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姫と紬と

ある休日。

おとぎ話の姫のようなロングドレスを身につけた、若い女性が、電車に乗り込んでくる。彼女が乗り込むと、目の前に見覚えのある男性が、車椅子に乗って、車掌となにか話している。

車掌「あと少しで静岡に着きますよ。お帰りは何時ごろになります?」

男性「わかりません、混んでいるかもしれないし。」

車掌「確かに、あそこは混んでいるときと、そうじゃない日の大差が。一体何故なんですかね?」

男性「僕もしらないのですが、ある日だけよい先生がいるからと。あとは、ものすごい暇な病院だときいてますよ。」

車掌「何て名前なんですか、その医者は。あ、失礼しました、あなたにはわからないですよね。傷つけてしまいましたね。」

女性は、他の車両にいきたいと思ったがあいにくぎゅうぎゅう詰めでうごけない。

車掌「じゃあ、診察がおわったらって、電話もできないのか、あら、どうしましょ。」

と、ハゲ頭を、かじる。しばらくして、

車掌「ちょっとお客様、協力してくれませんか?」

女性は車椅子の人物がだれなのか、すぐわかる。

女性「お断りです。他のお客さん頼めばいいでしょうが。」

杉三「都さん?」

車掌「なんですか、二人ともお知り合いだったのですか?」

杉三「ええ。僕が小遣いを勤めている、高校の生徒さんですよ。」

その言葉を聞いたとたん、あちらこちらで、ざわめきがおこる。

声「今時の高校生はああなのか。」

声「まるで娼婦だわ。」

車掌「へえ、杉様が、高校で、小遣いをするなんて、いまどき珍しい。あの高見沢校長も、思いきったことをしたものですねえ。で、このかたは、」

杉三「三年二組の生徒さん。田手原都さんと言うかたですよ。」

車掌「なるほど、田手原さん、それではですね、この杉様を、静岡病院までつれていってあげてください。そして受け付けに、この人が到着したと伝えてあげて、ください。そして、彼の診察がおわったら、すぐにこちらへお電話をかけてくれと、伝えてください。あとは、こちらで賄います。」

都「そんなの、はじめからあんたたちがやれば!」

と、いったが他の客が憤りの目で彼女を見たので、

都「分かりました、やりますよ。」

車掌「あ、ありがとうございます。ぜひ、お願いします。」

周囲から拍手がおこる。それは、ほめているのではない。

アナウンス「まもなく、静岡駅に到着いたします。」

と、瞬く間に静岡駅に到着する。車掌に手伝ってもらいながら、杉三は、電車を降りる。小言に包まれながら、都も降りる。二人は車椅子用のエレベーターで、ホームを降り、手動の改札を出る。

都「杉様、病院はどこですか、」

と、はきすてるように言う。

杉三「左へ真っ直ぐ二キロさき。」

都「駅北?」

杉三「わからない。」

都「目印になる建物はないの?」

杉三「駅を出てすぐのところに青い屋根の家があって、そこへ沿って二キロ先。」

都「それは、駅北にあるの?」

杉三は、黙りこんでしまう。都は、とりあえず南口を出てみたが、それらしきものない。北口に出てみると、確かに青い屋根の建物があるが、それは家ではなく、何かの事務所である。都は、戻ってきて、

都「青い屋根はあったけど家じゃないわ。何かの事務所みたい。」

杉三「僕は、、、。読めないから。」

都「ぐずぐずしてないでよ!とにかく、青い屋根のたてものを左へ真っ直ぐ二キロ先なんでしょう?」

と、車椅子を強引に押して、青い屋根のたてものを通りすぎる。普通の家なのか、オフィスなのか、よくわからない。

都「で、とにかく真っ直ぐ二キロ先ね!」

杉三「はい。」

二人、その道をまっすぐあるく。

都「暑いな、、、。」

しばらく歩くと、静岡病院という看板が。

都「静岡病院、見えたわよ。」

杉三「はい。」

都「入るわよ。」

二人、宮殿のようなその病院にはいる。

都「受付はどこ?」

杉三「よめない、、、。」

都「もう!」

と、案内板をみて、受け付けを見つけ、そこへ杉三をつれていく。

都「診察券とか、保険証は?」

杉三は、膝の上に置いた風呂敷包を開いて、ちりめんの巾着をとりだす。

受付「こんにちは、予約したの10時でしょう?まだ、一時間もあるのに。全く気が早いですね。まあ、遅いよりはいいですよ。カフェで待っててくれる?番号近くなったらお呼びしますから。」

杉三、巾着をひらく。

受付「診察券ね。」

と、巾着を受け取り、診察券を取り出す。

受付「はい、確かに受け取りました。じゃあ、カフェで待っててね。今日は藍澤先生の診察の日だから、かなり待つかも知れないけれど、大丈夫?」

杉三「はい、いくらでも待ちます。」

都「あの、診察がおわったら駅へ連絡を、、、。」

と、いいかけたが、看護師がやってきて、

看護師「飛び入りで、患者さんが来ているのですが、どういたしましょうか?」

受付「どんな症状ですか?」

看護師「はい、いまむかっているようです。四歳の女の子です。」

受付わかりました。とにかく、受け入れましょう。杉様、そういうわけですから、カフェテリアにいてください。」

杉三「いつものパターンですか。」

受付「そうですね。まあ、子供の患者さんが多い精神科ですから、多少の我慢もしてくださいませ。」

杉三「わかりましたよ。」

都「精神科ですか!」

杉三「そうですよ、子供さんの。」

都「だったらなんで、あんたみたいな中年の男がここにいるの?」

杉三「僕も、子供の頃にかかっていましたから。そのよしみで。」

都「はあ、まったくあんたってひとは、私のことは、なにもかんがえてないのね!」

看護師が通りかかり、都をみる。

都「私、受診するわけではないです。受診するのはこの人。」

看護師「ははは、そうですか、そんななりしてるから、てっきり、貴方かと思いました。」

都「ちがいますよ。私は、もう病気なんかにはなりませんから。それよりカフェテリアは、どこですか?」

看護師「はい、最上階です。エレベータでどうぞ。」

都「ありがとうございます。」

二人、エレベーターにのる。

都「何階なの?」

杉三は、無反応。

都「そうだっけね。」

と、十二階をおす。

数分後、カフェテリアに到着。そこは食券式。

都「あたしなら、券売機の前に立てばわかるけど、あんたはできないんだっけね。あきめくらだものね。じゃあ、代読するから、どれがほしいか言ってね、えーと、ハンバーガー、、、。」

杉三「それでいいですよ。読めないから。」

都「は?あれだけ人騒がせして、いざとなったら、何もしないの?あんた、読み書きができないっていみ分かってつかってる?どれだけの人に迷惑かければきがすむの?」

杉三「そうですね。」

都「そうおもうんだったら、少しでもひらがなやカタカナを覚える努力をしなよ!あんた、ご家族はいる?たぶんきっと、すごい大きい、お屋敷みたいな所で暮らしているんでしょうけれど、そういう経済力あるんだったらさ、どうして直させないのか、家族の甘やかしすぎも、いいところだわ!お陰で私の予定は全部だめになった!いつもそうよね、読み書きができないのをいいことに、他のひとがどれだけの迷惑を被ったことに、気がつかない!あんたみたいな人は、さっさと死ねばいいのよ。もう、私帰るわ。あたしの家にきてみなさいよ、あんたみたいな人は、雷がおちるわよ!」

と、彼を置いて、家にかえってしまう。

杉三「まってください!もし、本当に本当に、、、。」

車椅子では、追い付くはずもない。

都の回想。

祖父久男は、一日中働いている大男であり、何かあればお前のためだと口にしていた。怒れば隣の人が、心配になって様子をみに来るほど大声でどなり、酷いときには、木刀で殴る。父も母も、祖父を怖がっていて、反論することはできず、王に仕えるように接していた。さらに、母などは、それがかなり強かったから、祖父にたいして反論することもなく、ただ泣きじゃくった。それがあるから、両親は、祖父が年をとってあれこれが不自由になってからも、いろいろと世話をしている。祖父は、礼もいわず、まだ独裁者となっているため、都は歯がゆかった。

一度だけ、都は覚えている。母がこっそり、祖父の茶のなかに、薬品をいれたのだ。しかし、茶農家を手伝った経験がある祖父は、茶の色が変色しているのをみて、すぐに見破った。そして、母は帰らぬ人になった。



都の家。

都「ただいま。」

おそるおそる戸をあける。

すると、年配の男性があらわれる。

久夫「都!いい加減にしろ!こんな高いものを買って!買うなら参考書などを買え!お前のお父さんもお母さんも、みんなお前のために働いてくださっているのに、お父さんや、お母さんに恩を仇で返すようなことをするものではない!」

都「あ、そう!だったら私死ぬわ!邪魔物が減って、お父さんもお母さんも、楽に為るのなら、本望よ!でも、私を作ったのはあんたでしょうが、あんたが交尾なんてしなければ私はできなかったのよね?大喜びしておきながら、この年になって、何もかも私のせいだというなら、その喜びは大嘘なはずよね!大嘘とわかれば、私は喜んで死にますから!」

久夫「お前な、お父さんやお母さんが大変なのは、お前のことを、」

都「黙りやがれ、このやろう!」

と、祖父の腰を、玄関にあった、父親のゴルフのクラブで思いっきりなぐる。祖父はパタリと倒れる。

都「私が勝っています!私の勝利です!ははははははは!」

と、さらにめった打ちを繰り返し、

都「思いしれ、このやろう、殺してやる!」

と、倒れた祖父の後頭部を殴ろうとするが、クラブを振り上げ、背中を沿ったところで止まる。

声「都さん、やめて!」

どこかで聞き覚えのあるこえ。

と、同時に、たくましい腕が彼女の腕を引っ張ったので、クラブは、床におちる。

声「お祖父様を病院、つれていってあげて!」

と、勝手に救急医がきて、祖父を病院につれていく。

都は、はじめて後ろをみて、

都「どうしてあんたがこんな家にくるの」

杉三「きっと、誰かに恨みがあるんだって、顔を見てわかりました。で、精神科医の先生が、命にかかわるから、勘違いでもいってみようと提案されて。」

都「何で、あんたは私がやることなすことを全部邪魔するの!私は、死ぬしかないの!あんなくそやろう、はやく殺したい。親はあの人の下僕。親は認めてくれたのに、あの人が反対すれば、いいなりになるだけ!だから、ああ言えばこういうよ!結局、いいこにならなきゃいけないから、私には価値がない!ああ、死なせて!」

杉三「本当に、それだけでしょうか?」

都「当たり前よ、私は被害者なのよ。こんな辛い家、はやくつぶれてくれればいいのに!」

杉三「僕も、 あなたを追いかけてきたのに。被害者と加害者だけでしょうか?僕、二度とこんな危ないことはしないでねって、パトカーの運転手さんにいわれたのに。」

都「どういうこ、と、、、。」

杉三「だから、本来は電車でないといけない範囲なんですから。特別にパトカーにのせてもらって、ものすごいスピードで、飛ばしてきたのに。でも、伝わらない、なぜ?」

都「ここは、」

杉三の隣にいた、スーツ姿の男がしずかな口調で、

男「ここは富士ですよ。あなたは、怒りのあまり、電車にのって帰ってきた記憶を忘れてしまったんですね。まあ、珍しいことじゃありません。ましてや、まだ、若い人であればそうでしょう。私も、警視になるまでは、そんなことは、よくありました。しかし、人に対して危害を加えるのは、許されることではないのです。」

都「警視?も、もしかして警察官?」

男「小橋といいます。こちらの杉様とは、彼がスーパーマーケットで、迷子になったときに知り合ったのです。そのときはまだ、巡査部長でしたが、いやはや、心の綺麗な人ですな。花を買いたいといってなき続けていたのです。あげくの果てに、自分は家に帰れなくてもいいから、お母さんに花束だけもっていってくれ、と、いったんです。大体の子供は、お母さんに会えなくて泣きますが、杉様は、お母さんに花を渡せないといって、三時間以上、なき続けていましたよ。そうだったよね。」

杉三「恥ずかしい限りです。あのときは、母の誕生日だったんで。」

都「本当に、そうなの?お母さんのこと、うるさいとか、憎たらしいとか、妬ましいとか、思わなかった?」

杉三「ありませんよ。全く」

都「でも、自律したいとか、おもうでしょう?他の家族もいるんじゃないの?」

杉三「父は、僕が生まれてすぐ亡くなったの。ずっと、母と一緒です。他の家族も、一昔前はいましたが、僕があきめくらなので、みんな逃げてしまって。僕のせいで、母は一人ぼっち。威圧的な人もいたけど、母はよく戦ってくれました。だから、いかみあうことはしません。でも、悲しいのは、何も恩返しできないということです。嬉しかったことは、たくさんあるのに、お礼ひとつ、できないんですから。」

都「お礼なんて、そんなもの、あの人たちにすることは、ないわ。逆に謝ってほしい。」

杉三「都さん!」

小橋「きっと、いつか彼の言うことはわかるようになります。ただ、今の時代は、非常に分かりにくくなっていて、早くから自己を決定しなければならないので、あなたのように、苦しむ人もいるのもまた事実です。もしかしたら、それに気がつかないまま、一生を終えてしまうひとも、増えるかもしれない。杉様のようなひとが、その分野では、教育者になってくれるかもしれません。少なくとも、あなたは、お祖父様に傷を負わせたんですな。続きは、警察署でききます。一緒にきてください。」

都「ええ、私は被害者なのだから、あんたたちに思いっきり教えてあげる。ケイムショにいったって、私は謝罪なんかしないわ。私は悪くないの!」

小橋「じゃあ、いきましょうか。」

杉三「悪いのはどちらも、悪くないのに。」

護送車がやってきて、都は、勝ち誇った顔で乗り込む。走り去っていく護送車を、杉三はいつまでも、みていた。

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