紅
紅
登場人物
影山杉三
佐野愛子
宇佐美優子
高橋
高野
高見沢校長
末田千秋
小沢朋子
出勤する優子。敷地内の駐車場に車を止め、職員室に向かう。
隣に軽自動車が止まる。小沢朋子という、中年の女性教師が降りてくる。その格好は普段の朋子とは、大違いだ。いつもならジャージのままなのに、今日はジャンバスカートを着ている。それをみて、優子はピンと来た。しかし、朋子は自分より十二歳年上である。優子が予想したことがもし、真実であれば、そんな歳で性交渉など出来るものだろうか?という疑問もあった。
朋子「宇佐美先生、」
優子「はい、なんでしょう?」
朋子「おはようございます。」
その声は馬鹿に明るい。ということは、やはり真実なのだろうか?その表情も、それを表していることがすぐにわかった。
職員室
高見沢校長「えー、皆さん、よく聞いてください。」
全員静かになる。
高見沢校長「えー、小沢先生が、お母さんになられます。」
教師「えっ小沢先生がお母さんになられるの!」
教師「あの歳で、お母さんか。でも、それならやっとだから、うんとかわいがってくれるかもしれないわね。」
朋子「皆さんありがとうございます。わたし、元気な赤ちゃんを産みますから、よろしくお願いします。」
高橋と高野は、面白くない顔をする。
高橋「いつからお休みされるんです?」
朋子「ええ、産前休暇は臨月になってからと思っています。それまで生徒たちの側にいたいし。」
高野「もっと早くなりませんか?」
高見沢校長「二人とも、それはある意味セクシャルハラスメントにもなりますよ。気をつけてくださいね。」
二人は舌打ちをする。
高見沢校長「それでは、皆さんも元気な赤ちゃんを産んでくださるように、フォローしてあげましょう。」
高野と高橋を除き、みんな拍手をする。
優子「驚きました。先生がお母さんなんて。」
朋子「ええ、子供がほしいとは切実に思っていて、いろいろ試して見ましたが、気が付いたらこの歳でしたわ。もういいやって思ったら、出来たんです。」
優子「でも先生、年齢とか考えなかったんですか?だって、もう先生は三十九ですよね。」
朋子「産婦人科でもそういわれましたけど、それは気にしてはいません。授かったものは、喜ばなければなりませんわ。」
クリスチャンらしい物の言い方だった。
朋子「赤ちゃんは神様の授かりものです。」
優子は、ある意味羨ましいとも思った。結婚したいとは思わなかったが、子供を持ちたいという気持ちは無いわけではない。
小沢朋子の妊娠は、生徒たちにも伝えられた。
数時間後
杉三は、正面玄関の掃除をしていた。
朋子が、嬉しそうな顔で、やってくる。もう帰る支度をしてある。
杉三「小沢先生、今日ははやいですね。お体でもお悪いのかと思いましたが、それとは正反対のお顔だ。きっと、世界で一番嬉しいことに遭遇したんですね。」
朋子「貴方には、かなわないわ。これから産婦人科にも行かなきゃいけないの。」
杉三「いつ生まれるんです?」
朋子「十二月の三十一日。」
杉三「はあ、大晦日ですか。それはおめでたいですね。そんなおめでたい時に生まれるわけですから、きっと幸せになれますよ。僕には、逆立ちしても出来ませんから。母がよく僕に言っていましたよ。あんたはあきめくらでも、あんたを生んだときの痛さは忘れられないって。それさえ忘れてなければ、立派なお母さんになれますと。」
朋子「生徒たちも、貴方見たいになってくれるといいと思うわ。なにしろ、騒ぎ立てるばっかりだから。もう少し、あの子達にも神聖さを教えていきたいわね。貴方も、そんなに綺麗なのに、どうしていい女性を見つけないの?」
杉三「あきめくらだし、歩けないし、、、。」
朋子「まあ、そんなこと。本当は、貴方みたいなひとが、親になるのにふさわしいと思うのに。じゃあ、もう遅くなるから、先に帰るわ。またね。」
杉三、手の甲を向けてバイバイする。
翌日。朋子が担当する、家庭科の授業が行われる。今日は調理実習で、いわしのてんぷらを作る授業。受験には必要ない科目であるため、生徒たちはのろのろとしている。
朋子「ほら、何をしているの、火をつけたら、離れないの!揚げるまで、側にいないとだめよ!揚げ物は、一歩間違えば、大変なことになりかねないのよ!」
愛子「先生、油の温度が熱くなったと、どうすれば分かりますか?教えてください。」
朋子「いいわ。」
と、愛子たちの調理台のほうへ移動する。
朋子「見てごらんなさい、油に箸を入れて、細かい泡が立ってきたら、丁度良い温度よ。」
愛子が、恐る恐る箸を入れてみる。
朋子「そうそう。愛子さん、よくできているわ。じゃあ、いわしを入れてみてご覧。」
女子生徒「先生、衣はこのくらいですか?」
朋子「そうね、もう少し必要ね。」
女子生徒「先生、どの位つければ良いのですか?」
生徒がだしたいわしは、殆ど衣が付いていない。
朋子「これでは少ないわ。先生がつけてみるから、それを真似してやって御覧なさい。」
と、生徒が出したいわしを受け取る。殆ど衣がなく生のままなので、いわしのにおいは強烈。朋子は、一気に胸苦しくなって、教室を飛び出してしまう。
生徒「つわりか。」
生徒「そういうことだな。やれやれ、お母さんになるというのは大変何ですね!」
愛子「ちょっと、そんな事言わないの!すごく神聖な作業だって、お母さんに言われるわよ。」
生徒「でも、面白いなあ。本当にああなるのか。」
愛子「まあ、あんたたち、誰から生まれたと思ってるのよ。」
と、いわしに衣をつけて揚げはじめる。
その中に、一人、冷たい顔をした女子生徒がいた。名前を末田千秋といった。
千秋「それはそうだけど、生まれてくる子供には、産んでくれて迷惑だと言う権利は無いわ。」
愛子「そんなこと言ってはいけないわよ、千秋さん。嫌でも生きていかなきゃいけないくらい、命って、尊いものじゃない。」
千秋「愛子さんはかっこつけすぎよ。貴方はちゃんと愛されてるからいいのよ、でも私はそういう家庭ではないし、、、。」
生徒「まあまあ、二人とも、喧嘩はしないで、仲良く仲良く。」
悪阻のおさまった、朋子が戻ってくる。
朋子「失礼しました。さあ、続きやりましょうか。」
愛子「先生、だいぶ揚がってきましたよ。こんな感じですか?」
愛子がいわしのてんぷらを取り出す。
朋子「そうそう、愛子さん。よくできたわね。じゃあ、今度は、エビフライを作って見ましょう。」
生徒「先生、もうよくなりましたか?」
朋子「ええ、おかげさまで。」
生徒「先生、本当に大変だと思いますが、がんばってくださいね。」
朋子「ありがとう。でも時間がたてば治まるから大丈夫よ。そうしたら、又授業ができるから。今回はごめんなさいね。」
そうしていると、授業終了のチャイムが鳴り、生徒たちは調理室から、教室へもどっていった。
職員室
高橋「いくら、赤ちゃんを宿したからだといっても、教室を出てしまうのは困ります。それに生徒の受験への熱意を潰す原因になりかねません。気をつけてくださいよ。」
朋子「気をつけようがありませんよ。こればかりは。」
高野「そうやって、女は特権意識を持ちすぎているんですな。いいですか、今の時代は男女平等と言われているわけですが、そんな特権意識を持つから、いつまでたっても世の中がよくなりません。女性が働くのは、悪いこととは言いませんが、働こうとする意思があるのなら、女性の権利を主張する前に、しっかり義務を果たしてもらいたいものですね。」
朋子「私は、怠けているわけではありません。仕方ないんです。」
高野「はあ、だから女はだめなんだ。同じ職場で働きたいといっておきながら、そういうことになると、仕方ないとか、勘弁してくれと、甘えだす。そんな態度で授業をしていたら、一番授業を受けたがっている、生徒たちに申し訳ないでしょう?教師の都合で勝手に授業を中断する。しかも病気とか怪我ではないわけですから、理由になんてなりません。もっと、しっかりしてくださらないと、生徒が一番ひがいを受けることになります。」
朋子「私は教師を辞めるつもりはありません。だったら、生徒に予めつたえておくようにします。それでいいですよね?」
高野「二度と同じ事を繰り返さないように、気をつけてくださいね。」
朋子「分かりました!」
と、次の授業のため、職員室へ向かっていく。
その様子を、別の教師に質問に来た千秋が冷ややかに見る。
昼休み、校長室。
食事をしている、高見沢校長と、杉三、愛子。
愛子「全く、高野も高橋も頭に来るわ。女はだめだなんて。朋子先生がかわいそうよ。一番の被害者は、生徒じゃないわ。そんな事もしらないのかしら。」
高見沢校長「ははは、愛子さんは、いいお母さんになれそうだね。」
愛子「あたりまえよ!私はお母さんになるのが夢だったし。もし、私がお母さんになれたら、出来れば仕事なんかしたくないわね。ずっと、その子と、彼なのか彼女なのか分からないけど、一緒にいたいわ。だって一生に一度しかないんだもの。今日という日は二度と帰ってこないんだし。」
杉三「母性本能が強いんですね、愛子さんは。」
愛子「そうよ。いつも言われるの。私は子供が大好きだから。」
高見沢校長「今時珍しいね。その言葉を、虐待をする人にもぶつけたいね。」
杉三「高橋先生や、高野先生は、それを忘れてるということかな。それを覚えていられないのも、かわいそうだと思う。」
愛子「杉ちゃん、あの二人を庇う事無いわ、あんな人たち、きっと出産の記憶なんか無いでしょうから。まあ、結婚してるらしいけど、幸せとは思ってないと思うわよ。あの人たち。」
高見沢校長「うん、確かにあの二人は我侭すぎる。それはわかるんだけど。」
愛子「だったら、早く更迭してくださいよ。被害は広まる一方よ。」
高見沢校長「うーん、それは難しいなあ、、、。」
愛子「難しいか、、、。」
産婦人科。そろそろ、朋子の腹部も飛び出してきて、すぐ妊婦さんと分かるようにまでなった。
その日は、胎動についての講座があった。他の妊婦さんたちは、盛んに赤ちゃんが動くのがわかってきたと、口を揃えて言う。朋子は不安に刈られた。
朋子「赤ちゃん、少し小さすぎませんか?」
医師「うーん、軽い妊娠中毒症ですねえ。」
朋子「塩分を取りすぎとか、気をつけているつもりなのですが、、、。」
医師「そうですか、、、。すこし血圧が高いのが気になります。もし、不安であれば、ここで、
精密検査を受けたらどうでしょう?」
と、大学病院のチラシを出してくる。
朋子「分かりました。ちょっと行ってきます。よろしければその病院の、電話番号などを教えてください。」
医師「はい、受付にまわしておきますので、お会計と一緒にもっていってください。」
朋子「はい。」
数日後、帰りの遅い夫に頼らず、朋子は大学病院にいった。沢山の妊婦さんが待合室で待っていた。
みんな楽しそうに笑っているが、朋子は不安だった。
看護師「小沢さん、どうぞ。」
検査が始まった。採血やら、血圧やら、尿検査まで、、、。いくつかの検査をうけて、病院内のカフェで軽く昼食を食べ終わると、看護師が呼びにきて、朋子はもう一度診察室に行った。
医師の顔は深刻だった。
医師「小沢さん。」
朋子「はい、、、。」
医師「このままだと、赤ちゃんも貴方も、大変なことになります。入院して様子を見ましょう。」
朋子「え、、、。」
高橋と高野の悪口がフラッシュする。
医師「じゃあ、入院手続きをしましょうか?」
朋子「まってください、私は教師です。入院なんかしたら生徒はどうなります?先生、まだ教師をやめたくはありません。」
医師「何もわかっていませんね。妊娠中毒症は怖いんですよ。下手をすれば、命取りになりかねないのです。それに、血圧が高いせいで、胎盤が正常に活動していないのです、それでは胎盤早期剥離にまでいってしまう可能性がある。そうなったら。、赤ちゃんも貴方も助からないかもしれない。それでは、困りますでしょうに、、、。」
朋子「それでも教師は続けさせてください。でないと、学年主任の、思う壺です。そうなったら、私は情けなさ過ぎる。それに生徒たちだって困るでしょうし、、、。」
医師「医者としてはお勧めできません。もう一度しっかり、考え直してきてください。」
朋子「はい。結論を変えることはしません。」
数日後。朋子の腹部は更に大きくなり、階段登りもきつくなってきた。
しかし彼女は、膨らんだ腹を抱えながら、試験の採点をしたり、成績をつけたり。大学病院の診察など、記憶していなかった。それを末田千秋が、ねたましく見ていた。
更に数日後だった。
朋子「昨日の試験の答案を返します。」
と、いって紙の束を机に乗せようとした、そのときだった。
朋子「い、痛い!」
彼女は、腹を抱えて蹲る。そして、あまりの痛さに、そのまま動けない。
愛子「先生!」
と、彼女の元へ駆け寄る。
朋子「生まれるのは、一月後なのに!破水してるわ!」
里森が彼女の足元を見た。破水ではない。紅の液体が、彼女の股間から流れている。血だ!
里森は職員室に飛び込み、
里森「先生来て下さい!小沢先生が大変なことに、、、。」
高野「ああ、放っておけ!お前は受験勉強に、、、。」
里森「そんなことできませんよ、小沢先生、出血してるんです。」
教師「切迫早産だわ!いそがなきゃ!」
高見沢校長「高野君、すこし考えなさい!すぐに救急車をよぼう!」
と、スマートフォンのダイヤルを廻す。
里森は教室に戻り、まだ血の止まらない、朋子を背負う。
そして、階段を駆け下り、やってきた救急車に彼女を乗せた。
里森「お願いします!」
救急隊員「ありがとう里森君、君はお父さんに負けないくらい偉くなったね。」
救急車は走り去っていった。
幸い、産婦人科は、吉田高校の近くにあるため、五分程度で到着した。生徒たちも動揺と心配を隠せず、全員外に出た。しかし、末田だけは、冷然としていた。
庭はきをしていた杉三は、この一部始終を見ていた。彼もまた、涙を流し、合掌した。
高野「こら、教室へ戻れ!」
高橋「お前らがこんな現場にいる資格は、大人になってから得るものだぞ!」
生徒たちは、教室へ戻っていった。
高野「泣くものではない!」
一番感じやすい年齢の生徒たちは、それはできなかった。
高野「末田。」
千秋「はい。」
高野「お前は偉いな。そうやって泣かずにちゃんと、自分の身分をわかっているな。」
千秋「はい、ああいうところが嫌いなだけです。」
高野「うん、それでいい。いいか、身分の低い人は、国公立へ行かなければ、結婚は出来ないぞ!」
千秋は、何もいわなかった。
遠くから見ていた杉三は、涙を拭こうともせず、ただ男泣きに泣いた。
高見沢校長「君のような、人間が居てくれて本当によかったよ。末田さんのような生徒をこれから増やさないためにも。」
杉三「そうですね。」
暫くの間、授業にならなかった。里森は血痕を雑巾で拭くなど処置をしたが、他の生徒はすすりないていた。
里森「大丈夫だよ、みんな。今の医療は、すごくよくなっているんだから。」
千秋「里森君、あんたは、英雄がっているけれど、生まれてくる子供の立場も考えられないの?」
里森「どういうこと?」
千秋「つまり、生まれたくない子供だっているんじゃないかしら。」
生徒「千秋さん、それは言いすぎじゃないか?」
里森「人の命をそうやって軽くみてはいけないよ!」
千秋「じゃあ、救ってくれてほしくない命があったとしたら?」
里森「おい、どういうことだ!」
千秋「生きていたってなんの救いも無い命もあるということよ!死んだほうが楽になる命もあるということよ!あんたたちは奇麗事をいって、一生懸命立ち直らせようとするけれど、死んでくれたほうが、生活のためには役にたつ命もあるのよ!」
里森「もう一度いってみろ!」
愛子「二人ともやめて!千秋さん、貴方が一番間違っていると思う!誰だって、生きてほしくない人なんて居ないわ!」
千秋「私は一人知ってるわ!」
愛子「誰よ!」
千秋、黙って自分を指差す。
愛子「だったら、もう少し考えを改めなさいよ、自分と分かっているのなら、自分で工夫できるでしょう?」
千秋「こんな奇麗事ばかりの高校、もう沢山だわ!誰も死なせてはくれないのね!どうしてそうなの!みんな生きていれば必ず良いことがあるとか、若いからまだまだ可能性はあるというけど、私そんな時間なんかいらない!早く死にたい!日本人は長生きしすぎよ、誰も私の気持ちなんて分かる筈が無いわ!皆さん、いい学校に行けばいいのよ、私は地獄でみんなを見守っているわ!じゃあ、ありがとう、さようなら!」
と、教室をとびだしてしまう。鞄も上靴も履き替えず、はだしで。
正面玄関
はだしのまま、飛び出そうとする千秋。
杉三「待って!」
千秋、後ろを向く。
杉三「待って!」
千秋「貴方、あきめくらの庭はき、、、。」
杉三「そうだよ。」
千秋「どうか、私を止めないで。私は、もう十分生きたの。この受験戦争、勝ち抜く自信はないわ。だから、止めないで。」
杉三「止めるよ。だって生きていてほしくない人なんて、いる筈がないから。」
千秋「あきめくらは心が綺麗だとでも?それなら早く死んだほうがよほどましよ。そうでしょう?」
杉三「どうしてそう思うの?」
千秋「生きてても、表と裏があるから。」
杉三「表と裏?」
千秋「そう。嬉しいの裏には、必ず何かあるわ。うちの家族はみんなそうなの。だから、私なんて消えたほうが良いの。」
杉三「どうして消えたほうがいいの?家に何か事情があるの?」
千秋「わたし、妹がいるの。」
杉三「そう。」
千秋「何回、妹が出来るのにあんたはのろまで、こんな簡単な事も出来ないのって、怒鳴れらたかしら。」
杉三「そんなに違うの?」
千秋「そう。きっと、私はいらないの。妹がいれば家の人はそれでいいと思うわ。一番憎らしいのは、妹が私を引き合いにして、わざと悪い事をしたら、私のせいにされるのよ。」
杉三「妹さんは何をしている人?中学生?」
千秋「ううん、何もしてない。強いていえば、芸能人かな。末田光の姉よ。私。それをみんな知ってるから、色んなときに末田光の名が泣くって言われるの。」
杉三「僕のうちはテレビが無いから。あきめくらだからテレビには縁は無いの。末田光さんって、どんな人?」
千秋「所謂、シンガーソングライターかな。まあ、今はものすごい大物になっちゃったけど。15歳でデビューして、一気にアルバムは馬鹿受け。私からしてみれば、何にも歌なんか上手くないのに、どうして売れるのかなって感じ。なんか知らないけど、あの子は売れるのよね。」
杉三「そうか。あきめくらには通じないよ。だって、あきめくらは変えられないもの。」
千秋「だから、新しい命が生まれるとかはあんまり好きじゃないの。私。だって、こんな惨めな生き方しかできないんだもの。何から何まで妹のことばかりで。本当に辛いのよ。妹は高校にもいかないで、自由に生活していて、お金もあって、周りにちやほやされて。私は、何も言われないの。本当に寂しいわ。妹のアルバムが売れたときはうちまでテレビがきたわ。母も父も綺麗な服装して、照れくさそうに答えてた。私にはそんな顔、見せてくれたことはなかったわ。そして、私も、妹の姉として、テレビに出た事もあったのよ。本当に辛かったの。みんな、妹のほう向いて、私のことには何も無いのね。」
杉三「僕は、歩けないし、あきめくらだ。何も知らないよ。少なくともここに、君の話が通じない人がいるって、わかってほしいな。悪い意味じゃない。僕は読み書きも出来ないから、テレビが何を訴えてるかって、全くわからないで生きてる。でも、毎日は楽しいよ。ここで雇ってもらえたんだもの。」
千秋「どうして、そんなことがいえるの、、、。」
杉三「何も知識をもてないから、楽しい気持ちだけが残るの。」
千秋「何も知識が無い、、、。」
杉三「情報を手に入れることは、僕には出来ないさ。」
千秋「情報を手に入れる?」
杉三「そう、それを手に入れられない。だって、読み書きができないから、、、。だから感じるのに条件が何も無いわけで、、、。」
千秋「条件?私、条件をつけていたかしら。」
杉三「少なくとも沢山ありすぎて困る人は多いみたいね。それで自分を忘れてしまうような。僕は、そんな生活、逆立ちしても出来ないから、、、。」
千秋「なるほど、、、。」
杉三「だから、死ぬなんてよしてよ。少なくとも、僕よりは優れているはずだから。」
千秋「うん、、、そうする。」
杉三「よかった。」
千秋「ありがとう、杉三さん。」
と、方向転換して、教室へ戻っていく。
千秋が戻ってくると、校長が生徒に何か説明をしている。
高見沢校長「ああ、千秋さん、君にも知らせておこう。朋子先生の赤ちゃん、無事に生まれたそうだよ。生きていることは確かだが、三日ばかりが山だそうだ。だから、みんなでお祈りしておこうな。」
千秋「よかった、、、。(ある感情がわき)先生、お見舞いに行ってもいいですか?」
高見沢校長「赤ちゃんと今は面会は出来ないが、ガラス戸ごしにみることはできるそうだ。絶えずお医者さんがそばについているので、何とかなっても大丈夫とは言っていたが、赤ちゃんの生命力に、かけてみるしかないと、、、。」
千秋「それでも良いのです。私、目の前にあることを見てみたい。そして、私なりに感じてみたいです。」
高見沢校長「おお、君も変わってくれたんだね。このクラスの代表として、行って来てくれ。」
千秋「わかりました。病院の最寄り駅は?」
高見沢校長「後で地図を渡すから、放課後取りにきなさい。幸い電車で一駅程度の近いところだから、授業を終わっても面会時間は十分ある。では、よろしく頼むな。」
千秋「はい!」
放課後、校長から地図をもらった千秋は、急いで電車に乗り込み、指定された駅で降りて、地図どおりに歩いて、産婦人科にいった。受付で概要を話すと、
受付「はい、生徒さんですね。小沢さんもおよびしましょうか?」
千秋「はい。」
受付「じゃあ、未熟児室の入り口で待機していてください。」
千秋「はい、わかりました。」
受付「未熟児室は三階になりますので、エレベーターでどうぞ。」
千秋「わかりました。」
千秋はエレベーターで三階まで行き、未熟児室と書いてある部屋へ行く。
そして、透明の硝子の張られた、未熟児室の前に立つ。
箱のようなものの中に、ちいさな赤ちゃんが入っているのが、垣間見える。
朋子「千秋さん。よく来てくれて、ありがとう。」
千秋「小沢先生!」
朋子「息子は、一番奥の箱よ。」
千秋は、奥を見る。二人の医師と思われる男性が、並んで何か指示をしている。
朋子「900グラムしかなかったの。超未熟児ね。私も、甘かったわ。高野先生の嫌がらせで、私、負けるが勝ちってことに気が付かなかった。本当、周りの情報は役に立つときもあれば、そうでは無いときもある。それを忘れていた。本当に自分の心のどん底が納得しているかどうか、それが大事と、語った人もいるけれど、本当にそうね。私も一番大事なことを忘れていたのかな。」
千秋「先生、、、。」
朋子「千秋さんは、妹さんのことでかなり悩んだみたいだけど、貴方の心のどん底によくきいてみることね。」
千秋「はい、、、。」
朋子「そして、どこかで心配してくれる人がいると、信じてね。」
千秋「息子さん、無事に助かると良いですね、本当に。」
朋子「そうね、、、。」
千秋と朋子は面会時間が終わるまでいた。
やがて、二人の医者が出てきた。二人は満面の笑みを浮かべて。