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第九章)最後の魔王 砂漠の英雄

▪️魔王軍の襲来①


「ちっくしょ、左翼が食われたか! ガルタス、左翼の援護! 止まらずに蹴散らしてすぐに離脱しろ!」

「おぅ!」


 各地が新魔王軍の襲撃によって混乱する中、いち早く軍をまとめあげ、各地を転戦しながら武功をあげる集団があった。

白刃(ホワイトファング)”のリュオ=クーガ将軍率いる、エティウ帝国第一騎士団、“白獣の牙(グランファング)”である。


 小型の地龍、駆小龍(ランナードレイク)を駆り、揃いの白鎧で魔族がひしめく地を一陣の風の如く駆け抜ける。


「うぉぉぉあぁぁぁぁっ!」

 轟く咆哮。

大柄である自身の身長ほどもある両刃の大剣、“白嵐(ボルテクシア)”を振り抜く。

鈍色に光る鉄塊は、魔法によって刻印された効果を遺憾無く発揮し、使用者の闘気に反応し、逆巻く暴風をその刃に宿らせる。


「はっ、見えてる……。くっ、な、なんだ!?」

 いかに獰猛な破壊力を持った一撃であろうと、当たらなければ意味は無い。

まして、相手は魔族である。

かすった程度の攻撃では、薄皮一枚ほどの傷も負わせられまい。

だが迫る刃を見切り、最小限の動きで避けようとした魔族は、極小の竜巻に絡め取られ、自らその鉄塊へと引き寄せられるのだ


「ギギャァァ」

「グハァッ」

 吹きすさぶ風に引きちぎられ、吸い込まれる風に刃へと引き込まれ、唸る豪剣に粉微塵と吹き飛ばされ、魔族の群れは、魔石ごと砕かれて塵へとその姿を変えていく。


「はぁぁっ! つぅらぁぬぅけぇぇぇ!」

 リュオの気合い一閃。

刃に宿る暴風は、さながら風の大槍の如く魔族の群れを突貫し吹き飛ばしていく。


「凍れる(アギト)よ、逆巻け! 氷雪系魔法(フリージング)氷結暴龍(ブルータイラント)!」

 戦闘用の魔鳥馬(ユサ)に引かせた戦車から放たれるのは、“白刃(ホワイトファング)”と並ぶもう一人のSランク、“氷主(ブルーエレメント)”が用いる氷の(あぎと)だ。

凶暴な氷龍は、数多の魔族を貪りながら戦場をのたうち回る。

氷龍に喰われたものは、一瞬のうちに凍りつき粉砕され、爪や鱗にかかったものは、巨大な氷柱と化す。


「ジーン! 乗れ!」

 リュオの短い合図を正確に読み解き、ジーンは氷龍を操る。

見れば、リュオの眼前に、明らかに格上の大型魔族が立ちはだかっている。

巨大な一本角を頭部に(いただ)き、2mはありそうな大鉈を振りかざす。

防具らしきものを身につけていないのは、自身の防御力に絶対の自信があるためだろう。

何らかの魔法効果を纏っているだろうその体躯は、味方の魔法の直撃にもビクともせず、雄叫びをあげながら突進してくる様は、もはや神話の怪物を思い出させる。


「はぁぁぁっ! ぶっ散れぇぇっ!」

 再び白嵐(ボルテクシア)の風槍。

それまで雑兵たちを蹴散らしてきた突風とは、見るからに異なる、巨大な横向きの(・・・・)竜巻が吹き荒れる。

直径にして3m以上はあろうかという猛威だが、リュオの手元を離れる事に、細く、鋭く姿を変えていく。

決して弱まった訳では無い。

むしろ、一点に凝縮され無慈悲な程に威力を高めた、まさに槍である。


 だが、大型魔族の硬皮は、その猛威すら耐え抜き、その勢いを弱めることなく突進してくる。

暴風の槍は、確かに魔族の身体を切り裂いている。

だが、大岩でさえ砕こうかというその槍を持ってでさえ、薄皮一枚を傷つけるに過ぎないのだ。


「ゴァアァァァッッ!!」

 魔族の咆哮。

膨大な魔力のなせる技だろう。

物理的な衝撃を伴うその叫びは、一瞬だが風の槍を打ち破る。

好機、とばかりに魔族は一気に走りよる。

巨大な体躯に似合わぬその俊敏な動きは、崖から転げ落ちる大岩にも似る。

暴風を打ち破り、肉薄する猛威。

だが、そこへジーンの氷龍が、風槍に巻き付き、リュオの暴風にジーンの氷牙が重なる。


「凍れる牙よ! 食らいつきなさい!」

「ギ、ギ、ギィヤァァァっ!」

 暴風を耐え抜いた魔族も、氷弾によりさらに凶悪化した氷風槍をこらえることは出来なかった。

何しろ、“白刃”“氷主”二人分のSランクによる合技である。


 硬い皮膚は裂け、その身はついにズタズタに切り裂かれる。

傷口から氷が侵食し、凍ったさきから暴風で削り取られる。


「おのれぇ! クソ人間がぁぁっ!」

 それでもなお雄叫びを上げ突き進む大型魔族。

鉈は砕け、身を削られ、吹き出す血すら凍りついてなお、咆哮と共に詰め寄る。


「グガ、ガァァ……」

 あと1m。

魔族の大鉈は、リュオに届くことなく、氷とともに撒き散らされたのだった。




「ちっ、嫌なタイミングで引いていくな。これでまだ攻めてくるならこっちも攻勢に出れるんだが」

 大型魔族の撃破により転進して逃げ帰っていく魔族たちを見て、思わず舌打ちする。

これが一度きりの防衛戦ならば、大勝と言ったところだ。

味方にも損害は出ているが、勢いに乗った魔族の軍団を退け、大将格を討ち取ったのだ。


 だが、喜んではいられない。

戦闘はまだまだ続く。

アロウから聞いた話では、魔族にも引くに引けない理由があるのだという。

ならば、今引いた魔族たちもすぐに軍を立て直して攻め返してくるはずだ。


 しかも、こちらが退けたのは、魔族の軍団のほんの一角。

エティウ帝国領である防衛線のほんの一部に過ぎない。


 これまでどこに潜んでいたのか。

西国(エティウ)南国(ノスマルク)の境にある、オウコ大砂洋。

その西端にある魔王城を拠点として、数万に及ぶ魔族が一斉に現れたのだ。

魔王城から一度に現れる数は、そう多くはないらしい。

それなのに、これほどの数の魔族が大砂洋を中心として各地に潜んでいたとは。


「閣下、部隊の回収、整列。完了致しました」

「こっちも魔導部隊の点呼完了。全体で損耗率は一割強という所ね」

 副官を任せる二人が報告に来る。

冒険者時代からの相棒である、高位魔道士のジーン。

腹違いの妹と一緒になった、義弟でもある高位騎士のガルタスだ。


「一割強……。そんなにやられたか」

 思わず拳を強く握る。

後ろを振り返れば、もはや目覚めることのない兵士たちが白い布に覆われている。

中には明らかに膨らみが人ひとり分に満たないものも混じっている。


「俺達が駆けつけた時にはもう潰れかかっていたんだ。これだけで済んだのは御の字さ」

 ガルタスが努めて明るく言い放つ。

自分の気を晴らそうとしたのだろう。

それが彼の本心でない事は、そう言った後の彼に過ぎる暗い瞳が物語っている。

被害の殆どは、この国の軍であり、自分たちの隊の死者はほとんどない。

それでも、全員の生還は出来なかったし、この国の兵もまた、エティウ帝国の民なのだ。


「ガルタス。味方の埋葬は、この国の軍に一任する。隊の死者の遺品のみ回収。装備の点検後、明朝にここを発つ。ジーンは、周辺の被害状況の分析。次の戦場を決めてくれ」

「おぅ」

「了解」

 二人に指示を出し、この国の駐屯地へと向かう。

今回は退けたが、また魔族たちはこの国を襲うはずだ。

だが、それでもこの国に留まるわけには行かない。

他にも魔族の猛威に晒されている国が多くあるのだ。

既に本国から駐屯部隊は出発しているはずだが、彼らを待っているわけにも行かない。

自分に出来るのは、この国の軍と駐屯部隊とを繋ぐ、パイプ役となることくらいだ。


 道すがら、生き残った兵士や村人達からの声援に答え手を振る。

窮地を救った英雄として、各地で名を知られるようになってきている。

だが、輝く彼らの瞳を振り切り、この地を発たねばならない。


「……アロウ。やっぱり人間(おれ達)は、魔族とは分かり合えねぇよ」

 たかが十数日。

それだけの間に、これほどまでに魔族への憤りを感じる。

人間の歴史は、三千年。

魔族から見れば一万年もの時間、争い続けているのだ。

両種族間に鬱積した怨念の総量は、計り知れない。


「それでも、この世界が生き残るには、手を取り合わないといけないんだな。……頼むぜ、人間は俺が守る。だから、早く世界を救ってくれよ、魔王様よ……」

 東の空を見つめ、あの青年の顔を思い浮かべる。

人間の味方はできない。

そう、あの青年は言った。

だが、それで良かったのかもしれない。

人間だけが勝ったとして、この世界の崩壊は止められないという。

そして魔族が勝てば、それは、人間の滅亡を意味する。


 魔族と人間。

そして、この世界を守る。

それは、人間でも魔族でもない。

いや、人間でもあり、魔族でもある彼にしかできない。

そう思わずにはいられないのだ。

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