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白鳥

ある日の富士駅。

杉三が駅員に連れられて電車を降りる。さらに、車椅子のエレベーターにのり、自動改札機にスイカを押して、駅を出る。そして、家に向かって、車椅子を操作していく。

と、向こうから髪を朱にそめた若い男性がやってくる。右手に大きなものをもっているが、ギターではない。そのケースの形から言えば、恐らく二胡などと、推量されるが、それよりは一回り大きいので、四胡とわかる。しかし、その髪のいろをみると、パンクロックのようにみえるのだが。

と、ガタン、とおとがして車椅子がとまる。側溝に落ちてしまったのだ。こうなると、自分ではどうにもできない。

杉三が、誰かをよぼうとすると、青年は、彼のもとへ駆け寄ってきた。そして、入れ墨した腕で、車椅子を軽々と持ち上げ、側溝からだしてくれた。

杉三「ど、どうもありがとうございます。」

青年「お怪我はありませんか?」

杉三「はい、大丈夫です。ありがとうございます。」

青年「お着物、汚さないでよかったですね。そんな立派な大島を着て、やぶれはしないかと、心配していました。」

杉三「よくわかりますね。」

青年「触った感触からそうだとおもったんです。」

杉三「おわかいかたが、紬を塾知されているのは、めずらしい。」

青年「いや、ただのバカの一つ覚えですよ。名前を名乗らせてください。穂村由紀夫ともうします。」

杉三「穂村由紀夫さんですね。僕は影山杉三です。穂村さんって、その髪形のとおり、炎みたいにみえるから、すぐ覚えられます。」

穂村「冗談がお上手ですね。ぎゃくに、杉三さんは、そのお顔からは、連想しにくいほど綺麗ですね。」

杉三「まあ、そういわれますけど、そんな自信はありません。生まれつき、あきめくらだし、歩けないし。」

穂村「はあ、そうなんですか?学校にいけなかったのですか?」

杉三「いえ、小学校はやめました。どうしてもああいう世界は馴染めないんです。」

穂村「そうですか、で、いつも大島を着ているのですか?」

杉三「はい、洋装より、お気に入りです。いまは、作る方がすきです。」

穂村「作るんですか。いや、すごいですね。僕にはできないですよ。毎日着物で生活するなんてすごいなあ。」

杉三「よかったら、お教えしましょうか?僕のうちへ来てくれれば。あまっている反物、さしあげますよ。」

穂村「いやいや、そんな高級な生地は、

家ではビリビリにされてしまいます。」

杉三「どういうことですか?」

穂村「いや、杉三さん、僕にはじかんがない。」

杉三「え?」

穂村「きっと、縫い方を覚えた程度で、終わってしまうような。」

そういわれてしまうと、杉三はなにもいえないのだった。

穂村「じゃあ、また。」

と、穂村はたちさっていった。四胡ばかりが大きくて、彼は痛いほど、小さいひとだった。


杉三の家。美千恵がきしめんを食べながら、

美千恵「どうしたの?あんた。大好物なのに、口にしないなんて。」

杉三は、こたえない。

美千恵「考えすぎもよくないわよ。」

杉三「うん、、、。」

一方、穂村家。由紀夫が帰ってくる。由紀夫も、母瑠美と二人暮らしであった。

由紀夫「ただいま。」

瑠美「お帰り。どこへいってたの?」

由紀夫「ちょっと、チューニングをなおしに。」

と、いって、由紀夫は自分の部屋にいってしまった。部屋には愛用の四胡が四本。由紀夫は合計で、五本四胡を所持していた。まあ、中国は物価がやすく、かなりの安値で日本でも取り引きされているから、古筝も、四胡もわりと安く、

高級品を持つことができる利点があった。それに、二胡をはじめとして、人間の歌う声に近いものが多いため、親しみやすい楽器になりやすいのである。

由紀夫は修理してきた四胡をひいてみた。低い、独特の音で、由紀夫の容姿から連想すると、まさしく色男だ。

由紀夫の目に涙が光った。

由紀夫「自分はなんのために生きてきたんだろう。」


回想、静岡ガンセンター。

医師「いわゆる、じゅうもうがんというものですね。」

父「あの、それは怖い腫瘍なんでしょうか?」

医師「いや、全然ありません。一昔前は、いろんなところに転移しやすい腫瘍でしたが、現在は化学療法ですぐよくなりますよ。」

父「そうなんですか!本当によかった。」

医師「由紀夫くん、大丈夫だよ。お母さんは助かるからね。」

由紀夫「ありがとうございます!」

事実、半年ほど薬をのんで、瑠美は、全快して、由紀夫は寂しさから解放された、と、おもった。


数年後、十二才の由紀夫。

学校から帰ってくると、瑠美が、慌てふためいた様子で、玄関から出てきた。

瑠美「由紀夫、おばあちゃんをみなかった?」

由紀夫「また出ていったの?」

瑠美「お母さんは、公会堂をさがすから、あんたは、公園の近くにいってみてくれる?」

と、電話がなる

瑠美「はい、穂村ですが。あ、わかりました、すぐいきます。」

由紀夫「どうしたの?」

瑠美「おばあちゃん、スーパーマーケットにいるみたい。いま連れて帰るから、由紀夫もきて。」

由紀夫「わかったよ。」

瑠美、由紀夫は、車にのりこみ、スーパーマーケットにいった。警備室に飛び込むと、祖母が話している声がした。

祖母「だからあたしは、あのくそあまのいるところには、いきたくないんだ。あと少しで女の子が産まれるとおもっていた。でも、あまのやつ、流産して。二度と生めないからだになって。」

祖母の認知症は重度であった。特養にいれようかとおもった時期もあるが、家で死にたい、と本人がいうことを聞かず、そのままになっていた。彼女のいうことは、正解と不正解が混在していた。確かに、瑠美が二人目を身ごもって、胞状奇胎となり、その後じゅうもうがんとなったのは由紀夫も知っていた。しかし、祖母がいうような、流産をしたということはない。さらに、女の子をほしいと希望したわけではない。祖母が、母の母であることから、婿養子であった由紀夫の父は、娘を性病に罹患させたとこじつけられ、自殺して他界した。いくら瑠美が、性病とは関係ないのだと、説明しても、祖母は聞く耳を持たず、父にむかって小言をいったり、愚痴をこぼすようになり、それゆえの自殺だった。

四胡の音は、二度ときくことのない、父の声に似ているところがあり、由紀夫は、いつまでも、弾いていたいのであった。


翌日。

杉三が庭はきをしていると、

高見沢校長「杉ちゃん、ちょっといいかな、」

杉三「はい、なんでしょう。」

高見沢校長「堀越の川田真紀子さんから、お便りがきた。穂村由紀夫というひとをしっているかな?」

杉三「ええ。」

高見沢校長「その人が、堀越で演奏をしたそうだ。とてもうまい人だったらしいから、うちにも招きたいけれど。」

杉三「高野先生が容赦しませんよ。赤髪だし。」

高見沢校長「関係ないと思うよ。髪をそめてる音楽家は、たくさんいるじゃないか。」

杉三「堀越は、いろんな人がいますから、いいんですが、ここは、そうじゃない。高野先生も、高橋先生もいる。あの方は、むりだとおもいます。」

高見沢校長「そうか、残念だなあ。真紀子さんは、素晴らしい弾き手だと、ほめていたのたが。」

杉三「そうかもしれませんね。」

高見沢校長「実を言うと、四胡、というとあまりよく知らないのだけど。」

杉三「僕も、四胡と合奏したのは、二度か、三度しかなくて。」

高見沢校長「どういう楽器なんだい?」

杉三「はい、二胡は2弦ですが、四胡は4弦で、音は二胡より、低いんです。二胡は、女性の声ににてますが、四胡は、男性の声になります。モンゴルの人がよく弾いているみたいですね。」

高見沢校長「なるほど。二胡と一緒に弾けば男女のドゥエットになるね。メンデルスゾーンの無言歌をひいたら、きれいに鳴るだろうなあ。」

杉三「うーん、吉原のメンデルスゾーン、になりますね。」

高見沢校長「吉原遊郭のことか。確かに、二胡というものは、遊女の声にもちかいからなあ。」

杉三「まあ、そういうことです。」


数日後。富士駅。杉三が改札をでると、人の歌う声がする。いや、四胡の音である。しかし、塾知していないと、単にスキャットで歌うようにしか聞こえないかもしれない。

杉三は、歌の方に行ってみる。

数人の女性に囲まれながら、穂村由紀夫が、四胡をひいている。曲は、ズッケロという人が書いた、ミゼレーレという曲である。杉三は思わず、歌詞を口ずさむ。

杉三「ミゼレーレ、ミゼレーレ、、、。」

そういって、歌の最後までうたってしまう。細く高い声で、力がなかった。逆に、由紀夫の方が驚いていた。

由紀夫「どうして、読み書きできないのに、イタリア語で歌えるんです?」

杉三「この歌がきれいだから、覚えてしまったのです。歌詞はまったくわからない。」

由紀夫「わからないのに、どうして、そんな上手なんですか、まあ、巻き舌はできてないけど。」

杉三「単に、きれいだから。」

由紀夫「あなたって人は、よくわかりませんよ。読み書きできないといいながら、そんな上手なんて、一体、どうやってくらしているのか、見当もつかない。」

すると、演奏を聞いていた、和服姿の女性が、

女性「この人は、悪い人じゃありません。そうだよね、杉ちゃん。」

杉三「まりあさん。これから出勤では?」

まりあ「よくわかったわね。」

由紀夫「二人とも、しりあいだったんですか?」

まりあ「はい。一度だけ、彼が私の店に迷い混んできたんですよ。」

由紀夫「はあ、深夜営業のコンビニですか?」

まりあ「私は、娼婦なんです。まあ、この人は雨宿りをして、何にもしないで帰っていかれましたけどね。さすがに車椅子のかたは、相手にはできませんよ、体を売る商売は。」

由紀夫「色男と色女みたい。なんだか、吉原遊郭みたいですな。」

杉三「まあ、足が悪い人間は、遊郭にはいけませんね。まりあさんとは、仲はいいんですが、、、。」

由紀夫「そんな汚い商売には関わりたくはありませんね!僕はかえりますよ。」

と、四胡をケースにしまい、かえってしまう。先日よりさらに、小さくなったような、哀れなふぜいだった。

まりあ「杉ちゃん、あの人のことだけど、、、。」

杉三「どうしたんですか。」

まりあ「ひどく傷ついているのよ。よくわかるわ。」

杉三「どういうことなんでしょう?」

まりあ「あのね、、、。」


一方、由紀夫の家。由紀夫は、ただいまも言わないで帰ってきた。と、同時に、

口の中に生臭い液体が溢れ、出そうとすると、激しく咳が出て、同時に血が吹き出た。

瑠美「どうしたの由紀夫?」

と、やって来た母親は、目を疑った。回りには大量の血液。そこへうずくまって咳をしているのは自分の息子である。

瑠美「由紀夫!」

と、急いで119番を鳴らした。救急車は、すぐ来てくれ、由紀夫は咳き込みながら、ストレッチャーにのせられて、総合病院に連れていかれた。幸い、止血剤のお陰で、血は止まったが、医師は瑠美にこういった。

医師「おかしいですね。」

瑠美「おかしいって、なにがですか?うちの息子になにがあったのでしょう?」

医師「昔でしたら、正岡子規みたいに、結核のために、あのような大喀血を起こすひとはいましたが、由紀夫さんは、結核には感染していませんし、肝硬変の、食道静脈瘤でもありません。年齢的にも、肝硬変にかかる年ではありませんから。」

瑠美「でも現実に息子は。」

医師「はい、今晩は、ここでとまっていただいて、明日、岳南病院に搬送したいのですが、よろしいですか?」

瑠美「岳南、、、。どこにあるのでしょうか?」

医師「静岡病院の近くにあります、呼吸器と、循環器の専門病院です。」

瑠美「わかりました。とにかく、息子が、もう一度目を覚ませるように。」

医師「では、明日岳南病院に搬送しますね。」

瑠美「私も、息子と一緒に。」

医師「いやいや、息子さんのきがえのことから、いろいろすることはあるでしょう?明日、息子さんがついたら、連絡します。」

瑠美は、泣く泣く家に帰る。


翌日。瑠美は、生きた心地がしないまま、静岡病院に、面している道を歩く。

と、車椅子の男性と、それを押している若い女性が静岡病院からでてくる。

女性「瑠美さん!」

杉三「どなたですか?」

まりあ「由紀夫くんのお母さんよ。」

杉三「どうしたんですか。そんな、幽霊みたいな顔をして。」

まりあ「すぎちゃん、」

瑠美「いえ、まもなく幽霊になる日も近いでしょうから。」

まりあ「カフェでもいきましょうか?」

杉三「そうだね」

三人は、繁華街のなかにある、コーヒー店にはいる。

瑠美「親として、失格です。自分の息子が、あんな重い病気にかかって、大喀血までしていたのに、気がつかないなんて。」

まりあ「えっ!この日本では、結核はまずないんじゃないですか?私の国ならあるのかもしれないけど。」

瑠美「それが、似たような疾患が、日本でも流行りだしているんだそうです。」

杉三「何でしょうか?」

瑠美「アスベルギルス症、つまり、アスベルギルスというカビが、肺組織を壊してしまうんだそうです。どこにでもあるカビなのに。」

杉三「あんまりにも、日本が綺麗すぎたからかな。まりあさんのところみたいな方が、、、。」

まりあ「それは言わない約束でしょ、それに私、日本に永住するためにきてるのよ。」

瑠美「そうですか、まりあさんの国はそうなっているんですか。日本は、逆に、すみにくくなるのかもしれません。なんだか、そんなきがするのですよ。」

杉三「清水に魚住まず。」

瑠美「そういうことになりますね。」

まりあ「だから、由紀夫くん、あんなに破天荒だったんだ。自分が持たないから、もうやりたいことをやっちゃえ!みたいに、思っているのかな。」

瑠美、再び泣き出す。

杉三「最期ですからね。」

まりあ「最期くらい、思いを叶えてあげたらどうでしょう?由紀夫くん、いくら努力しても、うまくいくことがない、人だったから。あたしたちのアルバニアでは、まだ、体で、働かなくちゃいけない人が多いから、自分がどうしたいかなんて考えられる時間もないけど、日本にはありすぎるくらいありすぎるから、苦しむんだと思うんです。フロンティアがなくなったのと、同じことかな。」

杉三「確かに、なんでもかんでもキカイがやると、心が剥き出しになるから、悲しいですよね。」

まりあ「杉ちゃんは、一番剥き出しにして生きてる。いまの日本とは真逆というか、また、問題がちがうわよ。」

瑠美「由紀夫も、ある意味では、彼女のいう通りになっているとおもいます。私が長く放置してしまったので。何の役にもたちませんでしたね、私。」

杉三「最期だけでも、、、。」

瑠美「そうですね、、、。」

瑠美は、いつまでも泣いていた。


数日後

杉三、庭はきをしている。

杉三「せめて最期にはか、、、。」

愛子と、里森がやってきて、

愛子「どうしたの杉ちゃん。」

杉三「ちょっと考えていて。」

愛子「なんのこと?」

杉三「アスペルギルス症だ。」

愛子「アスペルギルス、、、。」

里森「ステロイドで、たすかる時もあるよ。すぐ、受診してくれ。」

杉三「本当?」

里森「うん。結核に症状は近くて、一度かかると完治は難しい。でも、ステロイドだったり、新しい薬もあるようだから。」

杉三「新しい薬?」

里森「イトリゾール、だったかな。ステロイドと一緒に使うとうまく行くみたいよ。」

杉三「それはどこの病院で、出してくれるの?」

里森「うちは、呼吸器内科ではないから、岳南病院あたりじゃないかな。」

杉三「わかった、ありがとう!」

里森「わかっても、覚えられないでしょうが。あきめくらでは。」

杉三、肩を落とす。メモをとることが、できないからであった。


由紀夫の家では、由紀夫が糊ではったように、ねていた。

母が、病院に行ったおかげで、こんなに不自由になってしまった、あの、あきめくらの男と、アルバニア人の女のせいで。しかし、自身でも頭がふらついていて、立ち上がることは、むずかしい。もう最期か、と感じ、涙がとまらなかった。


一方。

杉三は、まりあが運転している、軽トラックに乗っていた。荷台には、車椅子と、弦が何本か切れている古筝がおいてあった。

まりあ「近くに古筝屋があってよかったわね。でないと、張り替えができないもんなあ。杉ちゃんは。」

杉三「まあ、そういうことです。それに、古筝も一面しかないので。鉄の弦はどうしても、錆びてしまうから。」

まりあ「杉ちゃん、ちょこっとだけでも、読み書きを勉強してみたら?商売道具である古筝の、何番が切れたのか、勘定ができないなんて、いくらなんでも、酷いわよ。」

杉三「どうしても、覚えられないんです。」

まりあ「そうなっちゃうよな。だけどさ、あたしも、お母さんに頼まれて、年に一回張り替えにいくけど、今はできても、近い将来、こまるわよ。」

杉三「ごめんなさい。」

まりあ「あやまることはないけどさ。」

しばらくして、山上楽器店がみえてくる。

仲間「ここ?」

杉三「うん、入り口に狸の銅像があるから。ここだよ。」

この狸の像は、店を開店した記念に作ったのだが、客である杉三が目印にしているために、撤去しないでいた。いまは、もうボロボロになっていて、時々、通行人に笑われるほどである。

杉三は、まりあにトラックから下ろしてもらい、車椅子にのせてもらって、店のなかにはいった。まりあが、古筝をもってきた。

店長「よう、杉ちゃん!まってたよ。張り替えだったよね。ああ、三本切れたんだね。えーと、一時間待ってくれる?弦の在庫も確認するから。」

といって、仲間から、古筝をうけとった。

まりあ「本来なら自分で張り替えするのになあ。テレビでもやってたじゃないか。」

店長「まあ、できない人もいるよ、なかには。それに、古筝離れが、中国では深刻らしいから、日本人の君が、やってくれるのは、うれしいなあ。」

すると、店のドアがあく。貫禄のある老人がやってくる。仲間はだれなのかわからなかったが、杉三は、すぐわかった。

杉三「はじめまして、周先生。」

老人は、杉三のほうをみた。

周「おお、日本人が中国楽器に興味をもってくれるなんて。」

日本語が上手だった。少し中国訛りがあったが、あまり気にならない。

店長「これはこれは、周先生。今日は、なにをお探しですか?」

周「新しく、うちの四胡教室で、習いたいという、女性がいまして。彼女の楽器を買おうとおもいましてね。」

店長「ああ、ごめんなさい!じつは、昨日で売り切れてしまいまして、今日注文して、二週間ちかくかかるかなあと。」

周「そうですか。それは残念です。そうしたら、二週間たったら、また、来ますよ。」

杉三「ちょっとまってください。お願いがあるんです。周先生、協力してくれませんか?」


一時間後

まりあが杉三の、修理してもらった古筝を荷台にのせ、杉三と周は押しくらまんじゅうしながら、トラックにのる。

まりあ「周先生すみません、ワゴン車とか、用意すべきでした。こんなに、窮屈なところで。」

周「いやいや、若い頃、中国にいたときは、よくこんなことをしていましたから、大丈夫です。中国では、公衆便所に、しきりがありませんから。隣の人とはなしながら、用を足すほどでしたからね。」

まりあ「へえ!掃除が大変ですね。」

周「まあ、そんなところでありながら、自由にやれませんでしたからね。」

まりあ「なんだか、笑ってしまいますよ。」

周「はい、そんなところですから、二度といきたくありませんね。」

まりあ「で、杉ちゃん、周先生をどこへお連れすればいいの?」

杉三は、顔が真っ青になっている。

杉三「ほむらゆきおという人の家へ。」

周「ははは、押しくらまんじゅうで、酸欠になりましたな。」

まりあ「しっかりしなさいよ、いいだしっぺはすぎちゃんなんだから。」

杉三は、ぼんやりしたままになっている。

仲間「あたしは、タクシーでもないし、救急車でもないわよ、杉ちゃん。」

杉三は、答えない。まりあは、穂村とかかれている、家の前でトラックをとめる。

まりあ「杉ちゃん、この家?よくみて。」

杉三は、家をみる。庭に曼珠沙華がたくさん咲いている。杉三は、直感で

杉三「この家だ。」

と、だけ言う。

周「ああ、よいおとが聞こえてきます。」

四胡のおとがなっているのだった。

まりあは、杉三を下ろして、車椅子にすわらせる。杉三は、やっと、肩で息をする。

周「悲しい音ですな。まるで、お別れのようだ。もっと華やかにひいてもいいようですが。」

杉三がチャイムを押すと、母親がでてきて、

母親「どなたですか?」

杉三「由紀夫くんの友人です。このひとは、四胡の教授の周先生。」

周「周ともうします。ご家族のだれかが、四胡をやっていらっしゃるのですね。私は、二十年間、四胡を中国でやってきましたが、どうも好きな音楽に巡り会わないため、日本に来させていただきました。こんな風に、四胡が広まってくだされば、嬉しい限りです。」

杉三「先生の演奏を由紀夫くんにきかせてやりたいので、つれてきました。」

母親「どうぞあがってください。由紀夫にきかせてやってください。」

周と杉三は、部屋に入る。仲間は、音楽の知識がないために、外に残る。

周は、由紀夫の部屋に入る。

周「こんにちは。」

由紀夫は四胡をもったまま、一瞬ポカンとしてしまう。目の前にいるのは、四胡の大師匠とよばれている人物。

周も、由紀夫の状況を理解する。

由紀夫「どうしてこんなに、偉い先生が僕の家に、まさか?」

杉三「楽器屋さんで偶然見かけたんだ。だから、きてもらったんだよ。」

周「さて、稽古をはじめようか。」

と、持っていた鞄から、一冊の楽譜をだし、タイトルを見せる。

サン・サーンスの白鳥。

周「弾いてみてごらん」

由紀夫は恐る恐る白鳥をひく。

周「上手だね。じゃあ、一緒にやってみようか。」

と、二人で白鳥をひく。二人の息はぴったりだ。母親は泣き出す。今までまったく見たことのない、息子のかおだったからだ。あんなに嬉しそうな顔、瑠美は、母としてなにをしていたのかを悔やんだ。

演奏がおわった。全員、瑠美が作った、寿司を食べ、それぞれの場所へ帰っていった。


翌日。

電話を切った美千恵。

杉三は、まだ、朝食をたべている。

美千恵「由紀夫くん、眠ったまま、お空へ。」

杉三「白鳥になって、自由にやってるさ。」

美千恵「そうね。でも、あんたの、周先生とのやりとりも、びっくりしたわ。ほんとに、そういうところは、すぐれているのね。」

杉三「ごちそうさま」

といい、張り替えたばかりの古筝をひく。やはりサン・サーンスの白鳥であった。


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