第八章)混迷の世界へ 東国の王
▪️東国の王子⑤
「大変大変! 大変だよぉー!」
ヒゲ達を見送り、《砂漠の鼠》に向かうと、受付嬢のルコラさんが慌てて近づいてくる。
「エ、エス、Sランクだって!」
いつも元気に笑顔いっぱいのルコラさんだが、こんなに慌てるところは初めて見る。
「ええ、僕達もさっき聞きましたよ。……って、ルコラさん。マスターが消えかけてますよ」
「えぇ?……あ、いけないいけない!」
ギルドの奥でいつも寝ているギルドマスターの姿が薄くなって消えかけている。
居眠りしている姿はそのままに、うっすらと後ろの景色が透けて見えているのだ。
「えへへぇ、あのぉ、いつから気がついてたのさ?」
「わりと最初の頃からですよ。ラケインも最近気づいたみたいです」
実は、奥でいつも寝ててぐーたら働かないギルドマスターは、ルコラさんが作り出した幻影だ。
ノスマルク帝国とは違い、ノガルド連合国内では、まだまだ獣人族の立場は弱い。
動物と人間の特徴を持つ獣人族は、多様な姿を持つ魔族を想起させるため迫害されていた歴史がある。
今でも一部の貴族の間では、獣人族を人間と認めず、物として所有する風習があるほどだ。
だからこそルコラさんは、ぐーたらギルドマスターを幻で作り出し、あくまで代理としてギルドを運営しているのだ。
「えへへぇ、内緒だよ? でもアロウ君たちのおかげで、もうその心配も無くなりそうなのさ」
「え?」
ルコラさん曰く。
個人ではなくパーティとしてとはいえ、Sランク冒険者の名は伊達ではないのだ。
その活躍は吟遊詩人に歌われ、生きる伝説として人々から語られる。
個人では十二人、パーティでも十組しか存在せず、僕達は十一番目のSランクパーティとなる。
しかし、リュオさんやジーンさんもそうだが、十組のパーティの中にも個人のSランク冒険者が何人かいるため、本当にその存在は貴重なのだ。
それを有するギルドもまた、強力な発言権を得る。
一騎当千どころか一騎当国にも値するSランク冒険者相手に喧嘩を売る者も少ないということだ。
「それなりに大変だったのさ。だから、私には引き止める権利はないけど、これからもこの《砂漠の鼠》にいて欲しいのさ」
ルコラさんの願いは、軽い口調とは裏腹に深刻なものだ。
ヒゲや母さんがそうだったように、力ある冒険者が国や貴族に召し抱えられることは、珍しくない。
そうなれば、貴重な戦力である僕達が抜けるだけではなく、それを面白く思っていなかったほかのギルドからの攻勢に飲み込まれる危険すらある。
「ええ、もちろんです。ルコラさんにはお世話になってるし、ギルドを移る予定もありませんから」
「わーい、アロウ君。ありがとー♪」
ルコラさんが満面の笑顔で、文字通り飛び上がって喜ぶ。
だが、悪い予想ほどよく当たるものだということを、僕達は程なく知ることとなる。
数日後。
「うーん、やっぱり来たのさ……」
「まさかとは思っていたけど、ほんとに来るとは」
《砂漠の鼠》の事務所で頭を抱える。
「告。《魔帝》アロウ=デアクリフ、並びに《豪戦士》ラケイン=ボルガッド、《闇月》リリィロッシュ、《白魔》アルメシア=ブランドール。以上四名を、栄えあるエウル王国軍に招集するものとする。至急、王宮へ参じるように」
色々と回りくどいことが書かれているが、要約すればこんな内容のことが、非常に高圧的かつ断定的な言い回しで書かれた手紙が届いた。
「まぁ、軍に入隊するつもりはサラサラないけど、一応顔は出しとかないとまずいよね」
ルコラさんはじめ、他のメンバーの顔を見渡しながらきいてみる。
「いくらSランクの冒険者とはいえ、流石に国からの呼び出しを無視はまずいのさ」
ルコラさんも表情を曇らせる。
言葉の上では、国にも等しい力を持つとは言うものの、実際には、軍の中にもかなりの腕利きがいるわけで、ここで王命を無視すれば、最悪反逆罪にでも問われかねない。
国としても、他国に力が流れるよりは、いっそのこと排除するように動くだろう。
そして、その時に派遣されるのは、ヒゲが在籍する国王直轄騎士団“蒼龍の牙”であるはずだ。
「とりあえず一週間は、依頼で遠征中って誤魔化してみるのさ。もし軍に移るって言っても私は構わないから、その間にどうするのか考えてほしいのさ」
ルコラさんが笑顔のまま、半分泣きそうな目をしてそう言ってくれる。
もちろん、本音ではない。
未熟な冒険者をサポートするために、苦しい経営の中、いつも明るく振舞ってくれたルコラさんだ。
種族間の軋轢にも負けず、ようやく落ち着ける目処がたった矢先の招集だ。
本当なら憤慨して然るべきである。
それでも、僕たちの身を案じ、行ってもいいと背中を押してくれる。
そんなルコラさんを、裏切れるはずもない。
その時、
「なるほどね。それならその一週間、僕のために使ってくれないかな?」
一人の男性が《砂漠の鼠》を訪ねてきた。
「陛下。ドルネク王国からの使者が到着しております」
「ふん、要件など見えておるわ。どうせ上納の減額じゃろうて。勝手に待たせておけ」
幾重にも重ねられた青い垂れ幕。
大理石の柱にはいくつもの龍が彫刻され、明かりを灯す燭台には、金で作られた龍が飾られている。
元は神殿のごとき荘厳な佇まいだったであろう広間は、今や主の気質をそのまま表すかのように、派手に彩られ豪奢ではなく下品とも言える様相を呈している。
東の四大国、ノガルド連合国盟主エウル王国。
その王宮の主、エウル国王・バルハルト=ソリューンは、いわゆる暗君だった。
決して暴君とは言わない。
だが、どれも小国である連合加盟国に対し無茶ではない程度に過度の税を課し、国政を傾けない程度に国費を浪費する程度には、堕落していた。
つまり、決定的な歪みが出ないよう、細心の注意を払う、小心者の愚者であった。
「くっくっく、やっと運気が向いてきたわ」
バルハルト王は、側に控える侍従から酒杯を受け取った。
しかし、酒を飲むわけでもなく盃の中でクルクルと回し、手の中で弄ぶようにしてその水面を見つめる。
なぜなら、既に自分に酔いしれ、酒で酔う必要などなかったからだ。
気分は高揚し酒に口を付ける事さえ忘れ、これから手に入るだろう権力と金に思いを馳せる。
四大国の一つに数えられるとはいえ、エウル王国は、所詮小国の中のひとつに過ぎない。
北国、西国、南国とは比べるまでもなく、その傘下にある小国にさえ、及ばないことすらある。
ほかの加盟国と連携し、ノガルド連合となってはじめて、他の国々と肩を並べることが出来るのだ。
だからこそ、王族の会議ではいつも肩身の狭い思いをしてきた。
傘下の国々からは四大国としての期待を押し付けられ、他の国々からは小国と侮られる。
そんな苦杯を舐めてきた日々も、おしまいとなる。
幸運にも自国からSランクの冒険者が出たのだ。
所詮、冒険者風情のバカバカしい噂とはいえ、その姿は民の間に語り継がれ、その力は一国にも値するという。
そやつらを召し抱えれば、大国の奴らの機嫌を伺うようなまねをしなくてもすむようになる。
生まれはどうやら加盟国のドルホ王国のようだが関係ない。
今は、エウルのギルドに所属し、エウルに住んでいるのだ。
しかも話によれば、そのギルドには汚らわしい獣人などもいるという。
そんなギルドなど、どうせ叩けば埃も出てくるだろう。
とやかく言おうものなら叩き潰してもいい。
王は上機嫌で手に持つ杯を煽り、また思いにふけるのだった。




