第八章)混迷の世界へ 狼と傷、獣と炎
▪️東国の王子②
「いやぁ、はっはぁ。そうならそうと言ってくれれば……」
「ふざけんなヒゲ! よりによってリュオさんの部隊襲撃しやがって。下手しなくても国際問題だ!」
約一名を除いて様子見での戦闘だったとはいえ、エウルの騎士団がエティウの騎士団を襲ったとなれば、本来なら戦争にもなってもおかしくない。
「まぁまぁ、被害はなかったし、俺たちにも大勢で押し寄せちまった非があるしな」
リュオさんが取りなそうとするが、この場合は逆効果だ。
「まったくですよ。リュオさんもリュオさんです。もっといち冒険者だった頃と今の立場の違いをわきまえてくださいよ」
「げっ、飛び火しやがった」
まったく、片やノガルド最強の騎士団、片やエティウ最強の騎士団だと言うのに、二人共に緊張感がなさすぎる。
後ろの方を見ると、ヒゲの副官らしい男性と、リュオさんの副官であるジーンさんがウンウンと頷きながら意気投合している。
まぁ、この隊長の下で働く苦労、察して余りある。
「しかし、小競り合いとはいえ俺の部隊とやり合えるなんて、あんたの部隊大したもんだよ。失礼だが名を聞かせてもらえないか」
リュオさんが朗らかに笑いながらヒゲに尋ねる。
武力で南部一帯を平定したノスマルク帝国は、小魔王に備え力を貯めている時期にある。
今この世界で最も精強な軍隊は、間違いなくリュオさんの白獣の牙であるはずなのだ。
「いや、兄ちゃんの部隊も大したもんだよ。こいつらは蒼龍の牙、俺は、その小隊長をしているハインゲートだ。いや、これでも東国最強を名乗ってるんだが、帰ったら鍛え直さなきゃならんな」
がははと笑うヒゲをよそに、リュオさんの顔色が変わる。
「な、蒼龍の牙だと! てことは、あんたが“餓狼”デアクリフか!いや、俺も元冒険者だからな、あんたの武名はよく聞いてるよ! っていうか、俺たちの部隊名は、あんたの部隊からとったのさ」
リュオさんが目を輝かせてヒゲの手をがっしりと握る。
そうなんだ。
ヒゲのやつ、意外にも冒険者の間ではそれなりに名を知られた有名人だった。
……ヒゲのくせに。
「い、いやぁ。俺なんかただの小隊長に過ぎんが嬉しいね。俺としちゃあ昔の話なんて、若気の至りでむず痒いもんだがな。これも縁だ。あんたの名も教えてくれよ」
「これは失礼した。俺は、エティウ王国軍のリュオ=クーガ。俺の部隊は、白獣の牙だ。」
「ぬぁ!? あんたが“白き刃”か! 確かにアロウが学生の時にやり合ったとは聞いていたが、まさかSランクのお出ましとは思わなかったぜ」
……ああ、一流が三流の会話をしている。
世界でもトップクラスの騎士団とその隊長同士がこんなことでいいのだろうか。
まったく、よくぞ人間達はこれで魔族の侵攻を食い止めているものだと思う。
「おい、アロウ。お前の親父さん、大人物じゃないか。いやぁ、もっと早く紹介してもらいたかったぜ」
「リュオさん、大人物なんかじゃありませんよ。これは、ただのヒゲです。」
今にも泣きそうな顔をしてどんよりしているヒゲを横目に、リュオさんにはっきりと断っておく。
ヒゲの事だ。
すぐに調子づくことは目に見えているんだよ。
とりあえずリュオさんの部隊もヒゲの部隊も、特殊な独立部隊だけあって柄が悪すぎる。
小競り合いでご近所さまに迷惑もおかけしたので、部隊の人達には、謝罪行脚がてら町の外で待機してもらうことにして、僕達は家の中へ入った。
中では、我関せずとメイシャと二人でくつろぐラケインと、質素だが美しい純白の服を着たリリィロッシュが待っていた。
その左手には、大きな黒水晶が輝いている。
「お義父さま、実際にお会いするのは、アロウのことをお預かりして以来ですね。お久しぶりです。不束者ですが、どうかよろしくお願い致します。」
「お、おう。リリィロッシュさんだったな。あんたには、この十年間、ほんとに世話になりっぱなしだったな。こんな小生意気な息子だがこれからもよろしく頼む」
僕の前ではいつも緩みっぱなしの顔をしたヒゲだったが、真面目な顔をしてリリィロッシュへと頭を下げる。
思わず胸が熱くなる。
流石は餓狼。
黙っていればヒゲは精悍な顔つきをした歴戦の戦士。
その強者が息子のために頭を下げるのだ。
「いやぁ、それにしてもこんなべっぴんさんが嫁に来るとはなぁ。さすがは俺の息子だぜ」
……黙っていれば、な。
「あーちゃーん、おめでとう!」
そうこうしているうちに、頭痛の種がもう一人やってきた。
「母さん、さすがにもうあーちゃんは止めて。」
地味というよりはむしろ原色としての艶やかさをもった、漆黒の修道服に身を包んだ母さんが家に飛び込んできた。
19にもなって所帯を持とうというのに、ちゃん付けはやめて欲しい。
「ぐはっ、あ、あーちゃん。くくっ」
「……リュオさん、こっちの心情も察してください」
まったく隠せていない忍び笑いをするリュオさんをジト目で睨みながら頭を押さえる。
まったく、相手がリリィロッシュで良かった。
この環境に馴染みのない人ならドン引きするところだ。
「お義母様、お久しぶりです。戦うことしか知らない粗忽な嫁ですが、よろしくお願い致します」
リリィロッシュさん、粗忽な母ですがよろしくお願い致します。
こんな状況でもきちんと礼儀正しいリリィロッシュは、まじ天使、いや、まじ魔神だ。
「やだ、リリィロッシュちゃん。こちらこそ、アロウのことよろしくお願いしますね」
母さんは、がばっとリリィロッシュに抱きつき頬ずりしている。
だが、ここで爆弾が落とされる。
「そういえばエウルも治安が悪くなってきたわね。近くに怪しい人たちがいたから、片付けておいたわよ」
「「「……は?」」」
男性陣三名の声が重なる。
ちょっと待ってほしい。
確か母さんはクルス教の僧兵部隊に所属していたと思うが、怪しいって言ったって、謝罪行脚させてる部隊をいきなり攻撃するなんて真似はさすがにしないだろう。
「か、母さん。ちなみにその人たち、揃いの鎧とか来てなかった……?」
「うん、なんかみんな白い鎧来てたけど、怪しかったからぶっ飛ばしておいたわ」
「お、俺の部隊だー!」
無邪気にガッツポーズをとる母さんと、絶望の表情で絶叫するリュオさんの対比がシュールすぎる。
「か、母さん! すぐに止めさせて! っていうか、すぐに回復してあげて!」
「えっ? ……あれ、まずかった?」
かわいらしく首をかしげて、あさっての方向を見るがそれどころじゃない。
「ちょっと待て、俺たち白獣の牙だぞ? 一応最強の騎士団なんだけど、ぶっ飛ばしておいた……?」
「あら、どなたかしら。でも確かに手強かったけどまだまだ隙が多いわよ?」
茫然自失するリュオさんに、母さんが追い打ちをかける。
「あ、あのぉ。母さんは“黒法衣戦団”のメンバーで……」
「あ、今は遊撃部隊“傷”の部隊長よ」
「お前の家族は何なんだーっ!」
リュオさんの叫び声が再び上がった。
「さ、災難だったなリュオ君」
そう言って肩を叩くヒゲの前に、
「祝いにもならぬが、辺りをたむろしておった怪しい青い鎧どもを蹴散らしておいたぞ」
と言ってフラウが現れたのは、それからすぐの事だった。




