第八章)混迷の世界へ 闇の一撃
▪️キュメール共同国⑥
ムルムは、その様子を陣営の奥から眺めていた。
ドレーシュ軍の活躍は、目を疑うばかりだ。
たかだか三千ばかりの兵が篭る木の砦に対し、千の大岩を撃ち込んだが、どれほどに堅固な障壁なのか、その全てが砕け散った。
そして、七千の魔法兵を差し向けたが、砦の前に展開した部隊が巨大な盾をとりだし、もうひとつの城塞と化した。
そして、数百程度とはいえ、精強な騎馬隊が縦横無尽に戦場を駆け回り、分断された部隊を何らかの対軍兵器で蹴散らしているようだ。
言うまでもないが、魔法兵とは、魔法を駆使する兵士であり、一般的に、並の兵四人分として換算される。
ドレーシュの兵種がどのようなものかは分からないが、単純に計算すれば十倍近い戦力をもつ先鋒隊が壊滅しかかっているのだ。
ムルムは、ニヤリと口角を上げる。
ここまでは、予想通りだ。
何せ相手は、自分が一度は遅れをとった程の将と、一国の戦力に相当すると言われるSランク冒険者なのだ。
あの谷間の集落での戦い。
あの冒険者どもに気を取られ、盗賊どもにすら遅れをとったのは痛恨の極みではあった。
だが、今の状況から冷静に考えてみれば、また違った側面が見えてくる。
交通の要衝を抑え、連合の資源を略奪する盗賊。
一国の国民以上の数からなる巨大盗賊団。
それほどの脅威にも関わらず、色々と言い訳をしてそれを捉えてこなかった、この国の軍。
そして、あの盗賊の頭の異常な戦闘力。
なるほど、つまりはこの国の軍そのものこそが、密林の蛇王そのものなのだ。
あの気弱な国王にそんなことをしでかす胆力があるとは、とても考えられない。
ならば、この国の将軍、たしかケルカトルとか言ったか。
あれが蛇王なのだろう。
数万の軍を率いていながら、たかが盗賊団に遅れをとった屈辱。
ガラージ殿下の御前ということもあり、誰も何も言わなかったが、他の八岐大軍の連中がどんな目で見ていたか。
未だに腸が煮えくり返る。
だから、その事を発言しなかった。
自ら使い捨てとも言える第一軍を志願し、誰よりも早くこの国の奥深く、この戦場へとたどり着いた。
相手がこの国の軍とSランクと判れば、それなりのやりようはあるのだ。
この戦争は、自分の手で終わらせなければならない。
他の軍団長達の誰の手を借りることなく、この手で殲滅し、貴様らは何をやっていたのだと言ってやらなければ、この先、自分の立場はないのだ。
だから、見せてやる。
この、“荒廃”のムルムの力を。
「轟々たる紅き火炎は燃え尽き」
詠唱と共に右手に炎球が宿り、
「滔々たる蒼き清流は枯れ尽き」
左手に現れた水球が炎に近づき、
「悠久たる真黄の大地は朽ち果て」
さらに地面から大地の気が生まれ、
「清涼たる鮮緑の風は腐り落ちる」
大気の塊が集まり、4つの魔力が回転しながら融合を始める。
「我は宣言する。我は汝らの主なり」
ひとつの塊となった魔力球が眩い光を放つ。
その光は激しく、また危うく輝く。
本来、異なる魔力同士とは、反発し合うものだ。
他人の魔力しかり、異なる属性の魔力しかり。
四属性の融合など、正気の沙汰ではない。
だが、それを押し通す技術が存在する。
「主が何より命ずる。混沌へと変ぜよ、白は黒に、光は闇に」
光の球が次第にその光量を落としたかと思うと、球に輝きを取り戻す。
ただし、眩い白い光ではない。
暗く黒い、闇の光を放っている。
そう。
異なる魔力を融合させる方法。
それは、属性を反転させることにより生まれる、闇属性と変化させることだ。
四属性複合反転呪法。
それが闇魔法の正体だ。
「混沌より生まれし闇の鉄槌よ、我が敵を穿て! 暗黒系魔法・嘆きの槍!」
右手を差し出す。
途端、闇の魔力球はその形を暗黒の槍へと変化させ、前線の人混みへと疾駆する。
「くはははは。俺に屈辱を与えた報いだ! 腐れ死ね、蛇王!」
その言葉通り、その暗黒の槍には、腐敗の魔力が込められている。
まずは己を守る近衛兵。
周囲を覆う林の木々。
そして、前線で逃げ惑うエウル軍の兵士たち。
槍が触れたものは、その尽くが黒く染まる。
金属は錆びて朽ち、布は腐敗し崩れ、人もまた、緑に変色し苦しみ悶える。
ムルムにとって、配下の兵など、ただの消耗品である。
曲がりなりにも自分を退けた、あの蛇王を仕留められるのであれば、いくらでも使い捨てることに戸惑いはない。
今、三度切り返して槍を振るおうとするケルカトルの一団に、その呪いの槍が炸裂した。




