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第八章)混迷の世界へ ロクストプレイグ

▪️キュメール共同国①


「おかえりなさい、アロウ」

「ただいまぁ。首尾の方は順調かい?」

 無事ドレーシュの王城へと戻ると、リリィロッシュが出迎えに来てくれていた。

既に城下町の様子は喧騒に満ちている。

見せかけのものとはいえ、流通が起これば情報も行き交う。

既に十万のエウル軍が押し寄せるという話は、民衆にも知れ渡っている。


「はい。それにしても、あんな頃からこの状況を読んでいたのですか?」

「まあね。イメージしていた形とは違うけど、最終的にはこの状況になると思ってたよ」

 少し小高い土地に建てられた城から、森の方を見てみると、城塞と呼ぶにはお粗末だが、それなりの規模の砦と、それを結ぶ城壁が出来上がっていた。

実はこれ、捕らえた“密林の蛇王(ナーガロード)”達の牢を改良したものである。

ここへ来てひと月ほど経つと、捕らえた盗賊の数が増えすぎ、新たに牢を建設する必要が出てきた。

この国の騎士団長であり、盗賊団首領の蛇王でもあるケルカトルは、仲間を逃がすためにも、新たな牢を囚人達自ら建てさせる方法に出た。

それを見て思いついたのだ。


 ただ牢を建てるだけでは、時間も人ももったいない。

どう考えても、エウル軍とのぶつかり合いは避けられないように思えた。

ならば、この余った人員を利用しないではない。

幸い、この国では土地は全て国の所有物であり、人口が少な過ぎてある程度なら好き勝手に森を切り開いても問題がなかった。

そこで、ケルカトルに申し出て、牢を建てる位置を決めさせたのだ。

切り開く森の近くなら、囚人も逃がしやすい。

ケルカトルの思惑とも合致し、場所の指定には反対されなかった。

そして事ここにいたり、十万という兵力が押し寄せることが知れ渡り、牢を補強し、繋ぎ、石を積み上げ、急ピッチとはいえ、城壁が完成したのだ。


「おお、アロウ殿。戻ってきたか」

 城の奥から見事な白銀の全身鎧に身を包んだケルカトルが現れた。

蛇王の鎧は、漆黒の禍々しい鎧だったが、今のその姿はむしろ神々しくさえある。

加護を守護(エンチャント)させた白銀の鎧は、北国(コール)との国境にあるこの国ならではの代物だ。

蛇頭を模した兜は、大きな翼があしらわれ、その身を守る鎧には、大きな魔石が組み込まれている。

加速と雷撃。

小さいとはいえさすがは一国の軍を率いる騎士団長だ。

この装備と前に見た実力ならば、Aランクにも匹敵するだろう。


「ええ、準備は出来ているようですね」

「ああ。考えうる限りはな。とはいえ、万全の用意をしたところで、足りないものが多すぎる、というのが本音だ。何よりも人と時間がな」

 当たり前の話だ。

そもそも、相手は二万の盗賊団を相手にするつもりで来ているが、既にそんなものは無くなっている。

暴れていた盗賊たちは既に捕らえ、残るは、本体でもあったケルカトルの配下、千人程度だ。

あとは密林の蛇王(ナーガロード)から、軍に属していなかった者達のうち、二千人ほどが参加してくれている。

元々、エウルからの搾取に耐えきれず、盗賊に身を落とした者達だ。

エウル軍十万の報せに絶望し、反乱を起こしてでも逃げ出そうとしていた。

しかし、


「馬鹿者! 今更どこに逃げようというんだ。相手は十万。お前達はたがだか数十人の騎士にも逃げ惑っていたんだ。どこに逃げようと、もはや、逃れられるか! ならば腹をくくれ。どうせ死ぬなら、人のために死ね! それが、人の道から外れたお前達が、人として死ねる唯一の道だ!」

 詭弁である。

そう言っているケルカトル本人こそが、盗賊団の首領なのだ。

だが、その熱の篭った視線と、魂を貫くような咆哮は、盗賊たちの心を揺さぶったのだ。


「アロウ殿。この戦が終わったら、俺は死ぬよ。結果がどうなろうとな。あいつらに死ねと言っておいて、自分が生きていられるはずもない」

 ケルカトルは自嘲して呟く。

しかし、

「やめてくださいよ、自刃なんて。それでなくても吹けば飛ぶような国なんです。これ以上、面倒を増やさないでください」

そう言って軽口で返す。

指揮官なんて、敵はおろか、味方や、自分自身にさえ嘘をつかなければやっていられない。

それは、資質というよりは業。

呪いのようなものだ。

それを言うのであれば、今回の事態を引き起こしたのは、僕達の方なのだから。

彼には、まだやってもらわなければならない仕事が沢山あるのだ。




 その頃、エウル北部の平原。

そこでは続々と周辺国からの援軍が到着していた。

「報告します。ドルネクより三万、ドルケイルより一万三千。到着いたしました」

エウル軍のうち、五万がこの北伐のために待機している。

そして、援軍はこれで七万に膨れ上がった。

計十二万の大軍。

二万の盗賊を討伐するのには、過剰すぎるとも言える大戦力だ。


飢えし黒雲(ロクストプレイグ)が如く、か」

 小高い丘に構えた幕舎からガラージが陣営を見下ろす。

今は来る進軍の時に備え、集まった兵達は眠りについたように静まり返っている。

だが、ひとたびその時が訪れれたならば、空を覆い、雲か大波かと見間違うほどの群れをなし、農作物はおろか雑草から家屋の茅葺きまでを食い尽くす蝗害(ロクストプレイグ)のように、盗賊だろうがドレーシュ軍だろうが、また平民であろうが蹴散らし、踏み潰し、飲み込んでいくことだろう。


 ドルネクからの派兵が予想よりも多かったのは、進行上に自分の領土があるため、少しでもその被害を食い止めたいという気持ちの表れだろう。

その他の国にしてもそうだ。

ここで協力を惜しめば、明日は我が身である。

いつなんの理由でこの兵力が自分の国へと押し寄せるのか分からないのだから。


 幕舎の垂れ幕を降ろし、ガラージは何も無い幕舎の天井を見上げる。

その表情は、何とも複雑なものだった。

視界を埋めるほどの大軍を指揮する武人としての(ほま)れ。

そして、その結果により滅ぶだろうドレーシュ王国への(うれ)い。


 なにもガラージは、ドレーシュ王国に恨みを持つ訳では無い。

滅ぼそうとしているわけでも、民を苦しめたいわけでもなかった。

だが、かの大盗賊団を殲滅するためには、それもやむを得ないと思っている。

ムルムからの報告によれば、派兵した軍の三分の一に当たる兵が、奇襲とはいえなんの抵抗も出来ぬままに壊滅させられたという。

しかも、遠方より隋軍する検分役からの報告では、魔物と思われる巨人の使役もあったらしい。


 操獣士(テイマー)

野獣や魔獣を特殊な技術で使役する技術は確かにある。

広義で言えば、魔鳥馬(ユサ)魔蜥蜴(ホラレ)を騎乗用に調教する技術もそうであるが、凶暴な獣を手懐け、戦闘用に使役するとなれば相応の技術を要する。

それも六千の大軍を蹂躙するほどの規模で行使するというのならば、もはや捨て置けるはずもない。


 最初に報を聞き耳を疑った。

そんな大規模な操獣など、これまで聞いたこともないのだ。

魔族。

すぐにその可能性を思いついた。

幼い頃に決着がついた、魔族の大侵攻の再来か。

それとも、近隣の小魔王達が関与しているのか。

いずれにしろ、最大戦力で向かわねばならない。

その結果、そこに住む民ががどうなろうともだ。


 ガラージは、幕舎にあるベッドに横たわる。

王城にあるような立派なものではない。

固くごわごわとして寝心地も悪い。

時折女も呼ぶのでそれなりの広さはあるが、それでも快適とは言い難い。

だが、むしろその居心地の悪さが心地いい。

生きている。

そう実感できるのだ。


 瞬間。

飛び起き、枕元に置いてある剣を取り、一息に抜き放つ。


「何奴だっ!」

 つい今の今まで気が付かなかった。

幕舎の片隅。

物置の影にひっそりと佇む人影が目に入ったのは、偶然だった。

衛兵たちは何をやっているのか。

そう思うまもなく、人影は静かに歩み寄る。


「お初にお目にかかります、ガラージ王子」

 明かりの近くに進み、人影は次第にその姿を表す。

「貴様は……」

ガラージの眼前に立つ人影は、ゆっくりとその姿を現した。

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