2日目(朝)
少し冷たい、爽やかな風。ちゅんちゅんと聞こえる、鳥の鳴き声。おどろおどろしい、私。
「眠れなかった……」
呆然と、薄いカーテンの向こうにある朝日を見つめる。
この私が。召喚された晩にも、ぐーすか寝てて呆れられた、この私が。
「うあああ~ちょっとでも寝たら、夢オチだと信じたのにいいいい~~」
白いシーツを頭からかぶり、ベッドの上をごろごろ、ごろごろ。このちょっとの間にも、容赦なくレナートのことがぽんぽんと浮かんで来て、奇声を上げてしまう。
いかん。このままじゃ変質者まっしぐらだ。忘れろ、忘れろ、昨日のことは、何か良く分からないけど、きっと夢だ、幻だ。レナートは可愛い弟だ。そういえば、初めてあったころのレナートって、私が王樹の世話をしているのを、ずっと柱の影からこそっと見てたんだよね。あれには燃えた、じゃない、萌えた。うん、ちょっと落ち着いたね! とりあえず、頭を冷やそう!
「おはよ! アレクいる!?」
見苦しくない程度に着替えを済ませた私は、捲いた侍女に見つからぬよう、ノックもそこそこに全体重をかけて扉を開き、とある部屋の中に転がり込む。そこにいるのは、心底やれやれという顔をして、読みかけの本を閉じた赤髪の男。
「おい、もーちょっとお淑やかに入って来れないのかよ。仮にもこの国では女神扱いだろ、お前」
「うるさいっちょっとお邪魔するから!」
そういってズカズカと勝手知ったる部屋を横切り、ふかふかの茶色いソファにダイブする。初めはえらく驚かれたが、今では呆れたようなため息ひとつ返ってくるだけだ。
「で、なんだよ今日は。帰還宣言なんかして、とうとう嫁に来る気になったか?」
「そんな訳ないでしょ、あほ」
「あほって……」
心なしか肩を落としたアレクは、律儀にも自ら紅茶を入れ、ソファに転がっている私に差し出してきた。のそのそと起き上がり、それを受け取る。
シルビア王国の隣国であり、智に秀でる国、ルザンブルグ王国から留学生としてアレックスがやってきたのは、ちょうど一年前の秋だった。彼とは歓迎式典で色々(そう、色々……だ)あり、初対面ながら大喧嘩に発展し、その後熱い?友情を育んだという経緯がある。当初は半年の予定だった留学期間だが、なんだかんだ今も滞在日程を伸ばして王宮に住んでいる、何を考えてるのか良く分からない奴だ。一言で言うと、なんというか……そう、高校の隣の席のうるさい男子、みたいな感じ。ちなみに、こんなんでも私より1つ上の20歳だ。こんなんでも。
赤い短髪に薄茶の少し吊り上った目、祖国では武人として活躍していたらしく、体格も良く高身長。こんな見た目から、一見とっつき難く思えるが、中身は高校生&世話焼きのおばちゃんである。
そして極め付けは、どこが気に入ったのか思い出したようにやる気のないプロポーズ(?)を繰り返し、私に足蹴されて喜ぶというとんでもないM男だ。こんなのが王族とか、隣国ながら行く末が心配でたまらない。がんばれ、ルザンブルグ王国。
「で?」
私が占領しているソファの前に椅子を持ってきて、ドカッと腰かけたアレクは、自分のティーカップを口元に運びながらにやにやと先を促してきた。私はカップを手で弄りながら、どうしたもんかと必死に言葉を探してみる。
「えー…とですね、ちょ、ちょっと意思疎通に難があるというか…顔を合わせづらいというか、そういう人がいましてですね」
ほおー? と、アレクは更ににやにやとこちらを見た。
「だ、だから今日はこの部屋にいさせてほしいな☆なんちゃって!!」
カップを持った両手を胸元まで持って行き、精一杯可愛らしくお願いしようとしたものの、途中で自爆する。ええ、私には無理でした!!
案の定アレクは、はあああ……とおっさんのようなため息をついた挙句、がっくりと項垂れてしまう。
「ちょっと! いくら柄じゃないからって、そこまでため息つくことないじゃない!」
「バッカそこじゃねえ! 俺はお前の鈍感さに泣けて来てんの! レナート陛下と何があったか知らんが、俺を巻き込むんじゃねえ!」
「え!? ちょっとあんた、どうしてレナートって」
「分かるに決まってんだろうがあああ!」
動揺する私の前で、アレクが立ち上がり、頭をガシガシと掻いて絶叫する。ちょっ、紅茶!紅茶零れる!!
「はあ、こんなことだろうと思った。しっかしなー、今お前をここに置いとくと、後でレナート陛下にどんな嫌がらせを受けるかうんざりするしなー…」
「は? レナートが嫌がらせ? そんなことするわけないじゃない。頭湧いてんの?」
さめざめと泣く真似をする赤髪に、あの天使が嫌がらせとかするわけないじゃない。と重ねて言うと、アレクは非常に残念なものを見る目で私を見た。納得がいかない。
「……まあ、レナート陛下の嫉妬した顔を、一度見せてやるか」
「どういうこと?」
「いや、こっちの話だ。そういえばサキ、お前の侍女は……」
「もちろん捲いて来た!」
小さい頃忍者ごっこが大好きだった私に死角はない。私はグッと親指を立てた。アレクからのこの問いかけの意味を、良く知っているから。
「あいつと顔合わせづらいっていうんなら、今から城下にでも行くか?」
「喜んで!!」
二つのティーカップが、カツンとぶつかった。