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悩める古道具屋 -死神、休暇中-

作者: 與七

幻想郷は梅雨真っ盛りである。じめじめとした陽気、そしてとめどなく降り続く雨、このような季節を好きこのむ者はおそらく少ないであろう。だがその少ない者のうちに、僕は片足を突っ込んでいるのかもしれなかった。こんな季節ともなれば、わざわざ外へ出ていく者は少なくなるのが道理であるもの。それは仕方のない事だ。食料や生活品を売る店ならともかく、こんな時期にわざわざこの店に訪れる者は余程の物好きか、あるいは度々訪れる常連客とは言い難い常連客もどきぐらいだろう。


まあ、別にお客さんが来ずとも、僕にとっては結構有り難い事だったりする。年中読書の邪魔をされている状態の中で、気兼ね無く読書に集中できる貴重な時期だからだ。と、こんなことを先日魔理沙に話した所、「店主のお前がそれを言っちゃおしまいだろ」と呆れた顔をしていた。隣にいた霊夢も「お客さんが来なくなったら終わるわよ、香霖堂」と苦笑しながら頷いていた。


さて、本日も外は雲行きが怪しい状態である。朝から厚い雲が空を一面に覆っており、いつ雨の小粒が落ちて来てもおかしくは無い状態だ。もっとも、まだ降りそうなようで降っていない、という状態ではあるが。

そろそろ雨がぽつぽつ来そうかな、と窓の外の様子を気にしながら、僕はじっくりとため込んだ天狗の新聞に目を通している。時々、客人の様子にも目を配らせながら、だ。

「んー・・・」

死神の少女・小野塚小町は、まるで幼子のように目を光らせながら商品を見ている。彼女もたまにここを訪れては、様々な商品を色々買いこんでいく。時にはどこで拾ってきたのか、得体の知れない珍妙な品を買取査定しようとしたこともあったっけ。まあ、何やかんやで色々と楽しませてもらっているし、僕のコレクションのバリエーションも増えるから有り難い事である。やはり、貴重な普通のお客さんがこうして来てくれるのは本当に嬉しいものだな。


「どうだい?目ぼしい物は見つかったかな?」

僕は一旦新聞から顔を上げ、小町に声を掛けた。

「あー、そう慌てなさんな。こういうのはじっくり隅々まで見るに限る」

視線を動かさずに小町が返事をする。

「前に着た時とはえらい違いだね。この前は一気に大人買いだったから」

「直感が働いたのさ、あの時は。いい土産になるなー、と思ったんだ。皆仕事が溜まりっぱなしでギスギスしてから、ここいらで珍しくて面白いものを持って帰りゃいける、ってね。案の定、大好評だったよ」

「それは、有り難い。喜んで頂けたようで、光栄だ」

「どういたしまして」

小町はニンマリと笑顔を見せると、再び品物のほうに目を戻した。

「今日は、ゆっくり見ながら買い物したいんだ」

「へえ」

「色々と、考えて選びたいんだ。色々と・・・」

声の調子を落としながら、小町が返事をする。

「ふーん・・・」

僕は小町の後姿を見ながら問いかける。

「ひょっとして、誰かのプレゼントを選ぼうとしているのかい?」

「ん?」

僕の言葉に反応した小町が、こちらを振り返る。

「上司へのプレゼントとか」

「あー、そりゃあ違うよ。大外れ」

小町が苦笑いを浮かべながら言う。

「うーん、違ったか。いつものサボりのお詫びとでも言って渡すかと思ったよ」

僕の頭に、彼女の上司の顔が思い浮かんだ。サボり癖に手を焼いている、という愚痴は何度もあの閻魔様から聞いているからだ。僕が悪戯っぽく笑うと、小町も笑みを浮かべ、

「へへ、今日はちゃんと休暇をもらって来てるから平気だよ。というか、見りゃわかると思うんだけどねぇ」

小町は白い歯を見せて僕に笑いかける。確かにそうだ、いつもの三途の川での服装ではない。今日の小町は、ごく普通の着物を着ている。常に携えている、トレードマークの大鎌も当然持っていなかった。しかし、この前彼女の上司が訪れた際も思ったが、いつも着ている服とは違う物を目の当たりにすると、ちょっと不思議な気分になる。

「んー、プレゼントという意味では間違ってないけどさ」

小町が僕の顔から目線を背けつつ呟く。

「うん?」

「自分へのプレゼント、というかご褒美ってところか。ちょいと癒されるもの、心のオアシスみたいなものが欲しい、と思って」

「オアシス・・・?」

思いがけない小町の発言に、僕は思わず彼女の横顔に見入ってしまった。


「色々とあるんだよ、三途の川の案内人をしてると」

小町はふっと寂しそうな表情を見せる。

「ずっとこの仕事をしてきて、色んな魂を見てきた。何百、何千、いやそれ以上か。現世で寿命を全うして、黄泉へ向かうたくさんの魂がある。案内人として、そんな魂たちを相手にしているとさ、やっぱり情が移るというか、こっちも色々考えさせられることがある」

「・・・」

僕は死神の話を黙って聞いている。

「そうだなぁ。大体、二割って所かな。あたいが思うに。どうだ?この数字の意味がわかるかい?」

突然の小町の質問に、僕は思わず答えに詰まる。

「すまないが、よくわからない」

小町は質問の際に僕に向けた顔を、再び正面に戻しながら言う。

「生ききった人生に悔い無し、って思ってる魂の割合さ。大体八割方、何かしら後悔してるってわけ」

小町は寂しそうな笑顔を浮かべながら言う。

「それも、ちゃんと人間として寿命をそれなりに全うしたならまだ救いようがある。ただ、そうでない奴も当然いる。問題はそんな連中だな」

小町は顔を伏すと、ゆっくりと語り始めた。

「―数週間前の話だ。あたいの前に一体の魂が姿を見せた。ちょっと見て、すぐわかったよ。こいつは悲しくも人生を途中で絶たれた哀れな魂だとね。そいつは若い男だった。ようやく仕事に慣れて、大好きな趣味にも精を出しつつ、付き合い始めたばかりの恋人と幸せな日を過ごし始めて間もなく、突然の事故であっさり逝っちまったんだ」

「無念だったろうね」

僕は短い返事を返す。

「ああ。そいつは、自分が死んだってことに、全然実感を持っていなかったからな。まあ無理もないさ。人生これからだっていうのに、いきなり強制終了だものな。さぞかし無念だったろうに。ただ、残酷なようだが、ちゃんと事実は伝えなきゃなんない。それがあたいの役目でもあるからね。で、そいつにあんたは死んだんだ、って伝えたとたんに―」

小町の言葉が一旦途切れる。顔が再び僕の方を向く。

「・・・」

次の言葉を待つ僕は、無言のまま待ち構えていた。

「大号泣」

「・・・」

「想像できるか?霖の字」

「いや・・・」

「思いきり声を上げてわんわん泣き喚いてたよ。俺はまだ死にたくない、死にたくないって、何べんも何べんも、壊れた玩具のように繰り返してた。もう、どうすることも出来ないから黙って見てるしかなかった。でも、いつまでもそうしているわけにもいかない」

「・・・」

「まあ、そいつもわかってたんだろう。散々泣いた後は覚悟を決めたらしくて、すっかり大人しくなった。落ち着いてからは、二人で色々と話をした。生きてた頃の思い出話をね。仕事の事、趣味の事、仲良くしていた人たちの事、家族、故郷の事、エトセトラさ」

「ほう」

「中でも熱心に話してたのは、絵を描く事についてだな。そいつは生前、絵を描くのが好きだったそうだ。様々な地に自ら赴いては、自分の目で見た自然の風景を絵に残すのが楽しみだったんだと。死んだあと俺の絵はどうなるんだろうって、かなり気にしていたようだ。あ、そうだ。この三途の川の風景も絵に残したいって、そんな事も言ってたな。あたいの姿や渡し船までもしっかりスケッチしたいって、そういう細かい事まで。ったく、ちょっと前まで大声で泣いてたっていうのに、そんな能天気な事を言われちゃあね。あれは思わず吹き出したよ」

「はは、それは確かに滑稽だね」

「で、もう一つ。彼女の事を物凄く心配してた。残された彼女が気がかりで仕方ないって、何度も言ってたよ。ただ、彼女はしっかり者だから、心配するだけ野暮なのかもしれない、ともね。あいつは生真面目で仕事熱心だから、ズボラでいい加減な俺はいつもガミガミ怒られてたって笑ってた。何だか聞いてておかしかったね。その彼女、うちの上司にそっくりだって言ったら驚いてたよ。そのうち会えるから気にするな、とは言っといたよ」

「・・・」

「そいつと話していて、あたいも色々と余計なことを考えちゃってさ。この仕事、情に流されるべきじゃないけど、そうはいかないね。なんかさ、色々と話をしていると駄目だね。特にそういう魂と話してると、何だか変にセンチになっちゃって―」

小町は顔を俯けながら言う。いつもの明るい彼女の姿とは、まるっきり違った印象だ。


「いや、それはごく普通のことだと思うよ」

そんな彼女に、僕は諭すように語りかけた。

「徹頭徹尾冷静に死神としての仕事をするよりかは、ある程度はそういう感情を見せてもいいと思う。何しろ、相手は少し前まで生きていた人間なんだからね」

「そう・・・かねぇ」

「そうだよ」

僕は頷くと、言葉を続けた。

「むしろ、その方がずっと心地いいはずだよ。魂たちにとってはね。君がさっき言った通り、人生を終えて誰もが満足しているわけじゃないんだ。そんな者たちの心の隙間を少しでも無くしてあげるのは、立派な死神としての役目だと思う。そう、君のような子には適役だと思う」

明るくサバサバとした性格の彼女には、過去に何度も元気付けられた事があった。そんな彼女は今、少々迷ったような目をしているが、僕は真剣な表情でその目を見据える。

「あたいは別にカウンセラーじゃないんだけどなあ」

小町は苦笑しながら言う。・・・何だ妙なこの既視感、ああ、僕自身が前に彼女と同じような言葉をぼやいた事があったっけ。

「それに、隙間を埋めるならもっと適役がいるじゃんか。そういうのは妖怪の賢者にでも任せときゃ上等―」

「そういう意味で言ったんじゃないけど」

「今のは冗談だよ、霖の字」

小町が目を細めながら僕の顔を見詰める。

「・・・適役、ってのも案外間違ってないかもね。最初は暗い表情でも、あたいと話しているとみんな安心したような、そんな感じになるからさ。船を降りる頃には、ある程度明るい調子になってるし」

「なるほど、魂との距離を縮める程度の能力って所かな」

「それで上手い事言ったつもりか?」

「・・・」

「ぷっ。あはははは」

「ふふ」

声を上げて笑う小町の表情は、いつもの朗らかな様子に戻りつつあった。

「さてさて、もうここいらで、辛気臭い話はやめようじゃないか」

小町は腰に手を当てながら、僕の顔をやれやれといった目で見る。

「ああ、そうだね」

「色々話せてまあ、すっきりできたよ。ありがとう」

「いや、どういたしまして」

「えっと、そうだ。・・・ああ、結局まだ何選ぶか決めてない」

「うん、慌てずに、じっくり考えるといいよ」

「悪いねぇ」

小町は申し訳なさそうに頭を掻く。


その後、置物、風鈴、ぬいぐるみ、その他いくつかの品の会計が済んだものの、小町はまだ物足りなそうな顔をしていた。

「まだ何か足りない、って感じだね」

「ああ、まあ」

小町はちらりと店の奥の方に目をやった。

「ところで、今は食べ物は置いてないのかい?保存が効く奴」

「ないわけじゃないけど、そういうのはここじゃなくて、そういうのの専門店にでも行った方がいいと思うよ」

「ないわけじゃないなら見せてほしい」

小町はじっと僕の目を見る。

「説明したと思うけど、前に売ったあのお菓子は単なる余りの品物だからね。そういうのはもう無いから」

「いや、せっかくだから見せてほしい。買うかどうかは見てから決める」

「9割9分買わないと思うけど、仕方ない、そう言うなら持ってくるよ」

僕は奥の方に置かれた商品の山の中から、金属の長方形の箱を持ち出すと、小町の目の前のテーブルに置く。

「おおー」

箱を見た小町の目が丸くなる。

「こりゃ外来の品かあ。面白そうだ」

「そうだよ。とても貴重な物だ」

「ほほー」

小町は箱を手に取り、興味深々に眺めている。

「中身はどんなのかねぇ」

「開けたら駄目だよ。開けたらその時点で買って貰うからね」

「へいへい」

小町は苦笑しながら返事を返すと、しばらく箱を興味深そうに眺めていたが、ふいに僕の顔を見て質問を投げ掛ける。

「中々いいじゃないか、これ。で?駄賃は?」

「・・・」

僕は黙って、雑な数字が書かれた紙を小町に見せた。途端に小町の目が真円になる。

「べらぼうだよ、これは」

小町が感嘆と呆れの入り混じった声で言う。

「これにはそれだけの価値があるんだ。僕の鑑定ではね」

僕は真剣な表情で小町の顔を見ながら言う。

「到底そうは思えないよ」

小町が溜息を付きながら言う。

「外の世界の貴重な保存食だからね。今の幻想郷では、再現は難しいと思うよ。でも、河童レベルの技術なら、可能かもしれない」

「うーん、残念だなぁ・・・」

「どうしてもって言うんなら、河童に頼んで同じものを作ってもらうけど、どうだい?ただ、作ってもらった商品は、今の値段以上になるけどね」

「おいおいちょいと待った。なんだよそれ」

小町が焦った表情で言う。

「河童に商品開発を頼む以上、その報酬の分は値段に上乗せされることになるからだよ」

「河童なら大量生産とか、そういうのが出来るんじゃないのか」

小町が口を尖らせる。

「正直、今の状態だと未知数だからね。そもそも元の値段も高いし、買う人が少なかったら大量生産しても意味が無いからね」

「ぼったくりだ」

小町がうんざりしたような声で言う。

「それだけ河童の技術は優秀なんだよ。その代わりお金は掛かるけどね」

「あの糞ガッパの連中め!」

小町が自棄気味の声を上げる。ただ、心なしかふざけた調子に聞こえなくもない、気がした。


形あるものは、いつか消えてなくなる。生きるものとて、それは同じ事だ。不老不死でもない限り、死の定めから逃れるものなど存在しない。そんな生から死への案内人を務めている死神の彼女も、普段表に出さないだけで、色々と悩んでいる様子が少しだけ見受けられた。今日の彼女は休暇中だ。死神という立場では無く、普通の一人の少女としてこの店を訪れた、ただそれだけの事だ。そう、前にここを訪れた、彼女の上司である閻魔と同じ事―


「おお、すっかり晴れてる。気持ちいいねぇ」

香霖堂の扉を開けた小町の感嘆の声が、僕の耳に入った。

「霖の字、ほら、外は晴れてて気持ちいいぞ。たまには外に出たらどうだい?なんなら、この後のあたいの買い物にご一緒するか?」

「いや、遠慮しておくよ」

「何だい、連れないなぁ」

「今日は溜めた新聞を全部読み進めて、その後は読書って決めているんだ」

「予定は未定って言うだろうに。勿体ないな、こんないい天気になったのに」

「僕にとっては、外の天気はあまり関係無いんだよ」

扉の外の晴れ空に目をやりつつ、僕は小町にそう言う。今日は晴れたようだが、明日以降はまた雨が降るようだ。さて、しばらく雨と言う事は、お客さんの数もしばらく少ないままかな。いや―

「四季様呼んでこようかなぁ。今日は確か半休だから、呼んで呼べなくはないし」

小町がわざと僕に聞こえるような声で独り言を言っている。もしかしたら、思いがけないお客人が訪れる可能性はあるかもしれない。

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