第八章)混迷の世界へ 屋敷にて
▪️嵐の前の静けさ②
「……こういう手に出てきたか」
ルコラさんからの手紙を受け取り、その内容を確認して呟く。
「アロウ、だいぶ悪い顔になっているぞ。なんというか、お前に似合わない」
ラケインが引きつった顔でこちらを見ている。
悪い顔?
何のことだろうな。
「先輩、なに企んでるんですか。めっちゃ悪い顔です」
メイシャまでこちらを見つめるその表情は、明らかに引いている。
「ふふ、私は懐かしい思いですよ。魔王であった頃のアロウは、勇者の報告を聞くとこんな悪い顔をしていました」
リリィロッシュがうんうんと頷いているが、彼女にまでそう言われると少しショックだ。
いったいどんな顔をしていたのやら。
「あれ? リリィロッシュって、御前試合以外で僕と会っていた?」
「ええ。アロウが覚えていなくても無理はないですが、私は末端も末端の兵でしたからね。雑用として王城への報告に何度か行かされていたのですよ」
……仮にも王への報告が、雑用とは。
まぁ精鋭部隊ならともかく、暴れたいだけ魔族が集まる軍にそこまで期待はできないか。
「ま、まぁ、それはともかく。ギルドにこんな手紙が来てたみたいだよ」
ラケインに受け取った手紙を手渡す。
あれから二日。
今は、ビルスの屋敷に匿われている。
ちなみに、手紙はビルスの部下が届けてくれたものだ。
王族が関わっている以上、繋魂による念話や、ギルド間のやり取りでは、傍受される恐れがある。
アナログな方法だが、物理的なやりとりの方が確実だ。
無論、間諜が入る余地もない程の結束と、刺客をものともしない強さがあることが前提にはなるが。
リヴェイア王子に協力するとは決めたものの、まだ他の人物がどう動くか分からない今、具体的なプランは何も無い。
そんな状況で、追跡がつく程度には警戒されているリヴェイア王子と行動をともにするのは、悪手に過ぎる。
かといって、国王からの招集もある以上、のんびりもしていられない、というのが現状だ。
そんな中で届いた手紙には、こんなことが書いてあったのだ。
「なになに……、ほう。第一王子、第二王子からもアプローチがあったか。それぞれに国王ではなく自分につけ、ということだな」
ラケインが目を通しそう言うが、正確には少し違う。
ビルスの分析と届いた手紙の内容を合わせて考えると、同じような内容の手紙だが明らかな差があるのだのだ。
まず、事の発端である国王からの手紙では、単純に僕達を召し上げ、直轄の騎士団、具体的には、“蒼龍の牙”への編入を検討しているはずだ。
無理をするほどではないが、弄せず手に入るものは欲しい。
望めば手に入るのは当然だ。
怠惰と傲慢の気質がよく現れている。
次に、強欲と嫉妬の基質を持つザハク王子からは、ラケインが言った通り、王との分離と囲い込みの文面が書かれている。
虎視眈々と王位を狙い、他人が持つものをなんとしても手に入れる。
そういう意図だ。
宰相という立場上、兵力に乏しいために実際に争いになった時には、他の二人よりも劣勢ではある。
だが、そこに僕達の力が加われば、政治と軍事力の双方を抑え、一気に形成は逆転する。
狙い自体はわかりやすいので、とりあえずは放置で大丈夫だろう。
問題なのは、第一王子のガラージからの手紙だ。
一見すると、ザハク王子と同じように、王ではなく自分につけ、というようなことが書いてある。
だが、彼が強欲の気質が強いことを踏まえ、この強気の文面を読んでみると、もっと踏み込んだ内容であることがわかる。
強欲、すなわち独占欲が強い彼にとって、僕達の存在は、むしろ邪魔でしかない。
王に与するな、そうすれば優遇はする。
そう書いてあっても、配下につけとは書かれていない。
それは言外に、おとなしく蚊帳の外でいろ、さもないと痛い目を見るぞ、ということに他ならないのだ。
自らの力を唯一とし、他者を力づくでも下に置く。
それがガラージ王子のやり方らしい。
「へぇ、そう思うとガラージさん、ちょっと怖いですね」
僕の説明を聞き、メイシャがそんな感想を漏らす。
「アロウ、《砂漠の鼠》に危険はないだろうか?」
ラケインも同じような感想を持ったらしい。
たしかに、僕達自身は身を隠すことも出来るが、ギルドそのものやルコラさんは、そうも言っていられない。
「いや、最終的にはぶつからざるをえないけど、今はまだ敵対しているわけじゃないから大丈夫でしょ。仮に彼の側についたとしても、でしゃばる真似をしなければむしろ重用するって感じだし」
ラケイン達の不安を否定しておく。
なにもガラージ王子もそうだが、国王にしろザハク王子にしろ、なにも敵対している訳では無いのだ。
立場が違う。
それだけの事であることを忘れてはならない。
目標を撃破するだけの、いつもの依頼とは違うのだ。
正直なところ、個人的にはガラージ王子のやり方に好感を持っている。
圧倒的な武力と恐怖を前提とした確固たる支配。
それは、小魔王の台頭や諸国との軋轢で疲弊しているこの国をまとめあげるには、最適の方法であるからだ。
そしてそれは、魔族の統治にも似ている。
だがそれは、短期的な平和であることは否めない。
地方は王の指針に倣う。
彼の統治後は、地方の暴虐に民は疲弊し、他国との摩擦を深める結果となることは、想像に難くないのだ。
「そういえば、うちの王子はどうしてるんだ?」
ラケインがふと思い出したように訊ねる。
ラケインは、良くも悪くも戦士型の人間だ。
こういう大きな話は、不得意にしている。
だが、彼のいいところなのは、それでも真面目に考えようとしてくれているところだ。
難しいことは、魔王任せ。
自分はただ暴れるだけだという魔族を何人見てきたことか。
あいつとか、あいつとか、あいつとか。
まったく、よく魔王なんてやってられたもんだ。
「リヴェイア王子なら相変わらずだよ。各地を流れ歩いて遊びに行ってる」
「そうか」
領民を思い、正しい貴族となったビルスが、リヴェイア王子を推した理由がこれだ。
元々、彼が王位を捨て僅かな領地と金を選んだのは、継承権争いからただ逃げ出したからではなかった。
彼は彼で、王子としての責務を果たそうとしていたのだ。
各地を渡り歩き、国の金を私的に使い、ただ遊び歩く。
そんな表向きの顔の裏で、各地の様子を見定め、これと思う領主と交を通じてきた。
そして、ビルスと出会ったのだ。
上からではなく、下から支える。
そんな彼のやり方にビルスは共感し、彼を王にすると定めたのだった。
だが、その放浪もじきに終わりを迎える。
彼には、王となってもらう。
彼ならば、道のりは遠くとも良き王となれるだろう。
「さて、それじゃあ、じわじわと国を乗っ取りますか」
そう言って席を立つ。
後ろでラケインとメイシャが引きつった顔をしているのは、見なかったことにした。




