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第八章)混迷の世界へ アロウの思考

▪️四大国・エウル王国⑩


「おつかれー」

「はっ、アロウ様。ご苦労様です」

 すれ違う衛兵に軽く挨拶を交わし、今日も“密林の蛇王(ナーガロード)”の下位組織を撃破し、城下街の宿へと帰ってくる。


「おかえりなさい、アロウ」

「先輩、お疲れ様です」

 留守番だった女性陣に迎えられ、装備を下ろしていると、ラケインも帰ってきた。

「おつかれ」

「あぁ」

ガチャガチャと手馴れた風に鎧を外していくが、重装備のラケインは、身軽になるだけでも大変だ。

鎧やブーツを外し終えると、疲れが出ているのか、右手を左肩に当てて首や肩をぐるぐると、音を鳴らして回している。


 ドレーシュ軍騎士団長であるケルカトルとの話し合いからひと月。

あれから大分状況が変わった。


 まず、ドレーシュ軍との連携が取れるようになった。

軍と言っても、総数1500人。

しかもその殆どは、各地の警備に配備され、実際に軍として成立しているのは524人だ。

だが、深い木々の中でも小回りの効く灰魔鳥馬(グレーユサ)を操り、“鋼撃(スレッジ)”に鍛え上げられた524人だ。

僕、ラケイン、ケルカトルがそれぞれに100人ずつを率いて、各地に潜む盗賊たちを撃破している。

密林の蛇王(ナーガロード)”の長である、蛇王・ケルカトル自らが、盗賊の壊滅に乗り出しているのだ。

その戦果は高い。


 というのも、ケルカトルからしても、これまでは利害の一致があったからこそ野放しにしてきたが、下位の盗賊たちは正しくただの盗賊であり、捕らえたいとは思っていたのらしい。

ビルスの手引きでエウルの貴族からの協力がある今、ドレーシュの騎士団として彼らを捕らえることに、なんの不都合もないのだ。


 ちなみに、貴族達からしても、ただ密林の蛇王に物資を援助している訳では無い。

いくらビルスとリヴェイア王子の口利きとはいえ、実利がなければそれは投資とは言えない。

リヴェイア王子と懇意にする貴族達は、良くも悪くも正しい貴族なのだ。

民と領地を想い、情だけで協力するような甘さはない。

だが、それは金銭や地位、領地ではない。

彼らへの報酬は、正しい治世。

それだけだ。


 彼らは正しく、善良だ。

故に、現在のエウルでは冷遇され、より高位の貴族達に食い荒らされている。

それを正す。

それだけが彼らの悲願であり、何よりもの報酬なのだ。

既に、言葉として名言はしていないが、リヴェイア王子が王位を目指していることは、伝わっている。

そして、それに“反逆者(リベリオン)”が協力していることも。

物ではなく信義で繋がっている以上、その連携に綻びはありえない。




「しかし、エウル軍が引き上げていったのはありがたいな。無用な犠牲が出ずに済む」

 ラケインがようやく鎧を外し終え、万物喰らい(フルイーター)魔剣(レイドロス)の点検を始める。

ラケインのスタイルでは、大剣は、武器にも盾にも用いる。

日々の点検はもちろん、暇さえあれば弄っているといって過言ではないほどに整備を欠かせない。


 エウル第七軍団、ムルムの軍が引いたのにはもちろん理由がある。

全軍の三分の一にあたる一個師団を、一夜にして壊滅させたせいだ。

激戦の末に打ち破られたのではない。

一方的に、全体の三分の一の兵士が壊滅したのだ。

軍の士気も指揮も、もはや通常の運用など出来やしないだろう。

ちなみにこの件にラケインやメイシャは関与していない。

ならず者であれば剣を振るうことに躊躇いはないが、非道とはいえ相手は騎士だ。

明確に敵対していない彼らを手にかける事を、ラケイン達にさせたくはない。


 六千の軍。

それをどうやって打ち破ったか。

簡単だ。

物量と奇襲。

それだけの事。


 主役は、文字通りに人間離れした魔力量を持つリリィロッシュだ。

元々、子をなす派生種の魔族の中で最高位の魔力量を誇る淫魔(サキュバス)であるリリィロッシュが、僕達との依頼を通して研鑽を積んだのだ。

ただ魔力をただ吐き出すだけで、人間にとって絶望的とも言える猛威を振るう魔族の魔法だ。

それを、精緻に練り上げ、完璧な制御をもって、高効率で解き放つ。

もはや、本気になったリリィロッシュは、出力だけに限れば、かつての四天王達Sランク魔族と比べても遜色ない程の実力を持っている。


重複詠唱(デュアルスペル)召喚魔法(サモン)穢れた尖兵(カースソルジャー)守護系魔法(エンチャント)精霊の手綱(エレメンタルレイン)

 その夜、リリィロッシュが唱えたのは、魔族の常套手段である骸骨兵(スケルトン)を呼び出す魔法と、魔力を遠隔支配する付加魔法。

これにより、骨の鎧を纏った強化スケルトンが出来上がる。

その数、一万体。

かつて育成学校の四校戦で披露した龍骸巨兵(ドラゴリアス)の軍団、巨兵戦団(ティタノーン)

ただでさえCランク相当のスケルトンが、より巨大に、より強大に、より凶悪に進化したのだ。

もはや、ただの兵士など何千人いようが問題とならない。


 そもそも、今回の密林の蛇王討伐という任務も、相手がバラバラに隠れ潜んでいる状況でもなければ、苦戦することなどもなかった。

僕やリリィロッシュのような高位魔法使いにとって、まとまり固まっている六千の軍など、ただのカカシ程度にしか過ぎないのだ。


 それにしても、リリィロッシュは、かつて魔力を使えないを使えない魔法使いなどと揶揄されたものだが、変われば変わるものだ。

本来、リリィロッシュは、魔法自体が苦手というわけではなかった。

ただ、男に媚び、偽り、嘲るように振る舞う種族の性質を嫌ったのだ。

故に男を嫌い、魔力の糧となる男の精を受け付けず、魔法を使うことが出来なかったのだ。

その彼女が、ここまでに大魔法を使いこなす理由。

それは、……まあ、そういうことなのだとしておく。


 それはさておき、六千の軍だ。

蹴散らすだけならばともかく、一万ものドラゴリアスをもっていしても、壊滅となれば容易なことではない。

そこは僕の出番だ。


重複詠唱(デュアルスペル)暗黒系魔法(ダーク)静寂の常闇(サイレントナイト)暗黒系魔法(ダーク)深淵の安息(ホーリーナイト)

 静寂と安息の状態異常魔法。

言葉ほどに優しげなものでは無い。

月明かりだけが頼りとなる夜の森において、物音がどれほどに重要なものか、言うまでもない。

山並みや木々によって月明かりさえ遮られ、光も音もが奪われては、索敵はほぼ不可能となる。

無論、夜警の兵士たちは、普段よりも警戒しているはずだ。

だが、安息の魔法は、強制的に警戒心を解きほぐさせる。

異常なまでに楽観的に、深刻なまでに無警戒にさせる状態異常。

光も音もないまま、例え隣で友人の首が落ちようが、全く気づかせずに事を終えることが出来る。

外縁の警備兵が息絶えた頃、野営地の軍は、もはや猫一匹とて逃げ出すことが出来ないほどに、取り囲まれることとなったのだ。




「そう言えば、ちょっとの間乱れていた商隊の流れが元に戻りましたね。ビルスさんが頑張ってくれたみたいです」

 メイシャが甲斐甲斐しく、ラケインの鎧を受け取り、細かな汚れを拭き取っていく。

いつも天真爛漫なメイシャも、こうしてくつろいだ時間には、立派な奥さんをしている。


 メイシャの言う通り、商人達の動きが正常化したのは、ビルスの働きによるものだ。

だがその方法は、彼女の想像とは、きっと異なる。


 エウル貴族達による物資援助が乱されたのは、予想通り、第二王子ザハクの策によるものだ。

直接的に妨害をする訳ではなく、全く別の場所に商人達の目を向ける。

なかなかに考えられた策だとは思う。

だが、その方法が悪かった。

手下を使い、荒事を起こし、民衆を扇動する。

ならば、まずは事を収め、真相を明かしてやればいい。


 かと言って、こちらの手は既にいっぱいだ。

だからこそ、六千の軍を徹底的に壊滅させた。

そこまでの被害が起これば、さすがのムルムも軍を引かざるをえない。

そして、軍団ひとつを退けるほどの脅威があって、民の反乱など時間をかけていられるはずもない。

あとは、第一王子ガラージが、本来の役目である治安維持の名の元、大軍をもって速やかに鎮圧するのみとなる。

ムルムの大敗をもって、遠く離れた地の乱を、強制的に収めさせたのだ。


 それだけではない。

諜報戦の優劣は、事前の仕込みにこそある。

北に僕達がいる以上、その妨害をするならば、同じく北か、真逆の南かと当たりをつけていたビルスは、馴染みの冒険者を使って予め様子を探っていた。

人の出入り、噂話、町に漂う心の機微。

そういった内面的な情報から調査をする一流の諜報員がいた。

我らが《砂漠の鼠(デザート・チュウ)》のBランク冒険者、“華山(ビルド)”のゴルマッチョイさんだ。

……あぁ、あのピクピクと動く胸筋を思い出してしまった。


 ゴルマッチョイさんは、あの見かけをして凄腕の諜報員である。

あの見かけの通り、もちろん腕っ節の方も流石のキレを見せるが、何よりも人の心や場の空気を読む力が半端なものではない。

あの見かけのわりに慎重な性格で、元は盗賊だったというが、綿密な情報収集によって多くの稼ぎを得ていた。

そして、あの見かけだからこそ、人々の意表をつき、風景に溶け込み、誰からも怪しまれずにいたという。

……あぁ、頭の中で背筋を盛り上げないでください、ゴルマッチョイさん。




 ともかく、ガラージ王子に反乱を収めさせ、その強引さに民の反感をかってもらう。

そして、ザハク王子の策を潰し、反乱を扇動したことを公にする。

残るは、悪逆非道な王家と縁を切り、民を助けたリヴェイア王子、その表舞台への第一歩、ということだ。

後は、こちらの件を片付け、現王族にご退場いただけば、策はなる。


「あ、先輩。ちゃんと汚れ落としました? テーブルが砂っぽいって、お姉様が怒ってましたよ」

「アロウ。怒ってはいませんが、今日のスープはいい出来です。このスープに汚れを持ち込むのなら、私の機嫌がどうなるのかは保証しません」

「わ、わかりました」

 どうも考え事をしながら、席に着こうとしていたらしい。

鼻をひくひくとさせて鍋の様子を伺うと、今日は、魚のアラを使った料理のようだ。

女性陣に逆らう勇気はないので、さっさと汚れを落として、料理に舌づつみをうつとしよう。


地味に気に入っています、ゴルマッチョイさん。

ハガレンのアームストロング大佐と思って頂ければ間違いないです。

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