第七章)混沌の時代 愛の力
▪️vs吸血の王⑤
「待て、メイシャ」
ラケインが光球を今にも手放しそうなメイシャの前に割って入る。
「ラク様?」
当のメイシャは、ラケインの行動に眉を上げる。
偶さかに持ちえた力に溺れ、驕った愚か者に天誅を与える絶好の機会なのだ。
メイシャには、ラケインの行動の意味がわからなかった。
「どうしたんです? ラク様」
「メイシャ、今何をしようとしていた?」
メイシャには、ラケインの言葉の意味が分からない。
こんなことは初めてだった。
いつも無茶をして意味がわからないのはメイシャの方のはずだ。
メイシャにとっても、ラケインがわからないなんて初めてのことだ。
「質問を変えよう。俺たちの目的はなんだ?」
「え?」
メイシャは戸惑う。
目的?
そんなものは決まっている。
「この林の異常を正すことです」
「そうだな、だがそれは、依頼人の目的だ。もう一度聞く。俺たちの目的はなんだ?」
「あ……」
ようやくここでメイシャも気づく。
そうだ、自分たちは、いや、私は、この愚かな父親に囚われた吸血族の少女を、白の少女を助けようとして再びこの林に入ったのではなかったか。
確かに、この少女の精神は、カーミルという父親だ。
だが体は、ミラーカという名の哀れな少女のものではなかったのか。
それなのに、この手にある光、あれはなんなのだ。
「あ、あ、わ、私……」
メイシャは愕然とした。
自分は大丈夫だと思った。
これまでも何度か魔人化して窮地を切り抜けてきた。
事後に襲い来る飢餓感さえ覚悟を決めれば、飲まれることなどないと思っていた。
それなのに、自分は今、何をしようとしていたのだ。
慌てて光球を打ち消し、震える手を呆然と見つめる。
その手にそっと無骨な手が乗せられる。
「どうやら正気になったようだな。心配するな、俺にも経験がある」
ラケインが穏やかに微笑む。
彼にも心当たりがある。
かつて、親友と初めて剣を交えた時。
かつて、骸骨巨兵と演武を行った時。
悪癖として自覚はしているが、戦いに心が支配された時、周りが見えなくなり、敵だろうが味方だろうが、最後まで剣を突き立ててしまうのだ。
吸血族の魔人化とは、精神エネルギーの暴走によるものだ。
それが過度に過ぎれば塩化し、身体を滅ぼす。
対して、ラケインをはじめ高度な戦士は、生命エネルギーを高めることで身体能力を強化する。
それも過ぎれば精神を食いつくし、狂戦士と化す。
似て非なる、という言葉はあるが、非にて似るということもあるのか、メイシャの魔人化は、確実に狂戦士同様、心を侵していた。
「ラク様……」
涙ぐむメイシャの頭に軽く手を置き、ラケインは微笑む。
「危険な力だ。だが、それも自分自身だと受け入れるしかない。まして……、相手がこれ程のものだとな」
「ひぃぃっ!」
ラケインは、メイシャに向いたまま、後ろで逃げようとするカーミルに剣を振るう。
無論当てはしない。
這うやうにうずくまるカーミルの指先、ほんの数センチの場所に斬撃による亀裂が走る。
熟練の戦士ならばいざ知らず、才能と生まれ持った力に胡座をかいただけの相手だ。
ラケインにとって、目で見なくとも気配だけでその動きを察することなど容易い。
「き、き、貴様ぁ! このワシに、死者の王たるこのワシにこんな真似をして、ただで済むと思っているのか!」
カーミルは、後ろ手に腰を付いたままラケインに叫ぶ。
その姿には、既に出会った時の異様も威容も感じ取れない。
地に落とされた敗者そのものだ。
「カーミルさん、もうやめましょう」
落ち着きを取り戻したメイシャが声をかける。
その眼は既にいつもの青い瞳に戻っている。
「うるさい! だまれだまれ! ワシは王だ。吸血族の王なのだ。貴様のようなバケモノに哀れみを受けるいわれなどないわ!」
ラケインの目が険しくなる。
これまで散々、強大な魔力を振りかざし王だなどと宣っていたくせに、自分よりも魔力が強い相手はバケモノと呼ぶのだ。
だが、それを聞いたメイシャは、ますますの哀れみを持った眼差しとなる。
「カーミルさん、そうなんです。私たちは、吸血族は、バケモノなんですよ。人間のふりをした、バケモノなんです。それでも、人間でありたい。だから、その子を離して。心までバケモノになんかなっちゃダメなんです!」
「う、うるさい! 貴様のようなバケモノと一緒にするな! ワシは、吸血族の……」
メイシャのうったえに耳を貸すことなく騒ぎ立てるカーミルに、ラケインが言葉を遮る。
「お前にいいことを教えてやろう。俺の相棒が古代の歴史に詳しくてな。吸血族というのは、戦争に使われた改造種、兵器なんだそうだ。民ですらない道具なんだ」
「……な、なに?」
ラケインの言葉にカーミルがたじろぐ。
もとより、王と名乗った理由など、父親がそうだと言ったからに過ぎない。
王だということを拠り所としてきたが、王だという証などない。
そして、目の前の男に、単なる兵器だと道具だと言われた。
「ただの道具に王などあるはずもない。お前は、王などではない、ただの人間だ」
「だまれーーー!」
カーミルはそう叫ぶと、大きく後ずさり、首元に自らの左手を当てる。
「ワシは王だ。死者の王なのだ。貴様ら虫けらどもにいいようにされるわけがないわ! 一歩でも近づいてみろ、この首に手を突き立ててくれるわ」
自らの身体を人質とした悪あがき。
普通ならば一笑にふす程度のものだが、この場合は相手が悪い。
ラケイン達の目的は、身体を操られている少女の救出。
だが、カーミルにとっても乗り移っている身体ではあるが、元の骸骨の状態でも生きながらえていたことを考えると、ミラーカの身体の生死はどうにでもなるのかもしれない。
「ラク様」
「あぁ、任せろ」
だが、相手が悪いのは、カーミルの方だ。
この状況は、屋敷で打ち合わせていた局面のひとつに過ぎなかった。
ラケインは、万物喰らいを両手に持ち、そこから剣を抜き放った。
過酷な戦闘により、ラケインの大剣・万物喰らいは、大幅なメンテナンスを必要としていた。
そして今回、この林に来る前に、《迷宮》からレイドロスの鍛えた大剣を受け取り、戦闘にのぞんでいたのだ。
星練剣・魔剣。
“魔剣”と呼ばれた男が、星降りの鉄から打ち出した冷熱鉱の鎧断大剣。
問題は、そのあまりにも強力すぎる威力だった。
剣自体に魔力が宿り、切れ味ではなく威力として発揮される。
具体的には、軽く振るっただけで、Cランクの魔物程度ならば原型を留めずに吹き飛ぶのだ。
そこまでの威力ともなれば、通常の戦闘にはむしろ向かない。
ラケインが完全にこの剣を操れるようになれば別だろうが、今はまだ剣が暴れるのを抑えるのが限界だ。
そこで、《迷宮》に依頼したのが、“大剣として使える鞘”の加工だった。
つまり、先程まで使っていた万物喰らいは、魔剣を鞘ごと振るっていた状態だったのだ。
「ラク様、行きます! 浄化魔法・破邪の加護!」
再度、瞳を赤くしたメイシャが浄化魔法を唱える。
それは、邪悪な魂のみを消し去る破邪の呪法。
それを、ラケインの魔剣へと付加させ、魂喰らいと成す。
「よせ! やめろー!」
ラケインの魔剣が白く清らかな光を纏う。
カーミルもその輝きに危険を感じ取ったのだろう。
もはやなりふり構わず、白き神域を呼び起こす。
既に周囲の支配権はない。
僅かに残る骨たちだけで、防壁を作り出す。
「消え去れ。 破邪合技・大斬撃、裂破っ!」
ラケインが魔剣を振るう。
白い光を伴った斬撃がカーミルを飲み込む。
「ぎ、ぎぃやぁぁぁ」
骨の壁を砕き、そして、カーミルの意識は消える。
そして、静寂だけが残ったのだった。
あれ、書いてましたっけ?
レイドロス:Redrows⇔SWORDER:剣士(造語?)です。
リドロウズじゃね?というつっこみはなしでお願いします。




