第八章)混迷の世界へ 第七首・“荒廃”のムルム
▪️四大国・エウル王国①
それからも、ほぼ三日に一度のペースで“密林の蛇王”の部隊と遭遇し、その殆どを生かしたまま捕らえ、ドレーシュ軍に引き渡していく。
先日のような大部隊は流石に珍しいようで、大体が十から三十人程のグループだったが、稀に百人以上の大部隊も現れた。
既にその数は千に届こうとしており、当然、軍での収容人数を大幅に超えている。
現在は、森の一部を切り開き、捕らえた盗賊たちを使って、簡易の収容施設を建設しているところだ。
「え? 自分達の入る牢屋を自分たちで作ってるんですか? それだと脱走経路も作り放題じゃないです?」
話を聞いたメイシャが首を傾げる。
いくら牢屋に入れるとは言っても、収容所の構造から周囲の環境まで把握し、あまつさえ、脱出用の抜け穴さえ自由に作れるのだ。
「そうだね。それに、完成していない今現在、盗賊たちは見張りがいるとはいえ、ほぼ野営に近い状態で監視されているらしい」
「えぇー? それじゃあ、どうぞ脱走してくださいって、言ってるようなもんじゃないですか。せっかく捕まえたのに」
メイシャがプリプリと可愛らしく怒りながら、足をじたばたさせている。
商人の出身であるメイシャにとって、盗賊は大敵である。
捕らえておく場所が無くて、仕方が無いとはいえ、この状況には納得出来るはずもない。
「でも、ひょっとしたら……」
今朝届いた一枚の手紙に視線を送り、思考を巡らす。
「少し、見えてきた、かな」
封筒をしまい、今日も町へと出かける。
その知らせが入ったのは、この国へ来てもうすぐふた月が経とうかという頃だった。
こちらへの対策か、盗賊たちは少人数の部隊が複数組、離れた場所を襲うようになっていた。
だが、その程度の規模であれば、僕達もバラバラになり、地域の警備隊と連携すれば事足りる。
そのせいか、この数日、盗賊が現れたという報告は聞かなかった。
メイシャとリリィロッシュは、それぞれに別の場所へ討伐へ向かっているが、今日も空振りになるかもしれない。
ラケインと二人で、宿舎で情報をまとめている、その時だった。
「おい、お前達! どういうつもりだ、あんな奴らを呼び寄せやがって!」
「な、なんのことです?」
僕達の宿舎に衛兵が飛び込んでくるなり、激しい剣幕で怒鳴り散らすが、何のことだかさっぱりと検討がつかない。
呼び寄せる?
何のことだ。
「知らばっくれるつもりか! エウルの騎士団が村を焼いているんだぞ!」
「……っ! しまった、そっちが動いたか!」
瞬時に、何が起こったのかを悟る。
これは僕のミスだ。
二万の大盗賊団という霞を掴むような相手への警戒に気を取られ、彼らへの対策を後回しにしてしまっていたのだ。
“強欲”の気質を持つ第一王子が、僕達への牽制の為に、仕掛けてくることは読めていたのに!
「すみません! 僕達は、国王陛下の直轄部隊ですが、彼らは僕達とは別の司令系統の正規軍です。『地方』で恐れられているあのエウル軍です。」
「知るかっ! くっ、俺はもう行くぞ!」
衛兵はそう叫ぶなり、外へと駆け出していく。
「アロウ、俺達も!」
「ああ!」
そして僕らも飛び出した。
そこにあったのは、惨状であった。
街道沿いにあるはずのその集落は、その姿を消していた。
既に戦闘は集結しており、後に残ったのは、村であった痕跡と、元林であった木々の残骸だけだ。
途中でリリィロッシュとメイシャも交流するが、二人とも絶句している。
「くっ……」
脂の焦げた臭いが鼻をつく。
焼け落ちた家や倒れた木と混じり、人だった物も見え隠れしている。
「……っ!……!」
風向きが変わり、人の声が微かに聞こえてくる。
急いでそちらへ向かうが、そこで見たのは、地獄だった。
高く積まれた死体の山。
その数は、百人を優に超えるだろう。
本来、盗賊たちを捕らえるはずの牢屋には、身なりからして焼かれた集落の住民と思われる女性だけが入れられている。
そして、
「この人でなし共めっ! 地獄へ落ちろぉっ!」
縄で縛られ、取り押さえられていたのは、僕達を呼びに来た衛兵だった。
「反抗を確認」
しかし次の瞬間には、彼の首から上は地面へごとりと落ち、力なく地に伏したその体も、死体の山へと投げ捨てられた。
「次!」
「ひっ、ひぃぃ。お、お助け下さい騎士様ぁぁっ」
次に引きずられて来た男は、農民だった。
泣き崩れ拝むようにして騎士に命乞いをするその姿は、あまりにも哀れなものだったが、
「……反抗を確認」
騎士から発せられた言葉は、残酷なものだった。
男を取り押さえる傍らに立つ兵士が大剣を振り上げる。
「ひぃっ」
泣き喚く男の顔を見下ろすその顔は、愉悦に醜く歪んでいる。
掲げられた白刃は、男の首をめがけ、振り下ろされた。
─ガキィン。
刹那。
激しい金属音が響き、大剣は蹲る男から大きく外れ、地面へとめり込む。
「誰だっ!」
騎士が抜剣して叫ぶが、周囲に人影はない。
いや、遠く芥子粒のような大きさに見える人影が四つ。
普通に考えれば、いかなる射出武器であろうといかなる魔法であろうと、狙って当たるような距離ではない。
だが、その人影は、自分がやったのだと言わんばかりにどんどん大きくなっていく。
「弁解を聞く必要はあるかな?」
今にも爆発しそうになるほどの怒気を気力だけで押さえ込み騎士に尋ねる。
「ふん、なるほど。国王の犬か。Sランクの名は伊達ではなさそうだな」
そう言ってその騎士は、エウル王国正規軍第七軍団長、第七首・“荒廃”のムルムは、口角をニタリと持ち上げた。




