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プロローグ
ー2008年、7月。1学期最後の集会が今終わろうとしていた。セミがうるさい。クーラーの効かないこの蒸し風呂のような空間から1ヶ月あまり抜け出せるのだと思うと、少しだけ気分も軽い。喧嘩や乱暴ではなく単純に扱いが雑であったために傷の多いランドセルも嬉しそうに日光を反射して黒光りしている。嫌いなこんぶ豆も、高い声でジャニーズアイドルの話を絶やさない苦手な女子も、個人的に筋が通ってないと思っている理不尽音楽教師もこの視界から一定期間消え去ってくれるのだ。夏休みの嬉しさよりも、日常から逃避できるこの安心感に満足していた。
終了のチャイム。さようならの挨拶。僕は小さくにやついて、左前の席でクシャクシャのプリントを集めてランドセルに入れようとしている男、田中賢斗の方に左手を乗せた。
「帰るぞ。」