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杉、大学にいく

所沢駅

急に雨が降ってくる。

アナウンス「ただいま、大雨のため、運転を見合わせております、、、。」

そして、デカいホワイトボードがどしっとおかれる。

そこへ車椅子で杉三がやってくる。ホワイトボードにいくら書いてあっても、読めない。

杉三「あの、ホワイトボードには、何て書いてあるんですか。」

駅員「は?よめないんですか?」

杉三「はい。僕あきめくらです。」

駅員「あなたね、今時、自分からあきめくらなんて言う人いませんよ。一種の犯罪にもつながる。」

杉三「でもあきめくらなんです。」

駅員「じゃあ、障害者手帳だして。」

杉三は風呂敷包みをほどく。いろんなものが入っている。 しかし障害者手帳という文字さえわからない。

杉三「あの、この中でどれが、障害者手帳ですか?」

駅員「へ?」

杉三「だから、どれですか?」

駅員は、小さな黒いノートをとりだし、

駅員 「これですよ。影山杉三さん。ここに、はっきり書いてあるじゃないですか。」

杉三「これが、僕の名前ですか?」

駅員「はい。それもわからないんじゃ、幼稚園児よりも、知能が低いんですか。」

杉三「わかりません、測ったことがないので。それよりホワイトボードには何て書いてあるんです?」

駅員「だから、横瀬駅の付近で雨がふっていて、危険だから、運転を見合わせております、ですよ。つまり止まっているということです!」

杉三「じゃあ、うごくのは、」

駅員「なんでも、土砂崩れがあったとか。ですから、当分無理ですね。」

杉三「それは困ります!はやくかえらないと、家に用事が!」

駅員「しりませんよ、そんなこと。困りますといわれても、雨は勝手にふりますから。」

杉三「ど、どうしよう、、、。」

と、いいながら首を下にむける。

杉三「わあ、どうしよう!どうしよう!」

と、自分で自分の頭をぶつ。

駅員「どうしたんですか?」

杉三「助けて!」

駅員は、もういい加減にしろという顔でみる。

すると、中年の女性が、待ち合い室からでてくる。

女性「大丈夫?」

杉三、苦しそうに喘ぐ。

女性「危ないから、待合室に、いようか。」

と、車椅子を押して、待合室にはいる。幸い、人はだれもいない。

女性「横になりましょうか?」

杉三「いえ、結構です。よくあることなので。」

女性「その顔をみると、かなり進んで居るようにみえるけど。」

杉三「お医者さんなんですか?」

女性「あ、こういうものよ。」

といい、名刺をわたすが、

女性「ごめんなさい。読めないんでしたわね。私は松岡沙良。緑大学で、学長です。」

杉三「ありがとうございます。影山杉三です。よろしくお願いします。」

沙良「今日は電車が戻ることはなさそうね。テレビで見たけど、すごい土砂崩れみたいだから。登りも下りも止まってるわ。ねえ、泊まるところはあるの?」

杉三「ありません。今日のうちにかえりたかったのですが、ホテルの予約ができないので。」

沙良「うちの大学の学生寮はだめ?」

杉三「いいんですか?」

沙良「いいわよ、みんな下宿しちゃうから、寮は八割以上空いてるわ。あたしが、学長の権利で、いれてあげるから。」

杉三「ありがとうございます。」

沙良「じゃあ、いこうか。」

二人、待合室からでて、介護タクシーを利用して、大学に到着する。

沙良「学生寮にいってくれる?」

運転手「わかりました。」

沙良「この大学は広いのよ。だって、敷地内をバスかはしるくらいだから。」

運転手「でも、生徒が手に入らないんでしたっけね。」

沙良「まあ、そんなところね。」

数分後、学生寮である、「緑のハイム」と書かれている建物がみえる。タクシーの運転手が杉三を車椅子ごと卸す。

運転手「ばかに軽いねえ、ご飯もしっかり食べてないでしょ。」

杉三「確かに、肉はきらいです。」

運転手「肉がキライなんて、変わってるね。じゃ、運賃は、1000円にまけておくね。」

沙良が、千円払い、タクシーは毎度ありといい、帰っていく。

二人、学生寮にはいる。学生寮というが、古くてボロボロの建物。

寮長「こんにちは。学長から連絡がありました。よろしくおねがいします。」

優しそうなおばさんであった。

杉三「よろしくおねがいします。あ、ピアノの、音が。」

寮長「音大ですからしょっちゅうなっていますよ。」

杉三「僕は音楽大好きなんです。」

沙良「まあ、好きな作曲家とかいるの?」

杉三「王中山。」

寮長「まあ、」

沙良「いいじゃない。今時古筝なんて、中国でも、演奏者が減ってきてるみたいだし。あたしは、二胡が好きだったけどね。

大学に古筝あるから、弾いてくれるとうれしいなあ。」

杉三「僕は、頼まれた演奏はできないので。」

沙良「まあ、いいじゃないの。あとは、寮長の浅見さんに、したがって。あたしは、論文も書かないといけないから。じゃあまたね。気がすむまでいてくれていいからね。」

と、てを降って、自宅に帰っていく。

浅見「じゃあ、お部屋にいきましょうか。」

と、車椅子を押して、エレベーターにむかう。回りは、ピアノの音が盛んにきこえてくるので、音楽学部であることはわかった。寮のなかに、おそらく練習室があるのだろう。さらに、女子たちがおしゃべりしている声も聞こえる。

二人はエレベーターにのる。車椅子が入ると人がひとり入れる程度しかない。

浅見「歩けないときいていたので、2階にしておきましたからね。いざとなっても、大丈夫なようにね。」

杉三「ありがとうございます。」

二人、エレベーターから出る。

学生「あら、二階の人は体調が悪いとき以外は、エレベーターを使わないでと言われているはずなのに?」

学生「ずるいわね、学園長、」

学生「学園長、なにを考えているのかしら。歩けない男を、こんなうるさいところに泊まらせるなんて。」

杉三は、笑って、学生たちをみる。

学生「やだわ、きれいな人。」

学生「テレビドラマみたい。」

学生「音楽できるのかな。」

浅見は車椅子を押して、一番奥の部屋につれていく。

ドアをあけると、本来は四人部屋で、二段ベットが二つ用意されているが、ひとつしか布団は敷かれていない。

さらに、木でできた小さな机が四つある。それだけが、彼に与えられたスペースであった。車椅子ではちょっと移動がむずかしかった。緑大学というと、かなりレベルの高い音大と言われているが、これでは、粗末すぎるようなきがした。

浅見「もし、なにかあったら、よびだしてね。」

と、メモと、携帯電話をわたすが、

杉三「僕は、読み書きができないのです。」

浅見「そのときは、ほかの学生にも手伝ってもらうとかしてね。」

と、いい、出ていってしまった。メモ用紙を受け取ったものの、なんと書いてあるのか全くわからず、携帯電話の操作もできない。これでは、監獄につれていかれたのではないか、と思わずにいられなかった。

杉三は一人になり、膝の上にあった、風呂敷包みを机の上に置いた。何とかして外部と連絡がとれれば、とおもうが、母が用意してくれた、自分の名前と住所などをかいた手帳さへも、読むことができない。あるものは、古筝のつめだけであった。

職員「杉三さん、お食事ですよ。」

職員につれられて、部屋を出、食堂にむかった。

食堂

杉三が食堂にあらわれると、女子学生はどっと、わらいだす。

メニューは統べてバイキング形式になっていた。多分、食費節約のためだろう。しかし、これがまずい。車椅子を操作するのには、両手が必要だから、盆を持つことができないのだ。女子学生たちは、全く気にせずに、好きなものを大量にとって食べている。食べ盛りだから、食料はすぐなくなる。

真っ青になって考えていると、車椅子が動き出す。さらに、手の上には盆がのっている。

声「なにを食べたいかいってください。とりにいきますので。」

細い声でも男性のこえであった。

杉三「きしめん、、、。」

男性「はい、わかりました。」

と、いい、車椅子を押して、テーブルにつかせる。そして目の前に、箸と一緒に、カボチャのほうとうがはいった器がおかれる。

男性「きしめんではなく、ほうとうしかありませんでした。ごめんなさい。これで我慢してください。」

杉三「ありがとうございます。いただきます。」

と、ほうとうを口にして、

杉三「うまい!」

男性「よかった。美味しそうにたべてる。」

杉三、はじめて男性の顔を見る。丸顔で、アンパンマンのようにみえる。しかし、その顔の左半分は、植皮したのだろうか。左右で色がちがっている。大火傷をしたのか、あるいは腫瘍などを摘出したのだろうか。

男性「名前をなのらせてください。柳井慧ともうします。」

杉三「影山杉三です。よろしくおねがいします。」

慧「こちらこそです。」

と、いい、右手をだしてくる。杉三も握手をする。

杉三「教授のかたでしょうか?」

慧「いやいや、ちがいますよ。ただの学生です。いわゆるシニア学生というやつでして。」

杉三「いいですね。いつまでも、学びたい気持ちがあるって。僕は、自分の名前すら書けないので、、、。」

慧「つまり、ディスレクシアなわけですか。」

杉三「どういう意味ですか。」

慧「読み書きができないということです。英語圏ではかなりいるようですよ。映画俳優が、次々にカミングアウトしてます。」

杉三 「そうなんですか。そちらでは、嫌われていないと言うことですね。」

慧「いやいや、いじめもあるみたいです。ただ、そういうひとが、大学へ行けるように、特殊な教育が、充実しています。」

杉三「なるほど。すごいですね。」

慧「ある若い女性がいいました。誰でも教育をうける権利があるとね。だから、日本でも、あなたみたいなひとが、学校へいけるといいのにねえ。」

杉三「そうですね。」

慧「それに、車椅子ですと、この寮は生活しにくいですよ。まったくけちな学長です。生徒の衣食住も考えないとね。」

杉三「でも、ご飯はうまいですよ。」

慧「それが唯一のうれしいところかなあ。この大学に来て。」

杉三「そうかもしれませんね。」

慧「まったくだ、あははは。」

食事がおわると、慧は、杉三を彼の部屋へつれていってくれた。杉三はやっと、安心することができた。


翌朝。ドアを叩く音で、杉三は目が覚めた。

慧「杉ちゃんいる?」

杉三「はい。」

慧が、ガチャンと戸を開けてはいってくる。

慧「朝御飯のあと、学長室にきてくれって。浅見さんからの伝言だよ。」

そして、力の強い彼は、杉三を持ち上げて、車椅子にのせた。杉三は、いつもの着流しのままねていた。

慧「朝御たべにいくか。」

と、車椅子をおして、エレベーターにむかった。呼び出しボタンを押すと、女子学生たちでいっぱいだ。

学生「この人が、エレベーターつかっているなら、あたしたちも、使わせてもらうわね、おじさま。」

慧「だってこの人は、」

杉三「かまわないですよ。最後まで待ちましょう。手で這うのもできないので。」

慧「それでは困るでしょう?」

杉三「いいんですよ。きっと、食事の始まりは、おそくなります。」

慧「そうか、、、。」

慧はエレベーターのボタンを十回おして、十一回目にやっと降りることかできた。

二人が食堂につくと、確かに食事は開始されていなかった。

学生「エレベーターつかったのに、何ではやく、食事がはじまらないのかしら。」

慧「そんなの、あたりまえじゃないか。」

学生「それじゃあ、不平等よね。足のわるいひとは、エレベーター使えるのに、なんであたしたちは、つかっちゃいけないのかしら。」

学生「ほんと、けちな学長よ。はやくやめてもらいたい。あいつの旦那が理事長なんだから、離婚するなりなんなりすればいいのに。」

学生「まったくよね。理事長は一生懸命、バリアフリーをすすめているのにさ、学長は、それを取り止めにしようとしてるって、ほんと、時代遅れだわ。」

杉三「あの、すみません。」

しかし、無視されてしまう。

慧「その情報、どこで得たの。」

学生「2ちゃんねるにかいてあったわ。」

二人は顔を見合わせる。朝食用の、パンをたべる。

慧「学長室は少し遠いよ。僕が押していこう。」

と、車椅子を押して、寮をでる。

杉三「確かに、バスが走ってるとか。」

慧「ああ、あれは教授用で、生徒はつかえないんだ。」

杉三「ほんとうですか?」

慧「そうだよ。学長がそういうことにしたらしい。」

杉三「社会主義国家みたいですね。理事長はどんな方なんですか?」

慧「それがですね、現在ここにはいないんですよ、なくなってはいませんが、ある事情がありまして。」

杉三「意思の疎通は?」

慧「出きるにはできますが、口に出していうのは難しいので、紙に書いているらしいです。」

杉三「では、聾唖の方ですか?」

慧「いえ、聾唖ではありません。三年前に自殺未遂をしていらい、耳はこれまで以上に聞こえます。なんでも、飛び降り自殺をはかり、打ち所が悪かったとか。それで、言葉を口にするのが難しいらしいのです。」

杉三「そういう訳からなんですね、大学をバリアフリー化しようというのは。」

慧「はい、そうです。もうすぐ学長室ですよ。」

学長室とかかれたドアの前。慧は、ドアをたたき、

慧「学長、つれてきましたよ。」

沙良「お通しして。」

慧がドアをがちゃんと開け、杉三を中にいれる。

沙良「昨日、寮に泊まってみてどうだった?」

杉三「正直つかれました。まだ、電車は動きませんか?」

沙良「まあ、無理ね。少なくとも当分は。一月くらいかかるかな。」

杉三「僕は、どうしたらいいんだろう。」

沙良「この大学にいてくれればいいのよ。部屋だって貸出しするし。教材用だけど、古筝、ここにもたくさんあるから、つかっていいわよ。」

杉三「あるんですか?」

沙良「ええ。敦煌(古筝のブランド名)の安い古筝だけど。」

慧が小さくため息をついた。

杉三「紫檀ですか?」

沙良「紅木だけど。」

杉三「弾けるかな。」

沙良「どうして?」

杉三「紅木は、あまりいい音しないから。黒檀か、インド小葉紫檀とか。」

沙良「そんな木を古筝に使うのかしら?」

杉三「うちにあるのが、インド小葉紫檀なんです。音色がいいから、気に入っています。」

慧「(非常に小さく)自閉症のこだわりだなあ。」

杉三「一番響きがいいし、なによりも、音色がすばらしいんですよ。」

慧「まあ杉ちゃん、いいじゃないか。君みたいなひとは、切り替えが難しいかもしれないけれど、紅木の古筝を弾きこなすことができたら、それも芸のひとつだとおもうよ。」

杉三「そうだけど、、、。」

沙良「柳井くんいいこと言うわね。シニア学生は、やっぱり違うわね。今の若い子は、絶対そんな気持ちにはならないわ。」

杉三「紅木は、」

慧「一度弾かせてもらったらどうだろう?僕は、古筝には、詳しくないけど。つめは、あるんでしょう?」

杉三「ありますよ。」

沙良「じゃあ、部室にいってみようか。」

と、鍵をもって、学長室をでる。慧と、杉三もあとに続く。

沙良は、9号館と書かれた建物に入る。そこは、学生が練習する場所。しかし、学生が集まらないのと、アパート暮らしの学生の方が圧倒的に多いため、ほぼ、使われていない。

三人はその中にある、小さな部屋にはいる。確かに紅木の古筝が一面置いてある。

沙良「ちょっと弾いてみてよ。」

古筝には、確かに敦煌と書かれているため、ブランドはブランドであることは、疑い無い。

杉三は、そばにおいてあった柱をいれて調弦する。

慧「すごいなあ、21弦をすぐ調弦してしまうなんて。古筝は、なかなか合わせにくいと、きいているけど。絶対音感をもつ学生は、気持ち悪いという人もいたよ。」

杉三は黙っていて答えない。耳を弦に近づけて、できるだけ正確に整える。さらに、細い指に、持っていた鼈甲のつめを医療用のテープで巻き付ける。そして、いっきに、高山流水をひく。

慧は、拍手をする。

慧「すごいなあ、うまいなあ。」

杉三「そんなことありません。まだまだ下手です。」

沙良「他の学生にも、そのくらい真剣にやってほしいわ。」

杉三「えっ?どうしてです?緑大学は、エリート養成所で有名だと、母からききましたよ。」

沙良「そんなことないわ。昔はそうかもしれないけど、いまは、評価は最悪よ。音楽を真摯に学びたい人は、ヨーロッパに行けちゃう時代になったし。他の音大で、優秀な生徒はたくさんいるから。ここは、掃き溜めみたいになっちゃった。だから、貴方みたいなひとが、必要なわけ。」

慧「学長、彼を何に利用しようと思ってるんです?」

沙良「決まっているでしょうが、もうすぐ行われるオープンキャンパスで、私の曲を弾かせるのよ。」

杉三は、真っ青な顔に。

慧「そんな、それでは可哀想すぎます。障害のある人に、無理矢理そんなことを押し付けるなんて。まるで、学長は金正日みたいですよ。」

沙良「この大学を存続させるには、しかたないわ。何か売りをつくらなきゃ。」

杉三、古筝の上に頭を置く。

慧「おい、大丈夫かい?」

沙良「貴方のお母さんには連絡したわ。しばらく預かるって。土砂崩れから復活するまで。そうしたら、ぜひ、お願いしますといっていたわよ。貴方、お電話もできないじゃないの。番号を読めないんでしょう?だったら、ここにいた方が安全よ。」

慧「そうですけど、それならもう少し、彼に優しくしてあげてください。大体、寮が狭すぎて、車椅子では難しすぎです。それに、好きなものだけ食べさせる形式では、彼は取りにいけません。学長、少子化なんですから、もう少し、時代のながれにのらないと。それでは、こまりますよ。」

沙良「私は、私なりにやっているのよ!余計なこと言わないで!」

慧「そうですけど、学長、やり方を変えろということです。ただ単に。」

杉三は、この二人の話し方を聴いて、なんとなくではあるが、ある事情に感づいた。

杉三「すみません、ちょっと喉が渇いたのですが。」

慧「ああ、食堂にいかないと、自動販売機はないな。」

沙良「まえに、敷地内に自動販売機を置いたけど、お金をいれずに、ジュースを持ち出してしまう、事件があったから、撤去したわ。」

慧「不便ですなあ。じゃあ、杉ちゃんいこうか。」

杉三「はい。」

といい、爪を取り外し、車椅子で9号館をでる。

沙良「古筝はいつ弾いてもいいわよ。そうしておくからね。」

慧「わかりましたよ。」

と、ぶっきらぼうにいい、9号館をでていく。


食堂。

慧「えーと、何をのむ?」

杉三「何をのむ、、、。よめない。」

慧「これが、バナナオレというバナナジュース。」

と、あるペットボトルをゆびさす。

杉三「バナナオレが入っているということですか。」

慧「いやいや、バナナオレは商品名。バナナジュースがなかに入っているということさ。」

杉三「じゃあ、バナナジュースと書けばいいのに、どうしてバナナジュース書かないんですか?」

慧「どうしてかって。よくわからないよ。」

杉三「中身はバナナオレがはいっている訳じゃないでしょ?バナナジュースなんですよね?」

慧「混乱してる?」

杉三「水の方がいい。水はうそをつかないから。」

慧「じゃあ、これをかおうか。」

と、いろはすと書かれたペットボトルを指差す。

杉三「これは何て読むんですか?」

慧「いろはすだよ。」

杉三「水じゃないんですか?」

慧「この辺りの水道の水は不味いから、これの方が良いよ。100円かして。」

杉三「(財布を風呂敷から取りだし)わからないから、だしてください。茶色のお金か、銀のお金か。」

慧は、財布をあけて、100円をとりだす。そして、自動販売機にいれて、ペットボトルを取りだし、杉三にてわたす。

杉三「これ、本当に水なんですか?」

慧は、ラベルを剥がす。

杉三「やっと水にありつけた。ありがとうございます。」

と、一礼して、美味しそうに水をのむ。

慧「そうかあ。君はラベルや商品名があると、混乱してしまうんだね。自閉症のひとは、僕らより、情報が入りすぎていて、不安になってしまうと習ったことがあるよ。君もそうなのかな。」

杉三「うまかった。」

慧「大学も、看板や偏差値にこだわらず、生徒が充実して勉強できれば、越したことはないな。」

杉三「ちょっときいていいですか?この大学の理事長はなんて名前なんでしょう?」

慧「松岡敏ですよ、まあ、僕も、おなじとしという名前ですが、漢字が違うので。」

杉三「そうですか。僕は漢字がよめないから。」

慧「しかし、なんで理事長のことをきいたのです?」

杉三「どうして理事長は、飛び降りたのかな、とおもって。」

慧「あれは、、、ひどい事件でした。」

杉三「それで飛び降りたんですか?」

慧「まあ、そういうことです。責任逃れになってしまいますが、あのころは、本当に悩みましたから。夫婦仲もまずかったし。学長は、音楽を学ぶためには、生徒指導をもっと厳しく、といい、学校のバリアフリーを推進しなかったんですよ。精神を鍛えるとかいって。」

杉三「鍛えるから、古いままにしていくのなら、火事があったら焼け死んでしまいますよ。」

慧「はい、それもそうですが、いまは、古いままでは通用しませんよ。大学倒産時代ともいわれますし。」

杉三「この大学は、僕が子供の頃は、学校の先生とかたくさん出していたと、ききましたけど。」

慧「はい。そんな時代はおわりましたよ。あの事件から。」

杉三「あの事件?」

慧「日本音楽コンクールをしっていますか?」

杉三「ええ、いちどだけ、拝聴させてもらいました。三年前に。」

慧「おお!まさにその年です。そのときにある生徒を、大学の代表として出場させました。しかし、彼は、貴方のように、歩けない方でした。で、彼の演奏をきいた審査員が、歩けないのにショパンのピアノ協奏曲をひけるはずがないとして、かれは、失格になってしまったんです。これは、学校の恥として、学長は、彼を強制退学にした

のです。」

杉三「なるほど。それで障害者設備がないわけですか。」

慧「はい。女が学長になるなんて、やっぱりだめだと、他の大学の教授がたはバカにしたりしましたから。女性だからこそ、彼をコンクールに出そうと思ったんですけどね。」

杉三「それで、学長を説得しようと思って、僕にちかづいたんですね。」

慧「ははは。その通りですよ。」

二人、顔を見合わせてわらう。

杉三「じゃあ、奥さんをどう説得するかですね。」

敏「そういうことです。まったく、困ったもんですよ。女ってのは、たまに突拍子もないことを考えるものですな。貴方を、大学の宣伝にしようなんて、どこから思い付いたんでしょう。」

杉三「たしかに、僕もわかりませんよ。きっと、大学を維持したいんだとおもうけど、その方法ですよね。ただ、たしかなことは、音楽大学であるということで、あとは、なにも付け加えなくていいとおもうんですが。」

敏「そうですね。」

杉三「たぶんきっと、それだけで。」

敏「てを組みましょう、杉ちゃん。 」

杉三「ええ。」


翌日。杉三は、またも沙良によびだされる。

杉三「今度はなんですか?学長。」

沙良「一曲ひいてくれないかしら、ほんとうに。今度の学園祭で。」

杉三「無理ですよ。僕は、人に頼まれた曲は弾けないんです。」

沙良「そんなこと言わないで、せめて茉莉花だけでもいいわ。そうすれば、かならず大学は立ち直れる。お願い、私たちを救うと思って。」

杉三「そんな、救うなんて。それができるほど、上等な演奏はできません。ただの、大道芸人みたいなもので、演奏ができる訳じゃない。それじゃあ、意味がないでしょう。」

沙良「それだっていいのよ。だって、この大学、存続するのだってむずかしいのよ。緑大学が破産なんていったら、赤っ恥をかくじゃない。」

杉三「看板を売りにしただけじゃ、だめになるのは当たり前じゃないですか。大学は、ルイヴィトンじゃないんですから。それに、生徒さんたちも、勝手にそんなことしたら、びっくりするでしょうし。」

沙良「ここだけの話よ。ここの生徒に音楽を学ぼうと言う人はいないわ。みんな、適当にいきてるだけなの。若い人みんな、そう思ってるわよ。今の時代はね。ここまで豊かになると。でも、私たちは、大学を守らなきゃいけない。そのためには、貴方みたいなひとを使うことも、武器になるのよ!」

杉三「、、、。」

沙良「だからお願いなのよ。一曲だけひいて。お代はいくらでもだすから。」

杉三「お代なんかいりませんよ。茉莉花とか、和番でよければ弾きますけど。」

沙良「よかったわ!ありがとう!」

うれしいのか、嬉しくないのか、杉三は、よくわからなかった。

沙良「電車はまだ動きださないから。」

杉三「そうですが。練習してもいいですか。」

沙良「もちろんですよ。」

杉三「失礼します。」

と、車椅子を操作して、学長室をでる。

そこへ、何人か女学生たちがやってきて、

学生「杉様、おはようございます。」

学生「歩けないくせに、よく学長に気に入られたものですね。やっぱり、そのルックスでしょうか。」

学生「それにあるけないから、同情票もつけられる。あたしたちは、なにもないし、勉強しろしかいわれない。でも、あんたは、同情票がつくから、勉強を免除されて、ずるいわ。」

杉三「免除されてる訳じゃないんです。どうしても、文字というものが読み書きできないだけです。」

学生「それもずるいわよ、あたしたちは、単語の一文字違うだけでもどなられるのに、この人は、かけないから、と言われて。単に、書く勉強をしていないで、そこから、逃げたいだけなんじゃないの?」

学生「ほんとうはさ、勉強ができないから、逃げるために演技しているだけよ、きっと。」

学生「ほんと、ずるいわよね。自分の都合ねいいように、症状を並べてでっちあげているだけよ、そうでしょう、杉様!」

しかし、杉三はだまっている。

学生「だまるってことは、やっぱりずるいんだ。自分でも認めてるの?だったらすぐに死ねばいいのよ!あんたみたいな悪人、あたしたちには、一番嫌な民族よ!さっさと遠いお空にいけばいいわ!(てを叩きながら)死ね!死ね!死ね!」

慧がやってきて、

慧「おい、弱い人に死ねなんていけないよ!」

学生「ああそうですか、エロ親父!」

慧「なんだね、エロ親父ってのは!」

学生「(小さく)理事長の口調にそっくり、

、、。」

学生「あんたみたいに、仕事が全部終わって、大学にはいるなんて、あたしたちが、苦労したのも知らない人は嫌い!」

慧「あたしたちが、あたしたちがって、そういうことばかり考えるから、何でもつらくみえるんだ。そうじゃなく、もっと広い範囲でみてごらん。」

学生「まあ、おじ様、いつまでたってもふるいわね。いまは、みんな平等なんです。それもわからないんじゃこまります。いまは、大学にいくことは、義務教育みたいになってるって、予備校でもいわれたんです。それに教育を受ける権利があると、パキスタンの偉い少女がいったでしょ、あんたみたいに、ただ、趣味的に習いたいから大学にきているわけじゃないのよ。」

敏「いい加減にしてください!君たちは権利はあるのかもしれないけど、それを利用して、でっちあげてはいけないよ。君の親御さんたちは、君たちに専門的な教育をうけて、社会に出たときに役にたてるように学校に行かせてくれているんだ!それに、こたえなければ、」

学生「学校なんて、面白くなんかない。授業も部活も、みんな親や教師が支配するだけにすぎないわ!大学にきて、そこからやっと離れたのよ!こんな喜ばしいことはないわ!今時の若い人はなにもしないってよく言われるかもしれないけど、あたしたちは、あたしたちで、つらいのよ!」

学生「やめときなさいよ、あたしたちの生活がなくなるかも知れなくてよ。」

学生「そうね。あーあ、どいつもこいつも、あたしたちの気持ちなんかわかってくれないんだわ。じゃあな、くそったれ!」

といい、敏から、離れていく。

杉三が、敏の近くまできて、

杉三「大丈夫ですか?顔が、真っ青ですよ。」

敏「ああ、今の時代は、本当に苦しいな。」

杉三「そんな、落ち込まないでください。秋の学園祭では、必ず弾きますから。」

敏「本当に、やってくれるの?」

杉三「ええ。」

敏「ありがとう!本当に、感謝するよ!」

その日から杉三は、九号館で、ひっきりなしに練習した。何本か弦が切れたので、敏に調達してもらった。幸い、古筝の張り替え代は安かったため、誰も文句はつけなかった。


そして、学園祭当日。

あまり、大したことはないと、敏はいっていたが、まさしくその通りだ。沙良が、学園祭は教育ではないとして、あまり推進していなかったからだった。

杉三は、敏がリサイクル着物屋で、買ってきてくれた紋付きをきて、野外ステージにたった。客は数十人程度。古筝なんて名前も知らず、興味本意でしかない人たちしかいなかった。

敏「えー、このかたは、僕の親友で、古筝奏者の影山杉三さんです。今日は、僕の依頼できて、いただきました。王中山作曲、溟山という曲を弾いていただきます、では、どうぞ!」

杉三は、ためいきを一つついて、古筝をひきはじめた。暗く、重い旋律が流れ、速弾きは、怒りに変わっていく。しかし、それは、誰にも通じない、悲しみと怒りがよく伝わってくる演奏であった。本来なら、高山の春夏秋冬を描いた曲なのだが、その知識があるひとは、ほぼない。

客は、あっけにとられているというか、肝をつぶしていた。

杉三は、八分を越すこの大曲を、いっきに弾き終えて、最敬礼した。すると、割れんばかりの大拍手。スタンディングオーベーションの嵐。中には涙が溢れる人もいる。

爽やかな秋風がさっと吹いてきて、涙をかわかせた。敏が古筝を片付け、杉三は、舞台からおろしてもらった。拍手はさらに、続いた。

敏「お疲れさまでした!」

杉三「ありがとう。」

敏が、古筝を九号館に持っていった。車椅子の杉三は、自分で古筝を片付けることができなかった。

ゆっくりと、九号館に戻っていくと、学生たちがやってきた。

学生「すごい、いい演奏をありがとう!本当に。」

学生「この間は、ひどいこといってごめんね。」

学生「あたしも、杉様みたいにいい演奏ができるといいな、って、無理かあ。」

学生「そうよ、杉様だもん、人種がちがうわ。その体だからできるんだもんね。」

杉三「そんなことありません。皆さんは、読み書きもできるし、歩けるんですから、ずっと優れてますよ。」

学生「でも、そんな素晴らしい感性があるじゃないですか、私たちにはできませんよ。」

杉三「できますよ。」

学生「へ?」

杉三「いま、そうさせてくれるように、教えてもらっているじゃありませんか。僕は、あきめくらだから、バカの一つ覚えで、覚えるしかないないけど、皆さんは、教えていただけるんですから。」

学生「どこにそんなところが。」

杉三「決まってるじゃないですか、この大学の中ですよ。」

学生「なんだか、やる気が出てきたわ!」

学生「この人みたいに、素晴らしい演奏ができたら、あたしも、少しは自信がつくわ。」

学生「あたしは、ピアノを、いろんな人に教えてあげたいな。」

杉三「皆さんは、やっぱり音楽がすきなんですね、それさえ忘れなければ。」

学生「ありがとう!杉様。」


学長室の中で、沙良はそれをきいていた。九号館のなかで、敏もそれをきいていた。

敏は、眼鏡をとり、かつらをとった。そこに現れたのは、松岡敏理事長であった。理事長は妻で学長の松岡沙良が待っている、学長室に向かって歩いていった。


そして翌日。電車が開通した。杉三は、学長と、理事長夫婦に見送られながら、所沢をあとにした。


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