第八章)混迷の世界へ Sランクへの昇格
▪️東国の王子④
「あなた達、Sランクに登録されるから。それならその装備も妥当でしょ?」
「……は?」
フラウが鼻で笑いながら訳の分からないことを言っている。
Sランク?
一体誰のことだろう?
Sランクと言えば、目の前にリュオさんとジーンさんがいるけど、誰の話をしているんだ?
え? 僕達?
「えぇえーっ!」
「やかましいわ!」
フラウからがどこからか取り出した紙製のひだ付き棒で頭を叩く。
「痛っー……くない」
音と衝撃は大きいが不思議と痛みは少ない代物だ。
が、それどころではない。
「え、Sランクって、僕達が?」
「おう、そうだ。実のところな、Aランクまでは各ギルド一律の基準があるんだが、Sランクだけは、評議会の決議が必要なんだ。」
初耳である。
Eランクから始まり、各ランクごとの昇格には明確な基準がある。
依頼の難易度、持ち込んだ素材に対する貢献度など、累積ポイントで昇格が決まる。
所属ギルドからの申告制ではあるが、商業ギルドのヤドリギの紋章がそうであったように、バレた際のペナルティが大きすぎて、虚偽の申告などデメリットしかないようになっている。
しかし、Sランクに限って言えば、確かにその昇格基準が知らされていなかった。
「ええ。評議会っていっても公表はされていないし、公的な機関でもないわ。個人Sランクの十二名と一部の実力者、権力者からなる二十名の組織で、定期的に《繋魂》で会議をするけど、メンバー同士ですらお互いの顔は知らないわ。Sランク認定されるには、評議会メンバーからの推薦とその他のメンバー三名以上の同意が必要なの」
リュオさんの説明にフラウが補足する。
一部の権力者。
つまり魔法大国である南国の魔法学院の長であるロゼリア導師でもあるフラウもその一員なのだろう。
「つまり評議会四名以上の推薦制だな。当然、俺とジーンは同意した。どこから話が上がったかが分からなかったが、どうやらこの魔法使い殿のようだな」
リュオさんがうんうんと腕を組んで納得しているが、フラウは首を横に振る。
「いえ? むしろ私はあなた達のどちらかだと思っていたわ。力は自らの内で研鑽すべきもの。ランクなんていう資格じゃないわ。否定するものでもないから同意はしたけれど」
ということは、僕達の実力をSランクに値するとして評価し、しかも議題にまで上げてくれた人物がいるということか。
全く心当たりがないが、一体誰なのだろう。
──その頃、ある北の街。
「くしゅん」
「あー、ゆー君、風邪ぇ? 薬屋さんが風邪ひいてたらだめなんだよぉ」
「まぁとにかく、実力も実績も認められたってことじゃないか。Sランクかぁ、すげぇもんだ。素直に喜んどけよ」
ヒゲがくしゃくしゃの笑顔でガシガシと頭を撫で回す。
いつもは不快にしか感じられないヒゲのことも気にならない。
Sランク。
無論、その中でも実力差は大きくあるだろうが、それでもようやく辿り着いたのだ。
この世界の最高峰。
四人の力を合わせてようやく到達した、最強への第一歩。
『神』、『勇者』。
そして、『魔王』と同じステージに、ようやく手の先が届いたのだ。
「うん、ありがとう。ありがとうございます、リュオさん。フラウ。」
僕達は静かに互いを見て、大きく頷きあった。
「じゃあ、夕飯には戻ってくるからな」
そう言ってヒゲと母さんが引き上げる。
不慮の事故により壊滅した騎士団の様子を見るためだ。
「夕飯……」
以前リオネットで振る舞った料理を思い出したのか、リュオさんも名残惜しそうに見ているが、ジーンさんに引っ張られていく。
バタバタと慌ただしかったが、僕達とフラウとロゼリアだけが残る。
「あれ? フラウはまだ用事なの?」
仕事はロゼリアに任せているとはいえ、宮廷魔術師に魔術学院特別顧問にノスマルク軍の参謀と、とにかく権力を手にしまくっているのだ。
そのロゼリア自身も引き連れているのだ。
フラウのことだ。
なにかの魔法で何とかしているんだろうが、とても気軽に隣国まで出かけられるような身ではない。
「一応警告だけはしておこうと思ってね」
僕の言葉が早く帰れと聞こえたのか、フラウは機嫌が悪そうに答えた。
「リオハザード。あなたは人間としての最高位、Sランクとなるほどの力を積み重ねた。そして、魔法使いにとってはそれだけじゃない。ひとつの可能性が開けたことを意味するわ」
フラウの話したいことが分からない。
可能性、一体それはなんだろう。
「高位の魔法使い全員がそうなるわけじゃない。でも、魔王としての魂を持ったあなたは、間違いなくそうなる。その心づもりをしておきなさい、という事よ」
「フラウ、それは……」
彼女の言わんとすることが見えてきた。
なるほど、たしかにそれは、魔法使いにとっては、新たな可能性のひとつだろう。
だが、それは、呪いでもある。
事実、フラウはそのせいで長年苦しんできたのだから。
「二、三日続く微熱と魔力の増加。それが合図よ」
そう言ってフラウは立ち去る。
フラウは最後までその名を口にはしなかった。
魔法使いに訪れるその変化を。
人間としての器を脱し、新たな次元の体となる。
それは、言い方を変えるならば、人間でなくなるということ。
魔人化。
物質生命である人間から、エネルギー生命である魔族に近い存在となるのだ。
不死ではない不老。
身近な人間を置き去りにして、永劫の時を生きる決意。
その準備をしておけということだった。
「やぁ、なんとか無事でよかった」
フラウに襲撃された部隊を見てきたヒゲが帰ってきた。
「はぁぁ、久々に疲れたわぁ」
母さんもどっかりと椅子に腰掛け、ヘロヘロになっている。
どうやら高威力の火球を大雑把にばらまいて、爆風で吹き飛ばすような攻撃をしたらしい。
これが普通の人間なら、直撃していなくとも、吹き飛ばされた先に叩きつけられる衝撃で即死していてもおかしくないレベルだったそうだ。
軽傷とは行かなくとも、全員が無事だったのは流石に東国最強の騎士団というところだ。
「お疲れ様。ご飯の用意をするから、荷物を下ろして来なよ」
二人を客間へと連れていく。
ちなみにラケイン達は、気を利かして今日は外で泊まってきてくれるらしい。
今夜は、僕とリリィロッシュ、それとヒゲと母さんだけだ。
「さあ食べて。朝からリリィロッシュが頑張っていたんだ」
“反逆者”では、食事の用意は当番制だ。
僕も、メイシャも、リリィロッシュも、もちろんラケインだって料理を作る。
それぞれに得意分野はあるが、一番料理がうまいのは、実はリリィロッシュなのだ。
人間の文化に興味を持って以来、様々な香辛料や調理法を学び、各地の料理を再現する。
おかげで移動のホラレ馬車の中は、武器や必需品よりも、食材や香辛料の方が多くなってしまっているほどなのだ。
そんなリリィロッシュが今日のために選び抜いた献立が、小さなテーブルに所狭しと並べられていく。
「す、すごい量と種類だな」
「これ全部リリィロッシュちゃんが作ったの?」
ヒゲも母さんも、目を白黒させている。
今日の料理は、全体的に見れば東国風だ。
量は少し多いが、全員一流の戦士だ。
これくらいは余裕で片付くだろう。
主食には米。
メインは魔牛のステーキ。
副菜に酒精で蒸した魚。
野菜は油通しをした煮物を唐辛子でピリッと仕上げている。
そして……
「これだけは作れるようになりたかったんですが、未だに納得のいく物ができません」
リリィロッシュが恥ずかしそうに持ってきたのは、少し深みのついた平皿。
「あぁ、これあーちゃんの大好物だったのよねぇ」
「おぉ。こいつは確かにうちの料理だからな」
母さんとヒゲが目を輝かせる。
チフミのシチュー。
母さんの得意料理であり、僕とヒゲの大好物。
記憶にあるそれより、具は豪勢なものとなっているが、間違いなくデアクリフ家の食卓を象徴する料理なのだ。
「リリィロッシュちゃん、あとでレシピを書いて渡すからね」
「ありがとうございます」
その晩、僕達はお腹が苦しくなるくらい、食事をめいいっぱいに楽しんだのだった。




