表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
125/207

第八章)混迷の世界へ 王との謁見

▪️嵐の前の静けさ③


「《砂漠の鼠(デザート・チュウ)》所属“反逆者(リベリオン)”、アロウ=デアクリフ以下四名、馳せ参じました」

 まるで湖底にでも漂っているかと錯覚するような澄んだ青の世界の中、僕達は静かに座礼し、頭を垂れる。

通称、青の神殿。

広大な王宮の中心にある、謁見用の大広間である。

巨龍さえ難なく入れそうなほどの広さを使った横長の空間は、天井から吊り下がる光水晶(ライトクリスタル)のシャンデリアによって、穏やかな光にゆらゆらと照らされている。

床は深青色の石版があしらわれ、壁に使われる青石は上に行くほどに白味を増し、純白の柱は天から差し込む日光を表している。

かつてこの地には、清らかに澄んだ湖があり、まだ国の体を成していない時代の先人達に恵みの水をもたらしていた。

今は地殻の変動により湖は失われたが、今でも王宮の地下には水脈が宿り、豊富な水を生み出しているという。

この大広間は、もはや伝説となったその湖を再現した、この国の象徴である。

その静謐な湖底の中において、暴虐な輝きを放つ黄金と、無残にもその神聖さを勁烈に食い荒らす真紅に彩られた下卑な玉座に、その主は満足げに座っている。


「おぅおぅ、よくぞ来られたな。新たなる英雄よ。どうか、(おもて)を上げてくだされ」

 穏やかな笑顔、好々爺(こうこうや)のように柔らかい口調。

一見したものは、その雰囲気に安堵し力を抜いてしまう。

だが、むしろその様子を見て、気持ちを奮い立たせる。

よく見ればその目は卑しい光に澱み、口元も筋肉の力でわざと緩められている。

こちらを慮る気持ちなど、爪の欠片ほどにも思ってはいまい。

十八もの同盟国を従え、狡猾な他の四大国と渡り合う老獪な国主。

それが東の四大国、ノガルド連合盟主エウル国王・バルハルト=ソリューンである。


「陛下の御前に拝謁を賜りし光栄、恐悦の限りに存じます」

 顔を上げてなお、その視線はやや王の下に。

貴人を直接見ることは礼に反する。

左手は腰元へ真っ直ぐに下ろし、指先まで伸ばすことを意識する。

逆に右手は左胸へと当て、感謝と服従の意を表す。

まったく、面倒だ。

歩き方、立ち方、座り方、立ち姿勢に座り姿勢。

曲がる動作に話し方……

全部、間に合わせの付け焼き刃だ。

ノスマルク貴族に付き合わされて、一通りの礼は弁えているとはいっても、いざ国王が相手となれば、一通りどころでは収まらない。

この二日ほどは、久しぶりに鬼教師モードのエレナ先生に付き合わされてしまった。

 実は、エレナ先生は結婚している。

僕達が卒業したあと、なんとビルスと結婚したのだ。

ビルスにしてみれば、命の恩人であるかつての『僧侶』である。

その敬愛の程は、はっきり言えば魔王()なんかより断然に上だった。

なにせ、嘘の報告をあげて勇者たちを見送ったほどなのだ。

エレナ先生も、民を思い善政を布く領主であるビルスに感じ入るものがあったらしい。

例の親衛隊では、かなりの騒動があったが、表向きは貴族のビルスが相手だ。

涙を流して皆で祝福したのだと噂に聞いた。


 そんな記憶は、頭の片隅へと追いやり、目の前の難事へと意識を向ける。

「Sランクとは、現世(うつしよ)の人間が至りうる極限とのこと。一国の王なれど、凡庸な我が身には考えもつかぬが、驚くべき才と一方(ひとかた)ならぬ修練の賜物であろうことよ」

バルハルト王は目を細め、満足げに頷いている。

その表情からは、こちらを危険視するような素振りは全く見受けられない。

それはそうだろう。

左右に衛兵が控えているとはいえ、たかが六人。

侍従らしい文官も二人いるが、問題外だ。

一国の戦力に相当するというSランクを前に、ただの兵士など絵に書いた飾りも同様である。

無論、国王のそばに控えているからには、並の兵ではないだろうが、それでもBランク程度の力量であることが分かる。

しかし、それでもこちらを警戒しない理由。

それは、僕達が王命に従い、逆らうなどということを最初から考えもつかない愚かさによるものだ。

Sランクと言えど、民は王に従うもの。

その前提を信じて疑ったこともないのだ。

怠惰と傲慢。

ビルスの見立ては、正しいようだ。


其方(そなた)らは我が直属の騎士団、“蒼龍の牙(ウォルタファング)”となり、我が剣、我が盾となって民衆を導いて欲しい」

 バルハルト王は、さもそれが当然のことであるかのように語りかける。

今回の事情はさておき、はっきり言えば論外なのだ。

確かに、冒険者から国王直属の騎士団への編入。

ならず者と紙一重という冒険者の身からすれば、普通なら大抜擢である。

普通ならば、だ。

だが、こちらは民衆の英雄たるSランク。

もはや、国勤めが相応しい格かと言えば、役不足にも程があるのだ。


「それでは、兵科については……」

「恐れながら、陛下。その点でご意見したき点がございます」

 バルハルト王は、こちらから条件が出るなども思いもしなかったのか、目を見開き本当に驚いている。

途端、それまでの好々爺の表情は掻き消え、道端に落ちごみを見とがめるような、暗い眼差しを表した。

「ほう、貴様。王命を受けることはできないと?」

「まさか。陛下直属の騎士に任ぜられる事、身に余る光栄でございます。ですが、恐れながら、ぜひご一考いただければと」

だから、それを否定するような真似はしない。

あくまで王命に従い、そして僅かに、こちらの思うように結果をずらすのだ。


「貴様、冒険者の分際で陛下のご意向に逆らう気か!」

「よい。聞くだけは聞いてみよう。新たなる英雄殿のご意見じゃて」

 そばに控える文官らしい人物が声を荒げるが、王がそれを止める。

一応は、自分の配下につくと言うのだ。

Sランクという大勢力、全てを雁字搦(がんじがら)めにするのと、多少はおだてて機嫌を取るのと、どちらが得なのかはすぐに判断がついたようだ。

額に刻まれた深い皺も、見間違いかと思うほどすぐに消え去り、元の好々爺の表情に戻る。

しかし、明らかにこちらを警戒する素振りを見せている。


「陛下の寛大なお心に感謝致します。とは申しましても、何も特段変わったことはございません。こちらから申し上げたいのは二点。陛下の騎士とはなりますが、冒険者の活動は続けさせていただきたいということと、“蒼龍の牙(ウォルタファング)”とは、別の指揮系統にして頂きたいのです」

 途端、文官の二名が喚き立てる。

「貴様、図に乗りおって! そんな勝手がまかり通ると思っているのかっ!」

「英雄だなんだともてはやされて、血迷ったか若造めが!」

大したことないな。

感想はそれだけだ。

この二人は、およそ重要な役職にいる、もしくは、権限のあるような人物ではないだろう。

完全にバルハルト王の腰巾着だ。

バルハルト王にしても、重用している訳ではなく、そばに置いておけば気持ちがいい、その程度の認識だろう。

この二人には、視線を向けるだけの価値すらない。


「ふむ、その心は?」

 やはりバルハルト王も、二人の喧騒には関心を持っていない。

決して聡明な王ではないが暗愚でもないのだ。

「はっ。冷静に考えれば分かることなのです。陛下の蒼龍の牙(ウォルタファング)”は、平時には各地へ散り、有事に結集して活躍する特務部隊。ならば私達も普段は冒険者として活動して問題は無いはず。我々が、民から遠ざかることは、決していい事ばかりではありません。」

本来なら、軍の司令系統は、きっちりと一本化しておいた方がいいに決まっている。

情報が行き届かなかったり、勝手な動きをとって戦略が破綻する可能性すらある。

だが、吟遊詩人に歌われ、その活躍か冒険譚となる民衆の英雄である冒険者が、民を捨てて権力に従うというのは、いかにもまずい。

バルハルト王は、決して自分を過信しない。

民を敵に回す愚をよく分かっているのだ。


「ふむ……」

「それともうひとつ。ご存知とは思いますが、蒼龍の牙(ウォルタファング)の部隊長の一人である“餓狼”ハインゲート=デアクリフは、私の父です。お恥ずかしながら昔から折が合ず、私情にはなりますが、同じ指揮下にあれば必ず不和となります。おそれながら、ご迷惑をおかけするだけかと」

 ここでヒゲにも役に立ってもらおう。

周りにどう思われているかわからないが、少なくとも僕は嫌いだ。

とりあえず出会い頭に一発殴ってやりたい程度には仲が悪い。


 バルハルト王は、しばらく悩む素振りを見せるが、やがて大きく頷いた。

「うむ、よかろう。では、そなたらは我が直轄の指揮下に入るが、蒼龍の牙(ウォルタファング)とは別に、新たな騎士団として組織することを許そう。……そうじゃな。第二騎士団“蒼龍の角(ウォルタホルン)”を名乗るがよい」

「はっ! 我が剣の誇りにかけて、陛下のご期待にお答えいたします!」

こうして僕達“反逆者(リベリオン)”は、新たに“蒼龍の角(ウォルタホルン)”となったのだ。

※渡河船ライアライタでも出てきましたが、ライトクリスタルは、光る水晶ではなく光ファイバーのように、離れた場所から光源を引き込む性質を持っています。

シャンデリアは、水晶の結晶が天井から生えているような様子を想像してください。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ