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第八章)混迷の世界へ “鋼撃”のケルカトル

▪️嵐の前の静けさ⑦


「そのぉ、ご夕食の用意は……」

「あ、必要ないです」

 今日も町へ情報収集へと繰り出す。

エウル騎士の肩書きを持つ以上、ドレーシュ国王は、僕達を歓待する必要がある。

しかし、僕達としては(たか)りに来ている訳では無いので、晩餐の招きは断っていた。


「リリィロッシュさん、行ってらっしゃい。お気をつけて」

「えぇ、ありがとうございます」

 廊下ですれ違う騎士が、リリィロッシュに声をかける。

実は、この国に来て三日目の夜にちょっとしたトラブルがあった。

いくら晩餐を断っているとはいえ、流石に一度も参加しないとなれば、ドレーシュ国王のメンツに関わる。

その日は、王城の広間で盛大な歓待を受けたが、問題はそこで起きた。

僕達のことをよく思わない将校の一人が、料理に毒を盛ったのだ。

毒といっても、多少気分が悪くなる程度の弱いものだったが、これに気づいて激怒したのがリリィロッシュだった。


「あなた達は、これ程の料理を用意するのに、どれほどの苦労があるのか、そんなことも想像がつかないのですか! 作物を育てるのにも、完璧な調理をするのにも、どれほどの年月をかけてその技術を身につけるものなのか。あなた方が行ったのは、私たちに対する嫌がらせではなく、彼らの努力を全く無視する行いなのですよ!」

 人間の社会に混じり、人間の文化、特に料理という楽しみをおぼえたリリィロッシュにとって、料理に毒を混ぜるという行為は、とても容認できるものではなかったらしい。

誰にという訳ではなく、素材を仕込む苦労や調理技法の素晴らしさ、料理の完成度などをこんこんと訴え続けるリリィロッシュ。

しばらくの後、一人の騎士が打首も覚悟の上で名乗り出て、参列者の前で農民と調理師に謝罪を入れたのだ。

リリィロッシュの取りなしにより、彼は謹慎のみという処分に収まったが、この一件からというもの、周りの騎士達からの反応が柔らかいものとなった。

エウルの騎士からすれば、国王ですら平伏するしかない弱小国であるドレーシュだ。

だが、少なくとも今度来た騎士達は、国どころか、一介の調理師や農民にすら敬意を持っている。

そんな噂が広まったのだ。




「それにしても、どこから手をつけたものだろうな」

 馴れた手つきで町の屋台で串焼きを頬張りながら、ラケインが呟く。

この国へ来て五日。

今日も情報集めに市場やギルドへ向かう予定だが、ラケインが焦れてきている。

そろそろ行動を起こしておきたいところだが、まだ僕達は森の調査すら行っていない。

国王からの命令とはいえ、一度引き受けた依頼である。

全く手付かずでブラブラとしているのも収まりが悪い。

だが、これは予定通りの行動なのだ。


「ラケイン、僕達四人で二万人と言われる盗賊団を壊滅させることなんて出来ると思う?」

「む……。いや、無理だろうな」

 不満げではあるが、ラケインも即答する。

実際のところ、ただ二万人を倒せというのならばやってやれないことは無いと思う。

メイシャが結界を張り、僕とリリィロッシュが大呪文で薙ぎ払い、それを耐えるような大物はラケインが仕留める。

リュオさんやフラウから強力な装備を貰い、それに相応しいだけの力を持った今の僕達ならば、それも可能だ。

 ただしそれは、障害物もない平地で相手が最後の一人まで力押しにせめて来るならば、だ。

無論、そんな状態はありえないのだが、今回の指令の最大の障害はそこなのだ。

小さいとはいえ、一国のほぼ全域を占める深い森林地帯に隠れ、いつどこでどんな規模で現れるかも分からない二万人なのだ。

仮に大規模な戦闘になったとして、それでも二、三チームを撃破すれば、残りは散り散りになって潜伏する。

そうしてしばらくすれば元通り。

どれだけ戦闘に長けようと、こんな相手にたった四人で何が出来るだろうか。

森をすべて焼き払っていいというのならそれも可能かもしれないが、無論、そんなことは出来ない。


「じゃあアロウは、この依頼、最初から達成するつもりは無いのか?」

 ラケインが訝しげに尋ねる。

こちらにどんな思惑があるにしろ、全く手をつけるつもりもないとなれば、真面目なラケインとしては、面白くはない。

「いや、僕も押し付けられたのがこんな依頼だとは思わなかったけど、やることはやるよ。ちょっと軌道修正は必要だけどね」

ラケインにそう答える。

一応のシナリオと着地地点は構想している。

だが、まだピースが足りない。

関わるものの思惑と隠された事情、それを突き止めなければ、策はうまく進まない。

魔王時代にもよく経験したことだ。

「そうか。確かに暴れれば済むという任務でもない。考えがあるなら従うよ」

ラケインも納得したように頷き、ギルドへと向かう。


 実際、バルハルト王は、どんなつもりでこの依頼を選んだのだろう。

いくら一国に値すると言われようと、僕達は四人。

隠れ潜む二万人の盗賊を壊滅させられるなんて思っているのか?

Sランクだと安易に考えるほどの愚か者なのか。

それとも、別の意図でもあるのか。

 それに、“密林の蛇王(ナーガロード)”。

彼らの行動にも引っかかるものがある。

隣国ドルネクで暴れ、ドレーシュに隠れる割に、そのドレーシュでも盗みを働く。

ドルネクでの追撃を躱す狙いならば、こちらで盗みを行う意味はない。

しかも、わざわざ王族の荷物に限定し、義賊まがいのように貧しい地方に財を配ってまでいる。

どちらにしろ、一度は彼らに会ってみないと分からないか。




「ケンカだー!」

 ギルドからの帰り、ラケインと宿に向かっていると、酒場の方から喧騒が聞こえてくる。

まだ日も高いが、どうやら酒を過ごした客が暴れているようだ。


「ふぅ、ふぅ、俺は、エウルの騎士だぞ! こんなまずい酒を出しやがって、馬鹿にしてんのか!」

 いかにもならず者といった風体の男が、割れた瓶を振り回している。

既に客は店外に避難しているようだが、店主が机を盾に踏ん張っている。

酒場に酒のトラブルは付き物だ。

客が暴れたからと引き下がるようでは、店主は勤まらない。

だが、今回は相手が悪い。

どうせ()がつくか、口からの出任せだろうが、エウルの騎士を名乗る以上、下手に手を出すことは出来ない。

国王ですらあの態度なのだ。

いくら相手に非があろうと、ただの市民が問題を起こせば命に関わってしまう。


「ちょっと……」

 男を取り押さえようと踏み出したその時だった。

「そこまでにしておけ」

一人の騎士が割って入る。

短く刈り上げた茶色の髪、深い茶の瞳は猛禽のように厳しく、精悍な顔つきは歴戦の勇姿を物語る。

この国へ来た初日に、僕達の警備、いや監視をしていた騎士だ。


「今なら酒の上の戯れ言と見逃してやろう。だが、これ以上ことを荒立てるようならば、処断させてもらう」

 騎士は男を睨みつけて言い放つ。

仮にもエウルの騎士を名乗る男相手にだ。

その胆力、そして、ただそこにいるだけでも放たれる、強者のみがもつ覇気。

「うるせぇっ! 俺はエウルの騎士だぞ。俺様に傷一つでもつけた日にぁどうなるか分かってんだろうなぁ?」

しかし男はそんなことにも気付かず、ますますに増長する。


「騎士様よぉ、どうせ何も出来ねーんだから、大人しくすっこんでろよぉ」

 ぺたぺたと、割れた酒瓶を騎士の頬に当てる。

騎士は、睨みを効かせたまま微動だにもしないが、男はそれを恐怖で固まってると捉えたらしい。

だが、

─ガシャン

騎士はその酒瓶を手で払い除け、静かに言い捨てる。

「これが最後の警告だ。大人しく詰所へ行くならば……」

「てめぇ、ふざけやがって!」

それまで見下していた相手が、手を挙げたのだ。

男は激昴し、騎士の言葉を最後まで聞かずに、腰の短刀を抜いた。


「そうか」

 騎士が放った言葉はそれだけだ。

ズンっ。

凄まじい破壊音と、地鳴りが響く。

ただの一瞬だ。

無造作に短剣を振り上げた男は、その場で棒立ちになっている。

いや、立ったまま絶命していた。


「す、すげぇ。流石は“鋼撃”だぜ」

「おぉ、久々に見たが、やっぱり迫力が違うよな」

 トラブルの解決に、周りのギャラリーがガヤガヤと賛辞を送る。

「あ、あの。あの人は?」

凄まじい技だった。

隣にいた訳知り顔の客に尋ねてみる。

「お、あいつを知らないなんて、あんた旅の人だな? あの人は、この国の騎士団長、“鋼撃(スレッジ)”のケルカトルとはあの人のことだよ」

ルコア:ケツァルコアトル(アステカ神話の蛇神)

受付のルコラさんと紛らわしいので、ケルカトルに改名。

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