第八章)最後の魔王 冒険者たちの喜劇
新しい章スタートです。
しばらくはお祭りのノリでまったり行きます。
今回の章題ですが、話の進行によっては変えるかもです。
目標は“最後の魔王”登場です。
誰のことでしょうね。
▪️東国の王子①
─眩い光は全てを隠す
白と黒は対極にして同一
強すぎる光は闇に等しく全てを包み込む
白き闇が静かに動き始める─
「なに? “蒼龍の牙”が動いただと?」
その異変に気がついたのは、コール聖教国の軍部だった。
北国は宗教国家。
表向きには、国王やそれを守護する軍など存在しない。
だが、統治者と施政や取締りを行う組織がなければ、国として成り立たないのも事実。
実際には、国教であるクルス教の教主・フォルクスを頂点に、示教区が行政を、僧兵団“黒き剣”が軍部としての役割を担う。
そしてさらに、諜報や暗殺などを担う暗部として、武装僧侶集団“黒法衣戦団”がある。
表向きには、コール聖教国ではなく、クルス教の聖十字教会に所属しており、世界各地に派遣され、地域の問題解決に従事する。
ある時は紛争を止めるために、ある時は傷ついた民を救うために活動し、立ちはだかる一切を灰燼と化す、聖母であり鬼神である僧侶たち。
多くの団員は、布教と救世の為に活動しているが、一部の部隊はそれを隠れ蓑にして“黒き剣”の影となり世界各地で暗躍している。
「はっ、暗部の報告では、ノガルド連合国東部沿岸にその精鋭部隊が集結している模様」
黒き剣の若い指揮官が師団長へと報告を入れる。
報告の中にある“蒼龍の牙”とは、東の雄、エウル王国における独立部隊の名だ。
北国も宗教国家としてかなり独特な指揮系統を持っているが、東国のそれも劣らない。
ノガルド連合国とは、十八の小国からなる連立同盟だ。
盟主であるエウル王国も、他の四大国と比べればあまりに小さな小国に過ぎないが、それでも国が十八も集まれば看過できないものがある。
そんなノガルドの加盟国をエウルが従えるに至ったのには理由がある。
それが、エウル国王直轄軍“蒼龍の牙”の存在だ。
そのあまりにも強大な戦闘能力と団員のクセの強さから、正規部隊には編入することの出来ず、平時は各地に散りそれぞれに別の仕事を請け負っているが、一度号令がかかればたちまちのうちに現れ、即座に対象を殲滅する神出鬼没の奇兵隊。
エウル国王の目であり、剣であり、そして守護神である最強の騎士団である。
無論、その素性は明らかにされていないが、同じく暗部である“黒法衣戦団”からの報告により、その動きは把握されていた。
そして、その最強の守護神が行動を始めたのだ。
「今は小魔王の動きも活発になっている。その討伐の為ではないか?」
「いや、東岸ならば《「紅」の魔王》の支配地域だ。だがやつは、未だ無抵抗の人間を襲うことのない温厚な魔王。虎の子の蒼龍の牙をぶつける意味が無い」
法衣こそ身につけているが、鍛え上げられた大柄な肉体をもつ指揮官が同僚の意見を否定する。
様子を見るしかないか。
そう結論付けようとしたその時、会議室に将校が飛び込んでくる。
「申し上げます!暗部から火急の報告が上がりました!」
「騒々しいな。蒼龍の牙の件なら既に聞いておる」
煩わしいとばかりに指揮官が目を細める。
だが、将校の言葉に一同は、目を見開くこととなる。
「い、いえ。東ではなく南国と西国です。ノスマルク帝国の宮廷魔導師、フランベルジュが消えました! 同時にエティウ王国のクーガ将軍がノガルドへ向け出立。巡察とのことですが、公務予定にはなく、エティウ国内も騒然としている模様!」
「な、なんだと!」
その場にいる全員に動揺が走る。
ノスマルク帝国の宮廷魔導師、ロゼリア=フランベルジュ。
勇者パーティの『魔法使い』亡き今、当代最強の魔法使い。
魔法大国としての側面をもつ、帝立魔術学院の長であり、帝国魔導部の長であり、帝国軍部の長である反則級の支配者。
国内の三大勢力すべてを掌握する、実質的なノスマルク帝国の最高権力者である。
そして、エティウ王国のリュオ=クーガ。
“白き刃”の字名を持つ、世界でも十二人しか存在しない、個人でのSランク指定。
その規格外の武力をもって各地の紛争を収めた生ける伝説。
この人物は、ノガルド連合国の蒼龍の牙同様、女王直属の騎士として軍部とは違う系統にある。
近年では、この国の内政にも手出しをしてきているエティウ軍部のせいでマークが薄くなってしまっていたが、間違いなく最強の武人と言っていい要注意人物だ。
その人物がノガルドへと向かい、蒼龍の牙も怪しい動きを見せ、それに呼応するようにノスマルクの支配者も消えた。
だが、そんなことよりも重大な問題であるのが、その原因について、このコール聖教国が全く何も掴んでいないという事実なのだ。
「ええい、暗部は何をしているのだ!」
師団長の一人が激しく円卓を叩きつける。
それは怒りというより焦りだった。
ノガルドに何かある。
ノスマルクはもとより、大陸の反対側にあるエティウすらそれに動いているというのに、自分達にはそれがなんなのか、黄金の山なのか災禍をもたらす黄泉の使いの鎌なのかさえ分かっていないのだ。
「そ、そういえば……」
「今度はなんだ!」
恐る恐ると手を上げる指揮官の一人に、隻眼の師団長が苛立ちを隠さずに吠えたてる。
「はっ、はい!関係ないと思い報告を上げませんでしたが、暗部の手の入っていない、表の活動をする“黒法衣戦団”が一部隊、活動区域を離れノガルド東岸へと向かっています」
「なっ、どこの部隊だ!」
師団長の怒鳴り声に、指揮官は泣きそうな顔をしながらも報告を続ける。
「そ、それが。あの“傷”の部隊です……」
「ばかな、よりによって、暗部の指揮外にある最強の部隊じゃないか」
「一体、何が起こっているんだ……」
他国だけではなく、外部の部隊とはいえ自国の勢力までが予想外の動きを見せ、その全てがノガルドへと集まっている。
その異常事態にコールの司令部は、もはや喧騒を通り越し沈黙するしかなかった。
「よぉ、こんな一大事に繋魂一本だけとは冷たいやつだぜ」
「いやいやいや。あんた、大国の要人が気軽にこんなところに来ちゃおかしいでしょ」
頭が痛い。
なんでこんな東国の片田舎に、いや、辺境といっていい地の果てにこの人がいるのか。
「なんだよ、ジーンみてぇなこと言いやがって。俺が拳を交わした親友の結婚を祝わないような冷血漢だとでも思うのか?」
「ほら言ったでしょ。この子、あなたと違って常識があるんだって」
後ろで軍服に見を包むジーンさんが、こめかみを押さえてため息をついている。
というか、やっぱり言われたのか。
この人の相棒である魔法使いさんに同情の念を禁じ得ない。
目の前には煌びやかな軍服を身にまとい、砂漠の太陽の如き眩い笑顔を向ける巨躯の人物が仁王立ちになっている。
エティウのリュオ。
最強の武人の名を欲しいままにする、西国の将軍、のはずだ。
「リュオさん、わざわざお越しいただきありがとうございます」
ラケインが義理堅くもリュオを迎える。
確かにラケインの反応が正しいのだが、彼ほどの人物が相手となると、なぜか親しみよりも呆れの方が先に来るのは何故だろうか。
「おお、ラケイン。お前も僧侶の嬢ちゃんと所帯を持ったんだってな。繋魂もないなんて水臭いぞ」
「いえ、俺は魔法使えないし……」
ばんばんと背中を叩くリュオさんの圧力に、さすがのラケインも顔を歪めてよろめく。
さすがは最強の武人である。
スキンシップも命懸けだ。
「で、表の部隊は何事なんですか?」
ちらりと窓の外を見る。
ずらり。
白の甲冑を着込んだ騎士が居並ぶが、この騎士達、お世辞にも柄がいいとは言えない。
揃いの槍こそ持っているが、副装備は、みなバラバラだ。
あるものは剣を、あるものはもう一本槍を、またあるものは斧を身につけ、どう見てもまともな騎士団には見えない。
周りの家々は、窓の影からこちらを伺うようにして隠れている。
はっきり言ってかなり迷惑だ。
「あぁ、お前さんの言う通り、こんな身の上なんでな。ふらっと遊びに来るわけにもいかんから、視察の名目で城を抜け出したんだ。こいつらは俺の部下達だな」
遊びに来ているって言っちゃったよ。
しかし、なるほど。
そうなると彼らがエティウの誇る、女王直轄の独立部隊。
最強の武人・リュオ将軍が率いる“白獣の牙”というわけか。
「さて、お前さんらへの土産なんだが……」
リュオさんがごそごそと包みを漁っていると、表が騒がしくなってきた。
「隊長!なんだか厄介なヤツらに囲まれてます!やつらかなりできますぜ」
どうやらどこかの兵士たちが、“白獣の牙”相手に小競り合いを起こしているらしい。
まあ、騎士とはいえ柄の悪い集まりがたむろしていれば、こうなって何もおかしくない。
まったくはた迷惑な話しだ。
「貴様らぁ! 他人んちの息子の家に押しかけて何様のつもりだぁ、おらぁ!」
……。
頼むから、勘違いだと言ってくれ。
その願いも虚しく、騎士団を蹴散らしながら派手に暴れ回る不精ひげの生えたむさ苦しい顔は、うちのヒゲに間違いなかった。




