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フランケンシュタインの怪物

いつも通り、杉三が庭はきをしている。

高見沢校長がやってきて、

高見沢校長「だいぶ寒くなってきたな。」

杉三「そうですね。」

高見沢校長「いつもその着流しで、へいきなのかい?」

杉三「はい。お気遣いは不要です。」

高見沢校長「ははは。大分、口調もしっかりしてきたじゃないか。」

杉三「そうですか?」

高見沢校長「うん、素晴らしい成長だ。」

高野がやってきて、

高野「校長、ちょっときてください。」

と、校長のてを引っ張って、職員室につれていく。

高見沢校長「一体なんだね、そんなに切迫して。」

高橋「これをみてください!」

と、ある新聞をドシン!と広げる。

高橋「いいですか校長、わが校が、静岡県統一学力調査で、最下位になりました。」

高見沢校長は、新聞を見る。確かにそう書いてある。吉田高校が、最下位を喫した、あの名門校はどこに、という内容である。

高見沢校長「それは皆さんが悪い!その答えを生徒はちゃんと知っています!」

高野「だったら校長、あのあきめくらの庭はきを解任してくださいよ、あの男の存在に、どれだけの生徒が騙されてきたか、校長もよくわかりますよね?」

高見沢校長「いいえ、いたしません。彼は、生徒たちにとっては、大切な人物です。それをやめさせたら、生徒はたいへんなことになります!」

高橋「校長、民間校長のくせに、そんなことを言う権利はありません。大体、私たちのすることは、生徒に厳しさを教えて、人生を生き抜くちからを与えることです!」

高見沢校長「二人とも、進学率というものに心を奪われてしまっているようですが、そんなものはなんの意味もありません!」

高橋「校長、世間知らずもほどがあります!世間は学力重視になっているのです!」

高見沢校長「確かにそうですが、お二人はやりすぎというものも知らないようですな!まず、お二人のたとえは、誰でもすぐわかりますよ!」

高橋「校長、それよりも切羽詰まったことがあります。来月に、新しい私立学校が開校しますよね。それに生徒をとられて、吉田高校が定員割れでもしたら、校長の責任になりますよ!」

高野「学校の長であるあなたが、そんなに感情的になっては、わが校は一層評判がおちますなあ。」

高見沢校長「まったく関係でありません。かってにやらしておけばいいところです。」

高橋と高野は、話にならないなあ、と、大笑いしながら教室へむかう。

数分後、高見沢校長のスマートフォンがなる。

高見沢校長「はい、もしもし。」

聞き覚えがある女性の声。堀越高校の真紀子だ。

真紀子「高見沢くん、わたしよ、真紀子。」

高見沢校長「いったいどうしたんだよ。」

真紀子「まあ、そんなに落ち込む高見沢くんをみたのは、何年ぶりかしら。」

高見沢校長「で、なんのようだ。」

真紀子「こんど、富士市に新しい学校ができるでしょ、そこに堀越から、清という教師が、赴任するのよ。高見沢くんは、民間人なんだから、私たちより、縛りがきつくないわけだし、かれのこと、応援してやってね。」

高見沢校長「堀越からなんでこんなところに。」

真紀子「新しい高校、創学高校というんだけど、心が傷ついている子供さんのための高校なのよ。あたしたち堀越の分身みたいなものだわ。なんとも、うつ病になった民間校長が作ったとか。そんなだから、ぜひ、高見沢くんも、応援してあげてね。」

と、電話は、切れてしまう。

さらに数日後。

杉三は、相変わらず、庭はきをしていた。すると、真新しい制服をきた女子生徒がとおりすぎた。母親も一緒にいたが、疲れているけれど、優しそうな女性だった。

杉三は、この生徒に見覚えがあった。

同時に、彼女を見ている人間は何人かいた。

高野「全く、あそこへ逃げるとは!」

高橋「まあ、宛が見つからなくて頭をさげてくるでしょう。」

実は、この生徒は、昨年の学力試験の、チャンピオンであった。しかし、すぐに退学してしまった。なんと、心を病んだという。その時は高橋も高野も大騒ぎをしたが、彼女は二度と吉田の敷地は

またがない、と公言していた。

愛子は、教室の窓から彼女をみていた。

里森「仕方ないよ、愛子さん。むしろ彼女には、ここではないほうがいい。」

愛子「そうだったわね。あのとき、千香さんにたいして、高橋はなんていったかしら。でも、まだ、新年度ではないのに、なぜいまから学校にいくのかしら。」

優子「特殊学校には、編入という制度があるから、必ずしも四月入学とはかぎらないのよ。」

愛子「そうでしたわ、先生。彼女、心の傷はなくなったのでしょうか。」

優子「まだ、お医者様には、午前中しか、学校にいけないんですって。」

生徒「へえ、午前中ならあそべるね!」

生徒「あたしたちにはこんなに勉強を強制しておきながら、おとなりは午前中で終了なんて、不公平じゃないの!」

優子は、しまったという顔をする。

生徒「本当だよな、俺らだって、反抗する権利はあるはずだぜ!」

高野が飛び込んできて、

高野「馬鹿者!静まれ!」

静まるどころではない。

高野「いいか!隣の学校の生徒はな、正しい生き方をしなかったせいで、きがへんになった、逆を言えば頭がおかしくなったものなんだ!そういう人間は、いずれ、刑務所にいかされるだろう!お前たちは、通常の生き方ができるように、俺たちが指導してあげているのだから、ありがたく思え!」

生徒たちは、やっと黙る。

高野「授業を始めるぞ!」

優子は、ありがたくもあったが、疑わしくもあった。

しかし、ある男子生徒の唇から血が流れた。名前を錦野亜紀夫といった。しかし、誰も、彼の方をむこうとはしない。恐ろしく太っていて、制服も、追い付かないほどであったからだ。まるで、相撲取り、という生徒もいたが、女子生徒は、フランケンシュタインの怪物、とまでいった。亜紀夫は、友達がなかった。頭がよくなれば友達ができる、と言われて、その通りにしたがなんの意味もない。


回想、亜紀夫の中学時代。

同級生たちが亜紀夫のまわりにあつまってからかう。

同級生「お前なんか、一生恋愛なんか、できないだろうな!」

同級生「そうさ、豚よりも、太っていて、脂肪だらけだろうな。」

同級生「あーあ、まもなく、脳梗塞かなんかで、死ぬさ。」


高野「錦野!」

亜紀夫は、高野をみた。

高野「お前も、国公立にいかないと、大変なことになるぞ!お前みたいな気持ち悪い容姿をしたものほど、社会で学歴が必要と、わかるはずだ。少しは運動せい!」

亜紀夫は、なにもいわなかった。少しは運動せいといわれても、しかたない。

授業がおわった。誰も、亜紀夫のことは気にもかけなかった。

愛子は、遠くからみているしかできなかったが、かわいそうなきがした。

里森「仕方ないよ。彼が悪いわけじゃない。リウマチを直すのは、ステロイドしかいまのところないから、ああなってしまうんだろう。」

愛子「他にいい薬はないの?ふとったひとは、いっぱいいるけど、あそこまでだと。」

里森「ないんだよ。お父さんにもきいてみたけど、あそこまでひどくなると、ちっとやそっとの薬では、使えないみたいだよ。」

愛子「そうね。あたしたちは、どうすることもできないのね。」

里森「愛子さんは優しいね。」

愛子「そんなことないわ。」



放課後。杉三が、掃除道具を片付けて、車椅子でかえろうと、正面玄関の前ををとおる。

亜紀夫が、足を引きずりながらとおりかかる。

杉三「足、いたいの?」

亜紀夫、だまったまま通りすぎようとするが、そこに激痛が走る。

杉三「無理をしてはいけないよ。こっちへきて。」

と、彼を中庭のベンチまで、誘導する。

杉三「座りなよ。」

亜紀夫は、杉三にたいし、なんといって良いかわからなかったが、とにかく足がいたいので、そこへ座った。そして、いくつか錠剤を鞄からだし、口に放り込むと、持っていた水筒の水で一気に流し込んだ。

亜紀夫「なにか食べたい。」

杉三は、自分の風呂敷包みから、栗の渋皮煮をいれた箱を取り出し、彼に手渡した。亜紀夫は、あっという間に食べてしまった。

杉三「よく食べるんだね。」

亜紀夫「そうだよ。薬のせいでこうなるんだ。薬をのまないと、痛みがとまらない。昨日なんかラーメンを十三杯食べたんだ。みんな僕のことを気持ち悪いという。」

杉三「フランケンシュタインみたいだね。」

亜紀夫「みたことあるの?映画。」

杉三「吹き替えしかないけれど、ある意味、似たようなところがあるようなきがしましてね。あの怪物は、人がつくった。それが辛いんですよ。」

亜紀夫「どういうこと?」

杉三「だって、貴方も、生まれたときはそうじゃなかったんだ。薬のおかげで、そうなったわけですから、なんにも罪はないんですよ。映画の怪物だってそうです。あの、ビクターという人が、自分の名誉のために作ったんですから、同じことです。あの怪物は、寂しかったんだとおもいますよ。だって、奥さんをほしいといって、それが叶わなくて大暴れをせざるを得なかったんです。」

亜紀夫「でも、あの怪物は、悪人でしょうが。いろんな人を次々に殺害していって。」

杉三「僕は、彼がそうなってしまった理由がよくわかるから、哀しいんです。そして、あなたも、同じ。つまり人が、作った人間は、結局のところ、善にはなれないんですよ。あるのは、怒りだけなんです。貴方も、薬でそうなったわけだし、薬は人間が作ったものですから、貴方も、ほぼ人造人間といえますよ。あの怪物は、本来であれば善だったけど、人間って、どうしても、変な風に見ちゃうから、悪になってしまうんです。悲しいけどそれが、いまの時代だから。」

亜紀夫「僕はどうしたらいいんですか?杉三さん、僕は、容姿がきれいでもないし、ここまで太りすぎて、逆に体力もないのです。僕も、フランケンシュタインの怪物も言ったけど、友達ができない。こんな気持ち悪い体では、あなたとは訳が違う。あなたは、どちらかたと言えば、歩けないということを除けば、すごくおきれいですよね。だから、フランケンシュタインの怪物の心情は理解できないとおもうんですよ。」

杉三「そうかな?」

亜紀夫「映画見ただけでしょう。それだけで、きもちがわかるわけじゃない。」

杉三「ではもし、フランケンシュタインの怪物が、」

亜紀夫「は?」、

杉三「いるとしたら?」

亜紀夫「どういうことでしょうか?」

杉三「運動のつもりで、ちょっときてもらえませんか?」

亜紀夫「ど、どこに!」

杉三「商店街です。いきましょ。」

と、いって、車椅子を操作する。

亜紀夫は、あわてて立ち上がり、杉三のあとをついていく。

商店街は、いつもごちゃごちゃしている。強い人、弱い人、人は色々である。

そのなかで、大塚とかかれている店に、杉三は、何も抵抗なくはいっていく。

亜紀夫「なんですかここは、」

店のなかは、何十の反物がいっぱい。紬から、ポリエステルまでずらりと並んでいる。

杉三「こんにちは。お弟子さん候補者をつれてきたよ。」

亜紀夫「お弟子さんって、誰のことですか?」

杉三「おばちゃんいる?」

声「はいはい。いまいきます。」

日本語ではあるが、なんとなく、発音に訛りがあった。

と、同時に、相撲取りの小錦みたいな容姿をした、黒人のおばさんがあらわれた。

ヒラリー「こんにちは、ヒラリーともうします。」

そういって、ヒラリーは、名刺をみせた。仕立屋、ヒラリー桜、そう書いてあった。日本に帰化した、と彼女は言った。

ヒラリー「今日は何を仕立てるの?」

杉三「はい、この人に一番似合う服を。」

ヒラリー「まあ、お若いかたね、じゃあ、長く仕えるものがいいよね、羽織袴にしようか。」

亜紀夫「僕は、和服の着方はわからないのですが。」

ヒラリー「日本の方が自分の民族衣装を着れないなんて恥ずかしいわよ!それに、着物は若い人から年寄りになってからも着れる。洋服は、体格がかわったりしたら大変だけど、着物はお直しができるから!わからないところはおしえてあげるから、つくって差し上げます。生地は何にしようか。動きやすいから、大島か牛首にしようかな。」

杉三「牛首がいいですよ。少しおもいけど。」

ヒラリー「わかりましたわ。じゃあ牛首にしよう。お名前なんだっけ。」

亜紀夫「錦野亜紀夫です。」

ヒラリー「錦野さんね、綺麗ななまえじゃない!じゃあ、スリーサイズはかるね。」

と、彼の体にメジャーを巻き付ける。その数値をみるのが亜紀夫は、大嫌いだったが、ヒラリーといっしょだと、怖くなかった。

亜紀夫「どうして、外国の方が、きものを仕立てるようになったのですか?」

ヒラリー「アメリカは、人種差別がひどいからね。あたしみたいな黒人は、仲間はずれにされることが多いのよ。」

亜紀夫「そうですか、、、。」

ヒラリー「でも、着物は黒人であっても、ゆるしてくれたわ。私、過食症になってしまって、アメリカでは、怪物と言われてきたけど、着物は、それでも着れる、魔法使いみたいなものだった。」

彼女は、ラバーズコンチェルトを英語で歌い出した。サラ、ボーンも顔負けの良いこえであった。杉三も、歌い出したが、細く、力がない声で、ヒラリーは、笑っていた。

ヒラリー「はい、スリーサイズ、測りましたよ。じゃあ、できあがったら、連絡するから、お宅の番号、教えてくれる?」

と、メモとペンを出してくる。

亜紀夫「はい。」

と、自分の名前と住所、電話番号をかく。

ヒラリー「はい、承りました。じゃあ、できたらまたきてね。きっときものをきたら、いい男になるよ。日本の男は、着物着るとすごくかっこよくなるって、私はしってるの。鼻の高い男より、低い方がにあうのよ。着物は、そういうものだから。」

亜紀夫「杉三さん、フランケンシュタインの怪物とは、全然違うじゃないですか、とても優しいおばさんですよ、このひと。」

杉三「そうなるまでには、何年もかかったんだよ。この人も、怪物だったんだ。ながい、人種差別のせいで。」

ヒラリー「そうだね。私もよくモンスターといわれていじめられたよ。白人でもないし、たいした金持ちの家でもないしね。私は、精神科で、長く入院していて、こんなに太ってしまったし。それに、白人と黒人は、入れる病棟も違ったりして、かえってひどくなる黒人は多かった。だから、、、こっちへ来て、着物の勉強をしたんだ。私、フランケンシュタインの映画みておもったんだけど、あの怪物は狂暴じゃなかったとおもう。伴侶がほしいのは誰でも思うことだし、普通に暮らすのを望んでいたわけだから。回りの人は、いろんなことをいう。それが、知らず知らずに怪物にしていったんじゃないのかなあと。」

亜紀夫「実は僕、、、。」

杉三「どうしたの?」

亜紀夫「本当は、あいつらを殴ってやりたいほど憎いんだよ。高橋も高野も、みんなセイセキのことをバカにするんだもの。いつもいい点をとれといっておきながら、僕がこんな容姿だから、よい点をとってもほめてくれはしない。僕も、本当は反乱もしたいよ。だって、この間の定期試験で、トップをとったのは僕なのに、なにも誉めてくれない。だから、学校なんて、いらないんだ。」

杉三「だったら捨ててしまいなよ、君は、余計に怪物にされてしまうよ。そのためにきたんだから。ここへ。」

ヒラリー「アメリカで暮らしていれば、たくさん受け皿はあるけど、大体が白人になるから、あたしは日本の方がいいな。あたしも、杉ちゃんに賛成する。日本は、余分なことばかり教えるから、まったく意味がないと思うよ。」

亜紀夫「そうだね、、、。僕も怪物にはなりたくないし。」

ヒラリー「そうよ。一日もはやく、こっちへきてくれる日をまっているから。」

亜紀夫「わかりました。ほんとうに、もう帰らないと。家の者が、心配してしまいます。」

ヒラリー「そうだね、あなたは、あなたのままでいいんだからね。」

と、亜紀夫をひしとだきしめる。

ヒラリー「人間が先、点数はあと!」

と、亜紀夫と杉三を店の外へ送り出していく。


吉田高校

高見沢校長「やれやれ、また退学者がでてしまったか。」

杉三「仕方ありませんよ。」

高見沢校長「高野も高橋も困ったものだ。あの二人、退学者がふえすぎていることに、気がつかないのだから、こまったものだ。」

杉三「進学率なんて、どうでもいい。」

高見沢校長「実は、来年度から、県下学力試験には参加しないことにした。でないと、学習塾やらに研究されて、全く意味がなくなってしまうからな。」

杉三「そうですか、校長もなかなかやりますね。」

高見沢校長「ほんとうに、教えることはなんなのか、よく考える時代になってきたな。」

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