第七章)混沌の時代 再び死の林へ
▪️vs吸血の王①
三日ぶりに死の林へと戻ると、周囲の様子は一変していた。
まばらだった死霊樹は、自在に動き回ることこそないが、枝葉が軋むようにこちらの動きに反応し、ほぼすべての木が魔物化している。
前回、カーレンに待機してもらっていた広場も白い土に覆われ、死の林に飲み込まれている。
「準備万端なのは、お互い様、か」
ラケインが呟く。
確かに、林の状態は格段に悪くなっている上に、あたりに立ち込める瘴気も濃くなっている。
「いや、多分逆だよ」
だが、僕は受けた印象は異なる。
もし、本当に準備が整っているのならば、これほど無秩序に、アンデッド達がさ迷っているはずはない。
「私もそう思います」
メイシャがアンデッド化しつつある枯れ枝を手に取り、その中に宿る瘴気を散らす。
「量は多くても中身がない。多分、もう限界なんですよ。膨らみきった風船みたいに」
悲しげな顔つきで林の中心を見つめる。
確かに瘴気の濃度は凄まじい。
だが、それだけなのだ。
魔力とは、垂れ流すものではなく、凝縮して昇華させるべきもの。
この無秩序な瘴気の流れは、もはや瘴気の暴走といっていい。
その身から溢れるほどの魔力と引き換えに、極端に増大した精神エネルギーに体が耐えきれず崩壊する悲劇の種族、吸血。
もはや、あの白の少女の身は、限界にまで達しているのだろう。
僕達は、歩を進める。
そして、そこにソレは、あった。
貪欲に生の欠片を食いあさり、僅かに残る腐肉すら奪い去った白骨と化した死骸の玉座に佇む白の少女。
前回と違うのは、その袂に傅き、両脇に収まっていた両親のものと思われる骸骨が、まるで守護者のように少女の背後にあることだ。
僕達は知っている。
その骨たちは、決して少女に従っているのでないことを。
むしろ、その腕を、体を、心を押さえ込み、支配していることを。
「やはり来たな、ガキども」
その言葉は確かに少女から発せられたものだ。
だが、口調、雰囲気、そしてその身から溢れる瘴気のどれもが、ソレが彼女ではないことを物語っている。
「貴方は……だれ……?」
メイシャがおそるおそると尋ねる。
その様子からもはや、答えは決まっているだろうが、それでも聞いてみたのだろう。
いや、信じたくなかったのか。
だが、答えは予想の通りだった。
「ふん、それはこの体の名か? それともわしの事か? 儂はカーミル。このミラーカの父であり、古の民、吸血が王。吸血の王である。」
ミラーカ。
それが白の少女の名か。
そして、カーミル。
それが倒すべき相手の名だ。
「あなた、あの子を、自分の娘を取り込みましたね。」
メイシャが、射殺さんばかりの目付きで元少女を睨みつける。
日ごろ窮地に立ってさえ、明るく皆を盛り上げてくれるメイシャだ。
その静かな声色が、その怒りをなによりも色濃く物語る。
吸血族の同族食いどころではない。
親が子を食らい、乗っ取っているのか。
それはもう、種族としての話ではない。
もはや、生物としてあるまじき姿だ。
「ふん、だからどうだというのだ。自分の子を親がどうしようと勝手だとは思わんか?」
玉座から見下ろし、少女は語る。
その姿はある種の人物と姿が重なる。
かつて魔王であった時にみた人間の王や、冒険者として僕達を呼びつける一部の貴族達だ。
こちらを、いや、自分以外の全てを見下し、虫けらほどにも気を止めない傲岸不遜。
一番嫌いな人種だが、彼らとこの少女において、一つだけ決定的に違う部分がある。
それは、それを言うに足る力を持っている事だ。
「んなわけ、あるかぁぁっ!」
メイシャが激昴し、極大の炎弾を放つ。
しかしその瞬間、骨の玉座から伸びた骨の触手が炎弾を飲み込む。
「ふん、たわいもない。この《白き神域》を前に、その程度の魔法など通用せんわ」
くつくつと少女は嗤う。
どうやら、あの骨の玉座は、自動で魔法を迎撃する要塞でもあるらしい。
「メイシャ、ちょっと待って」
前に出てメイシャを手で制する。
色々と先走ってしまった感があるが、ここで一度流れを止める。
同族食いも、娘を生贄にする行為もとても許容できるものではないが、それでもまず、確認したいことがあった。
「カーミル。もう一度だけ貴方に確認したい。僕達は吸血族という種族を知っている。仲間であるこの子も吸血族だ。その上で訊く。生命エネルギーを集める協力はしよう。その子を解放して、外の世界で平和に暮らさないか?」
メイシャには悪いが、いくら娘を食い物にする外道とはいえ、それが種による特性から行われるものであるなら、なんとか理解もできる。
冒険者として受けた依頼自体は、この林の正常化だ。
話が通じるならば戦わないに越したことはない。
だが、カーミルが話した言葉の中に引っかかるものがあった。
吸血の王。
王であるかどうかなどに興味はない。
王と自称する事が問題なのだ。
王とは頂点であり、象徴であり、そして、君臨するものだ。
これがこの林と共に心中する程度の化け物ならば、心配はない。
だが、王と名乗る虚栄心の塊であるならば、その答えは一つだけだ。
「つまらぬことを。この一帯で足りねばこの林すべてを、それでも足りなければこの世界を糧にするまで。幸い、こうして目の前に生き血の詰まった肉袋も集まったことだしのう。愚問に答えてやろう。答えは、否よ。この世界に覇たる力を持ったわしが、何故にこそこそと隠れすまねばならぬ」
「なるほど……」
やはりこう来たか。
どちらにしろ僕達が失敗すれば、《永遠なる眠り》の魔法部隊が林ごとカーミルを燃やし尽くす。
だが、それではダメだ。
こいつは、確実にここで倒さなくてはならない相手だ。
「ミラーカ……」
メイシャが銀賢星を握りしめる。
「わたし、諦めませんから!」
メイシャはどこまでも真っ直ぐだ。
頼もしい後輩に格好の悪いところは見せられない。
「各自、戦闘準備!目標は、吸血王の討伐!必ずミラーカを助ける!」
「浄化魔法・闇を祓いし神域っ!」
メイシャの浄化魔法が、骨の津波を打ち崩す。
だが、
「無駄だと言ったはずだ!」
カーミルの一喝で、骨たちは再び動き出す。
既に何度か繰り返した光景だ。
息吹のない仮初の生命を与える瘴気は、前回のそれとは別物と言っていいレベルになっている。
こちらの魔法は骨の触手・白き神域に捉えられ、全てを押しつぶす骨の津波に飲み込まれる。
それを無効化させるメイシャの浄化魔法は、僅か一瞬しか効果がない。
改めて感じるが、強敵だ。
「ふん、前回と何も変わらぬ。まさか、わしの体の崩壊を待っているわけでもあるまい。」
カーミルが退屈そうに呟く。
しかし、そういった意図はなかったが、確かにそれもひとつの手だ。
林の状況を見れば、生命エネルギーの枯渇は間近。
そうなれば、ミラーカを助けることこそできないが、最低限、カーミルを倒すことは出来る。
「残念だがそれは叶わぬわ。我が“吸収”は、こうしている間にも貴様達から生命エネルギーを奪っている。さすがは冒険者、随分と回復させてもらっているぞ。」
顔に出ていたか、カーミル自らその可能性を否定した。
なるほどな、考えてみれば相手に間接的な吸収攻撃があるのならば、長期戦は不利だ。
「それなら、手早く済ませましょう。」
リリィロッシュの声が聞こえた瞬間、閃光と熱波。
次いで地を震わす轟音。
リリィロッシュの魔法による巨大な爆発が、骨の津波を吹き飛ばす。
「ぐ、ぐぉぉっ!」
カーミルを守るはずの骨が、暴風に乗り逆に狂気となってカーミルを襲う。
これが、無駄な攻撃を続けていた理由だ。
魔法を飲み込む白き神域とやらも、自分よりより巨大な魔法は抑え込めない。
メイシャの浄化魔法や僕の障壁で津波に翻弄されるフリをして、リリィロッシュから意識を外させた。
そして、ラケインが護衛をしている間に、リリィロッシュが大規模魔法を放ったのだ。
「ぐ、ぐふふふ。少しは驚いたが、大層な魔法の割に貧弱すぎるわ。人間ども!」
吹き飛ばされたカーミルがゆるゆると立ち上がる。
それはそうだ。
津波を吹き飛ばすために大規模な魔法を使ったが、ミラーカを必要以上に傷つける意思はない。
だが、それでもカーミルにとっては予想外ではあったらしい。
「流石に四人もいれば目が行き届かんな」
そう言って指をパチンと鳴らす。
「それを任せる、マラーカ」
「……はい、あなた。」
カーミルの合図で再び集まった骨の山。
幾分、サイズが小さくなったが、その中から現れたマラーカと呼ばれた人物。
それは、白の少女ミラーカと瓜二つの女性だった。




