第八章)混迷の世界へ リヴェイア王子との相談
▪️四大国・エウル王国⑤
「そうですか。ついに引っ張り出せましたか」
「ええ。ご協力ありがとうございます」
通信用の水晶に映る人物は、満足そうに頷く。
リヴェイア=セイル。
僕達の雇い主、いや協力している仲間、エウル王国の第三王子である。
僕たちが連続して“密林の蛇王”の出現場所に現れることが出来たのには、もちろんからくりがある。
簡単に言えば餌を撒いたのだ。
“密林の蛇王”は、総勢二万とも言われる大盗賊団。
この数は、異常に過ぎる。
そのうち幾らかは、このドレーシュで静かに暮らす民だろうが、それを差し引いてもその数は多い。
その分、食料品や生活雑貨の消費も激しく、またそれを維持するための金子も必要だ。
そこで、連日の城下町の散策だ。
メイシャの商人としての知識、町での情報収集。
それらを総合して、リヴェイア王子を通じ、各地の貴族からコール聖教国へ向かって囮となる荷を送って貰ったのだ。
軍事、流通、経済。
すべての物事は、情報によって支配される。
されるがままに、情報に翻弄されるなど論外。
情報をいち早く掴むようになって半人前。
情報を利用できるようになって一人前。
情報を作るようになって十人前。
魔王時代に参謀であったある魔族から言われた言葉だ。
多くの村や町を調略していたことに比べれば、たかが盗賊団を操るのにわけはなかった。
だが、いくら策を練ろうと、実弾がなければ彫刻のワインではある。
それを成すためのパトロンが、リヴェイア王子だ。
「それにしても、想像以上の成果ですよ。まさか損耗率が一割以下とは。協力してくれた貴族達も喜んでいますよ」
「いえ、こちらこそ。王子の人脈のおかげで思ったように采配できました。数も質も希望通りのものだったからこその成果です」
この通りである。
実のところ、リヴェイア王子の放蕩癖には、裏があった。
小さな領地だから、その領の采配は、信頼出来る従者に任せてきた。
そして、領地の収益とは別に、国の資金を使えるからこそ、各地を好きに放浪できた。
それは何も、物見遊山に旅していたわけではなかったのだ。
領地は小さくとも、民を愛し、良い統治を行う地方領主。
貧しくとも信義を重んじる公明正大な下級貴族。
そして、彼らを支援する隠れた名君。
各地をめぐり、そんな人々との強いパイプを確立していたのだ。
無論、リヴェイア王子としては、なんの打算もなかったとは言わない。
力を持つ大貴族達の殆どは、国王や他の王子に既に取り込まれている。
だからこそ、下級貴族達を味方にするしかなかったとは言えるが、それを金をばらまくのではなく、交を通じ、真の意味で繋がることを選んだリヴェイア王子だからこそ、今回の支援が可能だったのだ。
「これからどうなります?」
リヴェイア王子の言葉には、二つの意味がある。
一つは、“密林の蛇王”の本隊を引き摺り出したことから、次の段階へ進むだろうことに対して。
そしてもう一つは、僕達本来の目的に対してだ。
そもそも、今回の盗賊団討伐は、手段の一つであり目的ではない。
僕達がSランクへと昇格したことに端を発するとはいえ、このままではエウルに内乱が起きてしまう。
内乱の回避、ひいては、リヴェイア王子への王位の禅譲。
それがゴールである。
「とりあえず蛇王と第一王子を動かせました。こちらは若干の方向修正が必要ですが、目処はたっています。ひとまずは、引き続きこちらへの支援をお願いします。」
二万もの構成員を養うだけの金と食料。
奥深い森林に隠れ住む盗賊たちが、それを賄うためには、商隊を襲うしかない。
それを立て続けに妨害されては、本隊が動くしかない。
そして、第一王子の配下が僕達へ牽制をかけてくることは読めていた。
しかし、蛇王個人の力量と軍団長の残虐さは計算外だった。
こちらはまだ色々と考えなければならない。
「追加でお願いしたいことがいくつか。今回の貿易で協力してくれた貴族達は儲けが出ました。それに便乗して、他の貴族達も貿易の動きが出るはずです。できる範囲で結構ですので、他の貴族達の動きも探って置いてください」
「なるほど、了解した」
基本的に今回の作戦は、“密林の蛇王”の兵糧攻めといえる。
それに餌をチラつかせて狙い撃ちしているのだ。
そこへ、把握していない商隊が飛び込めば、作戦が崩壊する。
全ての把握は無理でも、極力不確定要素は除いておきたい。
「それともう一つ。そろそろ第二王子が動き出します。恐らくはエウル国内でなにか仕掛けるはずです。そちらはビルスに対応させますが、王子も動きがあれば教えてください。あくまでも悟られないように」
「心得ている。今は無害な放蕩息子を演じているよ。最も、その通りではあるがね」
リヴェイア王子の軽口を聞いて安心する。
その言葉には、確固たる覚悟と自信がある。
浮かれて足を救われる者に見える、浮ついた感じはなかった。
「それでは、よろしくお願いします」
「あぁ、こちらも頼む」
リヴェイア王子との通信を終える。
計画は今のところ順調だ。
だが、盗賊団と力押しの第一王子は、まだ御しやすい相手なのだ。
こちら同様に、知識と策略に長ける第二王子、彼の出方がまだ見えない。
「ふぅ、こういうのは久しぶりだな」
思わず背伸びをして愚痴が出てしまう。
得手不得手と好みは別の話だ。
謀略にたける魔王と呼ばれてはいたが、正直、好き勝手に暴れる方がどれだけ楽なことか。
魔王時代にも、息が詰まると四天王相手に模擬戦を行っていたものだ。
「うーん。リリィロッシュ、ちょっといい?」
「はい。なんですか、アロウ」
メイシャと夕飯の支度をしていたリリィロッシュに声をかける。
「ちょっと体を動かしたいんだけど、付き合ってくれない?」
すると、
「はぁ。見ての通り、今は夕餉の準備をしています。それをメイシャ一人に押し付ける気ですか?そもそもこんな街中にいて、私たちが暴れたら、訓練とはいえどんな被害が出るか分かるでしょう。もうすぐご飯にしますから、大人しくしていてください」
「は、はい……」
怒られてしまった。
ここ数日、ブクマが増えてました。
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