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黙示録三 カウボーイとゴーストタウンの化け物
カウボーイってのは、いつだってソーヤングなわけ。ソーヤングがどういう意味かわからないけど、カウボーイをやる以上は、ソーヤングでいたいわけ。
なにってつまりおニューなスタイリッシュでありたいわけよ。はぁ、かっくいー! ため息がでるくらいにしびれる、ってな具合にね。
でも最近、どうにか俺っちのハートは古びている。なぜってこんな寂れたゴーストタウンに来ちまったからだ。どいつもこいつも目は腐っていやがるし、おニューともスタイリッシュともかけ離れていやがる。辛気くさい、陰湿さとともに街を流していても、俺っちのハートがソーヤングになることはねぇんだ。
大体、マフィアとなんて絡むんじゃなかった。俺っちは強くて悪い奴を懲らしめるのがめっぽう好きでね。『穀潰し』なんて組織が俺っちの清いハートを見つけてどうにかマフィアを滅ぼして欲しいなんて頼んできたはいいものの、そいつらもマフィアだったってオチがついているんだ。人を信じようってのはいい心がけだと思ってはいるがさ、はっきりいって、誰にでも心は開かない方がいいってことだな。
そんな抗争で俺っちの相棒、パトリシカが傷ついてしまって、こんなしなびた街に流れ着いちまったってわけなんだよな。まったく、やってられねぇ。まだまだ傷が癒えるのには時間がかかりそうだ。どうにかして、ここを出るまでには俺っちのハートを仕上げておかないと、朽ちちまうぜ。このおカウボーイソウルがよ!
そんな苛立ちが呼び寄せたのかもしれないな。いや、俺っちだからこそ、なのかもしれないが。
酒場がざわめいていやがったんだ。辛気くさい中で、歓声のようなものがあがってな。
なんだなんだと立ち上がってみれば、掲示板の前で人だかりが出来ている。
賞金首。
さっき、見たときはなにも張られてなかったんだけどな。
どうやら新しく現れたその賞金首とやらに、この酒場の連中は盛り上がっていたらしい。
『ゴーストタウンの化け物: 三百万ボナ』
見るとそんな張り紙が張られていた。ボナって通貨は笑えるよな。
俺っちは聞いてみた。この化け物ってのはなんなんだよ、って。大体賞金首っていうんなら、似顔絵くらい下手くそでも描いておけっていうんだよな。
けどどうやら、似顔絵は描かないんじゃなくて描けないみたいなんだ。
口々に帰ってくる返事は、誰も詳しくは知らない、とのことだった。
誰も詳しくは知らないってどういうことだ? なんて聞き返してみれば、つまりこういうことらしかった。
その化け物の目撃情報は多々あれど、それが皆一様にあれはキングコングだった、とか。あれはフランケンシュタインのようだった、とか。雪男だった、だとか。どうやらでかいナリをしているらしいってのは違いがないようなのだが、皆正確にその姿を把握できていないらしいのだ。被害者曰く、遭遇するのは夜ばかりのことだし、でかいナリをしておきながら、機敏な動きをして、一瞬で姿を消してしまうとのことだった。
百万ボナなんて俺っちにとっちゃはした金だけれど。
ハートがたぎってきやがった。
満たされる、ソウル。ハートソウル! 常に思うのはさ、いつだってディスティニーがあるってこと。こんな街にも、ジャスティスを掲げる俺っちが出会わなければいけないデインジャーな敵ってのがいるってこった。ちょうどいい。俺っちの暇を埋める相手をして、このゴーストタウンに俺っちが、生きたレジェンドとして名前を刻んでやることにしよう。
・
けど、そんなディスティニーも束の間だった。てんで化け物の情報は見あたらないと来やがる。こうなるとキングコングだとかフランケンシュタインだとか雪男だとかの目撃情報も眉唾なもんにもなってくる。こりゃ、遭遇できないかな、なんてまたこの前の酒場で黄昏ていた時だった。
「お困りの、ようですかな」
それはどこぞの大豪邸に勤めている執事のように、ぴっしりとした一張羅をまとっており、毛の先からつま先まで、不気味なくらい清潔な出で立ちが印象的な男だった。この薄汚ぇ酒場にいることがとてつもなく不釣り合い、なような。はっきりいって、スタイリッシュなのかもしれないが、ハートフルではないかもしれんな。
「誰だい、あんたは」
「失礼。私はこういうものです」
見ると、妖狐探偵 尾緒異 妙 と書かれていた。
「尾緒異さん、ね。俺っちはあんたみたいな人間をあんまり信用しないようにすることにしたんだ。なんだい、妖狐ってのは」
「言葉の通り、ですよ。私のこの姿は仮の姿。本当は妖狐、なのです」
「そうなのか」
実は驚くことでもなかった。この薄汚ぇゴーストタウンを歩いていれば、フランケンシュタインだろうが、雪男だろうが、キングコングだろうが、妖狐だろうが……がうろついていてもさして驚きはしないからだ。本当に正直に言えば、この街の連中が全員賞金首になってもおかしくないとすら思える。そんな化け物みたいな連中が、揃って化け物だなんだと賞金首をたててるところが、実はお笑いだったりする。あ、ほらな。たった今雪男が来店した。
「で、そんな妖狐が一体俺っちになんの用なわけよ?」
「いえ。私はただお困りの方の前に姿を現して、そのお役に立つだけですから」
「けっ。そんなふうにかこつけて、どうせ金をふんだくろうって魂胆に違いないさ」
「ずいぶんと警戒されるんですね。でも、お話をするだけなら問題はないのではないですか?」
あまりにも怪しすぎるビジネススマイルだ。逆に怪しくないんじゃないかと思うほどの。
「うーん、ま。じゃ、話すだけだぞ。お前さんは今話題の賞金首を知っているか?」
「知っていますとも」
「なに。カウボーイの暇つぶしさ。賞金首とあっちゃ、カウボーイの出番。そうだろう? その化け物をどうにかしたかったんだが、まるで手がかりがないって状態なんだよ」
「あの賞金首は、実はもうずっと前からこのゴーストタウンで正体不明のまま、賞金首としてありつづけているようですよ」
「そうなのか?」
「そうです」
「にしても、なんだってそいつだけ賞金首になっているんだ? この町じゃ、俺の見たところ人殺しなんて日常茶飯事じゃないか」
「かつて町を滅ぼしかけたみたいなんですよ。ゴーストタウン全体をその正体不明の存在が滅ぼしかけた、と。もう数百年ほど前のことらしいですし、その危機を知っている人は今ではいないようです。今はそういったことが起きるほどの危機がないみたいですけど、目撃そのものはちらほらとあるみたいなんですよね。だからああやってたまに賞金首となる、と」
「伝説。レジェンド」
「そう。ほとんど伝説なんです。なにせ正体は不明ですから。かつては魔女と呼ばれていたのに、今ではフランケンシュタイン、ですからね
。それを見つけようなどというのは、骨が折れる、どころではありませんよ」
「へぇー。なんだ。歴史で紡がれている伝説の存在、ってことなんだな」
「そういうことです」
「逆にわくわくしてきちまったじゃねーか。俺っちが捕まえなきゃ、一体誰が捕まえるっていうんだ」
「実は私も、探偵としてその存在にひどく興味がありましてね。なにせ、私もいっぱしの妖狐。変身、変化には自信があるというもの。私のにらみでは、その賞金首も、姿形を変えられるようなものではないのかと推測しております」
「お前がそうなんじゃないのか?」
「まさか。私は変身、変化は出来ますけれど、この街を破壊することなどはできませんし、それに善良な妖狐ですからね」
「ふーん。で、お前さんは俺っちに何を求めているわけ?」
「私が追っている一大の謎でございますから。協力が出来る人ならば、是非とも協力をしていただきたいと思っています。私が求めているのは、探偵としての、純粋な謎の解決。賞金はあなたに差し上げますので。それに、今更あの賞金首を本気で追っている人間など、ほとんどいませんからね」
「勘違いしちゃいけないぜ。俺も別に賞金目当てでそいつを追っているってわけじゃ決してない」
「それは。立派な大志をお持ちだ」
「あんたは俺っちに何を求めるっていうんだ?」
「私は妖狐といえど、ほとんど生身の人間に近いです。変身変化が出来るだけで、戦闘能力なんてありません。私の身を守って欲しいのですよね」
「護衛ってところか。でもお前さん。俺っちにそんなこと言ってくるってことは、なにか心当たりでもあるのかい? その賞金首の心当たりがさ」
「あります」
「なんだって?」
「言ったとおり、ですよ」
「お前は既にそのレジェンドにたどり着いているとでもいうのか?」
「そうでなければあなたに護衛を頼みはしません」
・
付いて来てください、と尾緒異が言ったので、俺っち達はその薄汚い酒場を出た。
「その賞金首は、やはり変身変化の出来る存在と思われますから。私、わかるんです。私は妖力で変身していますけれど、似たような……つまり妖力に近い力を持っているのであれば」
「それがいた、と」
「見つけるのに、時間がかかりましたからね。その力を察知するには、やはりその力を使っている瞬間に、居合わせなくてはならないですから」
なるほど。こいつは信憑性があるかもしれない、と思った俺っちだったのだが、やっぱり人……というかこいつは人じゃないみたいだけれど、とにかく人でも人でなくても信用ってのはすぐにしないほうがいいみたいだぜ。
尾緒異が案内した先は、地下室、だった。地下室って言って何を連想するだろうか。俺っちはてっきり、このゴーストタウンの地下室だ。とんでもない、たとえばフランケンシュタインだとかゾンビだとかミイラだとか、怪しげなもんが眠っているところに辿りつくのかと思っていたけど、開けた先は予想外どころの話ではなかった。
熱狂。
熱、というのを俺っちは火薬で感じることが多いのだが、人間の繰り出すその熱というのがその
「おい! なんだよここは!」
「知らないのですか? このゴーストタウンの地下アイドル、『ろくでなしプッシャーズ』のライブ会場ですよ」
「そんな当たり前みたく言われても困るんだが!」
「驚くのも無理はないですが、待っていてください。ここに、私が伝説だと見初めた人間がいるんですから」
それは異常な空間だった。俺っちも人を殺したことはあるけれど、殺人ってのは、ある種、美しさってもんがあるもんだ。戦いの最期。どういう結末がそれぞれに訪れるのか。それを生と死を持って映し出す。そんな美しさが。
この熱気を帯びた地下空間では、人一人くらい死んだほうがまだまし、というか救いがある、というか華がある、といったよう光景が目の前にあった。
「ほら、いましたよ! あそこでサイリウムをふりかざしている、ひときわ肥えた人間を見てください!」
それは人間なのか危うかった。いや、見るからに人間ではあるのだが、人間の体を保っていない、というべきだろうか。常人の五倍はあろうかという体積を持って、その光り輝くサイリウムとやらを振り回し、狂人よろしく妙な振り付けの踊りともよべない発狂行為を繰り返していた。
「お前、冗談言っているのか? よく見ろよ。探偵だろ。あの肥えに肥えちまった、人一人殴れないような、スタイリッシュとはかけ離れたおデブ野郎がレジェンドで賞金首だと思うのか?」
「私、好きなんですよね。プッシャーズ」
俺っちはどうやらついていく相手を間違えたようで、尾緒異も一通り『ろくでなしプッシャーズ』の応援……っていうのか? その奇妙なふりつけを完璧にこなして自分の好きなアイドルの名前を叫んでいた。
アイドルとやらの演奏が終わったころには、頭にそのアイドルの鉢巻きをつけていて、俺はそれを見てそっと尾緒異に見つからないよう帰ることにした。あいつと、そしてこの地下に近づかないことにして、相棒のパトリシカの様子を見に行くことにした。すべてを忘れて、ここを去ろうという決心もまた、したのだった。
・
パトリシカの傷はやっぱり治っていなくて、仕方なく薄汚い酒場で酒を煽っていたところ、またあの探偵が姿を現した。
「ジョニーさん。なぜ黙って去っていったんですか!」
「お前の化けの皮が剥がれちまったのを見たからな。お前は探偵というより、あの狂った連中の仲間だったのだな。何が妖狐探偵だよ。アイドル探偵と名乗ったほうがいいんじゃないか。むしろ探偵という看板を降ろすべきだ」
「待ってください。あれはその、一種の気の迷いですから。私は私なりに伝説を追っているというのはどうぞ信じてください。それにあの方から特殊な力を感じたのもまた、事実なのです」
「いやそりゃ……特殊な力は俺も感じたよ。薄気味悪い類のな」
「それに私が言っておきたいのは、あの方だけではないのですよ。もう二名、特殊な力を感じた人間がいたのです」
あんまり聞きたくないし、関わりたくもないと思うんだが、しかしカウボーイってのは好奇心旺盛なもんでな、あの地下で妙なもんを見ちまったっていうのに、顔を突っ込んでみたくなっている自分がいるのだから驚きだぜ。
「わかったよ。そのかわり、もう一度あの地下室に行くってのはごめんだぜ?」
「いえいえ。もうあそこへは訪れませんとも。私がプライベートで訪れることはあっても。今度は割合まともな場所ですから。ご安心ください」
「割合、ってのがどれくらいまともなもんだか」
・
で、今度はどこにでもあるような、しようのない住宅街にたどり着いた。
「おいおい。ただの民家じゃないか。こんなところに伝説が住んでいるとは全く思えないんだが。仮にも数百年続く伝説だろ?」
「数百年続く伝説だからこそ、ですよ。伝説が伝説らしく、誰にでも見つかるようなところにいるとは限らないのです。むしろ誰にでも見えるようなところに、伝説はいるかもしれないのですから」
「とはいえ、なぁ……」
あの地下で見つけたおデブ君が住んでいそうな家だし、実際玄関先から出てきてもおかしくはなかった。
「ごめんくださーい!」
「おいおい、ノックしすぎだろ。迷惑かけるぞ。伝説に」
「伝説ですから。これくらいやっても大丈夫でしょう」
「本当に伝説だったら殺されるぞ」
強引な尾緒異のノックで出てきたのは、痩身で、頬のこけた貧乏くさい男だった。俺っちの直感が言っているが、間違いなく伝説などではく、どうしようもない男だ。
「なんですか、あんた達は」
「私、こういうものです」
「……妖狐探偵? なんだそりゃ」
「ゴーストタウンの化け物が、また賞金首にかけられたのをご存じですか?」
「まぁ」
「それを追っているのです。少しあなたに聞いておきたいことがありましてね」
「……そうか。まぁ上がれよ。大したものはないがな」
男の住居狭苦しく、廊下もごみまみれで、やっぱりどう考えても伝説のものとは思えなかった。
「おい、尾緒異。絶対伝説じゃないぞ、こいつ」
尾緒異に思わず耳打ちするが、
「大丈夫ですよ」
とだけ返してくる。そろそろこいつの能力とセンスを疑ってきた。一体何が大丈夫だというのか。質問の答えになっていない。
ごみだらけの部屋に案内された俺たちは、ごみだらけの机を囲い、かけた。生臭い。臭いだけは伝説を名乗れる。
「早速だが、あんたらには悪いが、俺はそんな大層なもんじゃないよ。化け物ではあるがな」
「化け物なんですか?」
「狼男さ。満月を見ると変身しちまう、例のあれだ。多少記憶は飛ぶものの、人に迷惑をかけた覚えはねぇ」
「狼男」
「おい。そいつは今回の目撃情報と合ってるんじゃねぇか? キングコングだとかの」
「俺が狼男になったところで、せいぜい人を数人殺すのが精一杯ってところさ。賞金首になるような代物じゃない」
一瞬まさかとは思ったが、このしょぼくれ具合を見るに、狼男とやらになったとしてもしょぼくれてはいるんだろう。
「おい、やっぱりこいつじゃない」
「うーん。どうでしょうね。一応、容疑者になりえる、ということで保留しておきましょうか」
「おいおい、お前は本当に探偵なのか? これじゃそこらへんの人間を見つけてあんたが化け物なんじゃないかって疑ってかかってるようなもんだぜ」
なんだかもうどうでもよくなりつつあった俺っちは、尾緒異にいちゃもんをつけていくことにした。そんでもって、さっさとこの事件にケリをつけたい。
「けれど狼男ってところはやっぱり注目に値するところではありませんか? 変身能力は持っていたわけですから。この調子で最後の容疑者の元へ行きましょう。カウボーイでしょ?」
「カウボーイだっていやなもんはいやなんだよ」
とりあえずこれで最後なものだから、ついていくことにしよう。
が、それが間違いだった。
「おい、これ、なんだよ」
「なんだよって見ればわかるでしょう」
「見てもわかんねぇよ!」
今度もまた、地下だった。
しかし地下といえども、どうもこの前のものとは様子が違う。アイドルがいるというわけでなく、言ってみれば墓地、のような。
バカデカい十字架が、大きな棺桶を囲うようにして置かれており、その棺桶の下には妙な紋様が書かれていて、その紋様から明らかにこの世のものとは思えない類のエネルギーが垂直に発せられている。
「この中に、何かがいるのか?」
「ええ。かつてこの世界を滅亡へと導いたとされる、魔王です」
「格の違う伝説きちゃった!」
「といっても、これは何千年も前の話ですからね。いまはこの通り封印されています」
「一体なんだってそんな危険なものをこんなところに封印して、かつ誰でも入れるようにしちゃっているんだよ」
「人間の意識っていうのは、時が経てばおぼろげになるものなんです。どんなゴシップだって、一ヶ月すればみんな忘れてしまうでしょう? それと同じで、たとえこの世界が滅びかけても、数千年も経てば皆忘れてしまうんですよ。勇者達が果敢に立ち向かったことも含めてね。ほら、この看板、賽銭箱。千年前には観光地になっていたみたいです」
「いやもう、色々だめだろ。下手にこの封印みたいのが解けちゃったら、どうするつもりなんだ」
「どうするもこうするもないですよ。その時は皆で魔王と戦うしかありません」
「お前いろんな価値観が適当だな!」
「いえいえ」
「ほめてないからな!」
「まぁ落ち着いてください。ジョニーさん。本題はここからなんですから」
『汝ら なんの用だ』
「うわっ! おい、なんだよこれ。頭の中に語りかけて来やがった!」
「そうです。この魔王、生きているし、かろうじて対話が出来るみたいなんですよ」
「出来るみたいなんですよ、じゃねーよ! 俺っちもさすがに魔王には勝てる自信なんてないからな!」
「大丈夫ですよ。ずっとこの調子みたいですし。それに、この棺の中に入っていれば出れないはずですから……魔王さん! あなたに聞きたいことがあります!」
『……なんの用だ』
「あなたはあまりある力を使って、この街で悪さを企んではいやしませんか?」
『知らぬ この通りだ どのような企みも あったとて企みで終わるだろう』
「つまり実行には移せない、と?」
『そうだ』
「じゃあ悪さは企んでいたというのですか?」
『くだらぬ この世界に もう用などない』
「だそうだぞ。もう帰ろうぜ。いくらなんでもこんな状態で何かが出来るわけがないって」
「いやしかし、ジョニーさん。私はここで間違いなく特殊な力を感じ取ったのです」
「そりゃあるだろうよ。この十字架とか、あの紋様とかな。さっさと行こう。お前と俺のせいで妙なことをして世界が再度滅んでしまえば責任はいっさいとれない、だろ? 見て見ぬふりをすることの重要性を、探偵だっていうならもっと考えた方がいいだろうよ!」
・
「そんで、お前はあの三人が容疑者だというんだな」
もう一度、酒場。本音を言えば、この正体のしれない化け物への恐怖より、この目の前の妖狐探偵とやらに恐怖を抱きつつあった。人間は見た目で判断出来ない。こいつはもしかすると途方もなくバカなのかもしれなくて、そのギャップが俺っちを恐怖へと陥れるのだった。
「ええ。これは探偵として、間違いがないことです」
「だからってな。いいか? おデブに、狼男に、魔王だぞ? どれも芽がないとしか思えない」
「ここで私の力が活きてくるんですよ、ジョニーさん」
「お前の力?」
「忘れましたか? 私は妖狐。変身、ですよ」
「……変身して一体何をするっていうんだ?」
「決まってます。容疑者へのさらなる聞き込みと、張り込みですよ!」
「頑張れ」
「ちょっと! ジョニーさん。まだ護衛の任務があるじゃないですか」
「んや。俺っちは元々相棒のパトリシカの傷が癒えるまでここにいるってことにしていたんだ。今日で完治するだろうからさ……お前さんには悪いけど、もう首を突っ込めねぇよ」
本音だった。逃げたい、という、本音。
決めたことと言ったことは守りたいと思ったにせよ、だ。
「ひ、ひどい。ジョニーさん」
「お、おい。泣くなよ」
急に泣き出すなんて、こいつ、探偵に向いていないんじゃないだろうか。ハートがいくらなんでも弱すぎる。
「ジョニーさんのバカぁ!」
「あ、おい!」
行ってしまった。
ぽつりと取り残された俺っち。女をかまけていたわけじゃないんだから……
にしても、妙な罪悪感が残る。この名残惜しさは、一体なんなんだ?
・
もしあたしが賞金首になったら、どれくらいの値が付くんだろう。もうどれだけ人を殺したのか覚えていないものだから、もし一人殺したごとに加算されていくような仕組みになってたら、この化け物以上の値がつくのかもしれなかった。
「血雨子さん! 一攫千金を狙うチャンスですよ! ちょうど私、事務所を構えたかったんです。それに、こんな難事件を解決すれば、一躍このゴーストタウンで名を馳せること間違いないですよ」
「だからってなぁ。労力考えろよ、労力。見つかりっこないって、こんなん」
「宣伝、です。広告。仕事が全く入ってこない以上、解決が出来なかったとしてもですよ? あの難事件に挑んだミイラ探偵吊屋絹夫、としてうまいことゴーストタウンでこれまた名を馳せることができるかもしれない!」
「探偵ってのも楽じゃないね。おう。頑張れよ」
「血雨子さんー」
「だいたい、あたしがいつあんたの助手になったっていったよ」
「言葉と言葉じゃなく、ハートとハートで」
「言ってないね。あんたはあたしの非常食って、前言ったでしょ? その言葉の通りなんだから。たまたまそこに、事件が降りかかってくるだけ。この前だってそうだったでしょ?」
「もう! このツンデレ!」
「きめぇよ! うれしそうにすんな! このバカ!」
あたしがもう一度吊屋の首筋をかみつけようとした瞬間だった。
一人のカウボーイハットをかぶった男が、あたしたちに近づいてきた。
「あんた達、探偵なのかい?」
「誰だよ。みない顔だね。この『下衆』じゃ」
「いや、俺はさすらいのカウボーイ。ジョニーさ」
いやな予感がした。だいたい、妙なことを持ち込んでくる連中ってのは、妙な格好をしているもんだ。
「私、こういうものです。ミイラ探偵吊屋絹夫と申します。格安でお受け致しますよ」
「人を捜しているんだ。同じ探偵で、そいつは妖狐探偵尾緒異っていうんだが」
「妖狐探偵? 知りませぬなぁ。私も最近この稼業を始めたもので。私以外の探偵が、このゴーストタウンにいたとは知りませんでしたよ」
「そうか。あいつもまだ名が知れていなかったのかな。いや、最近賞金首が出ただろう? それを追っていた最中に、姿を消しちまってな。このままとんずらこいてもいいっちゃいいんだが、そいつはあまりスタイリッシュでないからさ。俺っちのポリシーに傷ついたら困るもんでさ」
「お受けいたしましょう! まとめて! 賞金首と、その探偵を捜すことも含めてお受けいたしましょう!」
「尾緒異を捜すだけでかまわないんだが」
「またまたぁ、照れを隠さなくてもいいんですよ。ミイラ探偵吊屋はすべてお見通しです。一攫千金、狙いましょう。ね、血雨子さん!」
「……まぁ、賞金首に関してはあんた達の好きにするといいさ」
「心当たりはあるんですか? その妖狐探偵とやらの居場所に」
「心当たりといえるほどでもないがな。この前、尾緒異が目星をつけた容疑者の、三人の元へ向かったんだ。聞き込みをするとも言っていたし、そいつらの近くにいるのかもしれない」
「容疑者、ですか」
「そうだ。詳しくはわからないが、妖狐なりに感じるところがあるみたいだぞ」
「これはちょうどいいですね! 探偵同士、力を合わせてーー」
「おこぼれもらいたいだけだろうが!」
「期待はしない方がいいぜ。その容疑者ってのはとんでもない連中ばかりだ。言ってしまうと、アイドルの好きなおデブ野郎。しなびた狼男。そして魔王だ。言葉にするととんでもないんだが、言葉にしなくてもとんでもない。とにかく行ってみよう」
・
魔王だなんてもんがこの世の中にいるとはね。でもま、ミイラも吸血鬼もいるし、そんくらいはいるでしょ、だなんて余裕こいて構えていたんだけど、どうやら世界の滅亡がそこに待ち受けていたらしくて、反応に困った。人がどれだけ死んでも驚きはしないけど、世界の終わりとなればあたしでも困惑はするようだった。
「昨日までいたんだ。この魔王。数千年の封印が続いて、この箱の中に収まっていたんだ」
カウボーイが魔王が眠っているらしいこの地下室に来た瞬間、腰を抜かしていた。情けないぜ、全く。でも事実を聞いた瞬間、そりゃ腰も抜かすわな、と納得。
「それが解けちまったってことか?」
「そうなる、な」
「どうすんだよ、お前。責任とれよ。世界に対して」
「俺じゃない! 可能性があるとすれば、やっぱり尾緒異が何かしでかしたんだろう」
「それも込みで責任とれよ、な? ほら、食べてやるから」
「ちょっと! 血雨子さんなにさりげなくカウボーイ食べようとしてるんですか!」
「いや、うまいかな、みたいな」
「大事な顧客なんですから、やめてください! で、その妖狐探偵はここにいるんですか?」
「いないみたいだ。一体どうしちまったんだろう。これじゃ、伝説の化け物だなんて言っていられない。伝説の魔王が復活しちまう!」
「とにかく事情を聞きましょう。その妖狐探偵とやらに。次の容疑者の元に連れて行ってください!」
・
「『ろくでなしプッシャーズ』は全一〇名から構成されるアイドルグループである。めまぐるしく交代されるメンバーに必要な技能はかつてないほど高いものである。外見、歌、踊り……アイドルに必要とされる諸々の要素もさることながら、『ろくでなしプッシャーズ』に入るためには純然たる戦闘力が求められる。ステージで歌と踊りを披露している最中に、突如始まる『ガチ☆ガチ☆ぶっ殺し愛☆』ではその名の通り、アイドル同士で真剣な殴り合いが勃発するからである。いつ訪れるともわからない、その『ガチ☆ガチ☆ぶっ殺し愛』こそが、実のところ『ろくでなしプッシャーズ』のショウが織りなす最大の魅力なのである。可憐なアイドル同士が、真剣勝負で殺し合いをするその様は、見るものを絶叫させる。ある時は、ナンバーワンとナンバーツーがその座をかけて。ある時は、いつも見下され、ドベで雑用だった彼女がナンバーワンに挑み、その座を奪う。またある時は新人が先輩すべてを殺してしまう。どんな戦いも、常に美しく。命を賭けて。そんな殺戮劇が行われるのが、殺陣劇場地下アイドル『ろくでなしプッシャーズ』の醍醐味なのだ」
「詳しすぎるわ!」
「いえ。こうみえて私も『プッシャーズ』のファンでしてね。まさかこの地下に案内されるとは思いもよりませんでしたよ」
その地下にあったのは熱気と血に盛り上がる人間達の姿だった。こいつらどんだけ日常に鬱憤が溜まっているんだろうか。人殺しのあたしが言うのもなんだけど、人殺しで盛り上がっちゃいけねーよ。
今はその殺戮劇とやらが行われている最中なんだろう。曲刀を二刀で持った女と、改造を施したらしい、火を吹くチェーンソウを持った女が戦っている。それをみて自らの応援しているらしいアイドル、『推し猫』とやらを気味の悪いかけ声で応援している連中がいる。
「ほら、あそこにいるのまずそうだ」
返り血を浴びた肉団子、じゃなくてまるまると太った、いかにもな人間。
「あいつもそうだ! てかあいつもこのアイドルファンだったのかよ!」
と続けて指したのはひょろひょろのおっさん。
「どうみても伝説には見えないんだが。むしろこうやって戦ってる方がまだ伝説的というか」
「まぁこいつらが本当に化け物なのかはさておき、だな。俺っちの探している尾緒異はこいつらを差して容疑者と言っていたんだ」
「化け物ではあるな。ある意味」
「そうかもしれん」
「おい! 吊屋! お前も踊るな!」
と突っ込みを入れた刹那だった。
この前館で感じたような大きな地響き。まさかこの地下室が飛ぶわけもないだろうし、今度は地震で間違いがなかった。
殺し合いをしているという最中なのに、どうやら連中、命はやっぱり惜しいようだった。パニック状態の人間が、入り口に押し寄せて、あたし達もその流れに乗って地下室を出た。
「おい、これ、なんだ……塔?」
「塔、ですな」
「いや、塔だが。塔って急遽出現するものか?」
「いいね。そのリアクション。この前宇宙行ってきたばかりだからか、あんまりこういうことで驚かなくなってるあたしがいるよ」
「私も」
「これは……さっきの魔王のいた地下室から伸びてきている?」
「みたいだね。まぁ魔王っていうんだし、こんくらいの塔出すくらいわけないってことじゃない?」
人の流れにのってその塔に駆けつけると、こんな掲示板が禍々しい、邪悪さを放った塔の入り口の前にあった。人垣をかき分けて、見に行くと、
『魔王城 魔王復活しました』
と書いてあった。
「どうすんだ、これ。もう賞金首どころの騒ぎじゃなくなってきているぞ。カウボーイ、責任とれよ。賞金稼ぎだろ。魔王とっちめて、ほら。どうにかしてみせろよ」
「カウボーイにも出来ることと出来ないことがある!」
「血雨子さん。けれどこれはチャンスじゃありませんか? 私死にませんし、どうにか魔王を説得することくらいなら出来そうです。それで事務所と名声をゲットする、と。どうです?」
勝手にやらせておきたいところだったが、あたしって好奇心旺盛なのよね。魔王ってどんなやつなのか見てみたいという気はする。もし本当に魔王なら、こんなゴーストタウンごときぶっ飛ばされるだろうし、城に入っても入んなくても同じだろうから、突撃した。魔王城に入れる機会ってのも、早々ないもんだ。
あたし達は駆けた。
魔王城は別に迷宮のようになってはいなかったものの、ゴブリンだとかドラゴンだとかの、ああいう魔物がしっちゃかめっちゃかいたものだから、全部ミイラを盾にして、たまにあたしとカウボーイが攻撃をしてなんとか進んでいくことが出来た。多分、吊屋は最上階に達するまでに数百回は絶命したと思う。ちょっとおもしろいアトラクションみたいで、あたしはまーまーおもしろかった。
最上階に到達したあたし達だったのだが、そこには確かに魔王の姿があった。いかにも魔王らしい魔王である。
「よし吊屋、行け。行ってこい」
「無理です。もう一生分死にました! ってまだ生きてる!」
『なんだ、お主ら』
「頭に語りかけて来やがったぞ」
「魔王ですからね。それくらい出来ちゃうんでしょう」
「おい、魔王さん。ちょっと話を聞いてくれないか?」
『なんだ』
「おお、意外に話を聞いてくれるじゃん」
「魔王も人の子ですね」
『人の子ではない』
「突っ込んでもくれる!」
「魔王さ、単刀直入に言えばさ、世界を滅ぼそうっての? もうちょっと先にしてくれないかな? 結構皆死ぬと悲しむぜ? あたしはどうでもいいけど」
「そうですよ。私は死にませんけど」
「お前等な、異常だから説得しないほうがいい。ここはカウボーイだが、一般人の代表足りうるジョニー様が行こう」
「あんたも普通ではないけどな」
「おい魔王! この世界ではな、なんつーかいろんな人々がいる! だから世界は滅ぼすな!」
「とんでもなく個性のない交渉だな。お前、交渉力ゼロだよ」
「俺のハートフルなソウルをキャッチしろ、魔王!」
『復活を遂げた以上 世界は滅ぶ』
「あちゃ、どうにもなんねーみたいだぞ、これ」
「うーん。どうしますかねぇ」
「吊屋お前、一度死んでみれば? 魔王の気持ちなんて、誰もわからんけど、お前ならなんとか潜り込めるんじゃねーの?」
「その手がありましたか! じゃ、死んでみますか!」
今日の吊屋はもしかすると生きている時間より死んでる時間の方が長いかもしれない。
さすがに魔王もこちらの手の内は知らなかったようで、一直線に駆けていった吊屋を魔王はいかにも魔王が出してきそうな炎を手のひらから打ち出して、焼死させた。
「やったぞ!」
「よく焼かれてガッツポーズ出来るな」
『なに 蘇るか』
「そうとも! なにせミイラ探偵ですから」
「何かわかったことはあるか?」
「ズバリ、魔王に募っているのは、どうやら憎しみのようです。それ以外にも複雑な心の動きがあるようですが……」
「複雑?」
「単なる憎しみとも括れないものです」
「魔王だからなぁ。さすがに人間のようにはいかないってことだろう」
「これからどうするべきだ? 正直戦って勝てるような人間ではないぞ」
「ちょっと待ったぁ!」
後方から、声。
振り返ると、そこにはあの時地下で騒ぎ立てていた肉団子と、細いおっさんが立っていた。
「お前等、なんでここに!」
驚いているカウボーイ。あたしも驚く。ゴブリンに簡単にのされそうな連中だからだ。
「ぼ、僕達は、勇者の子孫だから」
「唐突すぎだろ、デブ。息荒いぞ」
「血雨子さん、あなたの場合は直接的すぎる!」
「来る日が来るまで、俺たちは備えていたんだ。あの地下でな」
「あんたは細すぎるぞ。おっさん」
「狼男って体じゃなくて、耳が生えてくるだけなのかよ!」
「え、こいつ狼男なのか?」
「そうだよ。なんかもう絵的に色々間違ってるよ」
「おっけーカウボーイ。突っ込みはとりあえず抑えておこう。で、勇者の子孫ってのはどういうことなんだ?」
「こ、言葉の通りさ。俺たちは勇者の子孫。来る日が来るまでその身を隠し、ようやく出番がやってきたというわけだ! これは勇者が遺してきた装備だ! これのおかげでほとんど戦わずしてやってこれたというわけだ!」
「すごい偉そうに言ってるけど、情けないからな? 言ってることは」
「と、とにかく、魔王は滅ぼされるのだ。俺たちの手で」
「アイドルに血眼になってる奴に魔王が倒されるとは思えないけどな。よく見ろよ、結構強そうだろ」
「だてに『プッシャーズ』のファンをやってないぜ。生まれてきて『プッシャーズ』を応援すれば、戦闘技能なんて後からついてくるさ」
「え? その『プッシャーズ』ってファンも戦ったりするのか?」
「戦いはしないさ。なにせ彼女たちのショウだからね。ただ、グッズを買い集めて、付属のチケットを集めれば、ファン感謝際において『ガチ☆ガチ☆ぶっ殺し愛』が『推し猫』と体験できるんだよ。もちろん殺し合いは行われないが、イベントとはいえ真剣勝負が行われる。そこで『推し猫』に勝ちさえすれば、覚えてもらえるからね」
「覚えてもらうために、つまり戦いの特訓をしていたってことなのか」
「そうだ!」
「おまえそんな目的で切磋琢磨してきた技術を世界を滅ぼしかねない魔王にぶつけるなよ、頼むから。その怒りで世界が滅ぶよ」
「俺と、そして田中は命がけですべてを『プッシャーズ』に捧げてきた。いまさら世界が滅んだってかまわないさ」
「お前ら平気でもほかのその他大勢を巻き込まないでくれるか?」
「ぷ、『プッシャーズは』この世の中心。世界の中心。有限の世界における有であり無限」
「デブが哲学的なこと話し始めたー!」
「仮に『プッシャーズ』にすべてを捧げてきた僕達の技が通じなかったら、そのときはそのときだよ。いくぞ! 佐藤!」
「おう、田中!」
二人がふところから取り出したのは、地下で振り回していたあの点灯する棒だった。まさかそれで戦うのかと思いきや、なんとその棒の先端から、刃物が出てきた。暗器ってやつだな。
「く、くらえ魔王! これは我々勇者が代々伝えてきた『手投げサイリウム長剣』だ!」
「ネーミングが安直すぎるし、そんな武器がずっと続いてきた勇者ってどんなだったんだ!」
魔王はバリアみたいのを張って、応戦する。当然、しょぼい剣は弾かれる。
「ちくしょう……やるなぁ」
とまぁ、だいたいこんな感じで魔王対勇者連合の戦いは繰り広げられていった。意外にも機敏に動く二人の戦闘力というのは、あながちバカにできないのは事実なのかもしれなかった。
「加勢してやるよ。この野郎」
急になぜかカウボーイが息を巻いている。
「おいおい、やめときなって。こんなしょうもない戦いに巻き込まれて死んじまったら。まともに成仏できないぞ」
「思い出したんだ。俺がなぜ、カウボーイを志していたのかを」
「おいお前まで急に過去を懐かしむのかよ。人生の精算ってのはもっと後でしたほうがいいぞ」
「そう、あれは俺がまだ若かった殺の話だ……」
長ったらしい話だったので、まとめるとこういうことだった。貧乏でどうしようもなかったこいつは、放浪の中でカウボーイを自称する馬乗りに出会い、カウボーイを志した、ということらしい。あたしにとっては吊屋が人生でどれくらい屁をこいたか、みたいなものと同じくらいどうでもいいことだったので、あくびをしてしまった。
「つまり、俺はカウボーイを見つけるために、生きてきた。そして、その中で磨かれてきたハートが、こいつ等を見て思い出されたんだぜ!」
「すごいやすいハートにしか思えないんだが!」
突っ込みもむなしく駆けていくカウボーイ。
「あいにく俺は銃がなくてな!」
どうやら次の一撃で勝負がつくのかもしれない。もっとも、魔王はまだ余裕を見せているから、敗北を喫する、という意味合いで、だが。
佐藤、田中(耳野郎)、偽カウボーイが揃って魔王へ駆けていく。
身構える魔王。
「ちょっ、っと待ったぁぁぁ!」
一撃がぶつかり合うはずだったのだが、傍観していた吊屋が急に動いてその間に割って入った。見るも無惨に肉体が四散していった。まぁ、魔王と勇者の戦いに巻き込まれればそうなるよね。
「おい、どうしたんだよ吊屋」
「私、どうにも魔王の……感情に違和感があったものですから」
「違和感?」
「ええ。魔王さん! そして勇者さん! ここはいったん休戦してーー」
再び魔王に焼かれる吊屋。
戦いが止まるはずもなかった。なにせこいつはただのミイラなのである。一体何をしでかそうというのかしらねーが、死なずとも魔王とやらに抗えるわけもない。
あの一撃で終わるかと思えたのだが、むしろ長引くんじゃねーか、なんて思ってあぐらをかこうとしたら、また最上階に誰かがやってきた。
「『プッシャーズ』の皆! なぜここに!」
おいおい。またわけわかんねーのがきやがった。
「実は私たちは対魔王用のアンドロイドだったのです」
また長たらしい告白が連中によってなされた。まるで地下でのショウウとにたような形で歌とか踊りとかも含めて告白されたので、全員八つ裂きにしてやりたくなったが、話をまとめるとこういうことだった。『ろくでなしプッシャーズ』は、初代勇者が代々地下アイドルとして、ではなく対魔王用のアンドロイドとして秘密裏に設計したものだったのだが、魔王封印後は活用する必要もなくなったので、地下アイドルとして運用したのだとか。そのなかで、魔王が復活した時の為に戦闘能力の向上を計ろうとしたのが、例のアイドル同士が撲殺しあうなんちゃら殺し合いなんだとか。
「私たちは、その精鋭です!」
涙を流す、デブと耳野郎。ファンとしては感無量というところなのだろうが、なぜかカウボーイと、ついでに魔王も泣いていた。どういうことだよ、おい。
対魔王として千年以上も育てられてきたということはある。息のとれた連携で、魔王をみるみるうちに追い込んでいく。気が付けば、デブと田中は応援に回っていて、例のサイリウムとやらをふりまわしていた。
アイドル達はださい必殺技名を叫びながら攻撃をしかけていくのだが、それがなかなか、というかとんでもない破壊力を秘めているようで、魔王のバリアをことごとく決壊させていき、最後はじり貧になった魔王を追いつめていってしまった。まさかあんな薄汚い地下で活動しているアイドルが魔王を追いつめるとはね。
「ちょっと、ちょっと、皆さん待ってください! 私ミイラ探偵、吊屋絹夫をお忘れではありませんか?」
「おい、お前の出る幕はもうねーぞ。事件はこれにて解決だ」
「血雨子さん! ちょっと待ってください。私たちは探偵ですから。謎を解くために、ここにいるんです」
「謎? 謎なんてここにはもはやないぞ。魔王バーサスバカ……じゃなくて、勇者連合。それでいいじゃんよ。話をややこしくするな、吊屋」
「先ほど言った、魔王の感情がどうにも読みとれないと言ったのをお忘れですか?」
「忘れた」
「ちょっと! 忘れないでください。どうにも、このまま勧善懲悪をしちゃうと、まずいことが起きるような気もしているんですよ」
「……なんでだよ。あたしは早く酒が飲みたいんだよ」
「決め台詞入ります。血雨子さんが前ぶりしてくれないので、自分でやります。ミイラ探偵吊屋絹夫、死してなお謎を解く!」
「はぁー一体なんだよ、謎って」
「憎しみの果てには何がありますか? 血雨子さん」
「急になんだよ」
「この魔王の憎しみの中にあったもの、それが私にはわかったのです」
「梅干しか?」
「おにぎりじゃないですよ! 憎しみは! それは、寂しさでした」
「寂しさ?」
「ええ。私も最初は驚いた、というか、思わずそれが正しいのか疑ってしまいましたが、先ほどもう一度殺されてはっきりしました。魔王さん! あなたは寂しさを抱えている。そうなのでしょう?」
『お前等に なにがわかる』
「この感じは図星っぽいぞ」
『所詮 お前等は人の子であろう』
「そうです。そうですよ。魔王さん。人の子といえども、いいですか。あなたの寂しさと、人間の抱く寂しさ。それは全く同じものでした。だからこそ魔王さん。あなたは心を開くべきだ。心を開けば、お互いに理解し合える! 魔王だって、カウボーイだって、アンドロイドだって、狼男だって、ただの人だって、ミイラだって、吸血鬼だって!」
『お前等に なにがわかるというのだ!』
手のひらから打ち出される炎で、もう一度吊屋を焼き殺した。
「この寂しさ! いいですか。先ほど私、皆さんにミンチにされて殺されましたけど、皆、寂しさを持っていましたよ。これはどういうことなんでしょう! みんな、寂しさを持っていましたよ」
「それは、この勇者連合も、ということか?」
「そうです。驚くべきことに、この場にいる人間は寂しさしか持ち合わせていないようなのです。こんなにおかしなことがありますか? 寂しい者同士が血で血を洗うなんてこと、はっきり言ってばかげていやしませんかね」
「この場で起こってること自体がなんだかばかげているがね」
それからがひどかった。
あえて事細かには言わないでおくけど、お互いに寂しさを持ち合わせているのだと理解した連中は、自分の身の上を吐露しつつ、なんて矮小な自分なんだ、だけどこれから先明るい未来が待っているかも知れない、みたいな宣誓をそれぞれしていった。安いドラマの三文芝居を見ている気持ちになったのはあたしだけではないはず。小一時間そんなことをやっていて、私は思わず帰ろうかと思ったのだけど、魔王がうめき声をあげて、足を止めた。
「もしやこれは、第二形態? 皆、構えろ!」
みるみるうちに、魔王が膨れ上がっていく。これは本当に変態するのかもしれない、なんてあたしも構えたのだけど、今度はしぼんでいき、最後は一人の人間の姿に戻った。
「ーー私も、寂しかったのです」
「尾緒異? お前、なにしているんだ」
「ジョニーさん。実は私は妖狐などではありませんでした。探偵などでも。ただ寂しかった魔王だったのです」
「尾緒異……」
「地下でずっと数千年も、待ちぼうけをくらっていました。もうこれきしも世界を征服する気なんてなかったのですが、これでもかと勇者の封印はのしかかってくる。この身に一体なにができようか。ずっと弁明するための言葉を考えて、力を蓄えていたんです。力を蓄えた結果、自らの魔力をとばして、分身を作ることができたんです。それは、色々な姿形に。実はゴーストタウンの化け物、というのは私のことです。キングコング、フランケンシュタイン、雪男……様々なものに変身をして、人々の前に姿を現しました」
「一体なんの為に」
「目的はありません。姿を現せる時間も限られていましたから。けれど、力が蓄えられてきて、人間の姿をして、意志疎通が計れるところまで、力を出し切ることができたんですね。それで、ジョニーさんの前に姿を現したんです」
「なぜ、俺の前に。それも探偵なんて」
「封印はされていても、このゴーストタウンの様子を、私は見ることができました。実はこのミイラ探偵さんに触発されたということも、あるんですね」
「おお。なにげに役立ってるぞ吊屋」
「最初はあなたに勇者の末裔を処分してもらう予定だったんです。容疑者だから、と。ほとんど力のない私の代わりに……」
「そうだったのか」
「けど、気持ちは移り変わったんです。行き場のないこの気持ちは、どんどん私の中で変わっていくのを感じました。どうすればいいのか。悩んだ末、私は魔王城を建て、世界と対峙して結論を出そうとしました」
「お前、世界を滅ぼす気はなかったのか」
「気にかかっていたのは、この気持ちの行方ですから。でも今ならこう思えます。皆さんの寂しさを聞いて、きっとお互い理解しあえると! ジョニーさんに話しかけたのも、きっとあなたが寂しそうだったからです!」
「尾緒異、いや……魔王!」
「それに実は私も、最初に倒されてから以来、ずっと『プッシャーズ』のファンだったんです!」
大団円、というやつかもしれなかった。みんなが泣いて、抱きしめ合っている。なんて気持ち悪い光景なんだろう。「プッシャーズ! プッシャーズ!」のかけ声とともに、一同揃ってまた地下室へ行き、『ろくでなしプッシャーズ』のショウを始め、気味の悪い振り付けとかけ声で応援していた。
すべてが終わった時、カウボーイがこんなことを聞いてきた。
「なんで魔王の封印は解かれていたんだ?」
「ああ、それはミイラさんが」
「……その、実はちょっとした好奇心でございまして。ほら、事件のある場所を探して、みたいな」
ミイラがもう数十回一同に殺されて、「けれど、だから今があるんだ!」という爽やかな台詞とともに、無事この事件は幕を閉じた。
連中は新しいアイドル組織『あめあがりファンシーズ』を結成。『ろくでなしプッシャーズ』と対をなし、今後も地下で様々なアイドル活動をしていく予定のようだ。
黙示録ー4 訴訟バトル? 時を越えるミイラと吸血鬼
(検事と刑事のシーン)
はー。
因果応報って言葉がある。そいつを意識しながら。いつでもこうなるだろうって予測は実のところずっと立てていた。人を殺せば、誰かに恨まれて、どうこうされる可能性ってのはぐんっとあがるもんだからね。でもそうありながら、ま、大丈夫だろ、なんて放置していた問題。それはあたしが吸血鬼ってこと。吸血鬼だから、ま、殺しても問題ないだろ、ってこと。この因果からはやっぱり逃れられないことみたい。
「なぁ、あんた。一体なんで捕まったんだい」
相部屋になったサキュバスを名乗る中照夢乃が話しかけてくる。
「簡単だよ。人を殺したまでさ。牢獄にぶちこまれるにはもってこいの罪、そうだろ?」
「へぇ。で、何人殺ったんだい?」
「覚えてないさ。なにせあたしにとっちゃ食事だからね。いちいち数えてなんかいられないよ」
「違いないね。私もどれくらい人の愛を吸ってきたのか覚えていらんない」
「愛を吸う?」
「ほら、私サキュバスだからさ。サキュバスって知らない? 私は人間が出す愛を吸って生きているのよ。男なんて簡単。適当にだまくらかしていちゃついていれば、愛してくれるものよ」
「あたしよりは衛生上よさそうな特質だな」
「そうでもないわ。こうして適当にだまくらかしていると、一体なにが本当の愛なのか、私自身わかんなくなってきちゃってね。だんだんと、私の求める愛っていうのが、高度になっていってね。だまくらかすだけじゃ満足できなくなっちゃったの」
「なにをしたってんだ?」
「色々よ。例えば叶わぬことのない非業の愛を演じてみたり、熟愛している夫婦との剥奪愛を演じてみたり……それでちょっと行き過ぎちゃってね。今度は金持ちの秘書から発展する禁断の愛ってやつをやってみようと思ったんだけどね。その社長がなんと色恋に全く興味がなくてさ。私がサキュバスで大した能力もないってことがばれて、んで金を横領してたのもばれて、このざまよ。いやぁ、やってらんないわ」
「人生、色々だな」
やってらんない、ねぇ。あたしはこのサキュバスの人生と悩みをしっているわけじゃねーけど。できることならこの吸血鬼と交換して欲しかった。
「人を殺したってんなら、あんた、もしかして処刑されんの?」
「わからねーな。これから裁判があるみたいだ。死ぬ前に、ビールと酒を飲みてーよ。全く」
「あきらめるのはまだ早いわよ。金握らすなりなんなりすればいい。媚びを売るんだ。このゴーストタウンの裁判員連中、相当雑だって聞くから。死刑もひっくり返れば、しようのない罪でも死刑になったりするらしいから、おちおち気を抜いていられない」
「死刑、か」
別にそれも、ありっちゃありだ。なにせずっとそんな未来が来るだろうって考えていたからな。
「運命に身を任せるよ。下手な期待はしないでな」
「出きることなら生きてまた会おう」
牢獄の生活は、このサキュバスのおかげで、そこまで苦痛にならなくて済んだ。のんべんだらりと構えながら臭い飯をかっくらいつつ日々を送っていると、どうやらついにそのときが来たらしい。
「……ちょっと、血雨子。こいつはヤバいんじゃない?」
「ヤバい? 何が」
「ほら、検事の名前を見てよ」
看守から手渡された裁判の詳細について記された紙には『』と記されていた。
「こいつ、超凄腕の検事らしいですよ。それに、性格も嫌みったらしい糞野郎だとか」
「そうなのか」
「冷静すぎるよ、血雨子。こんな奴と裁判で戦ったら負けちまうって! 弁護士は頼んであるの?」
「いや、金もねーんだ。それに弁護士ってのの知り合いもいない」
「このゴーストタウン法廷では、別に弁護士の資格なんてなくていいんだよ。とっくにそんなもんは過去の遺産となっている。誰か信頼出来る人間でいいんだよ。友達とか。なんせ、行ったとおりほとんどノリで刑罰が決まるようなもんなんだからさ。どれくらい媚びを売れるかなんだよ」
「つってもなぁ……」
「悠長に構えすぎだよ。このままじゃ血雨子、本当に死んじまうよ?」
「いいって言ってるだろ。その嫌みたらしい奴に処刑にされるのはしゃくだがな」
「だったらあがこうよ!」
どうやらこいつはあたしに情が入っているらしい。変に同情しちまったからだろうか。あたしは単に話し相手がいなかったから適当に相づちを打ったりしていただけなんだがな。
「私、言ったとおりここでもう二年間禁固刑にあってるの。ただで過ごしていたわけじゃないわ。なにかあったときのために、脱獄できるよう準備していたのよ。見て、これ」
「すげー原始的だな。なんかこう、サキュバス的な技でやれよ」
カーペットをめくり、見せてきたのは人間一人がようやく通れるくらいの洞穴だった。
「このスプーンで寝る間も惜しんで掘ったのよ」
娑婆の空気はうめぇな、なんて悠長に構えてはいられないな。裁判までは三日しかないし、それに一日でまたあの牢獄へ戻らなくちゃならない。この足首に埋め込まれたチップは、人間一人をぶちのめすほどの爆発力を秘めたものらしい。明日の点呼までに戻らなきゃ、こいつを爆破されちまう。それまでにどうにかしなければ!
「ぷはー! 『下衆ビール』はやっぱりうめぇ!」
なんて危機感はなく、とりあえずあたしは『下衆』に来ていた。たばこもうまいねぇ、やっぱり。
「聞いたぜ、血雨子。お前、捕まったんだってな?」
「そうだよ。んで、死ぬかもしれない」
「そうかぁ。まあ死んだら生き返ればいいんじゃないかな」
「マスターじゃあるまいし、あたしには出来ないよ、そんなこと」
「死んだら死んだでそれまでさ。あたしが殺したたくさんの連中と同じように、朽ちて土に帰って行くだけ。それで、吸血鬼としてのあたしの人生もおしまいさ」
「そしたらまた下衆に来てビール飲めよ」
マスターはどうにも自体を把握してないどころか、人間が死ぬってこともやっぱり理解していないようだった。
「そういや、あいつは? あのミイラハゲは」
「吊屋のダンナですかい? 最近みないですぜ」
子分が言う。
珍しいな。毎日、というか家がないらしいからずっとここにいたってのに。
「ああでも、事務所が出来たとか言ってましたぜ。もしかするとそこにいるんじゃないですか?」
「事務所、ね。どこかわかるか?」
・
子分が言った先は、華麗なる一族が住んでいたあの館の跡地だった。たぶん、跡地でもう誰も使ってないから、勝手に使っちゃえばいいや、みたいな発想だったのだろう。そこにはあの館と比較するとあまりにも小さな掘っ建て小屋がぽつりとあった。
「おい。ミイラカス! いるか!」
火をつけていぶりだそうかと思ったのだけど、とりあえず扉を蹴破るくらいで許してやった……のだが、中には誰もいない。
生活していたような感じはあるが、どこかに出かけているのだろうか。あまりこのミイラウンコに時間をかけたくないという気持ちはあるのだが、せっかく娑婆に帰ったのだから、一回くらい殺しておこうかという気持ちがある。ほとんど日課みたいになっててさ、ほら、タバコも酒も、一日やらないでいるとむずむずしてくるだろ? それと同じで、ミイラゴミも一日一回は殺しておかないと、少しばかり胸焼けがしてきてね。
あたしはとりあえずあいつが帰ってくるのを待とうと、しょうもねぇぼろ椅子に座ったんだが、前にあったしょうもねぇぼろ机に何かが乗っていることに気が付いた。なんだこれ。
薄汚い、本?
本と言うには、あまりにもデカすぎるような気もするが、とりあえず外観は本なので、本ということでいいんだろう。いやな予感がした。とんでもなく面倒ななにかが、この本の中に潜んでいるような気がする。が、どうせ死ぬ身だ。別に面倒ごとくらいいいか、なんて思って開いたのが、やっぱり間違いだった。死ぬってのは案外楽なことで、死ぬことよりも厄介で面倒なことなんてやまほどあるなんてことは全く明らかなことだったっていうのにな。
・
「いててて。なんだここ?」
あたしは後頭部を強く打ち付けていた。あたりを見回す。どうやらまた変な場所に来ちまっていたらしい。
「君は誰?」
「あたしは血雨子っていうけど。あんたこそ誰だい」
「僕は時空妖精のピエル。ここは時空の狭間」
「時空の狭間? 時空妖精?」
「知らないのも無理はないよ。ここは過去も未来も時間も飛び越えて
、世界を繋げたり、ある面から守ったりするような空間だって思ってくれればいいよ。僕は、時空を司り、時空を操り、時空を警護するような存在さ。でも君、一体なんだってこんな場所に来たんだい? ここには誰も来られないようになっているんだよ」
「本を開いたってだけさ」
「本?」
「そうそう。バカでかい本」
「うーん。その本で時空の歪みが出ているのかな」
「時空の歪み? なんじゃそれ」
「その通りだよ。時空が歪んじゃって、こんな場所に来れるようになっちゃってるって状態さ」
「まぁいいよ。あたしが知りたいのは、ここにスーツ姿のミイラボケがこなかったかってことだよ」
「スーツ姿のミイラボケかはわかりませんが、つい先ほども一人来ました。もしかして、知り合いですの?」
「知り合いではないな。非常食なんだ」
「非常食?」
「それはこっちの話だ。一体なんだってあのミイラゴミはここに来たって言うんだろう。なんか言ってたか?」
「解決しなくちゃならない謎がある、っていってたよ」
「謎……ねぇ」
「しかし困ったなぁ」
「どうかしたか?」
「ここは誰にも入れないように、我々のような時空を守る存在が厳重に管理している空間なんですよ。これじゃまた僕、怒られちゃうや」
「とにかくあたしは知ったこっちゃないし、言ったとおり裁判ってのが控えててな。元に戻してくれないか?」
「それはできないよ」
「……は?」
「平常なら、君を元の世界に戻せるんだけどね。いまちょっと非常事態なんだ。今、どこかの世界で時空の歪みが起きているんだ。ここにある扉の先にね、出口はあることはあるんだけど、どれが君の入ってきた世界につながっているかはわからないんだよ。無限に生み出され続ける扉はね、どんな世界の、どんな時間にも繋がっているんだ」
「じゃああたしはもう戻れないって言うのかよ。元の世界に」
「すごいうれしそうですよ、顔が緩んでますよ」
「あの世界に未練なんてないからな。別の世界でやり直せるならそうしてみたいってのが本音さ」
「そのミイラさんが入っていった扉なら、僕は覚えています。どうします? そこに行ってみますか?」
「いやぁ、いいかなぁ。なんか辛気くさそうだし。南の国のバカンス、を連想させるような世界だったりはないわけ?」
「僕はこの時空の狭間を守ってるだけですからねぇ。どれがどんな世界に繋がってるかはわからないんですよ」
「……ちっ。そうくるかよ。しゃーねぇ。あいつの行ったところに案内してくれ」
「それで、お願いなんですが、時空の歪みが出てしまっている可能性がありますので、もしなにかヒントを見つけたら僕を呼んで欲しいんです」
「その時空の歪みがあると、なにが起きるんだ?」
「すべての世界が消滅したりする可能性があります」
「また世界滅亡の危機か」
「何の話です?」
「いや、最近魔王が世界を滅ぼしかけてね」
「世界消滅といっても、可能性ですのでなにが起こるかはわかりません。この歪みも、何か意味があって起こっているのかもしれませんし。あなたには、ここに戻ってこれるよう、このバッヂを差し上げましょう」
「これは?」
「これは時空妖精バッヂです。これを手にして『時空妖精様!』と叫べば僕が現れます」
「あんまり叫びたくないな」
「小声でも大丈夫ですよ。というわけで、早速ミイラさんのくぐった扉まで案内しましょう」
・
扉を抜けてまず見えた光景というのはさんざんなものだった。最近のあたしといえば、一体なにがさんざんなもので、なにがさんざんじゃないものかよく判別できていないのだけど(なにせ処刑されるってのも悪いことなのか……)、しかしそれを前提にしてもさんざんなものだった。まず人間が食われているのである。超デカい鳥に。あたしも逃げるべきかと思ったのだけど、どうやらその超デカい鳥は、そいつを食して満足したらしく、飛び立って行った。カラスの何百倍もデカいっていうと伝わるだろうか。
恐る恐る洞穴から抜け出て、見えた景色もまたさんざんなものだった。あのデカい鳥だけでなく、見たこともないデカい生き物達が、数匹蠢いているのである。どんな世界にも繋がっている、とあの妖精は言っていたが、さすがにこんな異次元が展開されているとは想像できなかった。けど戻るに戻れねー。しかも人間いないっぽいから食事も満足に出来そうにないな……最悪飢え死にもありえる。あの非常食がいればいいんだが……
あたしはとりあえず、その超デカい生き物達に見つからないよう、行動を開始した。伊達にずっと吸血鬼やってるわけじゃないんだ、こちとら。隠密行動ならお手の物。相手が超デカいからこそ、見つからずに動くのは容易なもの。鳥なんかには気をつけておかないといけないけどな。
もう人間はいないのかと思ったのだけど、移動中、人間の死骸を何体か発見することができた。どいつも原始的な格好をしていたところから、あたしはどうやらこの世界は太古の昔なんじゃねーかという推論を立てていたのだが、それは一気に崩れた。
山奥。一人の人間がいたのである。
そいつの姿は、どうみても原始、などとは呼べなかった。
「ムムッ! あなたは一体誰でしょう」
「あたしは血雨子。吸血鬼だ。お前の血を吸っていいか?」
「困りますよ」
「じゃー血ぃくれ」
「わかりましたわかりました」
半ば冗談で言ったつもりだったのだが、そいつは「こちらへどうぞ」とか言って、地面にぽっかり空いた穴を指さした。
「なんだそれ?」
「道ですよ! ついてきてください」
といってその穴へ吸い込まれるようにして落ちて行ってしまった。おいおい本気か。でもおもしろそうだからついていったところ、とてつもなく高機能な滑り台みたいになっていたようで、軽快に、おもしろおかしく滑ることが出来た。落ちきった先には、これまたとんでもない世界が繰り広げられていた。
「なんだよ、これ」
「超文明オテガルですよ」
「超文明オテガル?」
これはあれだ、サイエンスフィクションの世界ってやつだ。ロボットが規律にしたがって、何体も動いてなにやら部品とか、機械とかを組んでいる。その機械はあの超デカい生き物と同じくらいデカい機械だ。四方には細かい字や映像を表示する、実体のないスクリーンみたいなもんが張り巡らされている。その横を、ジェット噴射するようなバッグを背負って空中を駆け回っている人間がいる。はぁ、また面倒くさそうだ。
「あれ? ピエルさんから聞いていないですか?」
「あの妖精と知り合いなのか?」
「そちらこそ。そのバッヂをしているから、つい時空警察の方かと思いましたが」
「あたしはただこの次元の狭間に迷い込んでしまっただけの、裁判を控えているしがない吸血鬼だよ。時空警察とやらなんかじゃない」
「なんですと? じゃあたまたまここに迷い込んでしまったというのですか?」
「そうだよ。出来ることならやっぱり帰りたいね。ここに仮に南の島があっても、バカンスは出来そうにないから」
「私はビッグバン向井といいます。そうですねぇ。紛れ込んでしまった他次元の方というのなら、元の世界に戻してあげたいところですが」
「すごい芸名みたいな名前だな」
「帰路は私たちの世界へしか確保していないですから」
「おまえたちの世界はどんなもんなんだ?」
「文明的なものです」
「サイエンスフィクションか? 超未来か?」
「そう思って頂いて構いませんよ」
「最悪そっちの世界でもいいかな。でもなんだってお前等みたいなのがこの原始時代に来ているんだ? てかこれって原始時代でいいんだよな?」
「ええ。原始時代ですよ。ここは。私たちは、そんな原始時代にそれは超文明オテガルを勃興しに……というわけではなく、実は時空の歪みをここで感知したからなんです」
「あの妖精も言っていたな」
「時空は繋がっていますから。その歪みを見逃しておけば、私たちの世界も潰えてしまう可能性があるということなのです。今はこうして、ベースキャンプとなるオテガルを建造して、その後歪みの原因に辿っていこうかということなのですよ」
「ふーん。大変だな、お前等も。あたしの知ったこっちゃないけど」
「これ、とりあえず輸血パックですが、飲みます?」
「あー飲む飲む。サンキュ。ストローとかある?」
「ありますあります」
「うめぇ。生き返るわ。けどよくびびらないね。あたし吸血鬼だってのに」
「今まで時空を漂う中で、様々な世界に飛び立ちましたからね。今更吸血鬼ときてもびびりませんよ。それに対抗出来る武器もありますから」
「向井隊長! 完成しました!」
「おお、ご苦労。よし。ついに探索活動が始動出来るな」
「なにが完成したんだ?」
「あそこにある、超文明ロボット『パパとママのぬくもり』ですよ」
「いますぐ名前変えた方がいいぞ」
「こういうセンスが未来では一般的なんです」
「ああ、すっごい行きたくなくなってきたな、その未来!」
「バカニスルナ!」
「急にエイリアンみたくなった!」
「これからロボットでこの世界をしらみつぶしに探索しようかと思いますが、あなたも来ます?」
面倒が面倒を積み重ねていくとはまさにこのことなのだが、あたしもどうにか世界滅亡を避けたいとはほんの少しくらいは思っているので、仕方なく『パパとママのぬくもり』の中に入りこむことにした。
「おい、この助手席どうにかならないのか?」
「どうにもなりませんよ。これが未来センスです」
中はロボット内部というよりは、アトラクションみたいになっていて、さっきの滑り台みたいな装置や、ワープするような扉があって、それらをかいくぐって操縦席にたどり着いたのだが、なぜかあたしの助手席だけ……これはたぶん家族のぬくもり的なものを再現したイラストなのだろう。ほほえみを交えた男女が描かれていた。
「勘弁してくれよ。乗ってるこっちが恥ずかしくなってくるんだが」
「それが未来センスです」
「それ言っておけば許されるとでも思うなよ」
「それじゃ発進しますよー! かけごえは『そのぬくもりを抱きしめて!』です」
「ぜってー言わねー!」
「発進! 『そのぬくもりを抱きしめて!』」
地上を開け放ち、地下から飛び立っていく。進路にあの超デカい鳥がいたのだが、なにやら光線を放ったらしい。一瞬で焼かれて、塵と化してしまった。
「強いな、このロボット」
「これが未来の強さです」
「強いけどさ、どうやってその時空の歪みを探すんだよ?」
「レーダーがあります。時空の歪みが現れるのは今回限りではありませんから。歪みは特定の周波数を持ったエネルギーを放ち続けるということが判明しています。今回のケースがどうでるかはわかりませんが、その前提で捜索をします」
「その原因ってのは一体なんなんだ?」
「歪みは一体なにを原因にしているのか、これは究極の問題ですよ。私たちは前回、特定の周波数をキャッチすることまで成功したのですが、実体的なものを把握することができず、結局このロボットで破壊の限りを尽くすしか手がなかったんです。ですので今回は、ぜひともその原因を探りたいと考えていますよ。くらえ、パパとママビーム!」
超デカい鳥がまた一羽打ち落とされた。
そんな勢いとノリで、ビッグバン向井はこの世界を滅ぼしていった。正義の味方ではなく、悪人に見えたのはあたしの気のせいではないだろう。
どうやら、どれだけうろついていても、その周波数とやらがキャッチできないようなのである。この世界の超デカい生き物も大層迷惑な話で、こんな糞ダサいロボットに滅ぼされるなんてまったく本意じゃないだろうに。
んで、半日くらいが経過した。半日で一つの世界を滅ぼすこの糞ダサいロボットの性能は超文明だけあった。
「おまえ、やりすぎじゃね? もう生物はおろか、植物とか、自然のほとんどが根絶やしになってんじゃねーか。吸血鬼でもびびるレベルだよこれは」
「時空の歪みが除去できなければ、世界がすべて消えてしまうんです。これはあれです。必要な犠牲です」
「とはいってもなぁ、もういないんじゃねーの、ここに」
「うーむ。調査班が間違っていたのだろうか」
「おい、目の前」
そこは確かに空中、のはずだった。
あの超デカい鳥でさえ同じ高度にはたどり着くことが不可能なほどの。
しかしその生物は糞ロボットの眼前を跳んでいた。
「なんだあれは?」
絵的には最高にダサかった。両手を超高速でばたばたさせている、人間。だがそれで飛んでいるのだ。間違いなく。こちらを、敵意を持って見ている。
それは、この世界に来たらしい、吊屋絹夫だった。あたしは一通り爆笑してしまったのだけど、その後にこいつがなぜ敵意をこちらに向けているのか、という疑問が生まれる。
「おい、殺していいぞ」
「言われなくても!」
例の光線を放つビッグバン向井。消し炭になったと思いきや、奴はやはり死ななかった。
「おい、どうなってんだ」
「こっちの台詞ですよ! なんだあの生き物は……あっ!」
「どうした?」
「レーダーが反応しています。どうやら、あれが、あの生物が時空の歪みのようです!」
「吊屋が?」
怒濤の展開である。誰が予想できたろうか。あいつが時空の歪みなんて。でも言われてみればなんとなくしっくりくるのは事実かもしれない。
探し回っても、しかし吊屋は見あたらなかった。燃料切れとのことらしく、いったんあの地下に戻ったのだが、なんとびっくり、超古代文明オテガルは見事に壊滅していた。ロボットも、人間たちも全員ぶちのめされていた。
「おい、どうしたんだ!」
「突然現れた……人間に……」
「そいつはどこに行ったんだ」
「それが……大変なんです! 時空トンネルを使って、私たちの世界へと行ってしまいました!」
「なんてことだ!」
「これは因果応報ってやつかもよ。この世界をぶちこわしすぎるから」
「とにかく戻らなくては!」
おもしろそうだったので、あたしもついていくことにした。時空トンネルとやらをくぐった先には、やはり超未来な世界があった。バカでかい、あの魔王城よりもデカくてながい建物がところとせましと並んでいる。車や自転車も空を飛んでいたりしている。が、それらが全部ぶっこわされているさなかだった。
吊屋絹夫ただ一人の手に。
あのミイラがこの世界を滅ぼしているのがやはりおもしろかったので、あたしは腹を抱えて笑うほかなかった。抱腹絶倒ってやつだ。輸血パックがおいしい。
「ちょっと! 吸血鬼さんなに笑ってるんですか! 血ぃ飲みながら!」
「あいつ知り合いでさ。あんなに高速移動したり、破壊力を持っているなんて知らなかったから」
「知り合いなんですか? 弱点ないんですか? 弱点」
「うーん。それが、ないかもしれねぇんだよなぁ。あいつ、最強なのかもしれないんだよ。なんせ、死なないし。問題はなんであいつがああなっているのかってことなんだがな」
「わかりませんか」
「まったく」
「ちっくしょぉおおおお!」
叫んだビッグバン向井は近未来装備品を手に、暴走する吊屋に向かっていったが、あえなくぶちのめされた。サラバ、向井。おまえのことは忘れないよ。
あーでもどうすんだろ、これ。収拾つかねーぞ、いろいろ。
とりあえず、あいつをどうにかするほかないだろうし、もしかするとあいつが時空の歪みなのかもしれないから、一応世界を救うそぶりくらいは見せておいたほうがいいのだろう。
ああそういやあのバッヂ。
なんかあったら呼べって言ってたな。癪だけど仕方がない。ああー酒が飲みたい。
「じくうようせいさまー」
「棒読みじゃだめですよ!」
「はええな。ずいぶん」
「待機してましたから。呼ばれるの。僕もちょうどこの世界で歪みを感知したところだったんです」
「どうすんだ、あれ」
「まぁ見ててください。こう見えて僕、だいぶ強いですから」
言って、妖精はその姿を変えた。杖を持った、厳かなじいさんの姿に。さすが時空警察だけあった。時空警察ってなにか知らないが、要するに神様みたいなもんらしい。一瞬で高速移動するミイラを捉え、拘束した。うーん、神業。
「これで時空の歪みも解消されたかもしれないですね。戻せるかも知れません。あなたを元の世界に」
「ちょっとまて。そいつはあたしの非常食なんだ。そいつをどうする?」
「厳重にこちらで管理しますよ」
「そっか。まぁいいや。じゃああたしだけ戻してよ」
「とんでもなく薄情ですね! 知り合いでしょ!」
「非常食だしな」
「一応、こっちで調べがついたら、解放してそっちの世界へ戻しますよ。これ、持っててください」
「またバッヂかよ」
「今度は僕がそっちの世界にいけるようなバッヂですので、肌身離さず持っておいてください」
「はいはい」
「それじゃ、世界への扉開きますんで、くぐってくださいねー!」
「あいよー」
・
そして私の時空旅行は終わった。処刑前の思いで作りだと思えばそう悪いものでもなかったかもしれない。
「血雨子さん、間に合ったんですね」
妖精は律儀に牢獄へと戻してくれた。しかも日時はちょうど朝を迎え、点呼をとろうかというタイミングだった。もうとんでもなく疲れてんだけどな。眠りたい。
「間に合ってはいるが、しかし弁護士はやっぱり見つかりそうもなかったぜ。あたしがあたしを弁護してみるとするよ」
「かつて自己弁護で勝った裁判なんてないよ、血雨子」
「とはいっても、本当に見つからなかったんだ」
見つける気も、全くなかったんだけどな。
・
「静粛に! みなさま! 静粛に」
ざわめく法廷ってやつ。こりゃ、裁判っていうよりかは、アレだな。コロッセオだな。処刑を楽しみにしている連中が、こぞって好奇の目をしてこちらを見て来やがる。みんなあたしの死を待望しているに違いない。
「これより、『ゴーストタウン連続殺人事件』の裁判を始めます。被告、赤音血雨子!」
やっぱりコロッセオだ。この歓声は裁判ってもんじゃねーよ、全く。赤コーナーじゃねーんだから。
「検事『』!」
またも湧く場内。
あいつが例の『』検事か。いかにも悪辣な顔をしていやがる。自らの正義が絶対的な正義って勘違いをしていそうなな。
「まず事件の詳細から。ゴーストタウンにおける一連の殺人事件。被害者は必ず首元に傷を負い、失血してしまっている。主に飲食店『下衆』の近くで事件が起きていることから、周辺を捜索。すると、血を吸う人間を目撃。それが吸血鬼であり、これまで様々な人間を殺してきたであろう赤音血雨子被告であった。ゴーストタウン自警団はこれを確保。ただちに投獄し、今回の裁判が開かれるまで保護。検察の求刑は、死罪である。では、これより裁判を始める!」
「長い解説をありがとうございます、裁判官さん。いえ、この事件はもうすでに裁判など開く必要などないのですよ。犯人は吸血鬼であるこの目の前にいる赤音血雨子被告に決まりきっているのですから。とはいえ一応、検事としての一通りの仕事はしておきましょうか。まず被害者はすべて酒場『下衆』の周辺で死んでおりました。すべて人間は、首元を短刀のようなもので切られて死亡。これは吸血したことを隠すような隠蔽工作かと思われます。被告赤音血雨子は、この酒場『下衆』の常連だったとのこと。活動範囲もこの近辺だったということでしょう。さぁ、もうこれで疑う余地はないというもの! どうです、被告!」
わき上がる歓声。腹立つなーこいつら。
「まーそんな感じじゃねーの。とっとと終わらせようぜ。あたしはどうでもいいんだ。こんな裁判なんて。ついでにいえば、おまえも、この場にいるすべての人間も、どうでもいいんだ」
ブーイング。どうせあたしがなにをいってもこいつらは耳を傾けやしないさ。
「あなたは抗うつもりすらない、と? これではまったくなんの味気もありませんねぇ」
「ああ、ないさ。こびへつらうつもりもないね」
変に言い立てて、こいつに花を持たせるのもイヤだからな。
「静粛に! 静粛に! では被告。容疑を認めて、閉廷をしてもよいと? 求刑は死罪。飲み込めば命はなくなる。未練はないのか?」
あるわけねーだろ。
言おうとした瞬間だった。
「ちょっと待ったァ!」
胸にくくりつけていたバッヂが急に光り出して、見覚えのある人間が姿を現した。
ーーこの声は。
「誰だっけ」
「ちょっと! 血雨子さん! せっかく救世主のように出てきたって言うのに誰だっけはないでしょうよ!」
「なにしてんだおまえ」
時空をさまよっていた時に見た吊屋ではなく、平時の状態に戻っていた。どうやらあの妖精がなんとかしたらしい。
「なにするもこうするもありませんよ。血雨子さんこそなにしているんですか」
「裁判だよ。見りゃわかんだろ」
「ええ、そうですよね。そうでした」
「ん? 知っていたのか?」
「裁判官! ワタクシ吊屋絹夫。これより被告赤音血雨子氏の弁護をしてもよろしいでしょうか!」
「うーむ。事前の報告がないとなると……」
「まぁまぁ、ここはいいじゃないでしょうか。なにせ、あまりにも不気味すぎる。死罪をここまで穏やかに飲み込んだ被告を私はかつて見たことがありません。裁判官。どうでしょう。ここは特例として、認めるというのは」
またもや騒ぎ立つ場内。うるせーな、こいつら。
「静粛に! 君、名前は」
「ミイラ探偵、吊屋絹夫でございます」
「ふむ。被告との間柄は」
「助手と探偵でございます」
「ちげーよ! あたしは助手になんてなったつもりはねー!」
「こうは言っておりますが、助手と探偵でございます」
「ふ、面白い! ミイラと吸血鬼コンビね」
「ふむ。よかろう。特例として赤音血雨子の弁護を認める!」
「ちょっとまて! 被告当人に選択の余地はないのかよ! あたしはこいつに弁護なんて頼む気はねーぜ」
「血雨子さん。裁判官がこう言っているのだから、もう手遅れです。ぜひとも、このミイラ探偵吊屋絹夫にお任せくださいませ」
「……はぁ」
めんどくせー。やっぱり死ぬことよりめんどうなことってのはあるみたいだぜ。
「では改めて、開廷! 弁護人吊屋君、どうぞ」
「裁判官、ありがとうございます。まず今回の『ゴーストタウン連続殺人事件』ですが、確かに事件そのものは同一犯によるものとみられます。が、しかし。まだまだ決定的な証拠というものがないのではないでしょうか? 我が助手が犯行をしたという!」
「証拠、ね。証拠なら十分にある。まず被告が吸血鬼であるということ。大勢のゴーストタウンの住人からも確認がとれているし、なにより被告自身認めているところ!」
「だからといって……」
「さらにね、どうやら血が吸われているらしいということが、状況的に明らかになっているのだよ、吊屋君」
「状況的?」
「我々の調べによると、被害者の体内にある、あるいは出された血の総量が、明らかに少ないのだよ。これが一体なにを示すのか。単なる通り魔的犯行ではない。目的は血の奪取。つまり吸血鬼の仕業、と。そう繋がってくるのだ。酒場『下衆』の近辺にいる吸血鬼は被告しかいない。だからこそ、決定的なのだよ。犯人は赤音血雨子で間違いがない!」
「ぐっ……」
「ほら、もう無理だろ。あきらめろよ、ミイラ。あがってんだよ。証拠は」
「血雨子さん。まだあきらめないでください」
そのときのミイラの目は、今までみた中で、一番頼もしいものだったのだけど、一瞬後にどうでもよくなった。なぜならアホづらでこんなことを言ったからである。
「死んでみますか」
「……は?」
静まりかえる、場内。
「死んでみますか、と言っているんです」
「ちょっと待て。吊屋。おまえなにを言っているんだ」
「私はこの通りミイラです。死んでも死にません。言いたいことが色々とあるのですが、一度この場で死んで見せたいと思います。ほら、血雨子さん、いつものように私の血を吸ってください」
「なに考えてんだ? おまえ」
「このミイラ探偵にお任せください」
「急になにを言い出すのかと思えば。それでどういう結論が導き出されるというのです?」
「それは一度死んでみせてから、申し上げますよ、検事。さぁ、血雨子さん」
「まぁ、そういえば腹も減ってたし」
こいつの血を吸うのも、これで最後かもしれないな、なんて思ってあたしは首筋をかみつけた。結構美味いんだよなぁ、こいつの血って。
「ほら、もうここで罪の証明をしているようなものですよ! 噛んでいる箇所も被害者の傷跡と同じです」
ばたり。ミイラは死んだ。
「あー美味かったぁ。最後の吸血だね、こりゃ」
「ミイラ復活!」
「君がミイラとして死なない存在というのは理解できたが、それでなにが言いたいんだい、君は。え? ミイラ探偵君!」
「裁判官! ここで私は一つの証拠を提出します!」
言ってミイラが懐から取り出したのは、血塗れのノートだった。
「弁護人吊屋君。それは一体なんですか。血塗れですが」
「うわぁ! 本当だ!」
「気づいてなかったのかよ!」
「大丈夫です、まだ中身はみれるんで。裁判官は『夢日記』というのをご存じですか? 自分が寝るときにみた夢を日記につけるというものです。これは、私の『死に日記』です。『夢日記』みたいなものだと、そのように解釈してくれれば間違いがないです」
「もう少し詳しく説明してくれるかね」
「私は殺されたときに、殺した人間の潜在意識へと飛び込み、読みとることが出来ます。何か自分への足しになることがないかと、私はこの日記をずいぶんと前からつけていました。この一冊のノートは、被告、赤音血雨子さんと出会ってからの『死に日記』です」
「おまえ、そんなもん付けてたのか」
「裁判官! まず一ページ目から読み進めて行ってください! そして読み上げてください!」
「よいでしょう。ええっとなになに」
『 今日は、楽しかったよ。ミイラは吸血鬼と出会ったよ。ごはんはピザをたべようとしたけど、吸血鬼とパスタを食べたよ。とてもおいしかったから、また生きたいと思ったよ。ミイラだけに 』
「……すごく、小学生の書きそうな文章が並んでいるんだが」
「ああ、これは失敬。色々な文章をその日のノリで書いているもので。読みづらければ裁判官、そこらへんは読み飛ばして、『その日の死に様』のトピックを読んでいただけますか」
「ううむ……ごほん」
『その日の死に様
今日は吸血鬼に殺された。死因は失血死。彼女、赤音血雨子の心は複雑怪奇だが、しかし一片の同調を感じる。これは何だ? 運命か? 全く読みとることができないそのありさまを、私は追いかけてみようかと思う』
「君は彼女に殺されて、好奇心を持った、ということが記されているようだ」
「その通りです、裁判官。私はそれと同時に、探偵の業務を始め、助手の血雨子さんとともに難事件を解決してきました」
「難事件でもないし、あたしは助手じゃねーって」
「その後の日記を見ていただければわかりますが、私は血雨子さんに殺され続けています。弁護の言い分としては、彼女は私の血を、私と出会ってから、吸い続けています。だからほかの人たちを殺す必要などないのです! それは私の『死に日記』を見ていただければ明らかです」
「ふむ。なるほど」
「私は同時に、彼女に殺されるごとに、私は彼女の謎について、深く思索するようになりました」
「彼女の謎、とは?」
「潜在意識が見えてこないということです。私は探偵として、助手の彼女の心を理解したい。そんな気持ちが先立ちながら、彼女に殺され続けました。そして少しだけわかったことは、彼女は二面性を持っていること。ある一面は、人殺しとしての、吸血鬼としての彼女。もう一面は、人間としての彼女。そして、その一面の奥には、とてつもない負の感情がある、ということでした」
「負の感情、それはそうでしょうよ。なぜなら吸血鬼なのだから!」
「そうです。吸血鬼だから、です。実は私もこの感情の正体を知っていました。自らに定められた運命を呪う時、このような負の感情を出すのだと。それは私がミイラであるということが定められ、それが呪われるべきものであると知った時のことと酷似しておりました。すなわち、彼女は絶望しているのだと、そのように理解しました」
「続けたまえ」
「そこで、彼女が捕まる前日。私は彼女に殺されました。そのときに出てきたのは、とてつもない……途方もない諦観の感情。この世に対する、諦め。そのようなものでした。そんな彼女が捕まったらどうなるか。なすすべもなく、死罪を受け入れるだろうと思いました。止めなくてはならない、と。探偵である私は、思い立ちました。この謎を……この負の感情の正体を封じ込めるすべを求めるようになりました。私や、血雨子さんや、ゴーストタウンにいる、異形の存在の正体は、そもそもなぜいるのか、という根本的な謎に迫りたいと考えるようになっていたのです。そこで私は、時空を旅しました」
「君、一気に話が飛躍しすぎだよ!」
「時空を旅したのは、複雑な理由があったのです。私は過去の探偵業で、一人の偉大なる魔法使いと会いました」
「まさか、あの坊ちゃんのことか?」
「そうです。宇宙を越えて旅をしていた彼は、あの館跡地に構えていた私の事務所の元まで戻ってきて、こんなことを言ったのです。『世界が崩壊しかかっている。鍵は君と、血雨子さんが握っているようだ』と。同時に手渡してきたのは一冊の本でした。宇宙の果てで手に入れた、時空を越える絵本『裸でドラスティックな王様』でした」
「突っ込まないぞ。もう」
「絵本『裸でドラスティックな王様』を広げた私は、原始時代へと時空旅行をすることになります。相楽さんからそのように説明を受けたからです。そこに、一人の人間がいる、と。私は原始時代で実際にその人間に会いました」
「その人間とは?」
「『創造者』とだけいいました。彼は私が来るのを待っていたようです。創造者は私にこのようなことを言いました。この世界は、正を生み出すために創られたのだと。正のエネルギーが、世界を覆うように創られたのだと。しかし、正のエネルギーだけでは世界は膨らまず、一方向に広がり続けてしまう。だから、対極となるエネルギーがどうしても必要だったのだと。バランスをとるために、必要なのだ、と。その負の感情が生み出したのが、我々のような異形の存在なのだと言っていました。私もその一人。負の感情を生み出し続けるために、死に続けるよう設計されたのだと。正の対極として、生み出されたのだと」
「なんと……」
「しかし創造者はこうも言いました。負の感情もまた、正に転ずる瞬間が訪れる、と。その時に世界はさらなる広がりをみせ、途方もない美しさをもたらすだろう、と。が、それは設計されていないこと。その存在の意志でどうにかねじ曲げなくてはならないことらしいのでした。今、その負を持つ存在が、正へと転換しようとしている。だが、その存在はそれを受け入れようとしていない。だから、時空の歪みが起こっているのだと、創造者は言いました」
「もしかして……」
「そう、なのです。そうなのですよ。血雨子さん。あなたがその時空の歪みの原因だったのです。負から正へ、転換しようとしていたのです。だけど、受け入れることが出来ていなかった。あなたがあの原始時代へと来たときに、その正とも負とも言えないエネルギーは暴走してしまった! 血雨子さんは気がつかなかったでしょうけれど、私はそのエネルギーによって、凶暴化してしまったのです!」
「そこからは僕が説明するよ」
バッヂから現れたのは、時空妖精のピエルだった。
「血雨子さん。あなたはすでに、負の感情をなくしている。だからこそ、負の感情を欲していたんだ。今まで当然あったものが、なくなっているから。でも受け入れなくちゃならない。自分が正に転じているのだということを。吸血鬼が吸血鬼のまま、正に転じているということを。わかるかい? これが最後の最後。君に残されたやるべきことだよ。死んじゃいけない。なぜって、君にはやるべきことがあるから。この世界のこの場所で、正のエネルギーを持ち、吐き出し続けなければならないのだから」
「あたしが、やるべきこと……」
「そう。あなたはずっと悲しんでいた。人を殺すこと。人を殺しながら生き続けること。そこに、一体何の意味があるのか。悩み苦しんでいた。負のエネルギーを、吐き出し続けていた。そうだね? でも、ミイラと出会った。殺しても死なない、ミイラと出会った。そのときに、血雨子さん。あなたは自分の苦しみや憎しみや、運命が、少しでも和らいだ。もうこれ以上人を殺さなくてもいい、と。実際にあなたは、吊屋さんの血だけを吸い続けた。その結果、負のエネルギーが、少しずつ正へと向いていった。けれど、認めなかった。ずっと、これからも、これから先も変わらないだろうと、あきらめていたのだから! けれど、認められるかい? もし認められるのであれば、その時、すべてが祝福されるはずだよ」
「祝福」
そうか! そうだったのだ!
ぶおーん! ばりばりがっしゃーん!
そのときあたしの視界が晴れやかになった。
同時にあたしの心も晴れやかになった。
これが、祝福?
そうなの?
ゴーストタウンは、光で照らされた。
終わることのない宴が繰り広げられた。
ここは『外れゴーストタウン』
正しいものたちから外れた、負の感情とエネルギーを持った者たちが集う町。
でもそれは今、解き放たれた。
負は、正へ。
正はさらなる進化を遂げ。
躍動する。
膨らみ。
爆発する。
そして、宇宙は崩壊した。
ゴーストタウンは、世界そのものだった。
あたしの意識も。
すべての意識も。
宇宙そのものだったのだ!
・
エンディングテーマ
僕たちの明日 ~ ゴーストタウンの仲間たちと ~
ウォウ~
ウォウウォウ~
ワン! ツー! フォー!
僕たちに出来ること
夢と希望と愛を語る?
そんなことじゃないのさ
(台詞)
少年(照れ笑いをしながら)「ラララいいぜ! こいよ! 明日はいつだって、ミラクル仰天!」
少女(覚悟を決めたように)「ふふふそうさ! いっくぜ! ゴーストタウン!」
(台詞終わり)
スト スト ストン
ストレンジ、ストレンジャー
スト行為
俺たちのなすこと やること ぜんぶ変?
だって俺たちゴーストタウンの仲間たち!
ああ辛い 誰もが私を見ている
あの手 この手で焼き尽くそうとしている
辛い日々はこのまま続くのだろうか
だけどバースト!
この身バースト!
焼かれたってへっちゃらなのさ!
このまま行こう
でもたまには休息だってするのさー
ウォウ
ウォウ!
ワン! ツー! ファイブ!
みんなで酒を飲めばほら!
めでてー!
ちゃんちゃん
黙示録? 世界が一周したとしても
世界が一周したあとの世界を知っているか、なんて創造者とやらに聞かれたのだけど知っているわけもなかったから、「知るかボケ」とだけ言ってやった。
創造者とやらはそれでもにこにこしてあたしのおかげうんたらと言ってきて、記憶を保ったまま新しい世界へ誘ってくれるとのことだった。あたしはあの吸血鬼の記憶なんてどうでもいいと思ったのだけど、なんというか、捨てるに捨てられない自分というのもいた。掃除している時に、「あ、これ、しょうもねぇけど捨てられねーな」みたいな感覚と似ている。
だからしょうもねー記憶はしょうっもねー記憶として、新しい世界のあたしに宿った。
「ねぇねぇ悠子、宿題やった?」
「ん? ああやったよ」
あたしは吸血鬼でなくなり、ただの人になった。おまけにここはゴーストタウンのような頭のおかしい連中は一人としていない。いるのはまともすぎるくらいにまともな人間だらけだ。
中瀬悠子。
それが今のあたし。
日本って国で、女子高生をやっている。
吸血鬼の記憶が思い出せるようになったのは、この高校に入ってからのことだった。
願えば、いつでも消せる、と。
創造者はそうも言った。
吸血鬼だったころの記憶は忘れて、赤音血雨子であった時の記憶も忘れて、また中瀬悠子をやれるのだと。
記憶が戻った時、はっきり言って、最初は困惑してパニックに陥った。なにせ突如人格が分裂するかのような経験をしたのである。なのだけど、段々と中瀬悠子である私はひどく懐かしさをその記憶に見いだして、順応した。日本人であり、中瀬悠子であるあたしも、あのころと大して変わらない性格をしているのだ。
「今日さ、転校生くるんだって!」
「転校生? こんな田舎の学校に?」
「そうだよ。都会から来たんだって。しかもしかも、話には超ーイケメンだって話だよ?」
「イケメン、ねぇ」
「悠子ってぜんぜん浮いた話ないじゃない? これを機にねらっちゃえば?」
「面食いなわけじゃねーし」
「またまたぁ。確かにここは田舎だけどさ、あたしたち、花の女子高生だよ? ここで恋愛しなきゃ!」
「恋愛ねぇ。ま、考えておくよ」
「運命の人がさ、転校生として現れたら、とんでもなくない?」
「運命の人なんて、そうそういないもんだよ」
「私は信じる! 運命があるんだって。あ。来たよ、ほら」
担任が入ってくる。
その時、あたしは転校生という予期せぬイベントに、少しだけわくわくしたのだが、同時に、なぜか心が穏やかになったのを感じた。
「えー。みんな、もう噂で知っているかもしれないが、今日は転校生がいる。古谷君! 入ってきたまえ」
「古谷喜久夫と申します! みなさま、どうぞどうぞ、お願いします!」
そんで。
見てわかった。
ああ、こいつ。
あの糞ミイラだって。
身振り、手振り。
見ただけで殺したくなる。
吸血鬼だった頃のあたしは。
もういないはずなのに。
手をグーで握りしめていた。
「なにか古谷君に質問はあるかい?」
真っ先に、手を挙げた。
「珍しいね、中瀬さん」
「いいですか、質問」
「ええ! なんなりとどうぞ!」
「将来の、夢は? あるいはなりたいもの。あこがれの職業は?」
「よくぞ聞いてくれました!」
バカみたいな顔で、やっぱりあいつはこう言うのだった。
「探偵になることです!」
あたしはかけつけて、思わずグーで殴りつけていた。殴られた古谷は意味も分からず、ということだろうけど、あたしを見上げてなぜか笑っていた。あたしは満足げに、そのバカを見下ろして、決意する。
これで、記憶はなくそう。
それで、なにも知らないあいつと。
なにも知らないあたしで。
もう一度この世界で。
バカみたいなことをやってやるんだ。
おしまい