第八章)混迷の世界へ その男、立つ
▪️東国の王子⑨
「そう。これまではそれで良かったんですよ。だが、事情が変わった。えぇ、ここでアロウ様、“反逆者”の登場となるわけです」
そうか。
三者がお互いを監視し合うという、原因はともかく結果としては理想的とも言える今の体制は、三者が同程度の力を持ってこそ働く。
そこへ僕達“反逆者”がSランクとなり国王が召抱えれば、パワーバランスが崩れてしまうのだ。
「名が売れるって言うのもいいことばかりじゃないね。ビルス。最大でどの程度の影響を見ている?」
「これは私見ですが、国王、第一王子、第二王子は、それぞれB9・I8、O8・Y9・B2、Y8・P9。有り体にしていえば国が滅びます」
これは、僕が魔王時代に使っていた符牒だ。
最良の勝利とは戦わずして勝つこととはよく言ったもの。
魔王軍や魔物による直接的な侵攻よりもむしろ、人の欲望や感情を刺激して人間同士を潰し合わせるような調略も作戦以前の常道として行っていた。
その中では、人間に潜む七つの悪性をそれぞれ十段階で報告させていた。
R:《暴食》
O:《色欲》
Y:《強欲》
G:《憤怒》
B:《怠惰》
I:《傲慢》
P:《嫉妬》
一般的な基準を4から6として、0から10の十一段階でその悪性の強度を表している。
つまり、バルハルト王は怠惰、ガラージは強欲、ザハクは嫉妬が強いということだ。
ちなみに、ガラージのB2のように、数が少なくても問題だ。
怠惰の欲が少ないということは、精力的に活動できるということだが、多くの場合、それを他者にも強要する。
苛烈な支配は、こちらのつけ入るスキにもなるのだ。
「いやいや、滅ぶってそんな大げさな」
リヴェイアが呆れながら苦笑するが、こちらはちっとも笑えない。
「えぇっと……。あぁ、まずいね、確かに」
「えっ?」
ビルスの報告を聞き、指を宙でさ迷わせながら思案する。
それぞれの数値だけならそれほど脅威にはならない。
それこそ、たかが一人のことならば、だ。
だが、これが三人の相乗効果、それも国の頂点ともなればかなりまずい。
僕の言葉にリヴェイアが目を丸くして顔を青ざめる。
リヴェイアの中では、まだ父と兄弟の権力争い程度の認識だったのだろう。
だが、このままではそれで収まらない可能性が高い。
「ビルスの調査と報告が確かで、ここに僕達の影響が加わるなら馬鹿な話でもないですよ」
リヴェイアを見つめ、あくまで最悪の場合だと前置きした上で順序だてて説明する。
「まず現状としては、それぞれ三者が互いに牽制しあい、それがいい方向にまとまっている状態です」
机の上に塩、胡椒、砂糖の瓶を三角に配置する。
「頂点にバルハルト王。武力と恐怖で支配するガラージ王子。そして、その浪費を支えると同時にそれを隠れ蓑に自身も甘い汁をすするザハク王子です」
それぞれの瓶に手を触れながらその関係を説明する。
「バルハルト王は、一国の頂点であることに満足し、それ以上の野心は人並みにしかありません。彼を支えるのは、傲慢と怠惰。支配する内には強く、外にはさほど執着がない。つまり、対外には強い野心を持っていない。リスクを負ってまで他国に強く出る意思もないということです」
僕の説明にリヴェイアが頷く。
長く家を離れていても、僕の言葉に納得できるものがあるのだろう。
事実、エウル王国は、内政では高い税制を取りながら、外交では他国有利の方針をとっている。
身を守るには大蛇の隣、愚王の人差し指なのだ。
「外への執着が強くない。これは無いということではなく、人並みだということです。大した野心もなく他国へ反発することなかった影には、鬱積した闇、言ってみれば溜まりに溜まった鬱憤があるのです。そこにSランクという対外的にも強く出れる手札が現れれば、勘違いとはいえそれまでの恨みを晴らそうとするでしょうね」
塩の瓶の前に僕のカップを置く。
綺麗な三角形だったエウル王国の形が崩れる。
「僕としてもそんなくだらないことに協力はしたくないといっても相手は国王。それなりに振り回されることになるでしょう」
カップを三角の外側に置き直す。
「ここで最初に反応するのは、強欲の第一王子です。自身の手札である武力が脅かされると感じ、国王の打倒と僕達との分離に乗り出すでしょう」
胡椒の瓶を中央に寄せ、同時にカップを外へ移す。
「ここで第二王子が静観したり漁夫の利を狙ったりするようならば、話しはただのお家騒動で済むんです」
ただの、とは言っても、この時点で国はまっぷたつに割れて内戦状態となる。
国王は国外に力を割いているために、守りは少なく、ガラージ王子とザハク王子の二勢力に国は割れる。
だが、予想ではさらに事態は悪くなる。
「第二王子を支配するのは、強欲と嫉妬。良くいえば強い向上心です。しかし、この場合は最悪の方向にそれが向かいます。あらゆる手を尽くして王と兄の争いに手を出します。恐らくは、脅迫や金の力で軍の一部を私有化して、内乱に参戦するでしよう」
リヴェイアの顔が青くなる。
カタカタと手に持つカップが音を立てて震える。
彼らの人となりをよく知るからこそ、その光景と顛末がありありと目に浮かぶのだ。
「ここでさらに事態は悪化します。王国内は内戦で混乱。しかもバルハルト王の命令で、僕達を含めて軍の一部が国外にちょっかいを出して争いになります。エウルは内も外も敵だらけの状態に。更には、連合国にも盟主の座を追われ、エウルだけでなくノガルド連合国全体が崩壊の危機となります」
正直、地獄絵図の様相だ。
考えうる予想を最大限に悪い方向へ持っていった結果だとはいえ、完全に妄想とも言いきれない。
被害はこれより少なくなるだろうが、かなりの確率で近い結果となるだろう。
そして、もしも僕が魔王であったなら、もしも近隣諸国がこの情報を持っていたとしたなら、間違いなくこのとおりの結果となるだろう。
リヴェイアの顔面は蒼白だ。
ビルスも、いつもの道化のように大仰な仕草は姿を消し、静かに頷いている。
昔のビルスは、暴れるだけの野獣であったが、小魔王となり、地方とはいえ領主となった彼からは、学ぶことも多い。
そのビルスが担ぐからには、彼の才も性根も信用できる。
「これは……、困りましたね」
彼の反応を見つめる。
この一言が、国の危機に対するものであるならば、話しはここまでだ。
そんな他人事のような気構えの人物に、一国という大船の舵を取れるとは思えない。
だが、もし、その危機を救うことを前提に、自らその渦中に飛び込むか、という悩みであるなら、彼は既に王の器だ。
その時には、彼を後押ししてでも協力させてもらおう。
これでもこの地に生きる民でもあるのだ。
だが……、
「困りました。私にはこの難事を打開するだけの力がない。申し訳ないがアロウ殿。いや、“反逆者”の皆様、私に力を貸して欲しい」
そう言って席を立ち、床に座し、頭を下げる。
その姿は、つい先程までの遊び人のものではない。
ビルスに連れられ、それでも国の危機を案じていただけの放蕩の王子のものでもない。
彼は、渦中に飛び込む覚悟を決めかねていたのではなかった。
既にそれは確定の事柄として、その解決策に考えを巡らせていたのだ。
「もちろんです。もうリヴェイアさんとは呼びませんよ。王子、“反逆者”が貴方のご依頼、承ります」
僕達も互いに頷き合い、リヴェイア王子の手を握りしめた。
アルファベットを持ち出すべきか悩みました。
ご意見あれば伺います。




