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第1話

「……ん?」


 心地よい風が俺の頬を撫でた。視界には気持ちを落ち着かせる青い空、それとは対照的に自己主張の激しい、心躍らすような真っ赤な太陽が飛び込んできた。


 夢を見ていた気がする。だが思い出せない。どうやら俺は眠っていたらしい。携帯を取り出し時間を確認するがどうやらまだ昼休みのようだ。危ない危ない。授業時間に達していなかったことにほっと胸を撫で下ろす。

 別に俺自身そんなに真面目だとは思わないが、特に目立つ方でもない俺が急に授業をサボったとなればあらぬ噂を立てられるかもしれない。そうなればたまったものではないからな。いや、目立たない俺が居ないところで噂にすらならないのかもしれないが。


 なんて自分が如何にクラスに必要のない悲しい人物かを再確認したところで体を起こす。流石に屋上のような固い地面に寝ていたせいか、どうにも腰が痛い。かといって、わざわざこの為だけに布団を用意するのも酷く億劫な上、他に行く宛があるのかと言えば特に思い当たる節もないので今後もこの痛みとは向き合いながらここで過ごしていくことになるのだろう。


 しかし学校の屋上というのは何故こんなにも素晴らしいのだろうか。もしアンケートでこの学校へ入って良かったところは何ですかと聞かれれば間違いなく屋上と答える自信がある。

 最近の学校はどうにも屋上が立ち入り禁止とされているところが多いと聞くが、何故そんなことをするのかと俺は甚だ不思議で堪らない。そりゃ危険防止という教師なりに生徒を気遣ってのことだとは思うが、生徒からすれば余計なお世話だと思う人も少なくないだろう。


 だが意外にも現在この屋上には俺一人しか居ない。なんでだろうな、簡単に登れるとなれば魅力を感じないものなのだろうか。なんと勿体無いことか。何のためにここに通っているのだと問い詰めたい。


 しかしながら、誰もいないからこそ、こうやって堂々と屋上の真ん中で大の字で寝ることが出来るため、俺からすれば幸せ以外の何物でもないのだが。

 そうは言うものの、この幸せな気持ちを共感してくれる人間が居ないというのは些か寂しくも感じるのも事実である。だが知らない人物が急に入って来て俺のこの幸せな空間を侵されるのもそれはそれで嫌なものだと、自分自身でもわけのわからないジレンマに俺の思考回路は既にショート寸前である。


 でもまぁ、やはり今までのように一人で屋上を独占できる方が良いのかと思う。まるで香車の様な考え方ではあるが、変わらない平和な日常こそが一番だと思う。なんともつまらないやつだとは思うかもしれないがこれが真理だろう? え、俺だけか?


 こうして自分の方向性を決めたところで俺はパッケージに如何にこれが体に悪いかを説明する文章が書いてある、買って欲しいのか、はたまた買って欲しくないのかわからない白い筒状の物を取り出す。

 もちろんこんなもの買ってはいけないということはわかっているのだが、如何せん一度体験してしまうとどうにもやめられなくなるという困った代物なのである。


 やめなきゃなとは思うものの、悩みがあるときにこれがあると悩みが吹き飛んだように感じるのでなかなか手放せないでいる。とは言うものの何故俺がこんな百害あって一利なしと言われる物を購入したのかということは全く皆目見当がつかないというか、どうしても思い出せないのだ。

 これがこれを愛する者への代償なのだろうか。


 しかし意外にも、この学校で俺と同じ趣味をしているものを見つけたことは入学してからまだ3ヶ月ではあるが一度もない。普通何人か頭のイっちゃてるような人がいてもおかしくないのだが、怖そうな先輩には未だあったことがない。なんでだろうな、平和で良いことなのだが珍しいなとも思う。

 そうなると俺が一番の問題児なのかもしれないおかしい。そんなはずはない。


 確かに少々法律は犯しているかもしれないが、しっかり後処理はするし人には迷惑をかけないように配慮している。うん、ならば問題ないだろう。などと自分の罪を正当化するかのような戯言を言っている自覚はあるが、無論法律違反は法律違反だということをわかっているので、こうして誰も居ないところで吸うことにはしている。誰に言い訳してるんだろうな、俺は。


 とりあえず難しいことを考えていても仕方ないので吸ってしまおう。もう授業まで時間がないことだしな。とりあえずバレないことを願うしかないだろう。


 ギィ…。


 …だが世の中とは不条理なもので自分の考えとは真逆の、俺の望んでいない方へと物語は進んでいくのだ。何故だ。俺が一体何をしたっていうんだ。いや、吸おうとしたのが悪いんだろうが。


 錆び付いた扉の不快な音と共に一人の少女が現れた。 黒髪ロングに透き通るような白い肌、小柄な体に、整った顔をしている。左手にはハードカバーの本を抱えていた。

 うむ、実に真面目そうな子である。完全に見られてしまった。これを教師に言われれば間違いなく停学になるだろう。なんとしてもそんな展開は避けたいわけだが非は完全に俺にあるため文句を言うこともできない。グッバイ、俺の高校生活。


 なんて半ば諦め謹慎処分中何をしていようか悩んでいるところ少女が口を開いた。


「やっぱりここに居たんですね」


 …やっぱり? 俺は数人にしかここに行くことを告げた覚えはないのだが、あいつらのことだ。口を滑らせたのかもしれん。しかし何故この子が知っているのだろうか。


「…って、お前。確か…同じクラスの」

「はい、白石 優姫(しらいし ゆき)です。…やはり覚えてないんですか」


 いかん。記憶力にはそこそこ自信があったはずだが、これもあれか、あれの弊害なのか。しかしいくら同じクラスとはいえ一度も喋ったことも無い様な、しかも性別も違えば名前くらい覚えてなくても仕方ないよな? え、そんなことない?


「…すまん」


 とりあえず俺が悪そうなので謝ることにした。あまり機嫌を損ねては現在右手の人差し指と中指に挟まれているR-20のブツを教師にばらされるのではないかなんてそんなやましい事は一切合切思ってないのである。本当だよ?


「いえ、仕方ないんです。こうなる運命だったのですから」

「え?」

「これは全て神のシナリオ通りなのですから私の名前を覚えていないのは当然なのです」


 ………。

 あぁ、あれか。所謂電波さんというやつなのだろうか。だがお生憎様、俺は万年圏外であって今後もアンテナが立つ予定は一切ないからその電波が届くことはないだろう。故に電波が繋がることは未来永劫ないであろうから通話をすることはできない。噛み合わない。神会わない。


「あ、あぁ、そう…なのか」


 俺は乾いた笑みを浮かべ至極適当な相槌を打ち、火をもみ消し、キーホルダーとしても使用している簡易アイテムへとそれをしまう。


「それじゃあ俺はそろそろ授業も始まることだし教室に戻るよ。えーっと、白石さん? も早く戻った方いいぞ」


 と良い、些か強引にだが話を終わらせここから退散することにした。これ以上話し続けると厄介なことになりそうな気がする。俺の第六感がそう告げている。


「…最後に質問させてください」


 横を通り抜けようとした時に俺の煙臭い匂いとは別にとてもいい匂いがした。いかん、何を考えているのだ、俺は。深呼吸をして心を落ち着けるのだ。と思って深く息を吸うと更にいい匂いがした。なんといい匂いなのだ…。これが女の子の…って、何をやっているのだ、俺は!!


「…何だ?」


 匂いに気を取られていたせいか。つい返事をしてしまった。

 仕方ないだろ! とてもいい匂いだったのだから!

 …あぁ、これが女性経験のない男の定めなのだろうか。


「あなたは神を信じますか?」


 先程までヒートアップしていた俺の頭は一瞬でクールダウンをし始めた。唐突に何を言っているのだろうか、この子は。


「……生憎俺は無神教でな」

「…そうですか」


 そんな悲しい顔をされても困る。


「ですが大丈夫です! あなたが信じるまで私は諦めません! 説得し続けます!」


 何が大丈夫なんだろうか。そして何故俺なんだ。他の人を当たってくれ。もしくは諦めてくれ。でないと俺が困る。


「ちなみに拒否すればさっきのことを教師にバラします!」


 やめてくれ。それはもっと困る。


「というわけで私は諦めませんからね! 今後も説得し続けますからね!」


 どうしてこう俺は厄介事に巻き込まれるのだろうか。これが彼女の言う神のせいだとするならば俺は神の人格を疑う。どうして俺ばかりこんな目に合わすのかと。いや、今回は俺の自業自得なのだろうか。


 俺は、はぁ…と溜息を一つ吐き答える。


「……お手柔らかに頼むよ」


 こうしてこの日、俺と白石の奇妙で神妙な関係が始まった。


 そして、俺の青春は黒色となることが決定した。

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