第八章)混迷の世界へ ある村の戦い。終結
▪️四大国・エウル王国④
その報を聞き、そちらへ目をやる。
黒地に白い刺繍の蛇が描かれた旗。
手勢はおよそ百か。
そしてその先頭に、一際体の大きな盗賊が見える。
全身黒づくめの重鎧を身につけた鬼神。
「やっと出てきたか。……あれが、“蛇王”」
それは、異常な光景だった。
荷物を運ぶためのホラレ馬車が数台。
百人ほどの盗賊は、皆徒歩である。
黒一色で揃えたとはいえ、その装備はまちまちで、あるものは鋼の胴鎧、あるものは皮の前垂れ、またあるものは木を束ねただけの盾を手に、高価な鎧や法衣を装備した千を超える軍に突撃している。
何よりも、その戦力がおかしい。
仮にも、四大王国の正規軍だ。
その練度が低いはずもない。
それが、十倍を超える人数も、貧弱な装備もものともせず、局所的にとはいえエウル軍を圧倒しているのだ。
その中心にいるのが、黒づくめの重鎧、蛇王である。
彼の得物は、重く巨大な槍だ。
蛇頭を模した穂先が鈍色に煌めく度に、鮮血が高く舞い上がる。
突き、払い、薙ぎ、叩き、また突く。
後方からの奇襲ということもあり、その猛烈な攻めの前に、エウル軍はなすすべもなく切り裂かれる。
「──、──」
蛇王がなにか指示を出しているが、当然この騒乱の最中だ。
何を言っているのかは、分からない。
だが、その手振りで何を狙っているのかは、すぐに分かる。
「ラケインっ!」
「任せろ!」
ラケインが前に出る。
今この場で振るうのは、万物喰らいだ。
「爆炎系魔法・赤扇っ!」
爆炎で周囲の兵を薙ぎ払う。
その一瞬、槍衾に空隙ができる。
「大斬撃、虎王っ!」
ラケインの万物喰らいが唸る。
エウルの兵を薙ぎ払いできた、一瞬の溜め。
その刹那に大技を叩き込む。
“魔剣”レイドロスの得意とした、闘気を剣に乗せて飛ばす奥義、大斬撃。
その本質は、ただの遠距離攻撃では無い。
大斬撃とはあくまで技法のひとつでしかなく、基本となる剣技に上乗せすることにより、その性質は千変万化する。
巨大な斬撃を広く飛ばす、破剣技・裂破。
光線のように貫く、滅剣技・一閃。
昇龍の如く立ち昇る、撃剣技・昇星。
刀身に闘気を留め、強烈な斬撃を放つ、終剣技・雷豪。
乱撃により無数の刃を放つ、群剣技・旋刃。
そして斬撃ではなく、衝撃波として直線上に闘気を放つ技が討剣技・虎王である。
メシっ、ベキっ。
剣圧に押し潰され、エウルの兵達が消し飛ぶ。
猛虎の咆哮の如き烈風が向かう先は、“密林の蛇王”の部隊である。
だが、僅かに狙いが逸れ、彼らの前に立ちふさがるエウル軍を薙ぎ払うのみに留まってしまう。
「──っ!」
蛇王の合図で、盗賊達の動きに拍車がかかる。
図らずも眼前の陣形が崩れた事を機に、一気に目標へとたどり着く。
彼らの目標、それは、虎王の衝撃波のより綻んだ、村人達を閉じ込めた檻だった。
「ふん、そうはさせんぞ!」
ようやく盗賊たちの目的に気づいたのか、エウル軍の部隊長の一人が、蛇王の前に立ちはだかる。
遠目だが、蛇王も大柄であるように見えるが、その部隊長は、更に頭一つ分は大きい。
魔法剣士であるらしく、手に持つ大剣は、炎が宿っている。
燃える大剣を大きく振りかぶり、蛇王へとうち下ろす。
地は大きくえぐれるが、彼の出番はここまでであった。
蛇王は、手に持つ槍を構え直す。
腰は高く、力んでいるようには見えない。
むしろ、その身から立ち昇る覇気を内へと秘め、脱力させているようだ。
一瞬。
正に刹那の時である。
槍を緩く持ち、ただ構えているその状態から、左の軸足を強く踏みしめ、体を前方へと押し出し、倒れ込むようにして槍を突き出す。
引き絞られた矢が発射されるにも似たその一撃は、巨躯の部隊長を穿ち、胸に大きな風穴を開ける。
瞬きするよりも短なその一瞬に、すべての力を槍に込めて炸裂させたのだ。
「てめぇら! ふざけやがって!」
ただの手駒とはいえ、それなりの使い手であった部隊長を倒されムルムが激昴する。
暗黒の魔力を立ち上らせ、蛇王に向かって放とうとするが、そうはさせない。
「おいおい、喧嘩売ってきたのはそっちが先だろ? それと、手柄の横取りはさせないよ」
守護系魔法で強化させた拳を突き出し割って入る。
ムルムの手を弾き、魔法を中断させる。
だが、ムルムもまた体を強化し、魔力の槍と化した魔杖を振るう。
「ちっ、てめぇ邪魔をする気か!」
「そう見えないなら余程の間抜けだね」
さすがは軍団長と言うだけはある。
軽口で応戦するも、実際にはそれほど余裕はない。
闇属性の魔法は、基本の四元素の反転である。
つまり、その使い手であるムルムは、最低でも四属性を極めているということだ。
各種の属性で強化した肉体で肉薄する。
それは、破壊力を、膂力を、耐久力を、速度を何倍にも引き上げた、化け物との戦いなのだ。
ムルムは杖を、僕は水晶姫を振るい、幾合も切り結ぶ。
振るわれた杖を受け、剣を薙ぎ、蹴りをいなし、拳を交わす。
「けっ、小僧がやるな!」
「黙ってないと舌を噛むよ?」
「ぬかせ!」
魔杖が突き出される。
火の守護系魔法で攻撃力を増したその一撃は、大盾すら貫く威力を持つ。
その杖を土の守護系魔法で耐久力を上げた水晶姫で弾き、左へと捌く。
単純な力比べでは分が悪い。
だが、それを補うための剣術は身につけている。
水晶姫を両手で構え、力は受けきらず僅かにずらして受け流すのだ。
しかしムルムも、その一撃は囮であったようで、すぐ様体を捻り、死に体となった右手を引き、左手を目の前へと突き出す。
ゼロ距離。
避ける暇もないが、逆に拳を加速させるだけの距離もない。
いくら魔法で強化しているといえど、この距離では大したダメージにもならない。
だが、その手は、拳のように握られておらず、掌は開かれている。
まずい!
咄嗟に、受け流した水晶姫に重心を寄せ、振るった勢いそのままに転がり込む。
僅か数瞬。
その直後に熱。
ムルムの突き出した掌は、打撃ではなく密着状態からの魔法の行使だった。
あれはまずい。
いなそうが防ごうが、あの距離からならそれだけで致命傷だった。
こちらもやられてばかりではない。
転がるついでに体をいれかえ、振り向きざまに冷気を振りまく。
扇形に広がる氷柱。
追撃を阻む盾と迎撃のための槍。
だが、それも魔力を込めた魔杖に打ち砕かれる。
突如、歓声が上がる。
振り向けば、“密林の蛇王”が村人達を解放し、待機していたホラレ馬車に乗り込み、離脱するところだった。
「……ちっ。おい、“魔帝”、お遊びはここまでだ。本命が逃げた以上、ここにいても仕方がない。こっちは引く。だが、これ以上やるつもりならエウルに敵対するものとして報告するぞ」
ここまで、のようだ。
ムルムが魔力を納め、休戦を申し出る。
確かに、思うところはあれ、そもそも僕達とエウル軍が争う必要は無い。
村人達も解放された今、これ以上の戦いは無用のものだ。
「いいでしょう。僕達も引きます」
水晶姫を鞘に戻し、距離を取る。
緑の閃光弾が上がる。
ムルムの魔法弾により、停戦の知らせがされ、あとに残されたのは、エウル軍の亡骸だけだ。
「軍団長ムルム、ガラージ王子に伝えろ。この件は僕達が預かる。お前達は引け!」
“荒廃”に飲み込まれた村、虐殺された村人達。
なんの栄誉も報酬もない無用の戦いに命を落としたエウルの兵。
この戦いには、なんの意味もなかったのだ。
「冗談いうなよ、“魔帝”。俺たちにこれだけ喧嘩売ったんだ。生きてこの国を出れると思うなよ?」
そう言うとムルムは、軍の人混みへと消える。
次第に人垣は減っていき、後には、その後の処理をするらしい人員だけが残る。
「僕達も一度戻ろう。作戦を考えないと」
こうして、エウル軍、そして密林の蛇王との戦いが始まった。




