身分制度?
小川咲子の家。
電話がなる。
しかし、だれもでない。
難聴の父の声は大きく、発音もへたなのですぐわかる。母は仕事にでてしまっていた。父の収入ではやっていけないから、母が働くのだった。
父「咲子、出てくれ!」
咲子は、電話にでる。掃除機のセールスだったので、すぐにきる。
とりあえず、ようは済ませたから、咲子は部屋に戻った。本当は図書館にでもいきたい。でも、車は母のものしかなく、まして免許をとるのであれば、お金がかかりすぎる。
どうして自分は、当たり前の家庭に生まれることができなかったのか、悔しくてたまらなかった。
吉田高校
また、高野の独演会。
高野「おい、小川!」
咲子「はい。」
高野「いま、俺がいったことをいってみろ。」
咲子「わかりません。」
高野「正しい生き方を教えているのにか ?」
咲子「正しい生き方、大人なんてみんなばかですよ!」
高野「もう一度いってみろ!」
咲子「大人なんてみんなバカです。もう一度いいました!」
高野「卑しい生徒のくせに、逆らうとは、なんて生意気なやつだ!いいか、おまえは特に身分が低いんだから、俺の指示に従えば、」
と、高野は、独演会をはじめたが、咲子は、それをほぼ素通りしていた。
チャイムがなり、独演会は終了した。
愛子「咲子さん大丈夫?」
咲子「あんたなんかに言われなくたって、がんばってやるしかないわ。」
愛子「そう?一人で抱え込むのはやめてね。絶対によくないから。」
咲子「愛子さんは聞き上手ね。でも、あたしは、愛子さんみたいにはなれないわ。」
愛子「どうして?」
咲子「言わないで。よけいあたしは、辛いのよ。仕方ないと思えば思うほど、辛くて仕方なくなるのよ。」
愛子「そう。でも、なにかあったら、おしえてね。」
愛子の口調は優しいが、咲子は悲しくて仕方なかった。
授業中でも、多くの教師が国公立大学神話をきかせる。信じている生徒もいるが、咲子はそれは間違いだとしっていた。
回想、咲子の家
父「仕事をくびになった。」
母「お父さん、どうするんです?咲子だって、これから受験じゃありませんか。」
父「咲子がなんだって?」
母「受験ですよ、」
父「は?」
母「じゅ、け、ん。」
父「書いてくれ。」
母、受験と紙に書く。
父「うん、がんばってはたらくよ。」
母「そうですけど、そんなに遠いんじゃ仕事もできないじゃないですか、」
父は、ぽかん、としたままだった。
母「もう、いらいらするから、私が働きますよ!話せばはなすだけ、いやになります!」
といって部屋からでてしまう。
咲子は、勉強をしていたが、父母が毎日これなので、勉強する気には、なれなかった。父が難聴になったのは、ある意味自分のせいだとは高野からしっていた。
回想
医師「難聴をあまくみていましたね。もうちょっと、はやく受信したら聴力は落ちなかったかとおもうんですが。」
父「それは、どういうことなんでしょう?」
医師「つまりですね、いわゆる、職業性難聴というものです。別名をいいますと、騒音性難聴。普段からドリルであなをあけるのが仕事であれば、その機械の音が原因で、いわゆる感音性難聴を引きおこしたことになります。進行をとめるには、仕事を変えることでしょう。」
父「偉そうなくちをきくな!俺は娘を進学させなきゃいけないから、働くんじゃねえか!それをもぎとったら、どうやって生活していけばいいんだよ!」
母「いいすぎですよ、それは!」
両親を見ていた咲子は、急になきだした。
母「ほら、そんなこというから、咲子もこわがっているじゃありませんか。」
幼い咲子は、理由はわからず、いつまでもなき続けた。
その後も、父は、作業員をつづけていたが、難聴は進行していき、ついに、くびになってしまったのであった。
回想おわり
母「ただいま。」
咲子「おかえり。」
母「お父さんは?」
咲子「知らないわ。」
母「お夕飯、買ってきたからよんで。」
咲子「さっき、でていったきりかえってこないわよ。」
母「お夕飯、買ってきたけど。仕方ないわね、先にたべましょうか。」
二人、コンビニ弁当を、テーブルにおき、食べ始める。
母「ねえ、咲子。」
咲子「なに?」
母「いきたい大学はきまったの?」
咲子「いらないわ。私には、無理ってわかってるから。」
母「そんなこと言わないで、お父さんが悲しむわ。」
咲子「でも、事実、無理でしょう?うちの家は、普通の家じゃないじゃない。私、知ってるの。世の中には身分制度があるって。江戸時代みたいに、はっきりとはしていないだけで、どこの世界にもあるんだって。運動会でも、マラソン大会でも、一位があればビリがいる。だから、世の中はそういう風にできているのよ。まあ、うちの家は、低いん身分になっちゃったのよ。そう思ってたほうがらく。だから、大学にはいかない。それでいいわ。高校へはいかせてもらったことに感謝して、あとは、がんばって働くわ。」
母「咲子、、、。」
その態度は、予想だにしていなかった。
母「それ、どこでおぼえたの?」
母は、一気になきだした。
咲子「おかあさん?」
咲子「どうしたの?」
母「お母さん、そういうこと、一回もいってないんだけど、どこで覚えてきたの?」
咲子「学校の、高野先生から。」
母「目を覚ましなさい!あんなばかな教師に負けてはいられないわ!」
咲子「だって、そのとおりじゃないの。」
母「あの人は極悪人!親がきいたら、情けないだけよ。いい、あの人はそうやって洗脳しているの!子供に身分が低いなんて言われて、喜ぶ親なんているわけがないでしょうが!しっかりしなさい、そして、悪い人をやっつけるの!」
咲子「でも、私はそういわれたわ。それに、まさしくその通りじゃない。うちは、お父さんが聾だから、おかねだってあるわけじゃない。大学はものすごくお金を必要とするでしょう?それに、四年間勉強したって無意味なだけよ。身分が低い人間には。それに、学びたい学問はないわ。みんな嘘っぱちとわかってるから。」
母「咲子!じゃあきくけど、あと少しだけの高校生活の間で、勉強したいとおもうことや、物がでてきたら、どうするの?」
咲子「安心して。そういうことは絶対にないわ。大丈夫よ。」
しかし、母は笑顔ではなかった。ひたすらに、テーブルに顔をふせて泣くばかりだった。
咲子「おかあさん、泣かないでよ、そんな、永遠にお別れする訳じゃないでしょ、、、だって、正しい生き方っていわれてるのよ、、、だれも反論はしないわ、みんな誉めてくれるわよ、だから、泣かなくてもいいじゃない、、、お母さん、泣かないでよ、現実問題できないでしょ?おかあさん、、、?」
母、たちあがり、彼女を平手うちする。
母「そういう理屈は、お父さんとお母さんへの侮辱よ!出ていきなさい、こんな子、うちの子じゃない、正しい生き方なんて、誰かが作るものじゃないのよ!」
と、彼女を玄関から突きだし、ピシャンと、戸をしめてしまう。
外は真っ暗である。咲子は、はだしのまま、道路をあるく。
とぼとぼと歩きながら、高野の独演会を思い出す。
高野「いいか、お前たちのお父様もお母様も、自分を殺して、一生懸命働いて下さるのだ!いいか、私立の大学は一千万円だ、それを払える力は、持っていないはずだ。この高校に来るものは、身分が低いという設定できているのだから、私立にはいってはいけないと思え。いきたい者は、それは悪事だから、いってはいけないと思い込め。ある言葉を繰り返すと、簡単な問題に答えられなくなるほど、人間は簡単に覚えられる。一千万円がどれだけ多くの金額で、そのために、お父様やお母様がどれだけ苦労をしているか、思いこもうとすれば、自動的に国公立にいけるとおもうことができる。まだ、未練があるものは、給料袋を見せてもらえ。それでもだめなら、盗み読みして、金額を御守りとしろ。菅原道真を祀った神社より、もっと効果のある御守りになるぞ。さらにだめなら、その御守りを他の人とみせあい、いかに身分がひくいのか、話し合い、すぐに別れろ。友達は敵になるのだから、信じてはいけない。これを毎日くりかえすことにより、国公立大学という正しい生き方ができるのだ。」
咲子は、その通りにした。佐野愛子は、中学から仲のよい友人であった。たしかに、彼女の父母の給料は、愛子の父母の三分の一程度しかない。ということは、高野の言う通りだ、と咲子は、確信し、愛子とも付き合いを断ったのである。
一方、愛子の方は、不安を募らせていた。咲子が、急に自分の下を去ってしまったからであった。
愛子の父「相当きこえないな、小川さん。」
愛子の母「大丈夫なのかしら?補聴器をかうとかすればいいのに。私たちも小川さんに借りがあるわけだから。」
愛子の父「そうだなあ。あんな優秀な人が、くびになるなんて。まあ、聾になるというのは、たしかに、辛いけれど。」
愛子「私たちでおみまいにいこうかしら。」
愛子の母「そうねえ、でも、私たちの言葉もきこえないわけだから、、、。」
愛子の父「戻ってきてほしいな。ドリルが難しいのであれば、他の仕事として。なにか、聾であっても、できることはないのか。」
愛子の母「中途失聴はむずかしいわよ。」
商店街をぽつりぽつりとあるく咲子。
反対側に車椅子のおとがきこえる。音はだんだんに近づいてきて、杉三があられる。
杉三「こんにちは、こんな夜におでかけ?」
咲子「庭はきさん。おでかけじゃないわ。ただ、勘当されただけなの。」
杉三「勘当?」
咲子「そうなのよ。正しい生き方が間違いだといわれたの。ほんとうに、そうだとおもってたけど。」
杉三「正しい生き方ってなんでしょうね?僕はわかりませんよ。」
咲子「働いて、お金を返すのが正しいとおもっていたら、親は大学にいってほしいみたいで。一体、どっちなんだろ。」
杉三「親御さんがいいといってくださるのだから、それでいけばいいんじゃないですか?僕は学校には通ってないけど、学校にいけばもう少し頭が新しくなったかもしれないし。」
咲子「でも、あたしは、生き甲斐をなくしたのよ。」
杉三「いきがい?何がですか?」
咲子「だから、大学にはいかないで、はたらくこと。ほかの生き方なんて、おもいつかないし。」
杉三「ほんとうに、正しい生き方なのでしょうか。僕は、そうはおもわないけど。」
咲子「え、どうして?私が働かなきゃ、幸せになれないわ。お金がないと。」
杉三「ちょっとこちらにいらしてください。」
といい、車椅子を操作し、別の道へ。
咲子「ちょっと、どこへいくのよ!」
杉三「僕の友人の家ですよ。」
咲子「あなた、歩けないんだから、もっと慎重にいきなさいよ!」
杉三「いえいえ、そんな心配は不要ですよ。」
と、進んでいく。そして、小さな家の前にくる。
杉三「呼び鈴を鳴らして。届かないから。」
咲子は、呼び鈴をならす。
声「はい、どなたですか?」
中年の婦人の声。
杉三「杉三です。友達をつれてきたよ。」
声「龍介、すぎちゃんきたよ。」
しかし、声はない。ガチャンと、ドアがあき、中年の女性が現れ、
桂「どうぞあがってちょうだい。龍介、いまくるから。」
杉三、彼女にしゃりんをふいてもらい、なかへはいる。
桂「龍介!」
声のない、少年がおりてくる。
杉三「龍介くんこんにちは。」
龍介は、にこにこしているが、やはり声はない。代わりにメモをとり、書きはじめた。そして杉三に手渡す。
杉三「僕は読めないのです。」
咲子「こんにちは、と。」
杉三「ほんとうに?」
咲子「あたりまえよ、そう書いてあるんだから。この子、言葉が言えないのかしら。」
桂「耳がきこえないのではないのよ。ただ、声帯を取っただけよ。」
咲子「そうなら、杉三さんも、文字を覚える工夫くらいしなさいよ!余計に彼がかわいそうにみえるでしょう?」
杉三、がっくりと落ち込む。
咲子「(怒りにまかせて)そうやって、被害者ぶるんじゃないわよ、あたしの父は、あたしのせいで、聾なのに働かなきゃいけないのよ!」
桂「それは本当にあなたが原因なのかしら。」
咲子「だって私が、大学にいかなきゃいけないから、そのせいでうちの父も母も、ボロボロで。いきていて申し訳なくて、たまらないんだから!」
杉三「その言葉ほど、悲しませる言葉はない。」
咲子「あるのよ!社会には身分制度があって、お金があって健康な人しか幸せにはなれないようにできてるの!」
杉三「そうかな。僕は歩けないし、読み書きもできないけれど、幸せだよ。」
咲子「あんたみたいに、障害を打ち出していたら、一生を棒にふるだけよ。あたしが、どれだけ辛いとおもってるの?あんたは、障害の真っ只中にいるから、わからないんでしょうけど、その子供は一番の被害者であることに、気がついてもらいたいわね!」
杉三「ごめんなさい。」
桂「杉ちゃん、、、。」
杉三「ごめんなさい。」
咲子「いいこぶっ、、、。」
杉三「僕は世の中に身分制度があるなんて、知らなかった。だから、だめなんだ、気がつかなかった。」
龍介が紙に書く。
桂「身分が低くても、僕は幸せだよ。」
咲子「どうしてこんなことばかりいうの?あたしが、どれだけつらかったか、なんてももう通用しないのね。あんたみたいな人たちは、偽りのしあわせと言うおしゃぶりを、一生吸い続ければいいわ。こんな家、二度と来ないから。もう、なにもいらないから!」
咲子は、バタアンとドアを閉め、スポーツカーのように飛び出していった。
もう、どんな生き方を選ぼうかなんて、わすれていた。いつのまにか、金を得られない人間は最低だという高野の言葉に洗脳されすぎていた。誰かのために働くのが間違いだなんて、どうしてもわからない。正しい生き方と信じてきたことが、ここまで否定されてしまうと、どうしたらよいのかわからなくなり、ただの強い怒りしか現れないのだった。
家にも帰れなかった。咲子は、もう死ぬしかない、と決意した。
踏切の近くにやってきた。咲子は、踏切をじっとみていた。
すると、誰かの声がした。
愛子「咲子さん!」
里森「咲子さん、それはダメだよ!」
と、後ろからパトカーのサイレンの音。
警察官が何人かでてきて、彼女を取り押さえた。
パトカーから、母と父がでてきた。二人とも泣いていた。
咲子「あたしは、、、あたしはどうしたら。」
母が彼女をひしとだきしめた。
ただ黙って泣くだけだが、言いたいことは、山のようにあるようなきがした。