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アナンシと杉三

ある日。

その日は、近隣の松林の掃除をする日だった。高野や、高橋は怠けないで働けと、怒鳴り付けている。しかし。


その一週間後、退学者がでた。

校長室。

高見沢校長は、大きなため息をつく。看板商品を失ったからだ。

杉三が弁当をもって現れる。

杉三「校長、今日はどうしたんです?」

高見沢校長「仕方ないのか、もうしわけないのか、変な事件がおきて。」

杉三「またですか。」

高見沢校長「ある生徒が退学してしまって。なんでも、毒蜘蛛に刺されてしまったというんだ。里森君のお父さんから怒られてしまった。」

杉三「タランチュラですか?」

高見沢校長「まあ、そういうのかなあ。よくわからないけど。それにしても、こうやって問題ばかりおこしているから、なんとかしなきゃいけないな。進学率よりもね。」

里森と愛子がやって来て、

里森「校長先生、俊典くん、退院しましたよ。刺されてすぐだったから、毒もそんなにまわってないし、血清がうまく効いたみたいです。」

愛子「よかったじゃない。すごい心配だったわ。あの有名な外来種でしょ?猛毒を持っているってきいたから、びっくりしてた。」

里森「はい。皆さんの処置がはやかったから。校長先生、その節はありがとうございます。」

杉三「外来種?アナンシのことですか?」

愛子「杉ちゃん、アナンシという名前の種類の蜘蛛は、日本にはいないわよ。」

杉三「アナンシと五というお話が。」

里森「アナンシは、アフリカの人がよく口にする物語ですね。巨大な蜘蛛で、たしか食いしん坊で、結局は自分の悪事で自分が死ぬんですが。」

杉三「つまり、アナンシが俊典くんに噛みついたわけですね。ああ、そういうことですか。じゃあアナンシを演じたのはだれなんですか。」

高見沢校長「杉ちゃん、なにが起きたか、理解できるのかい?」

杉三「大体わかりますよ。」

愛子「杉ちゃん、アナンシをどこで覚えたの?」

杉三「子供のころ、母によんでもらっていたんです。五歳のときでした。」

高見沢校長「ほう。すごいなあ。そうやって、記憶力にすぐれているんだよな。君みたいな人は。」

里森「ある意味僕らも脱帽です。」


午後の授業が始まる。先日の大事件はどこへやらで、生徒たちは予備校の教科書と格闘中。俊典の席はすでに撤去されている。

高橋の独演会がはじまった。一番前の席に座っている生徒、猪木妙子は、無視しようにもできなかった。彼女はあることを誓っていた。

妙子のすぐ近くの席に、大槻永子という女子生徒がいた。妙子は、彼女が嫌いだった。

ある時、進路希望調査が行われた。

高橋「大槻、ちょっときてみろ。」

妙子は、そっとほくそえんだ。大槻永子は、言われた通りに、高橋のあとをついて、職員室にいった。

そして、まもなく、机をたたく音と、怒鳴り声。妙子は、その内容を予めしっていた。ほくそえむのとは裏腹に、怒りの感情もあった。

数分後、永子は教室へ戻ってきた。目に一杯涙をためて。

妙子「お帰り。」

永子「ありがとう。」

こういうときは精神力がよわい。

妙子「気にしなくていいのよ。教師なんてばかだもの。でも、あたしは永子さんの味方だからね。」

永子「本当にうれしいわ。お茶でもしましょうか。」

妙子「いいわよ。放課後にドトールにいきましょ。」


放課後。二人は授業をおえて、商店街にいき、ドトールにいった。コーヒーを注文して、席にすわった。

妙子「永子さんは、法政にいきたいんですってね。」

永子「あら、黙っていたのに、もうわかったの?でも、滑り止めよ。本命は東大よ。」

妙子「東大!かっこいいわね。あたしなんて、大学行けるほどの学力はないわ。家にはお金もないし。」

永子「いまは、いかなくてもいいんじゃない?大人になってから大学に行く人、多いわよ。」

妙子は、そんなお金はない、と、心では攻撃しながら、彼女の話をきいた。

それから、しばらく世間話をして、ドトールをでた。さらに、街路樹が植わっている、広い道を歩き始めた。アナンシは、街路樹に貼り付いているものを手に取り、それを、永子の制服の首につけた。

永子「気持ち悪い、なにこれ!」

と、永子はうしろを振り向くと、だれも人はいなかった。そして、背中に激しい痛みを覚えた。電気虫が、噛みついたのだ。

永子「わあーっ!」

と、意識を失ってしまった。


一方。アナンシは、蜘蛛に特有の全速力で、道路を走っていた。やった、二人めの獲物だ。これで退学してくれれば、邪魔なものは消える。

ところが、静かな車輪のおとが聞こえてきた。

正面から杉三が車椅子を操作して、移動していた。アナンシは、その反対車線を走っていたため、すれ違えると思ったが、めのまえに、呉服店があり、店長がでてきて

店長「あ、お姉ちゃん、いま出てった車椅子の方をつれてきてくれないかなあ。」

アナンシ「は?なんですか?」

店長「うん、彼、お釣りをもらうのわすれていったからさ。」

アナンシは仕方なく、

アナンシ「ちょっと、車椅子のばか!」

杉三は、車椅子をとめる。

アナンシ「お釣りをもらいに、もどってきなよ!」

杉三「はい、ありがとうございます。店長、失礼しました。」

と、いい、方向転換して、呉服店にもどり、お釣りをうけとる。

杉三「どうもありがとうございました。教えてくださいまして。」

と、急に車軸を流すような雨がふってくる。

店長「あららら。どうするか。もし、嫌でなければうちの店で待ってくれてもいいよ。」

杉三「じゃあそうします。あなたも、ここで待ったほうがいいですよ。通り雨だと、おもうんだけど。」

アナンシ「このくらいなら。」

アナウンス「ただいま、富士市に大雨洪水警報がでました。」

店長「二人とも、ここで待ったほうがいいよ。風邪をひいたらこまるでしょ。」

杉三「バカは風邪なんかひきませんよ。」

アナンシ「あの、あたしは、」

といいかけたが、店長が、茶をもってきたので、はなせない。

二人は、売場にあるテーブルで、茶をのむ。いわゆる、茉莉花茶。その香りは、彼女の心を癒した。

妙子「心がおちつくわ。茉莉花茶。」

杉三「すきなんですね。」

妙子「それしか癒す手段がなかったのよ。自分を癒すためには。」

杉三「そうですか、茉莉花で心を癒せるとは、すばらしい。僕は、和裁に、音楽に、色々やらないと、だめですから。」

妙子「なにをいってるのよ。そっちの方がもっとすごいわよ。」

杉三「そんなことありません。文字が読み書きできないので。」

妙子「へえ、歩けない上に、読み書きもできないんじゃ、社会にはでれないわね。」

アナンシは、再びほくそえんだ。獲物がまた増えたのだ。

杉三「たしかに、普通の人には憎まれるとおもいます。でも、僕も他の人を憎んだりはしません。僕はそうしないと生きていかれない。バカといわれるには、なれてますから。」

アナンシ「あんたも、あたしにとったら、憎い人だわ。あたしは大学にいけるお金がないから、にくたらしいのよ。」

杉三「そうですか?じゃあ、大学にいける人がいないところに行けばいいんじゃないですか?」

アナンシ「でも、吉田の連中は、みんな大学にいかないとだめっていうわ。」

杉三「吉田を脱退すればいいだけですよ。」

アナンシ「それはしたいけど、そうしたら思う壺よ!」

杉三「誰ですか。」

アナンシ「うちの近所。」

杉三「はあ、村八分ですか。たしかに、それでは辛いかもしれませんね。」

アナンシ「あんただって、にたようなもんだわ。よい人のように見せかけながら、じつはライバルが一人いなくなって嬉しいなとか、みんなでそういってバカにするのよ。もう、何回経験したかしら。だから、復讐してやりたいの、そういうひとに。」

杉三「ああ、なるほど、アナンシさん。つまり、あなたが俊典くんと、永子さんに、 嫌がらせしたんですね。」

アナンシ「ええ、どうしても、仕返ししたくて!」

といい、はっと正直になる。

妙子「私、いま、、、。」

杉三「五といったんですよ。本来、アナンシの物語では、五と口にして、アナンシは、死にます。でも、あなたは人間であり、蜘蛛ではありません。だから、アナンシではないということになります。」

妙子/アナンシ「私は、、、いえ、憎いのよ、あんなに、大学なんて騒がれると、、、。どうしてこんなに、ほんとうはいけないのに。わかってるけど、、、。」

杉三「大学を騒ぐのでは、ない場所へいきましょうよ。」

妙子/アナンシ「いやよ!あたし、あたしだって、あたしだって、大学はいきたいのに!どうしてあたしだけって、いつまでもおもってたわ!何で、あたしだけ、普通の教育を受けさせてもらえないのかしら!何でお金がないと、なにもかも苦しくなるのよ!」

と、店の壁に頭をぶつける。まるで、火山弾のように。

店長「おいおい、店の壁をこわさないでくれよ。」

アナンシ「もう、死にたい、死んでしまいたい!」

さらに、頭をぶつける。

杉三「よしてくださいよ、妙子さん!」

と、彼女の腰にてをかけるが、

アナンシ「邪魔しないでよ!」

と、むりやり振りほどく。ガタン、とおとがして、

店長「おい、杉ちゃん、大丈夫かい?」

杉三「大丈夫ですよ、あ、頭を打ちましたけど、、、。まあ、なんとか、なるでしょう。」

と言うが、咳き込んで嘔吐する。

店長「君君こまるよ、こんなところで人に危害をくわえちゃ。他のところでやってもらいたい!」

杉三「いえ、彼女は、なにもしてません。彼女も、被害者なのです。本当に、アナンシになっているはずがないから、ああやって苦しむしかないのです。」

アナンシ/妙子「私は、もういきている資格なんかないんです、本当にアナンシでいたほうがよかったんですよ。悪人でいるより、善人である方が、もしかしたら、難しい時代なのかもしれないわ。」

店長「杉ちゃん、病院にいった方がいいよ。車出すからいこう。アナンシ、君もきてね。」

アナンシ/妙子「私がいってもなにも。」

店長「いやいや、しっかり話をきかないと、お医者さんも、わからないだろう。とりあえず、彼を、運んできてくれ。信じられないほど軽いから。」

妙子「わかりました。」

と、胃液の臭いに耐えながら、杉三を背負う。たしかに、軽い。ある作家がかいた、軽いお姫様、という小説に登場する、お姫様のようだ。店長が車をだしてくれたので、トランクに車椅子をのせ、後部座席に彼を寝かせてやり、自分は助手席にのる。

終始無言のまま、三人は病院につく。ところが、風邪が流行っている時期で、内科はごった返している。駐車スペースもあきがなく、仕方なく彼を車椅子にのせ、店長には、隣にあるレストランで待ってもらうことにして、病院にはいる。整形外科はそうでもないが、とにかく、総合受付が混雑していた。

妙子「すみません、この人をみてもらえませんか。」

受付「診察券か保険証は。」

妙子「あるの?」

杉三「車椅子に縛ってある風呂敷包みに。」

妙子はそれをほどく。そのなかに、たしかに、保険証はあった。

受付「はい、ありがとう。希望する科は?」

妙子「整形外科です。頭をうってしまい、吐いて仕舞いました。」

受付「わかりました。この問診票に、大体の症状をかいてくれますか?」

杉三「僕は読み書きができない、、、。」

受付「付き添いの方でもかまいません。大まかな内容でいいですから。」

妙子「わかりました。」

といい、問診票に書きはじめる。 とりあえず、頭を打った、とかいたが、その理由を書く欄は空白になってしまった。

十五分ほど待って、

看護師「影山さん、レントゲンとりましょうか。」

と、杉三に声をかけ、車椅子を押していく。

妙子は、ただまっているしかできない。

まだ、アナンシの心がさわいでいるのだろうか。

そのうちに、検査はおわり、

看護師「お連れ様も、診察室にきてください。」

と、いうので、彼女も診察室にいった。

医師「よかったですね、かなり強い外傷でしたが幸い、骨には異常がありません。あと、今の時点では脳にも異常はないですね。二、三日様子を見て、まだ嘔吐が出てしまうようでしたら、またきてください。」

妙子「あ、ありがとうございました!」

と、深々と頭を下げる。

看護師「お大事にどうぞ。」

二人は、診察室をでる。

受付に戻ると、まだ、長蛇の列である。

しかし、嫌なきはしなかった。

妙子「杉ちゃん、本当にごめんね。」

杉三「いいんですよ。」

妙子「もう、アナンシではないわ。やめることにした。ムリして、つらいところにいる、必要もないわ。」

杉三「そうですよ、五を口にして、その場で死んでしまうのではなく、新しくうまれかわったんですよ。アナンシさんからね。」

妙子はそらをみた。赤く美しいゆうやけが、空を磨いていた。


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