第七章)混沌の時代 敗戦、そして再起
▪️古の民⑨
命からがら死の林の圏外まで逃げ延び、待機場所にいたカーレンと合流して屋敷へと戻る。
足取りは重い。
思えば、駆け出しの頃は何度か依頼の失敗もあった。
だが、明確に負けたと思ったのは、今回が初めてのことだ。
敗戦。
これほどに口に苦いものなのか。
魔王時代で敗戦といえば、勇者と戦ったあの最終決戦くらいなものだ。
その時には死んでしまったので、こんな口惜しさは感じることもなかった。
それにあの時は晴れ晴れとした心持ちだった。
今は違う。
腹の底に、ドス黒く重たいものを感じる。
膝に鎖が生える。
肩が鉛になる。
僕達は、重い足取りで林を後にした。
屋敷に戻り、応接間を借りて作戦会議を開く。
依頼主として、カーレンとカリユス氏も同席している。
「さて、これからどうしようか」
重い空気を払うように、ことさら明るく切り出す。
「先輩!」
ばんっと机を叩いてメイシャが立ち上がる。
メイシャにとって今回の依頼は他人事ではない。
どうするか。
その選択の中には当然、依頼の放棄も含まれているのだが、メイシャにはとても受け入れられるものではない。
「メイシャ、落ち着いて。僕達のエゴで《砂漠の鼠》や《永遠なる眠り》に迷惑をかける訳には行かない」
「……はい」
メイシャを落ち着かせてから改めて仕切り直す。
「カリユスさん、意図しないところではありましたが、今回の相手は僕達にとって因縁のある相手です。逃げ戻ってきた身として恐縮なんですが、この依頼、引き続き任せてもらえますか?」
カリユス氏に伺いを立てる。
もちろん、先程のどうするかという質問はブラフだ。
メイシャが激昴するまでもなく、あの白の少女が流した血の涙を見せられては、僕だってそのままにはして置けない。
最悪、依頼としては返却して、僕達だけでも改めて死の林へ入るつもりでいた。
しかし、僕達の思惑はともかく、今回の主導は《永遠なる眠り》なのだ。
まずは、カリユス氏の判断が絶対となる。
「そうですね……」
カリユス氏が腹の肉を揺らしながら、どこにあるか分からない顎に手をやる。
「“反逆者”の皆さん以上に適任のものなど、うちのギルドにはいないでしょうし、僕としてはこのまま皆さんにお願いしたい。けれど、僕もしがない研究員の1人ですからね。上に報告しないわけにはいかない」
カリユス氏の言い分ももっともだ。
任務に失敗した冒険者などに慮る必要など全くないのだから。
「二日、いや三日待ちましょう。そのくらいなら僕の報告が遅いのはいつもの事です。ですが、それ以上はギルドに報告を上げざるをえない。……恐らくは、この林を放棄。ギルド所属の魔法使いで焼却処分となるでしょう」
カリユス氏の回答は意外なものだった。
パートナーであるカーレンの顔を立てたのかもしれない。
それでも、一度は敗れた僕達を、自身の立場を危うくしてまで信じてくれたのだ。
「充分です。ありがとうございます」
しかし、もはや猶予はない。
この林は、薬剤の原料となる植物を確保するための管理地ではあるが、ここでなければ採取できないという植物は生えていない。
つまり、Aランクの冒険者を追い払うような化け物を駆除してまで守るものでは無いのだ。
林の放棄。
当然、カリユス氏やカーレンにとってもいい話であるわけがない。
だが、何よりもの、あの白い少女を見捨てるということになる。
もはや、失敗は許されない。
「よし、ならやることは一つだけだね」
“反逆者”のメンバーは、すぐさまに行動に移った。
それから二日、準備に費やした。
武器を整備し、防具を直し、回復用の薬も補充した。
《永遠なる眠り》のメンバーに依頼し、広大な林の全域に魔石を配置、巨大な結界を張った。
これで万が一、相手が暴走を始めても、この林から外に出ることはないだろう。
そして同時に、僕達が再び敗北した際には、この結界がそのまま、この林を燃やし尽くす起爆剤となるのだ。
「こいつも間に合ってよかった」
大きな木箱からラケインが取り出したのは、両刃の大剣。
その刀身には、美しい木目紋が映り込み、その刃はヒヤリとした冷たい輝きを放つ。
レイドロスから送られた大剣の整備が完了したのだ。
「うん、よく手に馴染む。流石は《迷宮》です」
リリィロッシュもまた、黒塗りの曲刀を手に取る。
それは、刀身も鍔も柄も全て一体となった、ひと目には流木を削り出したかのように見える。
僕とメイシャも、それぞれに新しくなった装備を手に取った。
実のところ、前回の戦いでは、こちらは万全の体制とは言い難い状態だった。
言い訳にする訳では無いが、ラケインの万物喰らいは、すでにヒビが芯にまで達し、大規模な修繕が必要な状態だった。
リリィロッシュにしても、メインやペルシに武器を預けて以来、魔法の修練をするつもりで録な武器を持っていなかった。
そこに今回の依頼が来た。
本来なら、ここリバスケイルに来る前に受け取っているはずだったが、《迷宮》で納得のいく出来ではないと引き渡してくれなかったのだ。
結果、こちらに被害が出ているわけだから、頑固な職人意識も勘弁して欲しいものではあったが、万全な状態でないのを分かっていて依頼を強行したこちらにも非がある。
ともかく、今回の敗戦を《砂漠の鼠》のルコラさんに伝え、無理を言ってこちらに送って貰ったのだ。
「さぁ、やれることは全部やったね。さぁ、リベンジしに行こう!」
その頃、死の林の深部で。
「ふむ、ようやく馴染んできたか。手こずらせおって」
赤く光る六つの瞳が、闇の中に浮かんでいた。




