表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
103/207

第七章)混沌の時代 狂敵

▪️古の民⑧


 赤の瞳と血の涙だけが色付く死の世界で、白の少女が宙に浮かぶ。

その姿は、神に召される使徒のように美しく、左右に(かしず)く二体の骸骨が、その両手を支えているようにも見える。

だが真実は異なる。

囚われの少女が深い慟哭の中、両親だという骸骨に両手を囚われているのだ。


「これは…。」

 思わず絶句する。

その光景の美しさにではない。

周囲を満たす、圧倒的な魔力の濃度にだ。

ベッタリと肌にへばりつく、物理的な濃度を持った魔力。

しかし、その魔力に生命の脈動は伴わない。

瘴気とも呼ぶべき死の魔力に当てられ、周りの木々に仮初(かりそめ)の意思が宿る。

死霊樹(アンデッドツリー)禍神(マガツカミ)

この地に眠る獣たちの亡骸が起き上がる。

偽魔狼(デミヴォルフ)骸骨兵(スケルトン) 甲殻猪(アーマードボア)腐乱人形(ゾンビ)

死者は起き上がり生者を求め、群れというより波となって持ち上がる。


「死者ノ嘆キニ飲マレヨ。」

 その言葉は、確かに先程絶叫をあげた少女のものだった。

たが、感情のこもらない無機質な話し方は、先程の骸骨のものと一致する。

白の少女は苦悶の表情のまま、嘆き、悲しみ、声にならない叫びをあげる。

しかし、その声が外に現れることは無い。

代わりに語られるのは、魂のない伽藍堂の言葉。

もはやその身体は、両親の骸に乗っ取られてしまっていた。


─シャッ

 白の少女の腕が払われる。

その動きに合わせ、死骸の波が形を変え、こちらへと押し寄せる。

「リリィロッシュ、前方に障壁を全力展開!後方は僕が!メインは広範囲浄化。準備でき次第ぶっ放して!ラケインは障壁を抜ける大物を砕いて!」

障壁を展開しながら叫ぶ。

「ゴボァァァっ!」

死骸達の声ならぬ声が響く。

─ズシリ。

圧倒的な物量を持った波が、障壁にぶつかる。

白骨が、腐肉が、枯れ枝が押し寄せるが、リリィロッシュの障壁に打ち付けられる。

「くぅ!」

魔法戦においては圧倒的な出力を誇るリリィロッシュだが、それでもその衝撃は凄まじく、物質の壁ではない魔法によって固定されたはずの障壁が、十数センチほども押し込まれた。

障壁にぶつかった波は砕け、ただの死骸へと戻っていくが、次々と押し寄せる波の前では関係ない。

波も死骸も一緒くたになって僕達を飲み込もうとする。

 それだけで猛攻は収まらない。

リリィロッシュの障壁に弾かれた波は、上から左右からと回り込む。

「うぅっ、」

突進からなる前方の衝撃ほどではないが、それでも圧倒的な物量の前に僕の障壁にヒビが入る。

僕の魔法は、高位魔族であるリリィロッシュよりも出力で劣る。

だが、その代わりに魔王として培った、魔法構築の速度と術式を堅固に組み上げる精神力がある。

バリンっ、

障壁が破られる。

だが、その瞬間にはもう次の障壁が用意されている。

出力で劣るのならば、最小限の硬さを持たせた障壁を次々と生み出せばいい。

 しかし、それでも足りない。

障壁は徐々にではあるが押し込まれる。

これがただの波ならばこんなことは無い。

この地に満たされた高濃度の瘴気によって、無尽蔵に生み出される死骸の波は、一過性の薄い波ではないのだ。

延々と続く高威力の怒涛。

大規模な地殻変動、すなわち、地震であったり、かつて『神』がこの地に大陸を作った時に発生したりしたという、あらゆるものを無慈悲に押し流し飲み込む災害。

内陸地だった地元や魔王城では見たことは無かったが、知識として知っている。

これは、津波だ。


「メイシャ、まだか!」

 蒼輝(ラピス)で障壁をすり抜けた大型の骸骨兵(スケルトン)を砕きながらラケインが叫ぶ。

たかだか十数秒。

その間に障壁はどんどんと押し込まれ、ラケインが武器を振るうだけのスペースが確保出来なくなりつつある。

「ラク様、もう少し…。よし、先輩行けます!三つで障壁を解除してください!三、ニ、一っ!今です!」

 魔法同士による干渉を避けるため、障壁を解除する。

押し寄せる死骸の津波。

障壁が消えると同時に、腐肉と白骨の壁が眼前にまで迫る。


浄化魔法(ピュリファイ)闇を祓いし神域(アヴァロンガーデン)っ!」

 メイシャの浄化魔法が発動する。

それは、神に愛された孤高の王が訪れたという伝説を模した神域。

(けが)れを祓う絶対領域だ。

「グガッ…ガッ…」

死骸の津波は動きを止め、ただの壁となる。

だが、それは同時にその崩壊を意味する。

障壁によって上へと押しやられた死肉の壁、いや今や天井が崩れ落ちる。

烈風系魔法(ウィンド)嵐風障壁(ボルテクスウォール)!」

降りかかる肉片を吹き飛ばす。

それをもう一度。

今度は後方に放って退路を確保する。

なぜなら、


「浄化ノ魔法カ。無駄ナコトヲ。」

 白の少女の言葉通り、死の林の外縁部とは状況が違う。

瘴気の大元がこの目の前にあるのだ。

「ギ、グゴァァ…。」

屍が再びゆるゆると動き出す。

先程よりも随分と動きは悪いが、それも時間の問題だろう。


「退却だな。」

 瞬時に判断する。

これは、相手が悪いと言うだけではない。

こちらの準備不足だ。

ここで引き際を間違えば、僕達の全滅だけでは話がすまない。


「先輩っ!」

 メイシャが射殺さんばかりの視線を送る。

気持ちはわかる。

自分と同じ吸血(ヴァンキュール)族の少女が、その呪われた運命により苦しんでいる。

それは、自分自身であったかもしれない姿だった。

だが、その願いは聞くことが出来ない。

「ダメだ。メイシャ、気持ちはわかるが、一度体勢を立て直す。これは撤退じゃない。仕切り直しだ。彼女は、必ず助ける。だから、こんなところで僕達は倒れちゃダメなんだ。」

魔力弾を放ち牽制しながら後ずさる。


「…わかり、ました。」

 泣きそうな顔でメイシャが呟く。

しかし、

「逃ガスト、オモウカ?」

白の少女がすっと右手を差し出す。

その動きに合わせ、禍神(マガツカミ)が行く手を遮る。

樹高20メートル近い巨木が鋭い槍枝を伸ばす。

「邪魔を!するなぁーっ!」

メイシャが振るう銀賢星(クレリックスター)が、巨木を根元から吹き飛ばす。

「絶対!絶対助けに来るから!そんな骨なんかに負けないで!絶対に来るからね!」

メイシャの叫びを合図に、魔法で煙幕を作り撤退した。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ