第八章)混迷の世界へ 金という力
▪️四大国・エウル王国⑧
その二日後、ケルカトルから連絡があり、僕達と密林の蛇王は、手を組むことになった。
まずは僕達の妨害によって飢え始めている部下達のために、襲わせる用の荷物をコールへと送る。
そして、幾ばくかの損害を出させた後に、ならず者としかいいようのない、本物の盗賊たちを捕らえていく。
ケルカトルの命令に従わない盗賊を捕らえ、本物の配下の戦力を増やす。
一石二鳥の作戦だ。
同時に、ケルカトル達本体が動かない荷物も流通させる。
そして、この荷物を運ぶ際には、あえてそれと分かるように大げさな商隊と屈強な護衛を用意した。
これに群がるのは、蛇王に与しない盗賊と、ムルム達エウルの騎士団だ。
彼らにも活躍する場を与えないと、何をしでかすか分からない。
商隊には、荷物の半分はエウル軍へ差し出すように、予め伝えてある。
最悪、盗賊も商隊も皆殺しにして、荷を奪うことも考えられた為の自衛策だ。
これでしばらくは持つだろうと、肩をなでおろしていた矢先のことだった。
「アロウ様、申し訳ありません」
ビルスから繋魂の念話が入った。
「どうしたの?」
「エウル国内の物流が乱れており、そちらへ資源を回す余裕がありません」
ビルスからの報告はこうだ。
これまで、リヴェイア王子のコネを使い、ビルスの要請でこちらへ計画的に襲わせるための商隊を派遣していたが、エウルの南に隣接するリューホ王国に内乱があり、商人達の対応に追われているのだという。
戦から逃げてくるもの、救援に向かうもの、それに伴い暴動も散発しているらしい。
人が動けば商人も動く。
戦とは、商人にとってはハイリスクハイリターンのチャンスでもある。
いくら貴族からの要請とはいえ、これまで通りの働きを期待するというのは、酷というものだった。
「しかも場所が悪い。ドレーシュは北、リューホは南。商人の目が逆へ向いてしまっている」
「嫌なタイミングで事を起こす。……まぁ間違いなく、第二王子の仕業だね」
エウル王国の宰相にして、王位継承権第二位。
第二王子のザハクによるものだろう。
国王が僕達という力を手にし、北へ動いた。
兄であるガラージ王子がそれに対抗してムルムを派遣した。
そして少人数であるはずの僕らが、正規軍のムルムを出し抜いているのだ。
協力者の存在を疑わぬはずはない。
一応、ビルスやリヴェイア王子の関与が分からないように手は売ってあるし、名目上の雇い主は国王陛下だ。
念のために、国王の指示で動いているように見せかける証拠は、分かるように隠蔽してある。
「いかがしましょう、アロウ様」
「ん、問題ないよ。とりあえず可能な範囲で予定の荷を送って」
だが、ここまでは予定の範疇である。
安心するようそう言って、繋魂を切った。
従者が運んできた報告書に目を通し、ザハクは、笑みが浮かぶのをこらえることが出来なかった。
「くっく、兄上もSランクもたわいないですね。所詮は剣と血でしか物事が考えられぬ愚者というものか」
ザハクは、いつも通り、読み終えた報告書をろうそくの火で燃やす。
そして、傍らからノガルドの地図を取り出し、今一度笑みを浮かべるのだ。
計画はすこぶる順調である。
父である国王が、Sランクの冒険者を配下に加えたと聞いた時にはどうなることかとも思ったが、これはむしろ僥倖だった。
国王が示威行為として選んだのは、よりにもよって北の盗賊団の討伐だったのだ。
これは、戦力がどうという話ではなく、物理的に不可能な命令だ。
たしかにこれが片付けば、北国との貿易も容易くなり、さらに発言権も増す。
だが、それであればたった四人の部隊ではなく、王国軍を用いるべきだった。
だが、それは無理だった事だろう。
何しろ、王国軍は、兄の管轄だ。
形としては命令するだけではあるが、あの父だ。
兄に頼み事をするなど、到底ありえない。
それにしても、だ。
SランクにはSランクなりの、相応しい任務というものがあったはずだ。
未だ誰もなしえていない、小魔王の討伐は難事だとしても、その配下や野良の魔物の討伐でも充分だった。
いや、むしろ、自国の兵を傷めずに、小魔王への牽制をかけられるチャンスだったかもしれない。
所詮は城の奥にひきこもり、現場を知らぬものの浅知恵なのだ。
「……ふっ」
そこまで考えてから、ふと口元が緩む。
それは、先程までの自信に満ちた嗜虐的なものとは違う、むしろ自嘲するような、被虐的なものだった。
何しろ自分自身こそ、城に引きこもり、従者が持ってくる報告書だけで現場を知らぬ文官に過ぎないのだ。
だが、それでいい。
自分は父や兄とは違うのだ。
唯一の頂点ではなく、頂点の一角。
それを自覚していれば、無理に事を急くこともない。
現場は、現場を知るものに任せておけばいい。
権力を国王が、武力を兄が、そして、財務を自分が司る。
ザハクにとっては、今この状態こそが最も居心地がいいのだ。
勢力図を書き換え、完全にエウルを支配下に置きたい父や、その座を奪おうとする兄とは、折が合わない。
だからこそ、今は、二人の妨害という点に精力を傾けている。
北の様子を伺えば、まだ解決の糸口は掴めていないようだが、一万の兵を有する正規軍を完全に出し抜いている。
正面からの戦闘ではなく、局面としての優位。
考えられるのは、情報の掌握だけだ。
この冒険者のリーダー、確か“魔帝”と言ったか。
そいつには、多少の知恵があるらしい。
人数が少ないのであれば、人数を増やせばいい。
それは武力という単純なものでなく、それ以外の協力者だ。
王が背後についていれば、多少の無理くらいは効くだろう。
その線で商人達の流れを調べてみれば、すぐに事は割れた。
幾人かの下級貴族達が協力して、コールへ向けて商人を送っているのだ。
それも、わざわざ荷を詰んでいるとわかるようにしてだ。
つまり、あえて襲わせ、それを撃退しているのだ。
だとすればその妨害も容易い。
商人を送れなくせればいいのだ。
しかし、これを武力や無理な政策で禁止しては、元も子もない。
だが、そんな事をしなくとも、もっと確実な方法がある。
それが、リューホの内乱だ。
兄ほどでなくとも、それなりに手勢は持っている。
そして、リューホもほかの諸国と同じように、エウルからの重税で、民の不満は高い。
そこで、手下に暴徒を装い、暴れさせた。
あとは、民を先導してやれば内乱が完成する。
この案のいいところは、王に協力する商人達になんの強制もしない点だ。
仮に不満が国へ向いたとしても、自分にはその矛先は向かない。
何せ、自分たちの行いの結果なのだ。
そして、その効果は抜群だ。
頼みの綱の商人達が、南に集まってしまえばこれまでの作戦は使えない。
あの蒼龍の角とかいう冒険者どもと共に、国王の野望は失敗する。
このまま大人しくしていれば良し、そうでなくとも、協力を求めに頭を下げに来るのは、兄ではなく自分のところだろう。
Sランクという武力を持つものだ。
同じ武力の象徴である兄は頼るまい。
その結果がどう転ぼうと、悪い結果にはならないだろう。
この石造りの部屋には窓ひとつもない。
宰相の執務室としては、あまりに陰気で無機質に過ぎる。
だが、これでいい。
ゆらり。
ろうそくの火が揺らめく。
その先には、国王のいる尖塔があるはずだ。
風も、光も、音もしない、薄暗い石室だからこそ、見えるものもある。
「大人しくしていればいいものを……」
その目には見えぬ、国王の姿に向かって、ザハクは薄く笑い、一人呟いたのだった。




