08
「楽しかったです! 今までで一番!」
「そいつはよかったよ」
再び電車に乗って、僕の住んでいてメリーちゃんはふらふらしている地域へと帰ってきた。時間はすでに夕日も沈み空には月がのぼってる。
人通りが少ないところにいるせいか、月よりもその周りの星をちゃんと見るのが久しぶりで、綺麗だなと思った。
そういえば、今日一日といわれたけど、具体的にはいつまで面倒を見ればいいのだろうか。
「不柴さんはそろそろ帰らなくていいんですか?」
「まあ、うちは門限とかないしな。大丈夫だろ」
本当は電車に乗ってる間に遅くなるかもしれないことは、母親にメールしておいた。
「それでも心配は絶対していると思います!」
「んなこといったら、お前をひとりにしたら僕が心配なんだよ」
「なんですかそれ。もしかして、わたしの美貌に惚れちゃった的なあれですか!? ちょっとタイプではないので――」
「何勝手に僕が告白してる的な雰囲気にしてるんだよ!? お前みたいなちっこいのに興味なんてねえんだよ……あえて、興味があるとしたら、お前のその発育がよさそうな胸だけだ――年齢にしちゃ大きかったしな」
「へっ!? いつ!? いつ触ったと言うんですか!?」
「朝にじゃれた時だな。別にいいだろ、減るもんじゃねえし。てか、凛は揉まれたらでかくなるから揉めとか実の兄に頼んでくるようなことしてるし、むしろ増えるんじゃねえの」
ちなみにその時に僕は妹の肩を揉みしだいてやった。
「その開き直りはどうかと思います!? というか、やっぱりセクハラだったんじゃないですか! 学校中の女子もそうやって揉みまくってるんですか」
「そんな機会があったら、お前のような子供を相手にでかけたりはしない」
「なんかすみません」
「…………」
謝られるとむしろ悲しくなってくるんだけど。純粋に謝ってるせいで、言い返すのもはばかられるな。
「でもまあ、たしかにそろそろいい時間かも知れないな」
「そうです。わたしのことは気にせず、家に帰って温かいご飯を食べればいいんです」
「そういう自虐はあんまり笑えねえぞ」
「わたしも言った後に辛くなってきました」
「……後で飯でも食いに行くか?」
「いいんですか!?」
「まあファミレスとかなら、周りに気にしながらなら問題ないんじゃねえの」
「そんなこと考えたこともありませんでした!」
「まあいいや。そんなら電話番号とか消すんじゃねえぞ」
「もちのロンです」
若干古いとか思ったが、これ以上突っ込むと本当に深夜まで話し続けることになりかねないし、僕は手を振るメリーちゃんに背を向けて家路につこうと思った――だが、現実というのは予想に反することばかり起きるようで、ひとつの電話が僕のスマホにかかってくる。
「もしもし?」
誰の番号なのか確認もせずにでてしまったので疑問形になってしまった。まあ大方家族か、最近イメージが委員長系美少女からミステリアス美少女にかわりつつある神宮寺のミステリアスないたずらだと思っていた。
『もしもし、みなみん!?』
だが、その声は昨日の夜に初めて聞いたあの女性の声だった。
「ミナさんですか?」
『そう! ちょっと急いでるからすぐ答えて欲しいけど、まだメリーと一緒にいる?』
「メリーちゃんとはまあ、今別れようとしたばかりなので、後ろにいると思いますけど」
僕はそう言いながら、確認の意味も込めて振り返る――そしてその光景を見て、僕は思わず走りだした。
『ごめん、一匹狩人を捕まえ損ねた。念のためもう少し一緒に……あれ? みなみん? ちょっと聞いてるかな!?』
なんとなく電話の音は聞こえるが、スマホはすでに耳の近くじゃなく、走り降っている手の中にあった。
「え? どうしたんですか、不柴さん? わたしと別れるのが寂しいのですか?」
「メリーちゃん伏せろ!」
「へっ?」
「いいから!」
「こ、こうですか?」
その瞬間、メリーちゃんの上を横薙ぎするように何かが通りすぎた。そう、暗くてわからない何かが通り過ぎたことを僕は、肌で感じ取れた。
「くっそ!! なんだお前は!」
僕はその何かを振りぬいた元凶に体当たりした。そこまで、頑丈だとかいうこともなく実態もあり、吹き飛ばすことができた。
「メリーちゃん無事か?」
「は、はい。でも、今のは!?」
「わかんね……あ、……」
「……え、……」
メリーちゃんをたたせて、2人揃ってその元凶を見た。見てしまった。そして絶句した。
包帯のような何かで体中を覆っている人間――に見える。その右手には折れた日本刀が左手には鉈を持っていて、かろうじて見える目が夜の闇の中で赤く光っている。
わからないけどわかってしまった――こいつはやばい。現実に当てはめてはいけなく、現実と同じにしてはいけない、『厄介な怪異が現れてね』だけれど決して、幻想と思ってもいけない何かなんだ――すなわち怪異。
僕はなんだかんだ現実的に物を見れないと自分では思っているが、だからこそ夢のなかでも痛みがあろうとなかろうと絶対に死にたくはないと思っている。
『ちょっと、みなみん!? 何があったの?』
「メリーちゃん、ちょっとこのスマホ持って逃げろ!」
「へっ?」
「早く!」
「は、はい!」
僕は自分の、ミナさんと繋がってるスマホをメリーちゃんに渡す。そしてナニカ――仮に黒い狩人としておこう。さっきそんな感じの名前聞こえたし。それとメリーちゃんの間に壁になるように立つ。
「ジャシン……」
「え?」
「ハイジョ、スル!」
そして黒い狩人は逃げ出したメリーちゃんを追い出し――たりせずに、僕にまっすぐに向かってきた。
「なん、でっ!?」
その攻撃は単調で、僕の動体視力と反射でも反応できたが、
「なんで半分しかない日本刀でコンクリートが斬れるんだよ」
叫びたくなって叫ぶしかなかった。
「ハイジョ……ハイジョ……シュウセイ」
「は? え? てか、何でこっちくんだよ」
主人公みたいな柄でもないことしたからか。それとも目の前にいるものを排除する習性だからか――いや、まてそんな習性なら、絶対に出会ってるはずのミナさんと出会ってるはずなんだから、ありえないだろ。
「ありえない。有り得ない。アリエナイ。ありえるわけがない!」
何が?
混乱している気がするって考える程度に混乱してる――その混乱は時として、ある意味必然に、人生の歯車の中で偶然に――非現実を引き入れる。
「……は、……?」
そうつぶやくしかなかった。僕は黒い狩人の攻撃をかわせなかった。だが、人間は思ったより鈍感なようで、その事実を視界で捉える程度のことはできるようだ――腕が失くなるという事実を――
「いってえええぇぇえええぇ!!?」
叫ぶ僕といえば、そもそも攻撃があたった時点で吹き飛ばされて壁にぶつかっていた。痛みで視界が歪む。歪んだ視界の中で近づいてくるアイツ。足に伝わる血だまりの温かさ。
「くそ、くんな! くんな!」
僕にできる最後の抵抗は諦めるか、叫び続けることだけ。なんで人が出てこないのか、そんなこともわからない――くっそ、昨日からなんなんだよ。
「ハイジョ……」
そして、目の前まで近づいてきたアイツはその刀を振り上げた。
「くっそ……」
意識を失いたくても、痛みを感じて失えないという自分のメンタルの強さを恨み始めそうだった。
「ギリギリィ!!」
だが、目の前でそのアイツは地に伏した――いや、むりやり地面に叩きつけられた、空からやってきた来訪者によって。
「みなみん、大丈夫かな?」
「あ、あんた……」
「ググ……ハイジョ」
「ハイジョされるのはあんただ!!」
「グッ……」
黒い狩人の最後は、とても呆気なかった。たった1度、たった1回、短いナイフで首を斬られただけだった。
「みなみん! 気をしっかり持って! もう、早く来なさいよ、アホ!」
「アホ呼ばわりとは失礼じゃないかしら。せっかくわたくしが出てきたというのに」
「そんなこと言ってる場合か――!」
緊張が切れたせいか、それとも血を流して死期が訪れたのかはわからないが、僕の意識と視界はそんな聞いたことのない声と聞いたことのある声の会話の中、暗闇に包まれていった。