第七章)混沌の時代 メイシャの覚醒
▪️vs吸血の王③
「いやぁ、これは流石に勘弁して欲しいなぁ」
思わず愚痴ってしまう。
「アロウ、死霊系の魔物など戦場では珍しくもなかったでしょう。とはいえ、確かにあれで倒れてくれないのは、流石に心外ですが」
リリィロッシュも僕を窘めつつもしっかりとショックを受けている。
それはそうだろう。
リリィロッシュの斬撃は、確かにマーラカという白の女性の腹へ食い込み、その身体をぶち抜いたのだ。
だが、その結果といえば、彼女の胴体はおろか衣服にすら傷一つ付いてはいない。
まるで霞か幻かに触れたかのように、マラーカを素通りしてしまった。
カーミルの方に取られているのか、幾分小さくなったとはいえ前回の戦いで撤退を余儀なくされた白き神域をしのぎ切り、これ以上ないタイミングでカウンターを入れたのにも関わらずだ。
「マラーカ。敵を排除します」
マラーカの無機質な声が響く。
マラーカの腕の動きに合わせ、白き神域がその名に似合わない、凶暴な本性を現す。
人の大きさほどの高さを持つ塊に過ぎなかった白き神域が姿を変える。
足元を這いずる蛇のように、四本の触手が地を滑る。
「ま、気にしても仕方ないか。爆炎系魔法・赤扇!」
四本の触手を爆炎で吹き飛ばす。
しかし、それも焼け石に水だ。
吹き飛ばされたのは先端だけ。
その根元からすぐに新しい触手が生み出される。
「アロウ、こういうのは固めないとダメですよ。水氷系魔法・氷棺!」
久々に先生モードのリリィロッシュが、お手本とばかりに触手を氷で閉じ込める。
リリィロッシュの黒桜昇狼は、僕の水晶姫と同様、魔杖の効果をもつ木刀だ。
むしろ魔杖としての性能ならば黒桜昇狼の方が格段に高い。
元々の技術もさることながら、高難度の魔法ですら無詠唱での発動に乱れがない。
なるほど、確かにこうして閉じ込めてしまえば復活のしようもないし、白き神域を削っていける。
だが、
「リリィロッシュ、これもダメっぽいね」
「不本意ですが、そのようです」
何度か氷の魔法を試したが、どうやらこれも効果がないようだ。
凍りつかせたまではよかったが、固まったのは骨塊の表面だけ。
中身は氷の隙間から逃げ出してまた本体に戻ってしまう。
それだけではない。
リリィロッシュも僕も、何度かマラーカ本人にも骨塊にも攻撃を与えている。
斬撃、打撃、圧縮、衝撃。
炎、水、風、土。
はたまた純粋な魔力だけを込めた無属性魔法も試した。
たが結果は同じ。
その殆どは白き神域に阻まれ、当たったとしてもこちらの攻撃は全て素通り。
いや、確かに手応えがあるところを見ると、瞬時に復元してしまっている。
「これは……あれだね」
「ええ、そのようです」
つまり、このマラーカという女性も、白き神域と名付けられた骨塊も、本質は同じ。
砕かれた骨の集合体。
そもそもが不定形の群体なのだ。
そうこうしているうちにも、骨の槍があられのように降ってくる。
骨の剣山が視界を覆うように突き出してくる。
この数度の攻防で、攻撃のレベルを引き上げたのか、先程までの五つや六つというレベルではない。
槍衾という言葉の通り、まさに骨槍が壁のような密度で襲いかかる。
「となれば、あっちの結果次第ってことか」
「そうですね、メイシャ達に期待して持久戦ですか」
四方どころか上下からも無尽蔵に迫る白き神域。
それを魔法で弾き、障壁で防ぎ、剣で牽制しながら耐え忍ぶ。
「明らかにあっちの方が格上だな。ラケイン、メイシャを支えてやってくれよ」
「任せろ!」
ラケインが吠える。
メイシャの呼びかけに、死角からの骨槍の攻撃を弾いて返したのだ。
「ふん、反撃とは大きく出たな。不可視の礫を見破った程度で図に乗りおって」
カーミルが苛立たしげにラケインを睨みつける。
それはそうだろう。
自らを王と呼び、凶悪な力に酔いしれ、他人を塵芥の様にしか見れないやつだ。
それが自分の技を防ぎ反撃するとなれば、気が気ではいられないだろう。
口でいうほどにカーミルに余裕はない。
これまで思い通りにならなかったことは、全て魔法でなかったことにしてきた。
どれだけ圧倒的な魔力を持っていようと、その頼みの綱に抗う者達の存在にカーミルは狼狽えていたのだ。
そうでなければ、こんな愚行は犯さなかっただろう。
前回の戦いでは圧倒していたのだ。
それに習い、白き神域を展開し、堅実に、圧倒的に攻めていれば、このような展開はなかったのだ。
ただの一手。
リリィロッシュが放った一撃によって思わぬダメージを受けたことで、心を乱された。
自らの分身とも言えるマラーカを作り出し、白き神域を二つに分けてしまった。
確かに手数は増えたが、これによって白き神域による圧倒的な優位という前提が崩れてしまった。
「貴様にわしの、吸血の王の力を見せてやろう」
カーミルが呟くと、辺りが薄暗く、気温も多少下がったかのようになる。
日が陰った訳では無い。
見ると、カーミルの手元に小さな豆粒程度の光球が生まれている。
「光、あれ」
カーミルの手元から、光球が放たれる。
それは静かに、酷くゆっくりとラケインの方へと向かう。
それがダメ押しの一手だった。
その技は、自らの魔力影響下にある世界から、あらゆるエネルギーを奪い取り凝縮させる、究極の破壊魔法。
光も、熱も、命や存在でさえもむしり取り、敵対するものを破壊するはずだった。
「今、何かした?」
赤眼の少女の声が聞こえる。
髪も衣服も白一色の少女のものではない。
豊かに流れる金髪に、金の刺繍の入った法衣。
死の気配を纏ったその少女は確かにメイシャだった。
「ば、ばかな。わしの光、あれが、消えた!?」
カーミルが驚愕の表情を見せる。
確かに、周囲のエネルギーを集め、必滅の光球を放ったのだ。
それが、瞬時に消滅したのだ。
「もう一度聞くわ。今、何かした?」
「ぐぅぅ……」
カーミルは、忘れていたのだ。
目の前にいるこの少女も吸血族だということを。
覚醒の力によってSランクにも届く力を得たことで失念していたのだ。
その吸血の少女が、元よりSランクにも近い実力を既に持っていたことを。
「くっ、こんなことは、何かの間違いだ。光、あれっ!」
カーミルが再び必殺の魔法を生み出そうとする。
しかし、その手に光球が現れることは無かった。
「光、あれとは、大仰な名前を付けましたね。こんな、容易いことなのに。」
メイシャが差し出した手を開く。
その中には、明らかに先程カーミルが生み出したものよりも大きな光球が輝いていた。
「ばかな、そんなばかなぁぁっ!」
その狼狽する姿には、もはや王と名乗ったころの威厳は微塵もない。
光、あれとは、支配する世界から奪ったエネルギーをぶつける技。
すなわち、この付近の支配は、既にメイシャに取って代わられたということなのだ。
「さぁ、まだ抗うんですか?」




