うなぎ
優子「明後日は母の日です。」
無視する生徒たち。
優子「こら、こっちをむきなさい!」
さらに無視する。高野「(机を叩く)話をきけ!お前たちを苦しい思いをして生んで下さった、お母様に感謝の気持ちをこめて、手紙を書くのだ!」
といい、便箋と封筒を配っていく。しかし、思春期という年齢上、親に感謝というのは、なかなか難しい。それを実現化するには、教師の手腕のみせどころ。
高野「いいか、お母様はお前たちを、ものすごい苦しみの上に生み、いまでも、足や体を棒にして働いてくださるのだ。そのうち更年期にお苦しみになり、やがて、死ぬだろう。其のときに笑顔で、安心してしねるかは、お前たちが国公立大学にいくことでなりたつのだ。だから、お前たちはいまから、誓いの言葉を便箋に書いてみろ。そうして約束をかわし、安楽に死なせてやるという誓いをだせ。そうすれば、お前たちは、必然的に国公立大学に行くことができる!」
殆どの生徒は、ポカンとしている。
高野「書け!」
と怒鳴り付け、最前列の生徒の机を叩く。
高野「香川!」
香川弥生は、ひきつったかおをしている。
高野「お前は一番親御さんをくるしめているんだから、必ず国公立へいくように。
第一、髪をそめたり、化粧をさせたら、きれいどころか、被れてもっとわるくしたりするだろう。」
優子は、一番苦しめている、という単語に疑問を持った。実用性をとるのなら、愛子の方が低い。しかしなぜか高野は、弥生に矢を向けるのである。
弥生は、ふてぶてしくペンをとった。そして、なにか書き始めた。
高野「うん、それでよい。では、読んでみろ。」
弥生「おかあさん、私がうまれてごめんなさい。」
高野「なんと素晴らしい!」
優子は、どうしても訂正したかったが、高野に怒鳴られたら、自分も危うく、それでは不味いのでなにもいわなかった。と、いうより言えなかった。
高野「お前もやっと国公立へいく決心がついたな。うん、素晴らしい、素晴らしい成長だ。やっと自分が何をしたらよいのか、わかってくれたようだな。よし、今後は、国公立へいくために、心を捨てて、俺に従うように。」
ほかの生徒も書いていたが、優子は、読む気にはなれなかった。
高野「いいか、この世で一番必要のないものは、感性だ。それを消すのが大人になるということだ。そうすれば国公立へいけて、よい仕事にありつけ、そして、よいお金がもらえて、楽して楽しい人生を送り、生まれたことに喜びをもっていきることが、できるだろう。人間は仕事をしていないと、心がまがっていき、犯罪を犯す。のんびりと、は、もう死語だ。とにかく、将来のために、自分をすて、金をてにいれろ。そうすれば、60をこしたら、たくさんの楽しみをてに入れることができるぞ。そのために、いまから国公立へいき、よい仕事にありつけて、正しい生き方を身につけ、楽しい最期を迎えることができるだろう!」
と、独演会がはじまった。生徒は、ああ、またか、というかおをしている。優子は、聞きながら、子供の頃に読んだ「もも」に登場する、灰色の男たちの言葉に近いようなきがした。高野はスキンヘッドだったため、一瞬、灰色の男がやってきたようにみえた。
チャイムがなり、独演会は終了した。
愛子「弥生さん。」
弥生は、返答しなかった。
愛子「大丈夫よ、あの人のいうことは嘘だから。それより、お母さんに、自分がうまれてごめんなんて書かないでよ。お母さん、悲しむわよ。」
弥生「そうだけど。」
愛子「どうしたのよ。」
弥生「私が消えたいの。間違えて、変な世の中に生まれてきたみたい。」
愛子「なぜそう思うの?」
弥生「情報がないの。ただ、お知り合いの美容師さんが、勧めてくれただけなの。その人は、もう、50をこえているのよ。今考えれば、20年暗い前と、いまなら、違ってあたりまえよね。なぜ、私は、ここまで嫌な学校になってたって、調べられなかったのかしら。」
愛子「PCとか、スマートフォンは?」
弥生「あったにはあったけど、私は年がら年中、練習ばかりしていて、とても調べるよちはなかったわ。東京の美容学校に行こうとおもっていたけれど、これじゃあ、とても無理ね。」
愛子「でも、ご家族が。」
弥生「あんたも偽善者ね。それがあれば、苦労はしないわよ!」
愛子「だって亡くなった訳じゃないのに。」
弥生「ああ、みんなそうやって、私がわるいというのね。もう要らないわ、安易な慰めは。わたし、解ってるのよ。結局、選択肢は死ぬしかないって。みんなそういう。時間が、減っていくといわれたら、生きていたってしかたないわ。ああ、もう、私はそうなるようにできてるんだわ。友達もないし、死んだ方がいいってことね!」
愛子「弥生さん、それは極端すぎるような。」
弥生「だったらうちにきてよ、どれほど惨めか、わかるはずよ!私が!」
と、弁当を買いに教室をでていってしまう。
校長室
高見沢校長「どうしたの愛子さん、」
愛子「あたしは、偽善者だったのかな。弥生さんを苦しめてしまったかな。」
高見沢校長「確かに彼女は問題が多いな。高野さんも、へんな人だけど。」
杉三「まったくですね。本来弥生さんは悪い人ではないのに。まさしく人造人間にさせられそうになっているから、苦しいわけですし。」
愛子「 杉ちゃん名文句!」
高見沢校長「全くだ。でも、人造人間ではいけない。そうなってしまうから、自殺というものがあとをたたないわけで。」
里森「具体的にこれこれという症状がでれば、医者は動けるけど、それがないとなるとね。そうなる前にてをつけなければ、治らないというのが心なんだ。出てからじゃ遅いよね。」
愛子「どうしたらいいのかなあ。」
里森「正反対のことがあればいいんだけどね。」
高見沢校長「本当だね。あの男は、真実をへんな風にねじ曲げていうから、人造人間になってしまうんだよ。」
杉三「天然うなぎは美味しいけど、いまは養殖うなぎしかない、それと一緒だ。て、いうか、天然うなぎはもう、現れないのかもしれないね。ここまで、乱獲しちゃうと。でも、養殖うなぎは、養殖うなぎで、それなりにおいしいんだけどね。」
愛子「杉ちゃん、人造人間の次は、鰻のはなし?意味がわからないわ。」
杉三「(むしして続ける)世の中には、養殖うなぎになって、それなりの味をもつ人がおおいけど、天然うなぎの人もいるんだよ。でも、天然うなぎを養殖うなぎにしよう、という組織があるから、天然うなぎは潰されてしまうんだ。今の傷ついた子供のようにね。」
高見沢校長「なるほど。本来なら天然うなぎを育てなきゃいけないよね。」
杉三「(さらに)うなぎをそだてるには、本当に大変だよ。よくわかる。」
里森と愛子は、よくわからない顔をする。
午後の授業を告げるチャイムがなり、二人は、教室に帰っていく。
植松「えーと、この問題を解けるひと、てをあげて。」
生徒「先生、そんなの、センター試験には必要ないでしょ。」
植松「学校は予備校じゃない。予備校と学校は別のものを学ぶのだからね。」
弥生が立ち上がる。
弥生「じゃあ、あたしたちはどうしたらいいんですか?あれだけ国公立へいけといっておいて、そのために、必要なセンター試験の勉強をしていたら、学校とは、違うなんて。だったら、学校にいる時間を短くしてくださいよ。そうすれば、より国公立大学にいく人がふえて、より正しい生き方ができるようになりますよね。そうでしょう?」
植松の目に涙か光っている。
植松「そうだな。君がおこるのは、無理がない。」
弥生「人をきれいにするのは、そんなに悪いことですか?」
植松「そんなことは、ないさ。だって、自分がかわいくなって、喜ばない人間なんて、いないじゃないか。もし、高野先生のいうことが真実ならば、みんなおしゃれなんかしないのにね。」
生徒たち、拍手をする。
拍手は庭はきをしている杉三の耳にも聞こえた。
高見沢校長「植松先生、よくやってくれました。」
ふっと微笑む杉三。
放課後
高野「なんということをしてくれたんだ、俺のかおにどろをぬるきか!」
植松「いくらでも、塗ってさしあげますよ、だって先生がいうことは、間違いですから、そんなバカなことを言っても、効果はありませんよ!」
高野「なに!」
植松「それに、いまから親亡き後に備えるなんて、ありえないじゃないですか。親亡き後のことは、もう少しあとでいいんじゃありませんか?」
高野「お前はなにもわかってないな。いまの生徒は、回りが便利過ぎているから、厳しくしなければ、自主性がそだたない。厳しい包囲網をどうやって脱出するか、その知恵をつけるために、教えているんじゃないか!」
植松「先生がしていることは、ただのありがた迷惑にすぎ、、、ま、、、せん、、、。」
優子「どうしたんですか?」
植松「いえ、なんでもありません。」
優子「先生、顔が真っ白ですよ。」
高野「喜べ、俺にさからうと、そういうめにあうのだ。」
植松「そんなこと、ぜったいにありませんから!」
と、毅然として帰っていく。
その姿を、杉三がみて、
杉三「植松先生、お体がお悪いのですか?」
植松「杉三さん、ちょっと付き合ってくれませんか?」
杉三「はい。喜んで、」
二人は、少し歩いて、小さなカフェに入った。席に座り、二人はコーヒーを注文した。
植松「ああ、全く。いまの教育は段段おかしくなってますよ。大体、国公立大学は、聖地ではありませんから。僕はうんと、それを感じました。いくら、東大といっても、こういう仕事しかできないんですからね。」
杉三「どうして東大なのに?」
植松「僕は、東大にいたとき、二年間入院しなければならなかったのです。まあ、幸い、三年の終わりのときでしたので、単位はほぼ落とさなかったのですがね。あのときは本当にこりごりでしたけど。おかげで、こんな仕事しかできなかった。」
杉三「そうだったんですか。」
植松「だから知っているんです。世の中には、まけるひとがいて、勝つひとがいるってことをね。」
杉三「養殖うなぎは、皆同じ。天然うなぎはそれぞれ違う。本当はそうしたほうがいい。養殖うなぎで、いつも同じ餌を食べさせるより、いろんな餌をたべるから、天然うなぎは太く、うまい。」
植松「よい哲学をお持ちですね。高野先生、いまの言葉がきこえたかな。」
杉三「いえ、バカの一つ覚えですよ。」
植松「弥生さんに伝えてあげたいですね。」
杉三「先生が伝えてあげてください。庭はきよりずっといいですよ。」
一方、愛子は約束通り、弥生のすんでいる、アパートにいった。連絡網から彼女の携帯番号を読み取り、そこから、彼女の住所を割り出した。電車で、30分。だんだんに田園風景になっていく。なんだ、のんびりが死語なんて嘘じゃないか、と、愛子はおもった。
しかし、スマートフォンのナビゲーションは、愛子を非常に大規模な家につれていった。表札には、香川と書いてあるので、間違いはないのだが、何となく風がつめたい。愛子は呼び鈴をおした。
弥生の声「いいわよ、入ってらっしゃいよ。」
と、ガチャンと戸があいた。弥生は、ジャージ姿だった。
愛子「お邪魔します。」
と、弥生につれられて、なかに入った。
弥生は、お茶をだした。すると、男性と、女性の声がした。彼女の両親か。
男性「利息が2ヶ月遅れている、はやく返してもらわないと、、、。」
いわゆる、高利貸しだった。
女性「あ、あんたね、もうこの着物、いらないってことかしら?もし、捨ててほしくないのなら、はやくおかねを返してね。」
弥生「血も涙もない人たちなのよ。あの二人は。」
愛子「弥生さん。」
弥生「あんなことしている人たちに、感謝の手紙なんかかけるわけがないわ!」
こらえきれずにないていた。
愛子「弥生さん、私、素敵なひとをしってるの。」
弥生「え?」
愛子「あってほしいわ。」
弥生「どんな人?」
愛子「あきめくらだけど、すごく素敵な人よ。いつも、庭掃除をしてて。」
弥生「そんなひと、いるの?今時、あきめくらなんて。」
愛子「あってみればすぐわかるわ。いきましょ。」
二人は、家をでて、電車にのった。
丁度、そのころ、杉三と植松は、店のなかで議論していた。
店長「お客さん、携帯なってますよ!」
植松ははっときがつき、携帯をとった。
三十分ほどして
弥生と愛子が店にやってきた。
杉三「こんにちは、弥生さん。」
弥生「まあ、なんてきれいな人!」
杉三「そうかな?」
弥生「まつげ長いし、きれいよ!ちょっとまって。」
と、鞄をあけて、ファンデーションを取り出した。さすが、美容学校志願者だ。たくさんのマスカラや、化粧道具を持ち歩いている。
杉三「ぼ、僕は、男性なのに。」
弥生「関係ないわよ。いまは、テレビタレントで、化粧しているひとは、一杯いるわよ。」
といい、様々な化粧道具を杉三の顔に塗り込んだ。
弥生「ほらできたわ。」
杉三「どうなったのかな、僕。」
植松は、携帯にある、鏡を起動させる。
植松「見てごらん。いい男になったよ。」
愛子「本当だわ!」
植松「メイクの力はすごいな。」
弥生「まだ、序の口だけどね。」
杉三「いやいや、君は天然うなぎになるべきだ。」
植松「一層綺麗になって、妖精みたいだよ。うん、きみは本当に天然うなぎだね。」
杉三「ここにいないほうがいい。君の人生なんだもの。」
弥生は、ひどく赤面した。
翌日、彼女の机椅子は撤去されていたが、誰も文句をいわなかった。