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入れ墨

古筝の音をききながら、美千恵と尼僧さまが話をしている。

尼僧様「大分、仕事になれてきたのかしら、随分明るくなったじゃない、彼。」

美千恵「ありがとうございます。庵主さまが、紹介してくれたおかげです。ただ、あれが露呈されてしまうと、怖い気が、、、。」

尼僧様「大したことないですよ。いまの若い子はあんまり怖がらないし、芸能人と同じだと見るでしょうよ。私の檀家さんにもいますけど、逆にいい人が多いんですよ。あの文化はいくら法律で禁止してもなくならないでしょうから。」

美千恵「しかしですね、あんなに黒々と。あの子がなぜ描いたのか、私はよくわかりません。」

尼僧様「彼も、それだけ、傷ついているということだとおもいます。文字の読み書きができない、ということは、私たちには想像を絶する苦しみがあるでしょうから。でも、あれがあるから、いつまでも、戒められて、二度と不良にはならないと誓って、尼僧になった方もいますよ。」

美千恵「そうですか、でもまた傷つくと。」

尼僧様「大丈夫。息子さんなんですから、見守ってあげましょうよ。」

美千恵「はい。」

数時間後

美千恵「ただいま、かえってきたわよ!」

柱時計が五回なる。

美千恵「もう五時よ。もう、五時間近く練習してるんだから、いい加減におわりなさい。ご飯にするわよ。」

杉三、古筝のてを止め、爪をはがす。古筝の爪は、右手指に、衣料用のテープをはるのである。

美千恵「あんた、薄物はいいんだけど、塩沢の着物はやめなさいよ。でないと、追放されちゃうわよ!」

杉三「追放?」

美千恵「そうよ、透けて見えちゃったら、生徒さんたち、みんな逃げていくわよ!」

杉三「は、はい。」

美千恵「薄物は、種類があるんだから、それでまにあわせてね。」

杉三「縮もいいけれど、涼しさでは、、、。」

美千恵「だめよ!塩沢は!」

杉三「はい、、、。」

美千恵「わかったら、ご飯だってば!」

美千恵は、普通の息子だったら、とおもう。杉三の紬好きは、単に趣味ではなく、症状にあてはまるからだ。本来なら正絹でなければいけない場所で、大島をきていって、赤っ恥をかいたこともあった。

美千恵「普通の子だったら、ねんがら年中紬でいることないのにね。どうしてあそこまでこだわるのやら。」

二人、無言で食事をおえる。すぐに杉三は、古筝をひきはじめる。

美千恵「ほら、近所迷惑になるでしょうが!」

それを無視した古筝の音。

美千恵「やめなさい!また、となりのおばちゃんに怒られるわよ!」

と、ドアを蹴飛ばす音。

声「こらあ、うるせえんだよ!あきめくらは、地獄へ落ちろ!」

杉三「となりのおばちゃんの声じゃないね。」

確かにそうだった。

美千恵「あんたって人は、耳だけは敏感なのね。」

杉三「だってそうじゃないか。地獄へ落ちろなんて、聞いたことなかった。」

美千恵「そうだったかしら。」

と聞き返すが、杉三のようなひとは、驚異的な記憶力がある、と医者にいわれていたので、思い直した。そのかわり、

美千恵「きゃあ!幽霊がでた!」

と、窓をみてガタガタ震え出す。

顔から血を流した高齢の女性だった。

杉三「お母ちゃん、この人は、幽霊じゃないよ、となりの日出子おばさんじゃないか。」

確かに顔を見ると、日出子おばさんこと、大塚日出子さんであった。顔から血を流していたので幽霊にみえただけだった。

美千恵「どうされたんです!そんなお顔されて。あの、車だしますから、病院へいきましょう。」

ところが、おばさんは力が抜けてしまったようで、座り込んでしまった。

美千恵「しっかりしてください!おばさん。一体何があったんですか!ほんと、その怪我を放置したら、破傷風になるかもしれませんよ!」

おばさんの額から血が流れている。額に大きな傷があって、骨までは、到達していないよう。しかし、心が動いてくれないのだろうか?

美千恵「杉ちゃん、手拭いを取ってちょうだい、」

杉三は、その通りにした。そして、おばさんにお茶をだした。

美千恵「どうされたんですか!」

美千恵は、おばさんの口許に、湯のみを当てた。おばさんはゆっくりとのみほした。

おばさん「勝と、曄子にやられた。」

勝と曄子は、おばさんの娘と、その夫である。曄子が病弱で、勝がマスオさん状態で、同居していた。それは、勝の意思ではなく、おばさんが頼み込んでおねがいをした、と、近所の人たちは知っていた。容姿だけであれば、曄子と杉三が夫婦になると、理想的なカップルだ、という伝説もあるほど、曄子は美女で、勝を夫として迎えたとき、勝はオットセイといわれてからかわれたことがある。

美千恵「いったい、何があったんです?」

おばさん「私は、今までなにを曄子に教えてきたんだろう。曄子は、そんなに私のことを皮肉ったことは一度もなかった。」


回想

幼い曄子は、美女であったため、友達が多かった。

曄子が、学校を終えて、何人か友人たちを、一緒に宿題をするために、つれてくることは度々あった。

ある日。高校に入学して、数ヵ月した時だった。

友人「曄子さんのお母さんって嫌な人ね。」

曄子「なぜ?」

友人「だってさ、あたしたちのこと、バカにしているように見るんだもの。」

曄子「そうなの?」

友人「この前もそうだったわ。あたしが学校からかえるとき、たまたまお金をおとしてしまって、たまたま、曄子さんのお母さんが拾ってくれたけど、そのとき、何でもあんたは落とすのがすきだね、と、勝ち誇るようにいった。」

曄子「母がそんなこと?私、気がつかなかったわ。」

友人「曄子さん、少し考えなよ、君のお母さんのせいで、僕らの自尊心は傷つくよ。体のあちこちが痛いとかいって、同情をもらう前に病院へ行くようにいってくれよ。でないと、うちもたまったもんじゃない。君のお母さんのような金持ちでもないし、、、。それに、辻調理学校でたのなら、栄養のことは、詳しいはずじゃないか。」

友人「曄子さん、ご家族によくきいてみて。というより、ご家族をもっと冷静に観察してみてよ。」

曄子「私の、親がそんなことを?」

友人「そうだよ!このお人好しのクソッタレめが!こうすればもっと綺麗になるら!」

と、彼女の顔に砂をふっかける。

生徒「健ちゃん英雄!やれやれ、もっとやれ!」

それまで友人と思っていた同級生たちは、あれよあれよと彼女をののしり、暴行をくわえた。

その翌日も、翌日も、同じ現象がおきた。彼女の回りには、つねに、死ねとからかう集団ができた。教師が近づくと、集団はすぐ散り、教師が遠ざかるとすぐからかい出す。


回想、曄子のいえ。

日出子「お父さん、仕事がいそがしいのではなく、もっと曄子にはなしかけてやってくださいよ!」

父「うるさい!お前が母親なんだから、お前がしろ!」

日出子「そうですけど、曄子は、私だけの娘ではないんですよ!」

父「こっちだって、お前たちのために、働いているんだぞ!お前だって、曄子が子供の時は、一緒にしかっていたじゃないか!」

日出子「離婚してください!私の年収で、あの子はやれますから!」

その翌日、日出子と曄子は、父が寝ている間に出ていった。

その後、曄子は、勝のもとへ嫁ぎ、やっと幸せを掴めたようにみえた。


おばさん「曄子は、どうなってしまうのでしょうか。もしかしたら、離婚しないほうがよかったのかな、、、。」

美千恵「私は、逆にあの子には父親が必要なんじゃないかっていつもなやんでいました。ああいう障害があると、どうしても女性では、かないません。いざというとき、ゴチーンと一発あてられるような男性が必要なんじゃないかって。でないと、覚えてくれませんから。」

おばさん「文字をですか?」

美千恵「ええ。文字の他に、こだわりもつよいし。一年中大島ばかりきていたら、たまったもんじゃない。」

おばさん「でも、紬が好きなのは、悪くないとおもいます。うちの娘みたいに、偏見の強い職業に就いてしまうほうがよほど怖いでしょう。だって、ひどいときには、やくざに追われる可能性もあるわけですし。」

美千恵「うちの子もやったけど。」

おばさん「それを描くわけですから、より恐ろしい世界へいくんじゃないかと。勝さんに何回止めてといっても聞いてくれません。勝さんは、いまは、何でもありだからいいんだの一点張り。芸能人でも描いているので、そんなに悪くはないといいます。」

美千恵「まあ、うちの子は、文盲なので、いざというときは役にたつのかもしれません。江戸時代の漁師は、遭難したとき、それのお陰で助かったという逸話もありますからね。」

おばさん「だけど、うちの子は女性で、その描き手です。」

美千恵「勝さんに同居してもらったのは、もしかしたら、」

おばさん「はい、その道へいくのをやめさせるためだったんです。」

おばさんの目に涙がひかる。


杉三は、外へ出る。母の愚痴は大の苦手なのだった。自分が原因ということは、しっていた。

彼は車椅子をこいで公園にいった。夜なので、人はいなかった。

声「杉ちゃん。」

目の前に、長髪の美女がたっていた。

ああ、となりのおばさんの、お嬢さんだ。

杉三「曄子さん」

曄子「すわらない?って、いつも座っているのか。」

と、彼をベンチの近くへ移動させ、自分はベンチに座った。杉三は、彼女に向かい合うように車椅子を操作した。

杉三「お母さん、どうしてあんな目に?」

曄子「大したことじゃないわよ。あたしが、ちょっと口答えすると、ああなるの。勝さんも、カッとするとああなるけど、根はすごくいい人だって私は知ってるから。だから、勝さんに怒ってもらって、あがりかまちにつまずいて転んだの。それだけ。」

杉三「きれいだね。いつも、ネックレスしているみたいで。」

曄子「ありがと。杉ちゃんだって、見事じゃない。」

杉三「自分では描けないよ。」

曄子「あの大先生に彫ってもらえたんでしょう?」

杉三「名前は、忘れたよ。」

曄子「まあ、忘れるなんて失礼よ。アメリカの文身大会で一番を取った、彫たつ先生。」

杉三「そうだね。」

曄子「憧れの先生だわ。体に絵をかくってのは、痛みに耐えることで大人になること。私はそうおもってる。」

杉三「そうなの?」

曄子「いまでも、それが残っている小数民族もいるし、なんにもわるいことじゃないわ。」

杉三「僕は、綺麗だとおもって描いて頂いただけ。」

曄子「だから、入美図と、いいなおしてもらいたいわね。なんだか、悪人に見えちゃうけどさ。かわいそうな子達がたくさん来るから。これからも、増えていくんじゃないかな。」

杉三「そうかもしれないね、だからこそ、なくならない。」

曄子「まあ、お母さんと勝さんの喧嘩は時期におさまると思うわ。みんな愚痴をいうのは、お互い様だから。でも、あたしみたいに、変な風に解釈してばかりいたせいで、こうせざるを得ない人もいるのよね。」

彼女は左肘を目繰り上げ、竜の尻尾をみせた。杉三も、右袖を目繰り上げ、孔雀の羽を現した。


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