第八章)混迷の世界へ 秘密兵器
▪️キュメール共同国④
森がざわめく。
国を覆うほどの大軍の一部、そのまた尖兵に過ぎない七千の部隊が進む。
ただそれだけでだ。
山間部に点在する僅かばかりの平地。
その狭い土地を挟み、エウル軍とドレーシュ軍が、互いに歩を進める。
エウル軍から突撃の合図となる太鼓が打たれる。
木々の隙間から見え隠れする兵達の影がみるみるうちに濃くなる。
エウルの部隊は、大きく三つに分かれているようだ。
左右に二千ずつと、中央に三千が横並びとなる横陣。
それぞれは前衛に戦士・魔法剣士部隊、後衛に魔法使い部隊を置いた基本の方陣だ。
基本中の基本と言える陣形ではあるが、だからこそ攻撃・防御の双方に長ける陣形と言える。
「行くぞ」
もはや、この場に言葉はいらなかった。
白銀の鎧を纏ったケルカトルは、凶悪な闘志をむき出しにしてなお、ただただ、美しかった。
兵も、元盗賊達も、その眼差しに魅せられ、その声に心を奮い起こさせ、その覇気に闘志を重ね合わせる。
今、三千の烏合の衆は、正しく、三千の軍隊となったのだ。
まずぶつかったのは、左翼の兵たちだった。
相手は横並びの陣形。
本来ならば大波に飲み込まれるように、一気に押し潰される。
だが、それはこの地が何も無い平野だった場合だ。
実際には、木々や山地の起伏がその行く手を阻む。
しかし、それでも相手は大軍。
僅かばかりの隊列の乱れなど気にする様子もなく、一気に詰め寄せる。
対するドレーシュ軍は、魚鱗。
少数の部隊を多重に配置し、交代と回復で相手の攻撃を凌ぎ切る、攻防双方に長けた陣形だ。
とはいえ、一枚の鱗は二十人。
五段までしかない薄い守りではあった。
まずはエウル軍からの魔法。
先程の砲撃では、全軍が揃っての攻撃であったため、来る手も読めていた。
だが、乱戦の体を成してきた今となっては、相手からくる攻撃も様々だ。
氷の散弾、炎の礫、風の刃、石の雨が降り注ぐ。
「大盾立てろ! 後衛、破砕散弾を撃ち尽くせ! 三、二、一、放てっ!」
いくら辺境の小国といえど、仮にも国家といえば隠し玉のひとつくらいはあるものだ。
これはそのひとつ。
北国との境界に位置するだけあり、北方の技術を一部取り込んだ品物がある。
守護系魔法を刻み込み、対魔対物に非常に高い効果を示す巨大な盾だ。
人が運用できるギリギリのサイズであり、優に人の身長を超えるサイズの壁とも言える両手盾。
さらに、破砕散弾で威力を削ぎ落とすことで、エウル軍の魔法攻撃を凌ぐ。
だが、そうしているうちにも、魔法剣士部隊の進軍は止まらない。
林の中からまばらに出てきていた残りの部隊も、平地へと姿を見せ、部隊長の号令で突撃を開始した。
押し寄せる軍。
それは、人の集まりというよりは、なにかに取り憑かれた塊、そう、蜜にたかるアリの群れのようにも思えた。
整然とした進軍。
残り100、80、60、50、45、40。
近づく距離と比例するように、進軍の速度が上がる。
「来るぞぉ! 大盾、構え。……押せえっ!」
「おおぉぉっ!」
エウルの兵が魔法剣を振り上げ、襲いかかる。
大盾の隙間から飛び込もうとする兵を、盾を閉じて防ぐ。
逆に開いた隙間から炎剣を振るう兵を、槍で突き倒す。
体を強化させて突撃する兵を、盾を押し出して強打する。
なんとか最初の衝突を凌ぎきったが、エウル軍の圧力は増していくばかりだ。
「押せぇぇっ! しがみついてでも盾を倒すなぁ! これが俺たちの命綱だと思え!」
「もっと兵を集めろ! 倒せなきゃ削れ! 人だ、人数で押せ!」
双方の兵と将校が、大盾を挟んで声を張り上げる。
片や、衝突に負けまいと盾を押し支えるドレーシュ。
片や、とにかく突破口を開くため押し倒そうとするエウル。
時間とともに、勢力を増すエウルに対し、人的な被害こそまだないが、披露を蓄積していくだけのドレーシュ。
考えるまでもない。
ドレーシュは、防ぐだけで手一杯だ。
だが、戦闘とは、どちらかが勝たなければ終わらない。
ならば、結果はもう見えているのだ。
そう、こちらの手が防ぐことだけならば、だ。
地を揺るがす轟音が響く。
続いて押し寄せる魔法剣士達の後方、エウル軍の後衛部隊から悲鳴が上がる。
立ち上る土煙と響く叫声。
よく見れば、逃げ惑う人混みの中に、先程までは見られなかった柱が立っている。
再び、三度、轟音。
その度に、エウルの陣営に柱が屹立する。
否。
それは柱ではない。
5m程の高さの木が逆さに突き刺さっているのだ。
「狙い、仰角追加六。風爆充填。行くよ、……放て!」
僕の号令で木が飛んでいく。
枝を払い、矢というよりは柱となった木を撃ち出す対軍兵器。
名を偽魔砲と言う。
いくら周りに木が無尽蔵にあるといっても、それを撃ち出すというのであれば、それこそAランク相当の術者でなければ不可能。
木を魔法でへし折るのならば簡単だが、魔法で押し出すとなると、瞬間的な圧力が必要だ。
そして、それほどの力を持つ魔法使いなど、この地には僕しかいないはずだ。
それを解決するのは、酒や水を貯めておく大瓶だ。
理屈としては単純で、底を抜いた大瓶を用意し、その前に射出物を用意する。
そこに風の魔法を叩き込むと、出口に行くに従い口径は狭くなり風は収束し、元の数倍もの威力を持った突風となる。
もちろん、ただの大瓶を使ったのでは風が収束する前に壊れてしまう。
だから、小粒の魔石を振りまいて強化させるなどの小細工は必要だが、魔法を魔力ではなく物理的に強化させる、魔法学的には邪道と言える荒業だ。
数百年前、まだ人間の軍隊の主力が魔法ではなく火薬だった頃、他国に先んじて魔法の有用性に気づいた南国が、その効果を最大限に利用するために編み出した秘密兵器だ。
その後、魔法学の発達で、純粋な魔法の運用に取って代わられたとはいえ、少ない魔法出力で最大の効果を出したこの攻撃は、当時の秘匿技術だった。
魔王として知識としてのみ継承しているが、当時の魔族はこの大質量かつ、ほぼ無尽蔵の砲撃に、手痛い打撃を食らったのだ。
「さあ、俺たちの出番だ」
既に戦線は崩壊。
数の不利など覆した。
ドレーシュ王国が誇る騎士団長、“鋼撃”ケルカトル率いる騎馬隊が出撃する。




