第九章)最後の魔王 東の守り人・ラケイン
▪️魔王軍の襲来③
ズズゥン。
地響きと共に、もう一体の魔族が倒れる。
メイシャの一撃が当たったようだ。
「メイシャ! 行けるか!」
「はい! お任せ下さい、ラク様!」
そう声をかけるのは、彼女の夫であり長年のパートナーである、ラケインだ。
「すまん! こちらももう少しかかる。それまでもたせろ!」
「はぁい。こちらは大丈夫ですので、お気をつけくださいね」
こちらを振り返り、笑顔で手を振るメイシャに苦笑し、自分の相手を再度睨みつける。
彼の敵もまた、青いたてがみを持った牛巨神だ。
「ふん、もう少し、か。戦いの最中に女とお喋りとは、舐められたものだな。少しどころか、貴様はこれから、この俺に叩き潰されるものをな」
面白くなさそうにそう言って、巨大な戦斧を肩に担ぐ青髪。
もう一体の赤いたてがみよりも口数少ない彼は、ラケインと同じく武人特有の気配を醸し出している。
すなわち、強者と相見えることによる、昂りだ。
「それは悪かった。だが、大切な人を気遣うのは当然だろう?」
「ふっ、言いやがる」
そう言って青髪の牛巨神は、戦斧を低く構え直し、一息に詰め寄る。
黒光りする斧の刃が迫る。
青髪は、身体を大きく開き、右からの横薙ぎでラケインを狙う。
それを迎え撃つは、大剣・万物喰らい。
自身の身長程もある片刃の大剣。
それを片手で軽々と操るラケインもまた、規格外の怪物ではある。
ガギィィッ!
金属どうしの激しい衝突音が響く。
通常、どれほど膂力が拮抗していようと、衝突が起きれば、質量の軽い方が吹き飛ぶ。
だが、その常識を覆すように、ラケインの剣は、幾度も青髪の戦斧と切り結ぶ。
なにもラケインの体重が、倍以上も大きな青髪と同じ訳では無い。
それでも、迫る戦斧を撃ち落とし、叩払い、競り合うのだ。
その秘密は、万物喰らいにある。
刀身に刻まれた刻印から発せられる効果は、不動。
本来は、大型の攻城兵器などが反動に負けないように刻まれる刻印である。
すなわち、ラケインの攻撃は、人の身をして攻城兵器と比較しうるレベルに達するということだ。
「はぁぁっ!」
ガンッ、ガンと、幾度も剣戟が結ばれる。
片手打ちで遠い間合いから切りあったかと思えば、両手を添え強力な斬撃に切り替える。
更には受け止められた一撃に、峰に蹴り足を合わせて追撃する。
ラケインの怒涛の攻撃は、とても全身鎧を身につけたものとは思えないほどに軽く、そして、その身軽さからは想像つかないほどに重い。
対して、青髪もまた、尋常ではない連撃を繰り出す。
巨躯を最大限に生かし、遥か上方から戦斧を振り下ろす。
その一撃は、稲妻のように速く、巨岩の落石よりも重い。
大地を割り、弾けた礫で弾幕をはるかと思えば、既に横薙ぎの一撃がその砂埃を切り裂こうとしている。
青髪は、絶大な膂力で、ラケインは、全身のバネで、互いの一撃を打ち払っているのだ。
息をつかせぬほどの攻防が、既にどれほどの時間、繰り返されただろうか。
わずか。
本当に僅かな好機が青髪に、本当に僅かな不運がラケインを襲う。
幾度も繰り返された衝撃に隆起した岩盤が、ラケインの足元でバキリとひび割れたのだ。
バランスを崩すという程でもない、ほんの小さなアクシデント。
だが、二人ほど実力が拮抗した戦いにおいては、確かに致命的な隙が生まれる。
「もらったぁ!」
青髪が叫ぶ。
手に持つ戦斧に描かれた、醜悪な面相の瞳が赤光を放つ。
刻印を刻まれた武器を持つのは、ラケインだけではなかったのだ。
戦斧は一瞬にして燃え盛り、豪炎を纏ってラケインへと疾駆する。
ほんの一瞬の遅れ。
だが、その一瞬のために、ラケインの大剣は、迫る戦斧に届かない……はずだった。
「がぁぁあぁぁっ!」
抜刀。
ラケインの長剣が戦斧を打つ。
「なにぃ!」
目を剥いたのは青髪の方だ。
攻撃の初動が遅れたその剣は、必殺の斧に、決して届かないはずだった。
だが、ラケインは、“不動”の効果で固定された万物喰らいから、新たに長剣を抜き放ち、中空の居合抜きを起こして見せたのだ。
瞬速の抜刀による一撃。
それは、万物喰らいによって封印された、ラケインのもうひとつの剣。
天より降り落ちた隕鉄を鍛えた両刃の長刀。
星練剣・魔剣は、正しく流星となって炎の戦斧にぶつかったのだ。
「ぐぅおおぉぉ!」
「ぐぅっ!」
宙を舞う巨大な鉄塊。
宿した炎が立ち消え、孤月の如き刃が地面へとめり込む。
見事、ラケインの剣は、青髪の戦斧をへし折ったのだ。
だが、ラケインもまた無傷ではない。
無理な体勢からの抜刀により、腕の筋を痛めたらしい。
剣を落とすことこそないが、その長大な剣を構えることが難しいのだ。
青髪が立ち上がる。
自慢の武器を失ってなお、強者としての意地で強者に立ち向かう。
ラケインもまた武器を構える。
満身創痍になってなお、強者としての意地で強者に立ち向かう。
青髪が両手を低く構え、腰を落とし今にも掴みかからんばかりの姿勢をとる。
ラケインもまた、魔剣を右手に、鞘となった万物喰らいを左手に、二刀流の構えで迎える。
奇しくも、二人の構えは似通った形となった。
「くくくく……」
「ふっ……」
自然、二人から苦笑が漏れこぼれる。
「止めだ止めだ。この勝負は預けるとしよう」
青髪が構えをとき、すっと腰を浮かす。
ラケインも剣を握ったままだが構えをとく。
「俺は斧を失い、貴様も今の一撃、かなり無理をしたな。それにその格好、今の貴様は全力ではないはずだ」
青髪の指摘は正しい。
主武器である万物喰らいは、持ち歩いていたが、さすがに旅行中にまで蒼輝や半月の魔鎧は持ってきていない。
「俺が魔族で貴様が人間ならば、いずれどこかでまた見えるはずだ。それまでこの勝負、貴様に預けておく」
青髪が背を向ける。
未だ剣を握るラケインだったが、決してこの男が背後から不意打ちをすることなどないと知っているのか、それとも、既にその余力がないことを悟られているのか、それは定かではない。
「おい、引き上げるぞ」
「お、おう。兄貴」
赤髪もまた青髪に呼ばれてメイシャの元を離れる。
「おい」
ラケインが青髪を呼ぶ。
戦意がないこと示すように、既に魔剣は納められ、万物喰らいも手を離れ地に突き立てられている。
「俺は、ラケイン=ボルガット。“反逆者”の剣士、《豪戦士》と呼ばれている」
ラケインの名乗りを受け、青髪がニヤリと笑う。
「魔族に名乗りをあげる人間は久しいな。俺は、《蒼炎》のオグゼ。こっちは《朱風》のブルーガだ。また会おう人間の剣士、ラケインよ」
そう言って二人の魔族は去っていった。
「なんだか、悪い人たちではなさそうですよね」
メイシャが呟く。
その通りだ。
彼らとの戦いは、必殺の殺意こそあれ、憎しみはなかった。
こうして戦いが終わったあと、残ったものは剣士としての昂りだけなのだから。
「ああ。だが、彼らが人間の村を襲っていたのもまた確かだ。立場こそ違え、彼らもまた自分の正義のために戦っている。そんな相手と、本気で殺しあっているのか」
ラケインは思う。
これは、魔族だ人間だなどという大きな話ではない。
それぞれの立場とそれぞれの正義。
どこにでもある、そして決して終わることのない戦いなのだと。
「おれは、どこかでこの戦いを他人事だと思っていたのかもしれん。アロウと共に戦う。その思いはあっても、俺が戦う決心はしていなかったんだと思う」
ラケインは、痛めた右腕を擦りながらメイシャに語る。
だが、顔と言葉はメイシャに向けられていても、それは、自分自身への独白だった。
「メイシャ。アロウと合流するぞ。この戦い、必ず終わらせる」
「はい!」
二人は、馬車に戻り、旅路を急ぐのだった。




