マラリア大流行
マラリア
登場人物
影山杉三
宇佐美優子
佐野愛子
高野
高見沢校長
影山美千恵
里森敬一郎
杉三の家
古筝を弾いている杉三。蚊が窓から入ってくるが彼は気付かない。プーンという音を美千恵が気が付き、彼の前でバン!と手を叩く。
美千恵「ああ間に合った。杉三、部屋にいるときはエアコンしていいから、ちゃんと窓を閉めなさい。さもないと、大変なことになるかもしれないから。」
杉三「(古筝の手を止め)どうして?」
美千恵「そんな事も知らないの?今マラリアが流行っているんですってから、あんたも気をつけなさい。」
杉三「マラリアってなに?」
美千恵「なんだかものすごい熱を、三日おきに出すって言う、怖い病気なんですって。その病原菌を蚊が媒介するから、虫除けスプレーをするとかして、あんたも気をつけなさいよ。あんたはいつも、外で仕事してるんだから。」
杉三「わかったよ。」
美千恵「じゃあ、これが虫除けスプレーね。この青いふたが目印よ。分かるわね?これを毎日体にかけて、出かけなさいよ。」
杉三「はい。」
と、虫除けスプレーを持って、学校に出かけていく。
子供たち「あきめくらの杉三、今日は虫除けスプレーを持って、おでかけか。」
子供たち「頭が悪いから、蚊も寄り付かないから大丈夫か。」
子供たち「あきめくらであったって、風邪はひく。」
子供たち「あきめくらだから、マラリアにもかかりませんなあ、ああおかし!」
と、散々からかって逃げていく。
吉田高校
相変わらず、庭はきの仕事をしている杉三に、
愛子「おはよう。」
杉三「おはようございます。」
愛子「あら、今日校長先生と一緒じゃないのね。」
杉三「なんだか、大事なお話があるとかで。」
愛子「あら、なにかしらね。それより、マラリアが流行っているから気をつけてね。」
と、校舎へ入っていく。
授業が始まるが、いくつか空席になっている。
職員室
職員会議が行われていて、
教頭「えー、先月からマラリアが流行り始めました。本校も例外ではありません。既に何人か生徒も欠席しています。これから、夏に入りますし、更に大流行する恐れがありますので、校長、暫く休校と、させたほうが良いと思いますがいかがでしょう?」
高見沢校長「そうですね。そのほうがいいでしょう。」
高野「いえ、その必要はありません。」
高橋「そうです。いま休ませたら、怠け癖が付いてしまいます。現代の若者は、自分を守ろうとする能力が欠けています。」
高見沢校長「自分を守るのなら、無理して通わせることもないとおもいますが。」
高橋「いえ、自分をまもるという意味を履き違えないでください。自分を守るために、敢えて危険な場所へ行かせる、ということを申し上げたいのです。獅子は子を谷に落とす。これが現在の若者に、非常にかけている部分ですよ。」
高野「今の若者は、べたべた甘やかされて、熱が出たら、ひたすら親の手厚い看護を受けている。それでは、親亡き後に備える練習がまるでできない。だからこそ進学率を上げなければならない、という結論になるのです。とにかく一人にさせること、親から離れること、自分に厳しく、人に優しく、そういうことが出来るように、教育は厳しくしなければならないのです。だからこそ、敢えて、危険な渦中にわざと送り込ませる訓練が必要なのです。校長、それが教育というものですよ。まあ、民間の方には分からなくて当然でしょうから、わたしたちが手本をみせてあげましょう!」
優子は二人の主張も分からないわけではなかった。たしかにそういうものも必要になるのかもしれないが、マラリアという病気に対して、意識が低すぎるのではないか、ともおもうのだった。
高見沢校長「しかしですな、いくら厳しいといっても、これだけの生徒が欠席しているわけですから、それも考慮しなければならないでしょう。マラリアという感染症は、下手をすれば死に至る事もあります。生徒をマラリアにもって行かれたら、大変な騒ぎになる事もありますよ。」
高野「校長、やっぱり民間人は頼りになりません。いいですか、日本でもマラリアはあるのです。わらわやみとか、おこり熱とか、様々な名前で呼ばれ、たびたび大流行を起こしていますが、もし、死に至るのであれば、今の日本は絶滅しているはずだ。こんな風にわれわれは生きているのですから、そんなことを考える必要は全くありません。それに、生徒は若いのですから、重症化することは多分ないでしょう。全く校長は世間知らずですな。もう一度、勉強しなおしたほうが。いかがですか?」
養護教諭でさえも、高野に反抗はしなかった。というより、出来なかったのだ。高野に勝てる人間はいない、という都市伝説さえあった。
結局、休校にはならない、ということで、職員会議はお開きになった。
教室、授業が行われている。
高野「いいか、体調管理をしっかりして、国公立大学へ行くために、寝食を無視して勉強しろ!」
生徒たちは何の反応もしなかった。
一人の男子生徒が立ち上がった。
里森「先生、寝食を無視していたら、体力を消耗するので、余計にかかりやすくなりますよ。」
生徒「おお、里森!英雄!」
高野「黙れ!特に里森にいいたい。お前は医学部を目指しているのなら、マラリアにかかったら、赤っ恥をかくことになるぞ!お前こそ、勉強しろ!」
里森「先生、病気になってからのほうが、患者さんの気持ちが分かるようになれます。死なない程度に病気をしなさいと、ある、御偉い方がそういっています。僕自身もそうおもっています。それだからこそ、良い医者になれると信じています。だから、赤っ恥をかくことなんて何もありません!」
高野「卑しい生徒の癖にこのおれに逆らうのか!」
里森「ええ、だって先生の言うことは、全く正反対ですから!」
高野「じゃあ、教えてやる。お前が目指している大学の医学部は、昭和の頃にはポン大と呼ばれていた、偏差値の非常に低い大学だ。そんなところを出ている医者なんて、開業医にもなれないだろう。それでは、医師免許が泣くことになるぞ!」
里森「ぼくは信じませんね。そんな話。」
高野「そうか、ではお前はどうやって生計を立てるつもりだ!」
里森「父が働いていた、大学病院で、その後を継いで。」
高野「は!大学病院なんてな、たいした医者が要るところではない!それより、開業させたほうがよほど儲かるんだ。そんな事も分からないなんて、お前も世間知らずだな!大学病院で教授になるなんてのは、東大か京大の医者で、お前みたいな私立の医学部なんて相手にされるはずが無い。そして、親にいつまでも甘えようとしている、お前の態度は、間違いだぞ。いいか、父上の後をとるなんて、既にそこが甘えている。それよりも一人になって、自分で考えなければだめだ。俺が正しい生き方を教えてやる。お前は私立の医学部ではなく、粗末な地方の医学部、しかも国立の医学部にいけ!そうすれば少し生活が保障されている。世の中で一番必要な者はなにか、頭を金槌でたたいて、よく考えろ!いいか、それを手に入れなければ、食べ物にもありつけず、餓死していくしか一生を送ることはできないだろう!」
里森は、がっくりと肩を落とす。
高野「よく分かったようだな。もう二度と逆らうなよ!では、ごみが居なくなったところで、授業をする。教科書を開け!」
誰も開かない。
高野「開け!おろかな虫けらども!そして俺に従え!お前たちが一生食べていけるように俺が教えているのだ!それに従えないやつは、こじきとなり、熱帯の太陽に刺されて死ぬだろう。だから、ありがたく思え!」
あまりの怖さに泣き出す生徒もいる。
高野「俺が、一生懸命自分の身を削って、教えてやるのに、泣く者ではない。社会に出てみろ、泣いたって通用するわけが無いのだ!自分を生かした仕事なんてどこにも無いのだ。そんなところを捜し求め続けた挙句に刑務所に入っているやつらが何人いるか、勘定してみろ!そうすれば、俺のありがたき教えが、どれだけ正しいか、分かるだろう!」
生徒は、ようやく教科書を開く。
休み時間。愛子は里森の机に駆け寄る。ぐったりと肩を落とす里森。
愛子「大丈夫よ。あんな馬鹿な教師の言うことなんて、何も真実ではないわ。あたしは、既に知ってる。全く当てはまらなくても、乞食にはならないで、幸せに暮らしてる人もいるのよ。」
里森「そうかもしれないけど、、、。あそこまで言われたら、本当にこっちが悪いと思うことになるよ。」
愛子「大丈夫よ!あたしが保障する。だって、この学校の敷地内に、あの人の言う正しい生き方に全く当てはまらないけれど、幸せに暮らしている人がいるのよ!うそじゃないわ!」
里森「そんな、、、でも心の中では、高野先生と同じなんじゃないのか?他の人も。なんだかそんな気がして、、、。」
愛子「それじゃあ、本当にあの人にぼろ負けよ。昼休みに校長室に、、、。」
里森「本当に?」
愛子「ええ。怖い人じゃないわ。一緒に会いに行きましょうよ!」
里森「う、うん、、、。」
昼休み。校長室。いつもどおり校長と食事をしている杉三。
高見沢校長「どうしたの?赤い顔して。風邪でも引いたのかい?」
と、杉三の額に手を置く。
高見沢校長「ああ、風邪かな?体が熱いな。今日は、早引けしていいよ。」
杉三「熱い、、、うそですよ、寒い、、、。」
と、がたがたと震え、箸を落としてしまう。
愛子が入ってきて、
愛子「杉ちゃん、新しい友達を連れてきたわよ。この人、同じクラスの里森君。」
杉三、里森の顔を見る。その顔を見て、里森が
里森「すぐ、お帰りになってください、でないと、この人は、、、。」
愛子「どうしたの里森君。」
里森「愛子さん、この人は、マラリアだ!僕が見てもすぐわかるよ!はやく何とかしてもらわないと放置したら、致命的になる。早く、熱を測って、、、。」
高見沢校長が体温計を出して、杉三の口に入れる。
里森「何度ですか?」
高見沢校長「九度八部、、、。杉ちゃん、どこか痛い?」
杉三「頭が、、、。」
里森「とにかく、急いで病院に連れて行ってあげないと。マラリアは、放置すると、大変なことになるんですよ。下手をしたら、脳や脊髄までやられて、死んでしまうかもしれない!」
愛子「そんなに怖いの!」
高見沢校長「よし、すぐ連れて行こう!里森君、君のお父さんは?」
里森「それが、昨日海外出張に、、、。」
高見沢校長「じゃあ、近くの病院へ連れて行こう。里森君、愛子さん、君たちも一緒に来てくれ、今日は特別だ、君たちは公休ということにしてあげるから!」
里森は意識が朦朧としている杉三を抱える。彼の体は火の様に熱い。そして、正面玄関から飛び出し、高見沢校長のワゴン車に、座席を倒して彼を乗せ、三人とも乗り込み、制限速度を越えて車を飛ばしていく。
病院は、幸い、すぐ近くにあるため、短時間で到着する。杉三は、ストレッチャーに乗せられ、集中治療室に運ばれる。そこで酸素吸入や、点滴が行われる。
愛子「お願い、死なないで!」
高見沢校長「どうすれば助かるのか、、、。」
里森「はい、クロロキンという薬剤を使用すればいいと言われますが、熱帯熱マラリアだと、それだけでは通用しません。」
高見沢校長「どう違うんだ?」
里森「はい、マラリアには、三日熱マラリアと、四日熱マラリア、そして熱帯熱マラリアとあるんです。ああいう高熱を、出しては下がり、という状態が何回も決まった時間ごとに繰り返されるのです。しかし、熱帯熱ではずっと熱がたかいままです。三日熱、四日熱でも、三度を越すと、危なくなると言われます。まあ、今は良い薬がありますが、もし、熱帯熱マラリアであれば、脳や脊髄を冒して、死んでしまう可能性もあります。」
愛子「じゃあ、それだと、もう使える薬も無いの?」
里森「キニーネという薬があれば、まだ何とかなると父から聞いたけど、、、。」
愛子「どうかお願い、あの人をまだ持っていかないで!」
里森「愛子さん、落ち着こうよ。今は騒いでも仕方ない。彼の、生命力に賭けるしかないんだから。」
高見沢校長「そうだ、こればかりは、人間の力が及ばないときもあるから、、、。」
愛子「そうね、、、。」
数時間後。空は赤く染まった。美しい夕焼けだった。
医師が、集中治療室から出てくる。
高見沢校長「どうなんでしょうか?」
医師「はい、おかげさまで熱帯熱マラリアではありませんでしたので、クロロキンの投与で、回復に向かうでしょう。」
高見沢校長「ありがとうございました。」
医師「いえいえ、皆さんの気が付いたのが早かったから。」
里森「よかった。」
愛子「本当に、、、。」
と、涙を流す。
医師「まあ、貴方の涙が彼に三途の川から戻って来いという知らせだったのでしょう。大丈夫です。まあ、学校ということもあり、皆さんは、緊張したかもしれませんが、医療は思ったより、ずっと早く進んでいるものですよ。それに漢方で治癒したという研究例もあります。たしか、日大で研究が進んでいるとか。」
里森「日大、、、。」
医師「はい、日大です。皆さん高校生でしょうか、もしかしたら、皆さんの誰かが、マラリアの治療に貢献してくれるかもしれないですね。ははは。」
周りは赤い夕焼け。三人はほっとため息をつく。
翌日、三人は、授業が終了後病院を訪れる。
杉三の病室。個室である。
愛子「杉ちゃん。」
杉三、起き上がる。もう、苦しそうな顔ではない。
里森「杉三さん、お体いかがですか?」
杉三「うん、おかげさまで。川を渡ろうとおもったけど、取りやめになった。お医者さんが、つれ戻してくれたって、看護師さんが言ってた。お医者さんって素敵だね。あきめくらの僕でも、助けてくれたんだから。」
里森「ありがとう、僕も君を助けて上げられるような、いいお医者さんになるよ。」
愛子「里森君、やっぱり、高野のいう通りにはならないわ。」
高見沢校長「本当だな。」
愛子「これでよかったわ。」
全員杉三の肩を叩きあい、にこやかに笑った。