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生き急ぎ過ぎた女


庭はきをしている杉三。

愛子「すぎちゃんおはよう。」

杉三「おはようございます。」

高見沢校長「今日は、いい天気だな。」

杉三「はい、そうですね。なんだかまた、台風がくるんでしょ。」

高見沢校長「いやいや、来るという訳じゃないんだよ。今回は通過するだけ。」

杉三「だって、あの丸のなかに。」

愛子「すぎちゃんは、読めないからそうとるのね。あの丸は、予想だから、確実にこっちにくるという意味じゃないのよ。」

高見沢校長「ははは。まあ、そういうことだ。しかし、きみがテレビをみるようになったのは、良い傾向だね。」

杉三「まだ、天気予報しかみないけど。」

愛子「じゃあ私、教室にいくわ。」

杉三「また、きてね。」

愛子「わかっているわ。」

このやりとりの一部始終を遠くでみていた人物がいたとは、誰も知らなかった。

休み時間。

生徒は、椅子から、すぐ立ち上がり、友達と話し出す。あるいは受験勉強したりする人もいる。女子生徒は、おしゃべりをし、男子生徒は勉強をする、という傾向があるが、たった一人、どちらでもない生徒がいた。増山朝子という女子生徒は、休み時間になると机に伏していつもねていた。

宇佐見優子は、なんとなく彼女にたいして不安であった。

優子「ねえ先生。」

植松「どうしたの」

優子「増山さんのことで。」

植松「うん、確かに問題だね。何しろ学校ではまるで、植物人間だからね。親御さんに、一度精神科か、カウンセリングをうけてもらうように、いってみてはどうだろう?」

高橋「ばかもの!そんなことをしたら、吉田高校がどうなると思っているんだ!」

優子は、がっくりと頭をおとすが、植松は無視する。独身の植松は、そういうことが可能なのである。

高橋「精神科なんて汚い所にいかせるのなら、まず、国公立大学にいくようにもっていけ!」

と、職員室をでていく。

植松「ほんと、こだわりすぎなんですよね。僕は東大いきましたけど、何にもおもしろくありませんでしたよ。」

優子「先生、東大なんですか?」

植松「ま、似合わないけど。でも、東大にいけたとしても、こうしてこんな仕事しかできない人間もいる、ということを、高橋も高野も、わかってないんだとおもいます。」

優子「訳がおありなんですね。」

植松「あんまり口にしたくないですけどね」

優子「はい。」

植松「せめて、心のノートとか、作らせてもらいたいな。それさえも、この高校は許してくれませんから。」

優子「それはなんですか?」

植松「はい、生徒が思っていることをノートにかかせることですよ。十五の夜じゃないけれど、一番難しいとしな訳ですからね。それさえも、禁止させられるとは、ひどすぎます。」

優子「そうですか。」

植松「学校というのは、一生を左右してしまう場所でもありますからな。あ、授業時間ですね。」

と、立ち上がり、職員室をでていく。



授業がはじまる。隣の組では、ゴリラが国公立神話を朗々と語っている。

優子は、自分の話なんて聞くはずがないと思いながらも授業をする。見回ると、ほとんどのものが、予備校の本を開いているが、朝子だけが、そうではない。少しうれしかった。






一方、校長室。警視の小橋がきている。

高見沢校長「脱法ドラックですか?」

小橋「そうなんですよ。なんとも、近所にすんでいたひとの話によりますと、そちらの制服をきた、女子生徒が、中年の女性から覚醒剤をかったそうなんです。」

高見沢校長「そんなことありません。うちの高校にかぎって。」

小橋「そういわれますけどね、でも、そちらの制服をきていた、という目撃情報は、なんどもきいております。ですから、きたわけですよ、校長。」

高見沢校長は、同様をかくせない。

小橋「校長、しっかりしてください。でないと、本当につぶれてしまいますよ。二度と繰り返さないようにするには、どうしたらよいのかを、考えてください。刑事は犯人を捕まえることしか、できないんですから。」

高見沢校長「はい、、、。」



数分後

高見沢校長が、小橋を送り出すため、正面玄関からでる。

そこへ、体育の授業がおわったらしく、体操着をきた、女子生徒たちとすれ違う。そのなかに増山朝子がいた。ほかの生徒たちよりもさらにつらそうだった。誰も、彼女にはこえをかけようとしなかった。

高見沢校長「増山さん、大丈夫?」

小橋「お体がわるいんですか?」

朝子「そんなことありません。」

その口調には「訛り」があった。一見すると、上方なまりに近いのであるが、小橋は、刑事の、勘がはたらいた。こっそり、増山という生徒をマークしろ、と、メールを打ち、吉田高校から出ていった。



高見沢校長は、重い頭を抱えて、校長室にもどったら、杉三が弁当を食べていた。

杉三「どうしたんですか?」

高見沢校長「君のようなひとは、ドラックというものは、いらないんだろうな。」

杉三「何のことでしょう?」

高見沢校長「うちの学校ででるとは、」

杉三「そうですか。ああいうものは、人間の頭をおかしくするだけだから。」

高見沢校長「わかるのかい?」

杉三「ジャニス・ジョプリンもそうだった。」

高見沢校長「ああ、あの人か。」

杉三「歌が上手でしたけど、あの人の歌ってのは、薬物が作り出したようものだと、きいていますよ。だから、本人が歌っているわけじゃないんですよね。」

愛子と、里森がやってくる。

愛子「おそくなってごめんね。最近、先生方もぴりぴりしてるわ。」

里森「心配していることがあるんだけどね。」

愛子「あら、どうしたの?」

里森「増山さんのことで。」

愛子「いつも寝てるわね。」

里森「それが、度を越しているような気がして。」

高見沢校長「度をこしている?」

里森「たまに、父がいっている病院にいったりするんですが。」

愛子「それがどうしたの?」

里森「先日、覚醒剤の売買をしていた、という中年の女性が入院してきたんだよ。その人の顔が、なんと無く、増山さんににているんだ。もしかしたら増山さんも。」

愛子「考えすぎよ。こんなのんびりした街に、覚醒剤なんてあり得ないでしょうが。そこまで、ひどい街じゃないわよ。」

里森「だといいんだけどなあ。」

高見沢校長も、不安を隠せなかった。



夕方

朝子は、学校から帰り、鍵をあけて家に入った。家にいても家族はいない。仕方なかった。祖父母とのいさかいで、この富士市に来たけれど、なにもかわらなかった。

祖父母と暮らしていれば、言われることは勉強しろ、しかないし、両親とくらしていれば、誰もいない。極端と極端のなか、生きた心地がしなかった。

朝子は、机の引き出しをあけた。さらに、スマートフォンをだした。引き出しは空っぽで、スマートフォンをダイヤルした。

男性が応答した。

朝子「もしもし、おばさんは?」

男性「とっくにつかまったよ、かわりに、担当になるから。」

朝子「スピード、くれるの?」

男性「ああ、北から入ってきたのがあるから。」

北から、という言葉に朝子は、飛び付いた。北からてに入るスピードは非常によく効くのだった。家の鍵もかけずに、家をとびだしていった。



病院

患者の中年女性がまた泣いていた。

看護師「どうしたんですか?またないて。」

女性「朝子ちゃんに、申し訳なかった。あやまりたい。」

看護師「大丈夫ですよ、小橋さんが捕まえてくれるから。」

女性「でも、このままだと、朝子ちゃんは、さらに悪いことに。私がいけないんです。朝子ちゃんが、家族と一緒にすんでいて、本当に辛い、だから、薬がほしいっていったから、なんで、私はじゃあこれを使えと言ってしまったのでしょう。」

看護師「朝子さんは、そんなに、ご家族と、なかが悪かったのですか?」

女性「はい。直接ではないんですが、虐待にも近かったような。」

看護師「どんな感じだったの?」

女性「おじいさまと、おばあ様と、時代が合致しなかったことや、お父様やお母様が力がなかったことでしょう。まあ、としよりがいる家というのは、多少あると思いますが、長くいきていて、苦労することは、多いですよね。親になれば、子供に苦労させたくはない、という気持ちはあるでしょう。だからこそ、いい大学、いい会社となるのだとおもいます。でも、それに彼女は、耐えられなかった。そして疲れてしまって、私のところに、来てしまったんじゃないのかな。」

看護師「あなた自信も、そういう生き方だったのよね。」

女性「はい。厳しい家庭でしたから。友達はもっともっと、気楽にいきてました。

そういうことして見たかった。夜遅くまで、雑談してみたかった。流行りの服装もしてみたかった。だから、こっそり洋服かって、でかけておりました。ばれると、父に怒鳴られましたが、逆に父が買ってくれたんだと思い込むようにして。人間は不思議ですね。こうでありたいと思い続けていると、本当にそうなるんだと思ってしまうのですもの。」

看護師「そうね。時代もかわってきているのね。生きにくい時代になったものだわ。」

女性「人生、わたしは敗北したわ。もう、いらない。」

看護師「生き急ぎすぎただけよ。さ、ゆっくり休みなさい。」

と、部屋をでていく。



繁華街。ピンクサロンや、クラブがいっせいにあかりをつけはじめた。

小刻みにあるく朝子。駅前につき、喜び勇んで電話する。

朝子「もしもし、おじさん。」

ところが、車椅子の音がして、

杉三「こんばんは、朝子さん」

朝子「えっ!」

スマートフォンをおとしてしまう。

杉三が拾い上げる。しかし、彼が握っ指は、いわゆるSMSといわれる、メッセージ再生のアプリケーションを起動させてしまう。さらに、右端をつよく握ったため、音量が最大になってしまい、

声「あ、おばさん、こんにちは、あ、北から入ったの?うれしいわ。じゃあ今日の八時にとりにいきますから、よろしくお願いしますね。北からのスピードは、最高ね。」

朝子「ちょっと、何をするの、止めて!」

と、スマートフォンをもぎ取ろうとするが、

杉三「覚醒剤だ!」

すると、駅近くにいた小橋がとびこんできて、

小橋「すぎちゃん、協力してくれてありがとう!覚醒剤を買ったのは君だね。警察署でじっくり話をきくよ。」

と、朝子を取り押さえる。

朝子「あんたの方が、その格好で、刺青をして、よっぽど悪いようにみえるけど。」

杉三「僕はあきめくらだから、お電話はかけられない。」

朝子「あたしは生きがいをなくしたわ。」

杉三「本当は生き甲斐じゃないさ。」

小橋「はいはい、喧嘩はあと。とりあえず警察署へ。」

朝子は、用意されていた護送車にのせられる。

杉三は、小橋に家まで送って貰う。

杉三「明日、学校はどうなるんでしょうね。」

小橋「そうだなあ。いま、多いからね。学生がこうやって薬物に走るのは。」

杉三「はい、ジャニスは、ヘロインに歌ってもらってたけど、彼女は覚醒剤に勉強をしてもらっていたのかな。」

小橋「そうだな。ありのまま、なんて歌がはやっている位だからね。難しい時代になったよ。」

杉三「高見沢校長先生にお電話を。」

小橋「ああ、しておくよ。」



翌日、朝子が逮捕されたため、高校は臨時休校となった。代わりに、教師たちは、全員あつまり、職員会議が開かれた。

高見沢校長「昨日のできごとは、大変遺憾であります。二度とこのようなことを繰り返さないために、みなさんのご意見を伺いたい。」

植松「前任校では、心ノートというものをつくり、生徒が家族のこと、友達のことをかいて提出する、というものをやりました。僕がこちらに赴任したときに、そのようなことが、まったく行われていないので、非常に驚いた記憶があります。これを機に、やってみては、どうでしょうか?」

優子は、確かにそうだと思った。

高野「いえ、その必要はありません。」

植松「どうしてです?」

高野「それでは生徒が、さらにあまえることになります。いいですか、いま一番足りないものは、厳しさです。少子化のせいもあり、親が猫みたいに子供をあまやかす。私の頃は、食べ物をとりあうのは当たり前でしたが、いまは、すきなものを残す時代になった。これでは、子供がさらに堕落していく一方です。だからこそ、厳しさなくして勝利なし、根性のないものは去れとおしえなければ。」

植松「高野先生、それは、やりすぎでは。」

高橋「いや、高野先生の方がただしい。良い方法があります。」

一瞬、教師たちはぽかんとする。

高橋「あの、あきめくらで入れ墨の男を犯人にしてしまえばいい。あの男が

、増山をそそのかして、増山は覚醒剤を買った、と言うようにすればいいのです。実に簡単に、ゴミ掃除ができる。そういえば、本校はまた、よい学校にもどりますよ。」

植松「しかし、他の生徒は、どうするんですか。あの二人だけじゃありませんよ。」

高橋「は!植松君、もう一度よく考えてくださいよ。増山は悪人だと教え込めばいいのです。なんといっても、生徒は、まだ何も知らないのですからな!」

植松はがっくりと肩をおとした。



翌日。

美千恵「杉三、いる?」

杉三、古筝のてをとめ、

杉三「どうしたの?」

美千恵「今日は、学校にいかなくていいって。」

杉三「今日は、黒い日なのに。」

美千恵「そうだけど。」

杉三「高見沢校長がそういったの?」

美千恵「違うひとだったわ。」

杉三「男性?あの、ゴリラみたいな、、、。相撲取りみたいな太い声。」

美千恵「ああ、 そういうば、そうだったわ。」

杉三「よくわかったよ。小橋さんにお電話かけてくれる?」

美千恵は、その通りにする。

杉三「小橋さん、お願いがあるんですが。」



吉田高校では、学校集会がおこなわれている。

高橋「いいか、あの、あきめくらの入れ墨の男から、増山朝子は覚醒剤を教えられ、このようなあやまちを犯したのだ。おまえたちは、そうならないように、国公立大学にいくという信念をすてないように。」

高見沢校長は、がっかりと肩をおとす。

愛子「何かの間違いです、彼がそんなことをするわけがない。」

里森「そうですよ。どうやって彼女を陥れたのか、説明して下さい。先生!」

高橋「学校で、できないのなら、携帯もある。スマートフォンであれば、声で操作できるアプリケーションもあるじゃないか!」

里森「少なくともかれが、増山さんと接触した様子を見たことは、まったくありません!」

高橋「おまえたちが弁明しようとしても、事実は事実だ!教えてやっているのだから、ありがたく思え!」

事務員がやってきて、高見沢校長に何かいう。

高見沢校長「(ちいさく)お通しして。」

その直後、車椅子を操作する音。

愛子「あっ!」

杉三と小橋がきている。

里森「帰ってきた!」

高見沢校長「どうぞあがってください!」

小橋におしてもらいながら、杉三は、講堂にはいる。

小橋「いやいや、紛らわしいことをしてすみません。増山さんをはやく更生させたくて、彼にてつだってもらいました。まあ、なかなか接点がないひとではありましたけど、文字を読めないということが、今回は、非常に大きな武器になりました。」

杉三「あきめくらが、こんなに役にたつとは、しりませんでしたよ。いつもは、誰かに、お電話をかけてくれとたのむのは、ほんとにつらい作業でしたけど、こんなかたちでやくにたつとは。」

小橋「はい、そうなのです。それに、かれが、増山さんをスマートフォンでそそのかした事実はまったくありません。電話はできたかもしれませんが、数字すら、読めないので、彼のお母様が、代読をして、御電話をするそうです!まったく、先生方も酷いものですな。ここまできれいな人を、犯人にするとは。」

高橋、高野は、苦虫を噛み潰したかおをする。

生徒全員、大拍手をする。



集会は、おひらきとなり、愛子が、小橋のもとへ近づき

愛子「増山さんの、見舞いはできませんか?」

小橋「いまは、ちょっと無理だが、まだ乱用した日数が少なかったので、はやく面会できそうだよ。」

里森「よかった、こう伝えてあげてください、心配してくれる人はかならずいると。」

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