奪われた物
断言しよう。ブサイクに人権は無い。
人間は心だの、愛が大事だの、そんなのは綺麗事だ。一に見た目、二は金だ。
見た目が良ければ、その辺の町娘も王子に見初められて玉の輿になれることだってある。金さえあれば、どんなに醜い男でも美しい女を手に入れることだってできる。
ならば、その両方を兼ね備えている俺は何者だ。
手に持つ手鏡を見ながら、俺は一人物思いにふける。
美しいサラサラのブロンドヘアーに、青い透き通るような瞳。キリッとした目元、整った鼻、憂いある唇。男にしておくのがもったいないほど俺は美しい。
国の王子と言う生まれながらにして絶対的な権力を持ち、かつ誰しもが羨むこの美貌。ああ、何故神は二物を我に与えたのか。
歩けば世の中のメス豚どもが振り返り、金をばらまけば汚らわしいメス犬どもが尻尾を振って寄ってくる。そう、俺こそが神に選ばれし者。絶対者である。
「クルーガ王子。巡警の準備が整いました」
側近の声に、俺は手鏡を机の上に置いた。
「今行く」
準備は既に終えている。金の糸で家紋が刺繍されているマントを羽織り、俺は側近を引き連れ街の外へと繰り出した。
巡警とは、簡単に言えばパレードにかこつけた国民どもの様子を見回る行事のことである。この行事の狙いは、王族である俺様自らが見回ることで、国民どもが「わざわざ王子が私たちの様子を見に来てくれた!」と思わせることにある。これにより、奴らのモチベーションがあがり、さらに王族に尽くすようになるという寸法だ。
両脇が人で埋め尽くされた街道を俺は馬に乗り優雅に進む。
「クルーガ王子! クルーガ王子!」
俺は盛大に出迎える国民どもに向かって手を振り笑顔を見せた。その瞬間、ワッと声があがり周囲は歓声に包まれる。単純な愚民どもめ、これだけで今年の納税者が増えるなら安いものだな。
パレードが街の中央通りに差し掛かった時、俺はもう一つの目的を果たすため辺りをゆっくりと見渡した。めぼしいのは、一人、二人……。チッ、今日は不作だな。
そう、この巡警のもう一つの目的とは。
「おい、あの女と、あの女に声をかけろ」
「かしこまりました」
俺が指差す女に向かって側近が近づく。
「王子様が、あなたを是非、城にご招待したいと……」
「え?! 私なんかを?! 嬉しいっ!」
選ばれた女は飛び上がって喜んでいる。
そう、このパレードは俺様がめぼしい女を刈り取る収穫の場でもあったのだ。
俺が声をかければ、若い女どもは喜んで城へとやってくる。そして、いくばくかの金を目当てにその純潔を惜しげもなく散らす。全くもって汚らわしい奴らだ。まぁ、そんな女を好んで抱く俺も物好きだと思うがな。
「王子様! どうかおめぐみを下さい! 私の家族は、もう3日も何も口にしていないのです!」
その時、突然パレードを遮るかのように、みすぼらしい女が前に飛び出した。
「この無礼者!」
「待て」
側近が剣に手をかけ女を斬ろうとするところを俺は止めた。
チラリと女を見る。
ツギハギだらけの粗末な服装に、やせ細った体。覆い隠された前髪で顔は伺えないが、おおよそ抱く気にもなれない醜悪な女だった。
ここで切るのは簡単だが、せっかくのパレードだ。下品な血で汚すようなことはしたくない。それに、下賎な輩にパンを施す心優しい王子と言う美談も悪くないだろう。
「パンを分けてあげなさい」
俺は側近に命じる。
俺様の本性を知っている側近は、一瞬驚いた表情を見せた。だが、すぐに俺の意図を汲み取り、すぐにパン屋でパンを購入すると、その少女に分け与えた。
「あ、ありがとうございます!」
少女は目を潤ませペコリとお辞儀をすると、そのまま駆けて行った。
ふん、今回だけだ。次同じことをやったら斬るからな。俺はそれほど優しくはない。
「王子様。私にもパンを分け与えてくれませんかな?」
その時、なんの前触れもなく、俺の進む道の目の前に見窄らしい老婆が現れた。
驚いた馬がいななき、俺はバランスを崩して地面に落ちる。
「お、王子! おのれ、無礼な! 許さん!」
そう言って側近は剣を引き抜くと老婆に向かって斬りつけた。だが、その剣が空を切る。老婆はいつの間にか俺の目の前にまで移動していた。
老婆はズイッと顔を近づける。
「美しい容姿に、莫大な権力と財産を持っている王子よ。一見、何不自由無いように思えますが、あなたはまだ手に入れてないものがありますぞ」
「な、なんだと?」
本来であれば、こんな面妖な老婆の話など聴いたりはしなかっただろう。だが、妙な迫力を持つ老婆の声に、おもわず俺は耳を傾けていた。
この俺がまだ持っていないものだと? 誰もが羨むようなこの美貌に、国の王子と言う絶対的な権力と金。この俺に、一体何が足りないと言うのだ。
「それを、この私が教えてあげましょう」
そう言って老婆は手に持つ杖を俺に向かって振りかざした。
とたんに俺の体が煙に包まれ視界が遮られた。
「お、王子!」
側近の驚く声が響き渡る。
やがて煙がひき……。
「お、王子……?」
側近のさっきとは違う驚く声が聞こえてきた。
なんだ、妙に体が重い。妙に汗が出る。物凄い体に違和感を感じる。
俺は懐から携帯用の手鏡を取り出し自分の顔を見た。そして、一瞬にして青ざめる。
「ぎ……」
誰だ! 誰だこいつは?!
そこには、丸々と太り、油ギトギトの、毛の薄いおっさんがいた。
ま、まさかこの醜悪な顔は……俺?
「ぎゃああああああああっ!」
国民が見守る中、俺の悲鳴が響き渡った。