復讐を誓う者と明日を望む者
中国に返還された資本主義と社会主義が混沌する香港。そこで血の秘密が解き明かされる
「ディズニーランドだ!」
絵葉書に描かれたテーマパークに喜ぶ響子。
はしゃぐ響子には、嬉しそうだが疲れた顔をしている鏡に芽衣子が言う。
「またですか?」
頷く鏡。
「今度は香港だよ」
大きく溜息を吐く芽衣子。
「英志さんにも困ったものですね」
そんな大人の会話を気にせず響子が言う。
「あたし、ここに行きたい! お父さん連れてって!」
我侭を言う響子に芽衣子が叱る。
「我侭言っちゃいけません。お父さんは仕事で忙しいんですからね」
「いやいやいや! お父さんとディズニーランド行くの!」
駄々っ子モードに突入した響子にお仕置きをしようとした時、鏡が告げる。
「香港に一緒に行きますか?」
その言葉に芽衣子が目を輝かせる。
「本当に良いの?」
「はい。家族サービスも大切ですから」
鏡の返答に、芽衣子と響子が鏡に飛びつく。
「お父さんありがとう」
「愛してるわ、ダーリン」
二人を受け止める最高に幸せな鏡であったが、香港では、仕事が忙しく、一緒に行けず、機嫌を直してもらうために、高い買い物をさせられるのであった。
香港の空港にエイジが降り立った。
「エテーナ様、今しばらく我慢していてください」
そして町に出ようとしたエイジであったが、その周りを数十人の黒服の男が囲む。
「残念だが、死んでもらう」
大量の銃器を向けられるエイジだったが、動揺が無かった。
『影小円』
無数とも思える小さな影の円が、現れると同時に、黒服達を戦闘不能にしていく。
「すいませんが、ここで手間取っている暇はないのです」
エイジは直ぐにタクシーに乗り込む。
「すいません。九龍城跡地までお願いします」
タクシーで移動を始めたエイジの携帯が鳴る。
エイジが確認するとそこには、ハイジペータ博士の名が出ていた。
『エイジか? 例の件だが面白い事が解った。詳しい事はそっちにやった零刃に聞いてくれ』
それだけを言い残して電話が切れる。
直後にメールは受信される。
「すいませんが、予定を変更します。九龍城跡地の近くの商店街にお願いします」
「安いよ安いよ!」
「こっちに免税店があるよ!」
「格安PS2は、要らないか!」
「卵料理がおいしい店ってこっちですか?」
「こっちに北京ダックの名店があるってよ!」
騒がしい商店街の屋台でエイジが苛立ちながらも、待っていると、八刃の監査組織、零刃の人間がやって来た。
「英志様。お初にお目にかかります」
頭を下げる相手をエイジは、睨みつける。
「すまないが時間が無い。急いでくれ」
零刃の人間も心得ている様子で話を始める。
「例の件を調査した結果、我等八刃が保有する八百刃獣の遺物と同質の力を発している事が解りました」
その一言には、エイジも驚く。
「詰り、エテーナの血の元は、八百刃獣だと言うのか?」
零刃の人間が頷く。
「その可能性が高いとの事です」
エイジは席を立つ。
「貴重な情報、助かった」
立ち去ろうとした時、零刃の人間が止める。
「連絡事項はまだあります。ハイジペータ博士の調査では、ブラッドオブエリキシルは、この毛よりも古い時代から存在するそうです」
眉を顰めるエイジ。
「詰り、ブラッドオブエリキシルの血族は、エテーナ様だけではないと言うことか?」
頷き、零刃の人間が告げる。
「最後に、八百刃様が白牙様に無断で降臨されています。発見次第、白風の次期長に連絡する様にとの絶対命令です」
頷くエイジ。
「解った。しかし私には優先事項はある為、探せない」
「了解しています。発見された場合のみの指令です」
零刃の人間を置いて歩き始めるエイジであった。
「もしかしたら、もう一つのブラッドオブエリキシル。それこそが、今回の騒動の元かもしれないな」
九龍城跡地の地下の研究施設。
元々は犯罪者の巣窟とも言われた九龍城に住む、一般人にはけして受け入れられない天才に研究をさせる為の施設であった。
その施設は、九龍城が無くなった後も、その性質を変えることなく、存在し続けていた。
「お待たせしました」
紅虎が頭を下げる。
その先には、一人の老人が居た。
「挨拶は無用だ。急いで準備に取り掛かれ」
その老人の言葉に、定期的に睡眠薬を投与されたエテーナが特殊な装置に座らされる。
血を抜き出して、それを周囲の窪みに流し込むその装置を、上部から見ると、窪みで描かれた図形は、まるで魔方陣であった。
「これが角龍様に不老不死を与える装置ですか」
羨望の眼差しを向ける紅虎。
「中国の皇帝すら手に出来なかった不老不死を手に入れる。まさに角龍様こそ地上に降りた神であらせます」
絶対権力者に従順する紅虎だったが、その老人、角龍=麒麟は大きく溜息を吐く。
「残念だが、この装置は不老不死を得る為のものでは無い」
紅虎は驚き、角龍の顔を見た時、恐怖の為に固まった。
そこには、絶対の復讐の為に全てを懸けた男の顔があったのだ。
「不老不死など下らない物など要らぬ。私の目的はたった一つだ」
その言葉に、少女の声が答える。
「まさか、あちきに対する復讐の為?」
角龍が振り返るとそこには、金髪の少女の姿をしたアリスが居た。
「お前がその姿を得る為に犠牲にした私の最愛の妻や娘の復讐を完遂する為に、私はこの娘を手に入れた!」
苦笑するアリス。
「愚かね、私は貴方達麒麟の、もう一つのブラッドオブエリキシルの血統の力で完全な不老不死を手に入れたのよ。如何なる手段をもってしてもあちきを殺す事は出来ないわ」
角龍は、堪えきれない怒りを込めて告げる。
「そうだ、私はお前を幾度と無く殺した。しかし、お前は決して死ぬことは無かった!」
余裕の笑みを浮かべるアリス。
「それで、今更その娘、自分達と同じブラッドオブエリキシル、偉大なる八百刃様の使徒の血を引く者を使って何をすると言うの?」
角龍が装置を指差して言う。
「召喚するのだ、お前を不老不死にする力の源、癒角馬様を!」
さすがのアリスもそれには驚いた顔をする。
「馬鹿な、下手な下級神より高位な存在である八百刃獣を召喚する事など、人間に出来るわけは無いわ!」
不敵な笑みを浮かべて角龍が告げる。
「人間には不可能だろう。しかし、私とその娘は人であって人では、無い! 癒角馬様の血を引く者だ。その血を触媒にし、我が一族に伝わる知識をもって召喚すれば、きっと応えてくれる筈だ!」
アリスが装置の描く魔法陣を見る。
「その魔方陣を描く為には、大量の血、それこそ致死量の血が必要ね。詰り貴方はその娘を犠牲にするのね?」
「復讐の為ならば鬼にも悪魔にでもなる!」
角龍が宣言にアリスが肩を竦める。
「あちきがそれを傍観すると?」
角龍が紅虎を見る。
「お前にチャンスをやろう。あの魔女の足止めが出来れば、キリングループの全てをお前に与える」
その一言に紅虎が笑みを浮かべる。
「その言葉に二言はありませんね?」
角龍が頷く。
「キリングループなど、復讐の為に必要だったから作っただけの会社だ。復讐を達成すれば不要だ」
紅虎は、懐から一丁の拳銃を取り出す。
「人生最大のチャンスって奴ね」
微笑む紅虎に呆れ顔になるアリス。
「そんな玩具であちきを止められるとも?」
紅虎は答えず、引き金を引く。
アリスは、溜息を吐く。
「あちきの生み出した守護の結界がある限り、物理兵器は、あちきには通用しないわ」
しかし、紅虎の放った弾丸はアリスの結界を素通りしてアリスを貫く。
「そんな馬鹿な事が……」
呆然とするアリスに紅虎が連射する。
「これは、ホワイト家の人間に賄賂を渡して譲り受けた、特殊な拳銃よ。あのエイジの防御ですら無効化出来る優れものなんだから」
慌てて回避行動をとろうとするが、久方ぶりの痛みに、その動きは遅く、紅虎の拳銃は、両足を捉え、動きを封じる。
「まだよ! 私には魔法がある!」
アリスが、老人の様な声になりながら魔法を組み立てるが、それが発動する事は無かった。
「お前の魔術を阻害するシステムをこの施設に設置している。新たに魔法を組み上げる事は出来ない。お前に残っているのは不老不死のその体だけだ」
角龍がそう告げるとアリスが顔を醜く歪めながら呪いの言葉を吐く。
「お前が召喚しようとしている八百刃獣は通常の召喚とは難易度が桁違いだ! 絶対失敗する!」
角龍は揺ぎ無い目で答える。
「この命を失う可能性もあるが、絶対に成功させる」
そして装置のスイッチに手を伸ばす。
「少し待って貰いたい」
声の方を向くとそこには、エイジが立っていた。
「主を奪回に来たか。しかし、返すつもりは無い」
角龍の言葉にエイジがその強い視線と向かい合い告げる。
「こちらも引くつもりはありません」
その言葉にアリスが笑みを浮かべる。
「残念だったな、八刃の一つ、谷走の本家の人間を相手にお前の部下では、足止めが出来まい!」
紅虎がエイジに銃口を向けるが、引き金を引く前に紅虎の背後にエイジが立つ。
「その程度のスピードでは話しにもならない」
手刀一発で、紅虎が気絶させられる。
「もはやお前に対抗する手段はあるまい!」
アリスが邪悪な顔で角龍を見下す。
角龍は、刀を抜いて言う。
「戦えば勝つのはお前だろう。しかし、時間稼ぎ位は出来るつもりだ」
「無駄な足掻きをするな、雑魚!」
アリスが勝ち誇った時、エイジが角龍に話しかける。
「交換条件があります」
角龍がスイッチに近付きながら言う。
「そこの魔女を滅ぼすまで、私は諦めない」
頷くエイジ。
「そうでしょう。ですから私があの魔女を滅ぼしましょう」
その言葉にアリスが驚く。
「貴方の敵はあの男でしょ!」
エイジが肩を竦める。
「勘違いしてもらっては困ります。私の敵は、主に危害を加える全ての者です。貴女を殺す事で主を安全に取り返せるのならば、それこそ最善の手です」
エイジを睨み、アリスが怒鳴る。
「無駄だ、人間に私を殺せはしない!」
角龍が忌々しげに同意する。
「そうだ、人の力では何をやっても直ぐに回復してしまう」
「私達は人外と呼ばれていますよ」
エイジの言葉にアリスが見下した様に言う。
「愚者が! お前等の力がどれほど高かろうと、八百刃獣の力で得た不老不死を無効化する事等不可能だ!」
エイジはアリスの方を向いて告げる。
「同じ八百刃獣の力なら可能です」
エイジが深呼吸後、呪文を開始した。
『ああ、我等が守護者、闇を走る存在、偉大なりし八百刃の使徒、我が魂の誓いに答え、その姿を一時、我に写し給え。谷走流終奥義 影走鬼』
全身を真っ黒に染めるエイジを見てアリスが驚く。
「そんな、非常識な。そんな力を人が持っていい訳が無い!」
エイジが無言で近付き、その拳でアリスの胴体を貫く。
先ほどまで、ゆっくりとではあるが全ての傷を自動回復させていたアリスだったが、エイジに貫かれた腹の傷は、一向に回復しない。
「私一人で死ぬものか!」
アリスが最後のあがきをした。
首から提げていた、ペンダントを床に叩きつけて砕く。
するとそこからは、形を持たない化け物が発生した。
「その化け物は、私が生贄にした数千人の人間の怨念を集めたものだ! 全ての生あるものを巻き添えにするまで止まらないぞ!」
馬鹿笑いをするアリス。
エイジは角龍を見て告げる。
『交換条件は守ってください』
人在らざる声に角龍は頷く。
「あの魔女が死んだ以上、私にあの娘の価値は無くなった。安心しろ、最大限のフォローを約束しよう」
そして、エイジは怨念の化け物に向かって行った。
「目を覚ましたか?」
意識が覚醒したエテーナは、目の前に居る見ず知らずの老人に戸惑う。
「私は、お前を狙っていた者だ」
いきなりの告白にエテーナが驚く。
「許して貰えるとは思っていない」
エテーナが首を横に振る。
「許します。貴方の顔を見れば解ります。本当にどうしようもないからだったんでしょう。それにもうあたしを狙わないのですよね?」
角龍は頷く。
「あの男が私の目的を達成してくれた」
角龍が指した方向には、地面に倒れるエイジが居た。
エテーナは慌てて立ち上がり、傍に駆け寄る。
「エイジさん大丈夫ですか!」
エイジは視点の定まらない目でエテーナを見ながら答える。
「私は、ここまでの様です。不甲斐ない従者ですいませんでした」
「そんな事を言わないで下さい。そうだあたしの血を使えば回復するかもしれません」
エテーナの言葉に首を横に振るエイジ。
「私は、八百刃獣の力に侵食されています。それを個人の力で覆す事は出来ません」
涙を流すエテーナ。
「死なないで!」
「悲しまないで下さい。主の為に命を捨てる。それは従者として誉れ高き事なのです」
エイジの言葉にエテーナは首を大きく横に振る。
「そんなの主であるあたしが許さない。生きなさい!」
エイジが息絶え絶えに答える。
「本当に不甲斐ない従者ですいませんでした」
エイジの目が閉じ、エイジの体が影に侵食されていく。
エテーナが振り返り、角龍を見る。
「何かエイジさんを助ける手段は無いんですか?」
角龍は少し悩んだ後、告げる。
「人の力では無理だが、あの装置を使って八百刃獣を召喚すればもしかしたら」
その言葉にエテーナが言う。
「その装置はどうやって動かすんですか?」
角龍がエテーナの真剣な瞳を見て言う。
「それはこちらでやる。君は、召喚された八百刃獣、癒角馬の説得を頼む」
その言葉にエテーナが頭を下げる。
「お願いします」
そして、角龍が装置に座る。
「そこのスイッチを押してくれ」
エテーナがスイッチを押した時、周囲の機械が動き、角龍の体を貫き、血を流し始める。
「なんなんですかその装置は?」
角龍は痛みを堪えながら答える。
「召喚の為には大量のブラッドオブエリキシルが必要だ。その為に私は、君を求めた。しかし、私の目的が達成された今、もう一つのブラッドオブエリキシルの血筋である私の血をもって召喚を行う」
エテーナが戸惑い叫ぶ。
「私も血を供給します!」
角龍が首を横に振る。
「無駄だ。二人でやっても同じだ。どちらかが致死量に達する血を流さなければこの魔方陣は完成しない」
「でしたらあたしがやります!」
エテーナの言葉に角龍は遠い目をして告げる。
「もう疲れたのだ。妻も娘も居ない世界に。すまないが妻と娘が居る世界に行かせてくれ」
何も言えなく、ただ涙を流すエテーナ。
「自殺じゃ天国には行けないよ」
その声は、入り口から聞こえた。エテーナが声の方を向くとそこには、一人の少女とその少女に従う様に立つ、金髪と銀髪の双子と思われる青年が立っていた。
少女は、一切の躊躇をせず、装置まで進み、スイッチを切る。
装置から開放された角龍が怒鳴る。
「邪魔をしないでもらいたい!」
少女は苦笑して言う。
「残念だけど、その召喚は成功しないよ」
その言葉に角龍が戸惑う。
「どういうことだ、この魔方陣が正しく働けば、癒角馬様を召喚出来る筈だ」
少女が肩を竦めて言う。
「確かに、癒角馬が、八百刃獣の世界に居れば、それが可能だけど、いま癒角馬はそこには居ないの」
意外な言葉に戸惑う角龍、エテーナが少女に詰め寄って言う。
「ならばどこに居るのですか?」
少女は銀髪の青年を見て言う。
「元の姿に戻って良いよ」
その言葉に答え、銀髪の青年の姿が、角を持つ馬の姿に変わった。
驚く角龍とエテーナにその馬が答える。
『私は、八百刃獣の一刃、癒角馬です』
その間に少女は、エイジの傍による。
「この程度の侵食だったら、どうにかなるね」
少女が軽く額を叩くと、エイジの体から影の侵食が消えた。
今度こそ声を無くすエテーナ。
そしてエイジが目を開ける。
「私は生きているのですか?」
少女は、立ち上がると怒った顔をして言う。
「貴方達、命を軽く捨て過ぎ。自分の命は自分ひとりだけ物じゃないの。そこの所をもう少し考えなさい」
戸惑う角龍とエテーナを尻目にエイジが頭を下げる。
「ご神託、心に留めさせて頂きます。聖獣戦神八百刃様」
角龍が驚愕する。
「このお方が、あの八百刃様なのですか!」
唯一事態がわかってないエテーナが首を傾げているとエイジがフォローする。
「八百刃様は、八刃が崇拝する神で、仕事の為にこの世界に降臨なされる事があるのです」
「この子が神様?」
信じられなそうな顔をするエテーナであった。
そして八百刃が奥で倒れているアリスを見て言う。
「何時まで死んだふりしてるの?」
その一言に角龍が驚く。
「まさか、傷が回復していない。確かに死んだ筈では?」
八百刃は、金髪の青年に促すと、金髪の青年も角を持つ馬の姿に変化する。
『我は、金海波様の使徒、魂角馬。お前達、麒麟の一族の祖先にあたる。癒角馬とは同じ神の欠片から生まれた者。この世界では同じユニコーンとして混同されている』
角龍が驚き、エテーナが慌てて言う。
「あたしの祖先はどちらなんですか?」
『貴女の祖先は私です』
癒角馬が答えた。
八百刃は、動かないアリスに向かって告げる。
「影走鬼の力で、癒角馬と同質の回復の力は失ったかもしれないけど、死を否定する、魂角馬の力は残っている筈だよ」
起き上がり怯えきった表情でアリスが言う。
「その力も奪うつもりですか?」
少し考えた表情をしてから八百刃が言う。
「正直、今回の件は、癒角馬の子孫が関ってたから出てきたけど、本来はあちきの管轄じゃないんだよね。そういうことで後は、任せたよ」
頷く魂角馬。
『お前は、我が血筋の人間の血を使い不正に生命の流れを歪めた。それは決して許されない。今ここにそれを是正する』
魂角馬の角が光った時、アリスの体から何かが抜け出し、それと同時にアリスが老化する。
抜け出したそれを魂角馬は角龍に向けて移動させる。
『生き返らせることは流れを歪める行為の為、出来ない。しかし、今一時のみだけならば』
そしてその光は角龍の妻と娘の姿になる。
『貴方』『お父さん』
「お前達」
その三人は何も喋らず、見詰め合った。
最後に、角龍の妻が言う。
『幸せになって下さい。それこそが私達の最後の望み』
消えていく角龍の妻と娘を見送ってから角龍が言う。
「絶対幸せになる。あの世でお前達に自慢してやろう」
その様子に涙を流しながら見ていたエテーナにエイジがハンカチを渡す。
「ありがとうございます」
「これでハッピーエンドだね」
八百刃が告げた時、アリスが縋り寄ってくる。
「八百刃様、どうか命だけは助けて下さい」
そのみっともない姿から視線を逸らす様に八百刃は角龍を見る。
「これは、どうするつもり?」
角龍は、幸せな時間を邪魔されて不機嫌そうな顔をして言う。
「もう関係ないです。好きにして下さい」
次に魂角馬を見ると、興味が全く無い顔をして言う。
『我が仕事は、流れを是正した所で終了です。そんな老婆には、触りたくもありません』
仕える神に似て、ロリコン気味な魂角馬の言葉に苦笑しながら八百刃が言う。
「貴女は不死になりたいの?」
その言葉にアリスが頷く。
「はい。どうかそのお力で不死をお与え下さい!」
八百刃が指をアリスの額に当てて力を送った。
「これで貴女はこの世界が消えるまで死なないよ」
「ありがとうございます」
アリスはそういった直後、自分の姿を見て言う。
「八百刃様、どうして老化したままなのですか?」
八百刃が笑顔で答える。
「だって不老じゃないもん。貴女はこれからも老化し続ける。この世界がある限り。多分それは、物凄い苦痛が伴うよ。でも決して死なないから安心して」
呆然とするアリス。
困惑するエテーナに癒角馬が説明する。
『あれは、重大な罪を犯したものに与えられるもので、その世界の終焉まで、苦しみ続ける罰です。あの者が千年の間に犯した罪を考えればそれでも償いきれる物ではないでしょう』
「自業自得だな」
角龍は、あっさり切り捨てる。
そして、一同は、アリスを残して、研究施設から出た。
地上に出て最初に八百刃が言う。
「さて仕事も終ったし、さっき見つけといた卵料理がおいしい店に行って。いっぱい食べるぞ」
『仕事が終ったんなら帰るぞ』
その声に驚く八百刃。
エテーナが声の方を向くとそこには白い猫が居た。
「白牙なんであんたがここに?」
その猫、白牙がエイジを見て言う。
『その者が、ヤヤにヤオがこっちに来ていると知らせてくれた』
八百刃がエイジを睨む。
「助けてあげたのに、恩を仇で返すなんて最低だよ!」
エイジは頭を下げて言う。
「すいません。絶対命令でしたので」
人の姿に戻っていた癒角馬が言う。
「なるほど、注意を引かないために、何も喋らなかったのか」
携帯を見る癒角馬に頷くエイジ。
「帰る前に卵料理食べるの!」
白牙に引っ張られながら八百刃が言うが、白牙は引かない。
『書類の山がチョモランマを超えた。本気で作業が滞るから帰るぞ』
「書類整理嫌い。現場仕事やるから、代わってよ!」
『お前がやらないと意味が無いんだ!』
空間が歪み、消えていく八百刃と白牙。
「私達も帰るぞ」
癒角馬の言葉に、魂角馬が頷き、二人も消えていく。
「八百刃様、思いっきり嫌そうでしたが良かったんですか?」
エテーナの言葉にエイジが溜息を吐いて言う。
「あの人は本気で偉い神様なのです。現場で遊んでいると周囲の世界に影響が出るので、諦めてもらうしかありません」
そして、一連の騒動は終わりを告げた。
日本のとある私立学校の前でエテーナは一枚の写真を見ていた。
「角龍さんもお元気そうですね」
写真には、ボランティア活動をして、多くの子供と触れ合う幸せそうな角龍が映っていた。
「あの方の作ったキリングループは、あの紅虎と言う女性が引き継ぎましたが、彼女にはカリスマが無かった為、空中分解。DDCの技術等を隠蔽している可能性がある為、八刃の息がかかった会社が乗っ取りました」
エイジの言葉にエテーナが言う。
「それでもあたしの血を狙う人はまだまだ居ますよね?」
頷くエイジ。
「すいません」
エテーナは首を横にふり言う。
「良いんです。血の秘密も解りました。それにあたしは、一人じゃありません。角龍さんやエイジさん、同じ様に人とは異なる力を持ちながら強く生きてる人達がいる事も解りましたから、あたしも負けては居られません」
エテーナの新しい人生が始まる。
そしてその校門には、『八刃学園』と書かれていた。