第九章)最後の魔王 東の守り人・メイシャ
▪️魔王軍の襲来②
エニウスの消滅から一月。
魔族の活動は、日に日に活発となり、その影響は、大陸の東端、キュメールの地にまで及んでいた。
「シャアァァァッ!」
「このぉっ!」
ガギンっという激しい衝突音とともに、凄まじい地鳴りが起こる。
屈強な牛鬼人が、たたらを踏み跪く。
アロウが体調不良で倒れている間、新婚旅行にと南国を旅していたメイシャとラケインの二人だったが、ホード大森林からキュメールの領土に入ったところで、村を襲う魔族の二人組と遭遇してしまったのだ。
反逆者の中でも重量級の装備を持つ二人だが、装備品も高価なものとなってきたため、長期間ギルドに預けておくことをよしとしなかったのが幸いした。
「ぐぅ、この人間、やりおるわ」
「硬った~い。手がしびれてるじゃないです」
メイシャは、顔をしかめながら戦鎚から手を離し、地団駄を踏んで手をプラプラとさせる。
大型戦鎚・銀賢星。
僧侶系の冒険者が持つ標準的な武器である戦鎚ではあるが、その凶悪さは規格外だ。
軸心に使われるのは、古代文明の戦闘兵器である自身の毛髪。
魔力波長の相性は言うに及ばず、魔力深度も不死鳥の風切羽や、狐王の尾毛にも引けを取らない。
それを包み込むのは、神錫鉱の錫杖。
高い魔力増幅効果を持つと同時に、高い対魔効果も併せ持つ。
すなわち、自らの魔力を増幅する上に、相手の魔法を打ち消すのだ。
魔法を撃ち、魔法と戦う魔法使いにとって、これほど相性のいい素材もまたない。
だが、この銀賢星の最大の特徴は先端の打撃部分にある。
初代の銀賢星は、魔石と千年樹の枝を使っていた。
だが、今の銀賢星は、中心に黒玉、そしてそれを覆う永久氷の宝玉が使われている。
黒玉とは、文字通りに黒い玉なのだが、それは、この世界の中心地であるウーレイ大山脈でしか採取できない特殊な鉱石で、世界最大の質量密度を持つ。
見た目には15cm程度の玉に過ぎないが、実際には大人の男程もの重量をもつ。
だが、この黒玉自体は硬度がそれほど高くなく、武器とするには心もとない。
そこでそれを覆う永久氷が必要となる。
氷と名がつくが、実際には世界最高の硬度を持った水晶である。
その加工は至難を極め、熟練の職人と切削道具を強化する魔法使い数人がかりでないと手出しができないという、職人泣かせの素材である。
そこまで特殊な素材を合わせて作られた戦鎚ではあるが、当然のようにその扱いもまた困難である。
まず、重い。
80kgの棒を両手とはいえ軽々と振り回すことは、戦士であるラケインにも困難なことだ。
鋼鉄の剣が1kg程度のものと考えれば、その異常さは想像もつく。
さらに、刻まれた刻印によって、尋常ではない魔力を消費させられる。
魔力に反応し、攻撃力を増幅させているのだが、並の魔法使いなら1時間も触れていれば魔力を枯渇し意識を失ってもおかしくはない程だ。
それほどまでの超重量兵器を軽々と振り回す。
敵からの攻撃も叩き落とし、堅牢な甲殻も叩き潰し、大勢の敵も吹き飛ばすのだ。
純粋な戦士としても、並の騎士では相手にならない。
だが、この可憐な少女の本職は僧侶。
すなわち魔法使いなのだ。
様々な攻撃魔法に加え、防御魔法、守護系魔法、浄化魔法を使いこなす、前衛にも後衛にも、攻撃にも支援にも対応する高位冒険者である。
対するは、大鉈を持った赤いたてがみの牛鬼人。
屈強な肉体と獰猛な気性。
そして希に見る“武器持ち”という上位個体は、確かに並の冒険者からすればかなりの強敵である。
だが、もはや最高峰とも言える実力を持つこの二人が苦戦するほどでは無いはずだった。
強いはずである。
実の所、この二体は、ただの牛鬼人ではない。
牛鬼人とは、魔物であり魔族ではない。
それでもBランク、中にはAランクにも届こうかという個体もある、地方の主と呼ばれる上位魔物だ。
しかし、所詮は魔物であり、知能が高いとは言い難い。
だがこの二体は、喋った。
彼らは、魔物ではなく魔族。
牛鬼人から変化した亜種族、牛巨神と呼ばれる。
彼らの種族は、牛鬼人以上に強靭な肉体と高い知能を持ち、魔法自体は使えぬまでも、高い抗魔力を持っている。
魔族でも有数の強力な種族であり、人間の基準からすれば、Aランクでもかなり高位にあたる化物である。
「ぐぬぅぅ、この馬鹿力め。自慢の角がズキズキするじゃねーか」
赤髪は、頭を振りながら巨大な角を優しくさする。
その様子は、どこか滑稽で、大柄で恐ろしい見た目と相まって、どこか可愛らしさがある。
「こっちこそ! ほら、手が真っ赤になってる!」
「知らんわ!」
だが、憤慨するのはメイシャも同じだ。
全力の一撃をもって、地中に埋め潰すつもりで放った一撃だ。
それが見事狙い通りの位置にあたり、それでも相手をよろめかせるだけに留まったのは、少なからずショックではある。
「くそ、こんな人間の娘ごときに! くらえ、獣王六刃!」
赤髪の大鉈が唸る。
言ってみればただの六連撃。
だが、剛力だけでは説明のつかない、瞬速の六連である。
初撃は、右から打ち下ろす袈裟斬り。
返す刃で左からの薙ぎ払い。
さらに右からすくい上げ、今度は左の逆袈裟。
再度、右から切り上げ、最後は渾身の一撃を唐竹に振り下ろした。
正しく縦横無尽に刃が空間を埋め尽くす絶技。
いかに膂力に自信があるとはいえ、戦士でもないメイシャが、その技を受けて生き延びれる余地はない、はずだった。
だが、戦士にはなくて、僧侶にはあるものもある。
「防御魔法・黒鉄城!」
幻視された魔力の城壁が二枚、三枚と降りる。
その一枚一枚が鋼鉄の壁に匹敵し、それが幾重にも重なる重厚な結界による絶対防御。
見た目とは違う本物の実力を持つのは、メイシャもまた同じなのだ。
だが、それでもなお赤髪の猛攻はメイシャの想像を上回る。
バリン。
バリン。
魔力の城壁が、一枚、また一枚と砕けていく。
一瞬のうちに繰り出された六連撃による衝撃が、絶対防御の魔法の強度を上回ったのだ。
バリンっ。
一際大きな破裂音とともに、最後の壁が破壊される。
「殺ったぁ!」
赤髪が大鉈を振り上げ、渾身の力で振り下ろそうとする。
あるいは、メイシャがただの僧侶だったならば、決着はここで着いただろう。
だが、
「どぉぉりゃぁぁぁっ!」
唸る銀賢星。
赤髪の大鉈にも劣らない超重量級の破壊兵器がふるわれる。
メイシャは、黒鉄城がやぶられるとみるや、既に次の行動の準備を整えていたのだ。
「な、なにぃ!?」
僅か一瞬の差。
獣王六刃という必殺技を放ったあとに生まれる技後硬直。
その僅かな時間が明暗を分ける。
赤髪の大鉈は、十分な加速を得られないまま銀賢星に弾かれ宙を舞う。
「やぁぁぁ!」
「ぐぅうおぉ」
そのまま吹き飛ばされる赤髪。
衝撃の殆どは大鉈に持っていかれたとはいえ、それでも大きくよろけ、うしろに倒れてしまう。
ふんっ、と腰に手をやり、大きく胸を反り返させる。
と同時に、背後から凄まじい剣戟の音が聞こえる。
「ラク様!」
背後では、もうひとつの死闘が繰り広げられているのだった。




