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第八章)混迷の世界へ 新国家誕生

▪️キュメール共同国⑮


「まったく、親父殿にも困ったものだ。厄介事を全部押し付けていったわ。それもこれも貴様らのせいだぞ」

「ははは……」

 王城の一室。

青の神殿と呼ばれたその広間は、前王によって備え付けられたけばけばしい装飾品が取り払われ、その名にふさわしい荘厳さを取り戻していた。


 ただし、それは今のこの城の主、国王代理となったガラージの狙ったものではなかった。

先の北部戦争では、周辺国の兵を無理矢理に徴発し、挙句大敗したのだ。

いかに盟主国として絶対的な権力を持つエウルといえど、まただからこそ、相応の賠償を支払わなければならず、その費用の工面のために王城内の様々な宝物を売りさばく必要があったのだ。


 その広間の下、もうかれこれ二時間ほどもガラージの愚痴を聞かされるはめになっている。

先日の一件以来、ガラージと僕との関係は、決別するどころかより親しい間柄となっている。

元より武人気質のガラージは、僕達の力を深く認めてくれたのだ。

僕としても、正直なところ国王候補としてのガラージはともかく、彼自身については親しみを感じている。

王たらんとしてもがくその様子は、どこか親近感を覚えるのだ。


 だが、何も世間話をしにここへ来ている訳では無い。

形の上とはいえ、未だ国王付きの騎士団であり、何よりガラージ率いる王国軍を退けた仇敵でもあるのだ。

できることならば王城など近づきたくはない。

それでもここにいるのは、


「まあまあ、兄さん。ここは僕に免じて……」

「やかましい! 元凶の貴様に言われたくはないわ!」

 リヴェイアの名代として訪れているのだ。




「まったく。おい、“魔帝(マギスター)”。今からでもこんな阿呆を捨てて俺と組まないか? 悪いようにはせんぞ」

「ちょっと兄さん、本人の目の前で堂々と引き抜きしないでよ」

 手に持つ水晶玉が喋る。

まだ動きは本格化していないとはいえ、これから起こること、そして今から話す事は、この国にしてみれば反乱(クーデター)に等しい。

その主役である二人がこうしてあっているとなれば、ややこしい話になる。

だからこうして、リヴェイアは、偽・繋魂(コネクト)の水晶で念話をしてもらっている。


「ちっ。まぁいい。……でだ。もうこの流れは止められん。戦争をするよりはマシだろうが、それでも少なくない血が流れる。その覚悟はあるんだな?」

 それまでの弛緩した空気とはうって変わり、ガラージの気配が突如濃くなる。

軍の引き締めに諸国との対応で疲弊していた先程までとは、表情が違う。

気迫が違う。

そして何より、目が違った。

それは、かつて王を目指したものとして、そして、それを託すものとしての厳しい眼差しだった。


「えぇ。当たり前じゃないですか。……後の世の万の血を止めるために、今の世の千の血を。その罪、受け止めますよ」

 これだ。

いつもと同じ軽い口調。

だが、それに秘められた、隠すことの出来ない熱量。

正直なところ、ガラージのことを気に入っている。

血と暴力による統制も理解はできる。

それが彼なりにこの国を思うが故の苦悩であったことも。

彼の治世ならば、この国は殺伐としてこそいるが、より豊かに栄えただろう。

 だがしかし、リヴェイアに出会ってしまった。

彼は、人を見る。

国ではなく人を。

そして、人の為に血を流し、泥をすすり、清も濁も飲み込む度量を持っている。

彼の言葉に虚言はない。

それが分かるのだ。

ガラージが十年後の国を栄えさせるのならば、リヴェイアは百年後の国を栄えさせる。

そんな才能と覚悟を持っていたのだ。


「そうか」

 ガラージもその言葉に納得したのか、それ以上言葉を重ねることはなかった。




「さて、それじゃあ本題だが」

 しばらくの沈黙の後、ガラージが再び口を開く。

これまでのことはただの確認だ。

そうでなくては、わざわざ盗聴防止に自前の通信用水晶を持ち込んでまで、王城に足を運んだ意味が無い。


 これまで、四大王国の一角として、東国(ノガルド)の覇権を握ってきたエウルだが、今回の敗戦で周辺国からの信用が消え去り、溜まりすぎた不満を押さえつけるだけの余力もなくなった。

もはやこの国が消えることは確定している。

ならばと、少しでも平穏に時代を変えられるよう、旧体制の王と新体制の王、二人が予めその道筋を作るのだ。

これから起こる反乱(クーデター)は、二人の王によって決められた筋書きをなぞる喜劇となるのだ。


 それからのことには、僕達は直接関わっていない。

結果から言えば、反乱(クーデター)は成った。

まず、王位を退いたバルハルト前国王は、エウル中央部にある王族保有の地方都市へ隠遁。

国政の要となっていた、第二王子ザハクも、南での失策を罪に問われ、地方都市へ出向となった。

ガラージの手足となっていた八岐大軍(ヒュードラ)は、北での敗戦を機に解体。

理由を付けて地方へ赴任させられるが、それで大人しくしているはずもなく、その尽くが解任。

軍を除籍させられるか、処断されている。

そして……


「エウル軍の横暴を許すなー!」

「今こそ地方国の独立を果たすのだー!」

 エウルの弱体化により立ち上がった反抗勢力により、一部の民が暴徒化。

それを抑えるべきはずのエウル軍も既にその機能をほぼ停止させており、エウルの混乱が加速度的に広がる。


 そんな中で、比較的治安が乱れることがなかったのは、エウル王国内の辺境都市。

すなわち、リヴェイアが好を通じていた、“まともな貴族”の治める土地だった。

自然と周辺国からの期待は彼らへと集まり、そして、その頂点にリヴェイアが立つ。

「皆さん、私は血こそエウル王家の人間です。ですが、だからこそ、今のエウル王家を許すことが出来ない! さぁ、立ち上がりましょう!」


「国王不在の国などあってはならん。故に、国王代理としての権限に基づき、この国の歴史を閉じるものとする」

 ガラージの宣言により、約一年という異例の早さで、その変革はなされる。

エウル王国は、世界の地図からその名が消え去り、そして、新たな国名が記される。

国王による絶対的な支配をよしとせず、多くの地方都市による交流と自治に由来した連邦国家。

それは、まるで小さなノガルド連合国のように、互いに助け合い競い合う、新たな国の形。

そして、目指すのは、国という垣根を越えた、全人類共存国家。


 新たな国の名は、キュメール共同国。

リヴェイア=セイルを総議長(・・・)とした、国王のいない国が生まれたのである。

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