあるが、軍である以上、最低限の連携は必要とする。
そのために重用は出来なかったが、その実力は本物。
彼らの武力はまさに一騎当千だ。
仕方なしに魔王直属の遊撃部隊という名目で好きにさせていた、という経緯がある。
個性的、と言うにはアクの強すぎる幹部達の中でも、一際反骨の気が強い彼らだったが、無骨な兄のオグゼと、見た目に反してお茶目なブルーガは、気のいいヤツらだった。
他の軍団長達がいない時には、よく腕くらべをしたり、狩りで仕留めた魔獣を食べたりしたものだ。
「いや、あの二人と敵対して、よく生きて帰ってきたね。魔王軍の中でも二人に勝てるやつが何人いるか」
「いや。思い返せばあの二人、本気ではあったが全力ではなかったと思う。こちらの用意が不十分なのを分かっていたし、どこかやり取りを楽しんでいたようだった」
なるほど、と思う。
ラケインに劣らぬ戦闘狂であるあの二人なら、ラケインの本当の実力を見抜き、力をセーブしたとしてもおかしくはない。
しかし、逆に言えば、彼らほどの実力者からラケインは認められたのだとも言える。
「それでも、だよ。生半可な実力ならあの二人が見逃すなんてありえないし。でも、あの二人がこっちへ来てるってことは……」
あの二人は、実力はあっても、作戦とか戦略とかいうものに組み込むには、とことん向いていなさすぎる。
それでもなお彼らを使うのだとすれば、三つしか方法はない。
拠点の防衛。
違う。
彼らは守るのでなく、新たに村を襲っていたのだという。
魔王城近くならいざ知らず、東国で暴れる意味は無い。
強敵にぶつけるための遊撃。
これも違う。
西国のリュオさんならともかく、こっちに魔族狩りで名うての騎士や冒険者はいない。
あえて言えば反逆者がそうだが、魔王軍が侵攻開始したタイミングでは、僕達は休暇を取っていた。
いきなり彼らほどの実力者をぶつけてくるとも考えられない。
となれば、
「楔、か」
「楔?」
ラケインがオウム返しに訊ねる。
「……ラケイン、その襲われていた村は?」
「俺達が着いた頃には、村人達は散り散りに逃げていたな。あの二人もそれを追う様子もなかったし、また村に戻っているんじゃないか?」
なるほど、有り得そうな状況だ。
あの兄弟は、ひたすらに強者との戦いを求める。
逃げ惑う村人など、眼中にも無いはずだ。
だが、もし、それこそが彼らを使った本当の目的だったとしたら……
「彼らは軍として制御できるような奴らじゃない。だから、彼ら自身には好きにさせて、そのあと本隊が地ならしに派兵される。ラケイン。もう遅いかもしれない。だけど、村へ戻った方がいい。勘だけど、次にくるのは、あの兄弟じゃない。多分、よくないタイプの連中だと思う」
「!? ちぃ!」
すぐ様に荷をまとめ、魔蜥蜴馬車で村へと向かう。
魔族の侵攻を積極的に妨害するつもりはない。
だが、関わりを持ってしまった村を見殺しにするのもまた違うだろう。
「……ひどいな」
「あぁ」
村へと到着した僕達の前に広がっていたのは、予感がした通りの、いや、もっと最悪の光景だった。
村の周囲にある柵や、いくつかある砕け散った家屋は、牛巨神の兄弟によるものだろう。
だが、その周りにある、村人の遺骸で作られた醜悪なオブジェや、明らかに拷問の跡だろう血塗れの磔台。
凌辱されたらしい女性や、食事後の死体まである。
「アロウ。お前も思うところがあるだろうが、たとえ止められてもやるぞ」
ラケインが怒りを隠さずに宣言する。
まだ冷静ではいられているのだろう。
怒気、闘気、殺気。
そういった気配を一切表にこそ出ていないが、その表情は、悪鬼羅刹と呼ばれてもおかしくないほどに凄惨だ。
「ラケイン。勘違いしないでくれよ。僕だってこんなの……胸糞が悪い!」
魔族が人間の世界へ侵攻していくのは分かる。
だが、それを容認するつもりもなければ、こんな惨状を放っておける訳もない。
「僕は、魔族が人間を殺すのも、人間が魔族を殺すのも、どちらも止めたいんだ。それにあそこにいる奴らは、明らかに楽しんでいる。そんな奴らを、僕は、『魔王』は許さない!」
ラケインと静かに頷きあい、村へと疾駆する。
この一件で魔族との大戦へと巻き込まれていくことだろう。
だが、構わない。
温湯に浸かる時間はもう終わりだ。
僕達、“反逆者”の反逆は、ここから始まるのだ。




