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囲まれた木

吉田高校。相変わらず国公立大学神話を怒鳴っている、高橋や高野の声がしている。

近辺の道には、人は誰もいない。晴れているのに、雨戸が閉められているのに気がついていないのである。

生徒が下校時刻になると、やっと雨戸があく。その中に、一人の男性がいた。学校のすぐ近くの、ワンルームマンションに住んでいた。一枚しかない雨戸をあけると、冬なのに日の光が眩しいくらいであった。

榎本「眩しいな。最近の天気は極端すぎる。なんとか、ならないものか。」

あたり一面は夕焼けだ。榎本は、大きなため息をついて、買い物に出ることにした。


暫くして、スーパーマーケットにきた。榎本はカップラーメンを買って、帰ろうとレジに向かった。

声「あの、すみません。」

榎本「押し売りならお断りですよ。」

声「ちがいます。押し売りじゃありません。」

榎本「じゃあ、何なんですか?」

と、後ろを振り向く。そこには車椅子にのった、杉三がいた。

杉三「振り向いてくれてよかったです。これ、落とし物じゃありませんか?」

榎本「確かに俺の財布だ。どこで、すったんだね?」

杉三「カップラーメンを売っているところにありました。だから、拾いました。」

榎本「では、どうして俺の財布だとわかった?」

杉三「ええ、中にはいっている、カードの写真の顔と、おんなじ顔をされていたから。なんのカードなのかは、わかりませんが、お顔は拝見できますから。」

榎本「名前もしらないのに?」

杉三「僕はあきめくらだから、お顔を見るしかないのです。」

榎本「あきめくら?文字の読み書きができないのか。それでは、余計に胡散臭いなあ。」

杉三「そういわれてもあきめくらは、あきめくらです。」

榎本「本当に君はあきめくらなのかい?」

といいながらあることをおもいつく。

杉三「そうですよ。」

榎本「そうか、それはツラいなあ。文字を練習できたら、君の人生は、もっと変わっているかもしれない。ちょっとこっちにいらしてください。」

杉三「はい。」

榎本は、彼の車椅子をおしてカフェにはいる。

ウエイトレス「いらっしゃいませ。こちらのお席はいかがでしょうか?」

と、二人を窓側の席にすわらせる。そして、メニューを持ってくる。

榎本「今日は、ご馳走してあげる。ここに書いてあるメニューを読んでみなさい。」

杉三「読めません。」

榎本「あきめくらだからという言い訳はなしだよ。なぜかというとね、君は、いずれにせよ、一人になるんだ。そのときに、平仮名や片仮名も読めないというのであれば、生きていかれない。あるいみ、甘えている。そうならないように、読み書きはできるようにならなければ。」

杉三「何て書いてあるかなんて、わかりませんよ。」

榎本「君には、文字がどう見えているの?」

杉三「たんに、小さな砂のようにしか、見えません。」

榎本「それでは、書く練習をしてみようか。」

と、ルーズリーフと鉛筆をだす。

榎本「いまから、平仮名を書いてみるから、真似して書いてご覧。」

と、ルーズリーフにきつねうどん、とかく。

杉三は、無理矢理鉛筆を握り、書いてみるが、とても文字にはみえず、小さな丸を書いているようにしか書けない。

榎本は、ルーズリーフに赤いボールペンで、きつねうどんと書き、

榎本「この赤い線をなぞってごらん。」

杉三は、その通りにしようとするが、なぞるどころか、線はまるでずれており、赤い線の上にはのらない。

榎本は、驚きと呆れをかくせず、頭をかきむしる。

榎本「君はいったい、どうやって生きていくつもりなんだ!こんな簡単な単語も書けないのでは、親御さんが亡くなったあとが、思いやられる。きっと、まだお若いと思っているのだろうが、君も少し努力しなさい!世間は、手をさしのべてはくれないぞ!」

杉三「仕方ないですよ。いくら練習しても、書けない。」

榎本「たいして練習していないだろう!それが甘えだと言っているのだ!まるで、親にすべて任している、赤ん坊とたいしてかわらないんだぞ!」

杉三の目に涙が溢れる。

榎本「泣いたってだめだ!自分でうごかなければ!」

杉三「、、、。」

榎本「自分をかえられるのは、自分だけさ。」

すると、

店長「すみません、お客様、退席してくれませんか?」

榎本は、回りを見回す。怯えて泣く子供、なだめる母親もおり、内緒話をしあう高校生たちもいる。よく聞いてみると、

高校生「榎本だ。」

高校生「あいつらしいわ。ああやって、障害のある人に偉そうなことを言うなんて、人格否定だわ。」

隣には、看護大学の学生がいて、

学生「本来はああして怒鳴り付けて教えちゃだめですよね。」

学生「榎本には、受験の時にお世話になっただけだけど、あの教え方では、なんの意味もありませんね。」

学生「榎本は、ただ、手柄を立てたいだけだ!それだけの話!」

榎本は、テーブルをバン!と叩く。

榎本「お前たちが甘やかすから障害のあるものが成長できないんだ!ただ守ろうとか、助けようではなく、障害のあるひとが、自立しなければ!俺の兄貴も筋ジストロフィで死んだが、なんの使い道にもならなかった!それではだめなんだ!自分で、直そうとしないからだ!」

母親「それはね、自分の力では治すことができないからです!いまここにいる息子もそうですけど、貴方のお兄さんは、ものすごく苦しんだと思いますよ!」

杉三「すみません、こちらの方にご飯たべさせてあげてくれませんか?僕のせいで、

食べてないとおもうから。」

店長「優しいね、杉ちゃんは。」

杉三「みんなも気にしないで。悪いのは僕です。食べてないから怒るんだとおもいます。」

ため息を漏らしながら、客は食事をつづける。

店長「お客様、ご注文は?」

榎本「きつねうどん。」

杉三「僕はきしめんがいいな。」

店長「はい、わかりました。少々おまちください。」

と、伝票をかき、厨房にいく。

数分後、きつねうどんが運ばれてくる。

店長「きつねうどんになります。杉ちゃんは、お約束のきしめん。」

二人の前にどんぶりが置かれる。杉三は、なりふり構わずきしめんを口にする。

榎本は、手をつけない。

店長「杉ちゃん、今日のきしめんは、800円だから、緑のお札一枚ではらってね。」

杉三「わからない。ここから出して。」

と、自分の財布を渡す。

店長「どれ、拝見するね。ああ、千円あるね。じゃあ、これをもらうよ。」

杉三「釣りはいらないよ。わからなくなるので。」

店長「わかったよ。」

と、千円札を抜き取り、財布を彼に返す。

榎本「どういうことですか?お釣りはいらないって。」

店長「すぎちゃん、いや杉三さんは、計算ができないんです。だから、お釣りは現金封筒で、お母様に送っています。」

榎本「計算も?」

店長「はい。」

榎本「それではご迷惑じゃありませんか?」

店長「まあ、健常者ではありませんが、彼は店にとってありがたい人物なんです。

隣に、チェーン店の洋食屋ができましてね、客がみんなあの店にとられてしまいまして。こちらも、店を閉めなければいけないか、位まで追い詰められたんですよ。でも、彼は、毎日毎日やってきて、うちのきしめんをかならず食べてくれました。しかも、あきめくらの方ですから、途中で道に迷った時に、うちの店の名前を口にしてくれましたから、近辺の人に、名前を覚えてもらうことができて、店を閉めずにすみました。ですから、彼はこの店になくてはならない人です。」

榎本「文字がよめないけど、そういうことは、できるのですか。」

店長「見方をかえれば、素晴らしい人物になりますね。」

榎本「そうか、、、。」

杉三「うどん、のびちゃいますよ。」

榎本はうどんを口にした。

榎本「美味しい!」

曇っていた空が、青空にかわっていた。


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