第八章)混迷の世界へ 結婚祝い
▪️東国の王子③
とりあえず、というなんとも情けない理由で殲滅された二つの最強騎士団を救出するべく、“黒法衣戦団”を走らせる。
「わ、私悪くないもん。柄の悪そうな人たちが集まってた方が悪いんだもん」
「そ、そうよ! あんな目つきの悪い連中、燃やし尽くされなかっただけでも感謝しなさいよ!」
確かに怪しい武装集団と言えなくもない風体であったのは確かだが、それでもなんの確認もなしに攻撃するのはいかがなものだ。
「くそっ、それもこれもあいつらがたるんでるせいだ!」
「おぅ、そうですな! 本国に帰ったら徹底的に鍛え直さなきゃならんな」
まぁ、今回の一件で一番かわいそうなのは、言いがかりにも程がある理由で壊滅された上に、このあと二人の戦闘狂によるしごきを受けることになるだろう騎士の皆様である。
「さて、俺はそろそろ戻らなきゃな」
リュオさんが席を立とうとする。
仮にも大国の将軍である。
本来なら知己とはいえ、僕程度の結婚に足を運ぶ余裕などないはずなのだ。
「ちょっと、何しに来たのよ。お土産渡さなくていいの?」
「お、いけね。そうだったな」
後から副官のジーンさんから叱咤の声が掛かる。
リュオさんが後ろでゴソゴソと荷物を漁って、包みを持ってくる。
「ほい。ラケインには、“暁天の鉢金”。俺が使っていたものの仕立て直しだが、性能は保証済み。アロウには“無月の衣”だ。こっちはジーンのチョイスだな。嫁さんたちには、“四天の腕輪”だ。」
受け取って絶句する。
間違っても、ほいだなんて無造作に渡される品質のものではない。
意匠と材質、そして外観を損ねないように隠されて刻まれた呪印からその効果と品質を読み解くが、はっきり言えばそれぞれの品一つで、地方なら小さな家が買える金額がつくだろう。
ラケインが受け取った暁天の鉢金は、額に金属質のプレートの付いたヘッドバンドだ。
バンドは布製だが、麻酔蛾の繭からとれる絹を使用しており、物理的にも魔法的にもかなりの強度がある。
プレートに使われているのは、ただの金属ではなく、古王亀の古鋼石だ。
そして、プレートの一部と、布の折り込みに隠された呪印から察するに、その効果は、精神系魔法の拒絶。
魔法の素養がまったくないラケインにとって、魔法戦は鬼門だ。
これまでにも何度か魔法の罠に嵌められ、辛酸を舐めている。
単純な攻撃系の罠ならば、鍛えられた身体で耐えきることも出来るが、精神系、つまり幻覚や支配系の魔法にかかってしまえば、その強さこそがこちらの弱点にもなってしまう。
恐らくラケインと同じ戦士系のリュオさんだからこその贈り物だ。
リリィロッシュとメイシャに渡された四天の腕輪は、四つの宝石に彩られた黄金の腕輪だ。
柘榴石、瑠璃、黄水晶、翠玉の宝石が見事に輝き、黄金のつたが絡まるようにした美しい細工がなされており、実用性はもとより、女性が普段から身につけていても、まったく恥ずかしくない代物だ。
四つの宝石は、火・水・土・風の四代属性を象徴し、黄金の細工はそれ自体が小規模な魔法陣となっている。
その効果は、魔法構築の補助と魔力の増強。
恐らくは、これを付けているだけで一段階上の魔法を苦もなく使いこなせるようになるはずだ。
そして僕がもらった無月の衣。
見た目には、ささやかな刺繍が施された黒いマントにしか見えない。
だが、流石はリュオさん同様、個人でSランクの力を持つジーンさんの選んだ品だ。
生半可な性能を持っていない。
大角皇帝羊、魔帝蛾、黒魔法麻など、分かるだけでも五種類以上の素材を複雑に織り込んでおり、それだけでも物理耐性、魔法耐性共にかなりの強度を持っていることがわかる。
だが、目立たないように織り込まれた呪印には、それ以上の効果が刻まれている。
それは、知覚速度の向上。
簡単に言ってしまえば、実際の一秒を三秒ほどに感じられるというものだ。
これは、言葉でいうほどに便利なものではない。
あくまで知覚できると言うだけで、三倍早く動ける訳ではない。
例えば、剣が振り下ろされたとして、それを見えていたとしても、避けるだけの運動能力がなければ意味が無い。
だが、魔法使いに関していえば話は別だ。
知覚が三倍の速度、つまり、三倍の速度で思考が可能ということだ。
もとより、精神内での魔法構築を重要とする魔法使いにとっては、魔法の発動が短縮できるというような単純な話で終わるものではない。
外界と切り離された精神世界に没頭することにより、より深く、より高度に魔法を行使できるのだ。
チラリと横目にフラウを見ると目が輝いている。
無理もない。
素材こそ若干の差があるが、これは勇者パーティ時代のフラウも装備していた、云わば、人間の魔法使いとしては最高の装備であるのだ。
「い、いや。さすがにこんな高価なもの受け取れませんよ。」
「まぁまぁ。もうすぐこれが必要な身になるんだ。それに、こっちにも思惑があってやってることだ。大人しく受け取っておけよ」
恐縮しきりに断ろうとしたが、リュオさんの言葉におかしなものが混じる。
「……思惑? リュオさん、なにかあったんですか?」
「あ、やべ」
あからさまに目を逸らせる。
この腹芸のひとつもできない将軍に、エティウの将来を不安に思いつつ、後ろで頭を抱えるジーンさんに同情の視線を送る。
「それについては、私から話そう」
僕の無月の衣の端を手に取り、しげしげと観察しながらフラウが呟く。
「お、そうだ、アロウ。このちびっ子は誰なんだい? この魔力とうちの部隊を潰した実力からそっちの側の人間だと思うが」
以前リュオさんには、僕が元魔王だという事情は明かしてある。
『魔法使い』であるフラウは、こっちの側で間違いないが、それよりも……
「だまれ、小僧」
「うげっ!」
フラウに身長は禁句なんだよ。
「オーガ将軍。お初にお目にかかります。私はロゼリア=フランベルジュ。ノスマルク帝国宮廷魔導師です。そして彼女はフラウ。影法師である私の本体と言えば分かりますか?」
ジーンさん同様、主の振る舞いに頭を痛めたロゼリアがリュオさんに名乗り出る。
フラウの分身であり、元は同一の人格であるはずのロゼリアだが、すっかり苦労人の気質が身についているようだ。
「痛てて。フランベルジュ老師、いや、ロゼリア導師と呼ぶんだったな。これは失礼を。そして、あなた程の魔法使いが影武者とは、このちびっ……いや、こちらのフラウさんとは、何者なんです?」
「ふん、隠しておく必要も無いわ。私はかつての勇者パーティ『魔法使い』よ。」
「なにぃ!?」
まぁそういう反応になるよな。
リュオさん含め、一般には勇者パーティは、魔王討伐後に姿を消したとしか認識されていない。
未だに彼らは人間の英雄なのだ。
「ち、ちょっとアロウ。お前、こんな大物とよく知り合ったな」
ヒゲと母さんもドン引きしている。
まぁ確かに。
ここ最近、四天王や勇者パーティの話題が重なっていたけど、僕自身はただの冒険者なんだから。
元魔王だけどね。
「まぁそれはいい。まずは私の贈り物だ。言っておくがリオ……、アロウの分だけしかないぞ」
フラウが懐から差し出したのは、白銀に輝く小手だった。
複雑な模様が刻まれた月銀鉱の小手。
その中央には、淡く紫に色付き、黄金の粒子が漂う巨大な宝玉が据えられている。
そして裏側には、ヤドリギの紋章に美しい女性と星が刻印されていた。
「……フラウ。これはやばい」
「ふふ、見覚えがあるでしょう。記憶にある限り再現させた“破邪の小手”。魔法封じの効果を持つ『勇者』の装備よ」
フラウがイタズラを仕掛けた子供のような、いや、正しくそれなのだが、非常に嫌な笑みを浮かべる。
魔王に『勇者』の装備とは、皮肉にも程がある。
この破邪の小手は、かつて魔王時代の僕が発見した新素材、長老粘魔の核を利用した、あらゆる魔法を吸収して無効化する魔法使い殺しの防具だ。
それを勇者が転用し、最終決戦の折にはかなりの苦戦を強いられたものだ。
「喜んでもらえたようね。最近贔屓にしている素材商、たしかステンといったかしら。彼もあなたの縁者らしいけど、あなたへの贈り物と言ったら、格安で素材を融通してくれたわ」
なるほど。
やはり裏の刻印はステンさんの“黄金の星”だったか。
昔は優良なギルドの証であるヤドリギの紋章を持っていなかったが、彼のギルドもかなり大きくなったらしい。
「それにしても、リュオさんのもそうだけど、こんな代物ちょっと荷が重いというか……」
リュオさんのものも、フラウのものも、お金をかければ買えるとはいえ、軽く伝説級と言って過言ではない代物だ。
ある程度の知名度を持ったからといって、ただの冒険者が身につけるには、少々気が引ける。
すると、フラウが訳知り顔で鼻で笑う。
「あぁ、それなら心配いらないわ。さっきそこの筋肉ダルマが言いかけたけど、あなた達、Sランクに登録されるから。それならその装備も妥当でしょ?」
なんか目の前の幼女が言い出した。
「……は?」




