血を調べる者と血に群がる者
永世中立国スイス、そこに住む一人の学者の下に二人は訪れる
「お父さん、英志おじさんからまた絵葉書が来たよ!」
響子が帰って来た父親、鏡に絵葉書を手渡す。
「ありがとう」
手紙を受け取った鏡は、響子の頭を撫でる。
嬉しそうにする響子と一緒に食堂に向かう鏡。
「あなた、英志さんはなんて?」
暖かい感じがする響子の母親、谷走芽衣子の質問に鏡は微笑んで絵葉書を見せて答える。
「スイスからの単なる近況報告です」
確かにそこには、極々当たり前の近況報告しか書いていなかったが、芽衣子は溜息を吐いて悲しそうな顔をする。
「響子もこんなに大きくなるほど一緒に暮らしてるのに、まだ内緒にするんですね」
その言葉に鏡は、慌てて言う。
「何を言うのですか?」
芽衣子は、拗ねた表情をして答える。
「貴方の親族が単なる近況報告をする訳ありませんよ」
その言葉に鏡は諦めて言う。
「揉め事に巻き込まれたそうで、その後始末の依頼です」
芽衣子は大きく溜息を吐いて言う。
「本当に貴方の親族は揉め事に事欠きませんね」
鏡は大きく肩を竦めて言う。
「白風の次期長よりはましだと思いますが」
苦笑する芽衣子。
「五十歩百歩ですよ」
そんな日常的な会話を進めながら、暖かい谷走家の夜が深まっていく。
「お気をつけ下さい」
先に降りて、エテーナの手をとるエイジ。
「ありがとう」
そしてエテーナが駅に降り立つ。
「この町にエイジさんが言っていた人が居るんですか?」
エイジは頷き答える。
「はい。我等八刃も自らの力の維持に気をかけています。その為、血統と力の関係も調査を行っています。ここに住むハイジペータ博士がその研究の第一人者です」
エテーナが首を傾げる。
「どこかで聞いた名前ですねー」
エイジは答える。
「その筈です。日本のアニメが世界的に有名な作品の登場人物の名前を繋げたそうです。本名はかなり問題があるらしく、名乗る事が出来ないと聞いております」
二人が話している間に、一人の老人が駆けて来た。
「何時まで待たせるのじゃ! 早く研究所に来い!」
老人は戸惑うエテーナの腕を引っ張って行こうとする。
「あのーいきなりなんでしょうか?」
「説明など後で良いわ!」
強引な老人だったが、その手が激しく弾かれる。
「主を不快にするのでしたら、それ相応の覚悟をして下さい。ハイジペータ博士」
エイジの殺気にも平然とした顔でその老人、ハイジペータ博士は言う。
「お前程度の若造に凄まれた所で屁でも無いわ。とにかくこの嬢ちゃんの調査が先じゃ行くぞ!」
再びその腕を掴もうとした所をエイジが阻むと、両者がにらみ合う。
慌ててエテーナが言う。
「エイジさん、調べて貰うのですからここは従いましょう」
「主がそう言うのでしたら」
渋々ひくエイジを見てハイジペータ博士がぼやく。
「相変わらず谷走は、融通が利かないのー。まあいい、行くぞ」
エテーナ達は、ハイジペータ博士の研究所に向かった。
「取敢えず新鮮な血液の検査から始めるぞ」
ハイジペータ博士は、そう言ってエテーナから血液を抜き取る。
それを慣れた様子で受けるエテーナ。
「主、辛くありませんか?」
エイジの問いにエテーナは笑顔で答える。
「大丈夫です。慣れていますから」
そんなエテーナにハイジペータ博士は、作業を続けながら言う。
「無理をするな。体の一部が抜かれているのだ辛くないわけは無い。そいつは、お前さんと共に歩む者だ、気にせず弱みを見せろ」
エイジも頷くがエテーナは首を横に振る。
「あたしはこの位で辛いと言っては駄目なんです。この血の為、両親も死にました。あたしは、あたしの子孫の為にもこの位で負けてはいけないんです」
その言葉にハイジペータ博士がエイジを見る。
「前回とは違って良い主を見つけたのー」
何も答えないエイジ。
エイジが食事の用意をしている間に、エテーナは検査用のベッドに横になりながらもハイジペータ博士に問いかける。
「エイジさんの前のご主人様ってどんな人だったのですか?」
ハイジペータ博士は検査機器を確認しながら答える。
「何でも、ヨーロッパの貴族で、自分の血筋に高い誇りを持っていた者らしい。エイジの奴はその誇りの高さに惚れて、雇われていたらしいが、とんだ抜け作だったらしい。その事を悔やみ、エイジは真の主の相応しい人間を探して、世界中を旅していたと聞いておる」
「あたしはそんな大それた者ではありません」
エテーナの言葉に、ハイジペータ博士が振り返り言う。
「もしそう思うのなら、相応しい主になれるように努力する事じゃな。八刃の人間は例え神に逆らっても一度決めた事は覆さんよ」
戸惑うエテーナに笑顔を見せてハイジペータ博士が言う。
「奴等が主に求めるのは大それた偉業や能力じゃない。真直ぐな心意気じゃ。お前さんにはちゃんとそれがある。後は、それを曲げない事じゃ」
「努力します」
なんとか返事をするエテーナ。
その日の夕食の時、ハイジペータ博士が尋ねて来る。
「取敢えず今までの調査結果じゃが、聞くか?」
エテーナがかぶりつく様に言う。
「ぜひ教えてください!」
しかしエイジがそれを制止する。
「主、今は食事中です。食事中に重要な話しをするのは消化に影響し、主の体調に影響が出ますので認められません」
「でも」
エテーナが反論するが、エイジは妥協しない。
そこにハイジペータ博士が言う。
「もう駄目じゃよ、心配ある状態で食事しても消化能力は上がらないぞ」
頷くエテーナに解っているなら言うな的視線を向けるエイジを無視してハイジペータ博士が話し始める。
「お前さんの血、遺伝子の異常の種類は、霧流に近い物じゃったよ」
首を捻るエテーナにエイジがフォローを入れる。
「霧流は、八刃の一家です。確か、八百刃獣との混血する事で力を得た筈です」
頷くハイジペータ博士。
「通常と異なる遺伝子に因る力の発現する一族の代表とも言われる八刃の中でも色々種類がある。八百刃獣の体の一部を取り込む事で力を得た一族の場合、遺伝子の異常はある特定箇所に集約する。問題の霧流やお前さんの場合は、遺伝子異常が全体的にある。異界の超越者とのセックスでの混血が原因の可能性が高いって事じゃ」
セックスという言葉に顔を赤くするエテーナ。
「もう少し言葉を選んでください」
エイジが文句を言うが、ハイジペータ博士は気にした様子も無く続ける。
「言葉を飾った所で変わらないだろ。とにかくお前さんの血の特殊性は、先祖の異世界者との混血が原因の可能性が一番高いって事じゃ」
エテーナが驚く。
「そんな事まで解るものなんですか?」
頷くハイジペータ博士。
「通常研究機関では無理じゃろうが、ここには、異常遺伝子のサンプル等腐るほどあるからの。お前の隣に居るエイジとて、常人とはチンパンジーより遺伝子相違点がある異常遺伝子の持ち主じゃよ」
エテーナがエイジの方を見る。
「今のところ解るのは、混血の発生がここ200年以内って所までじゃの。血と能力の関係性については、これからの調査じゃの」
ハイジペータ博士が説明を終えるとエテーナが頭を下げる。
「ありがとうございます。ここまで解るなんて思いもしませんでした」
「期待していろ、これでも三強の一人、最強の鬼神の力の秘密が先祖帰りだって事を突き止めたのもわしなんじゃからの」
自慢げに胸を張るハイジペータ博士。
「よろしくお願いします」
期待の眼差しを向けるエテーナであった。
「起きて下さい、主」
深夜、エイジに体をゆすられて目を覚ますエテーナ。
「こんな夜更けにどうしたんですか?」
エイジは素早く数歩離れ、頭を下げてから告げる。
「夜更けに起こしてしまってすいません。しかし、敵の襲撃が起こりそうなので、主の安全を確保する必要がありましたので起こさせて頂きました」
本当に申し訳なさそうに言うエイジに手を振りエテーナが言う。
「そんな気にしないで下さい。でも敵の襲撃ってどういう事ですか?」
「この研究所の周りを、武装した人間と特殊能力を持った人間が囲んでいます。危険なので避難の有無の確認に来ました」
エイジは淡々と説明する。
「避難した場合、調査はどうなりますか?」
エテーナの言葉にエイジは淀みなく答える。
「八刃が即座に次の研究施設を用意すると思われますが、確実に遅れます」
そこにハイジペータ博士が来て言う。
「まーな。情報自体は常にバックアップを取ってあるが、他の研究の件もあるから、最低でも一ヶ月は遅れるのー」
「ハイジペータ博士、主の寝室に無断に入ってきた以上、それ相応の覚悟はありますね?」
エイジのそれは、どう聞いても死刑宣告にしか聞こえなかったので、慌ててエテーナが言う。
「いまは、そんな事を気にしてる場合じゃないわ。ここは重要施設みたいですが、護衛の人間は居ないんですか?」
ハイジペータ博士が首を横に振る。
「邪魔な人間は置かん主義でのー。基本的に八刃の施設に襲撃をする様な命知らずが、この業界には居ないから平気じゃった」
「詰まり、今回の襲撃はあたしが目的という事ですか?」
エテーナの質問にハイジペータ博士が頷く。
「その可能性大じゃ。でも気にするな。元々この研究所は、狙われ易いのは解りきっていた。それなのに護衛を置かなかったわしのミスなんじゃからの」
エテーナはエイジを見ると首を横に振る。
「申し訳ございません。単独ではこの研究所を護り切る事は出来ません」
続いてハイジペータ博士が言う。
「この研究所を捨てるのは、自業自得だから問題ないぞ」
エテーナが決心する。
「逃げましょう。無駄に争いたくありません」
「了解しました。それではお着替えを」
エイジがハイジペータ博士を部屋から押し出す。
「そんな事をしていて良いのですか?」
エテーナの言葉にエイジはドア越しに自信たっぷりに答える。
「主の着替えの時間も作れないほど、無力な執事ではございません」
「ありがとうございます」
そしてエテーナが着替えを始める。
着替え終えたエテーナと簡単な処理を終えたハイジペータ博士を連れてエイジは研究所の裏口から出る。
当然の如く、待ち伏せにあった。
無数とも思える銃弾がエテーナ達に迫る。
『影壁』
エイジが影の壁を生み出し、それら全てを防ぐ。
「生け捕りにするつもりはないのか?」
ハイジペータ博士の言葉にエイジは首を横に振る。
「防がれるのを前提に撃っています」
その言葉の正しさを示すように、武装した男達が接近してくる。
『影弾』
影の弾丸が、次々に男達を弾き飛ばす。
次の瞬間、炎の塊と氷の塊が同時に迫ってくる。
エテーナとハイジペータ博士を抱えて大きく横に飛ぶエイジ。
「さすがは、人外八刃だけはあるな!」
「しかし、護衛が中心の谷走など脅威にならないなー」
それらの声は、エイジ達からそう離れていない所から聞こえてきた。
エテーナがそちらの方を見ると、真っ赤な服を着た鋭い視線の男と真っ青の服を着た狂気をはらんだ男が立っていた。
「冷炎のファルードと爆氷のフリード兄弟ですね」
エイジの言葉に、青い服を着た男が答える。
「へへへ、その通りだぜ、俺が爆氷のフリードだ、よろしくな!」
「私が冷炎のファルードだ。刹那の付き合いになるだろう」
赤い服を着た男の言葉にエイジが苦笑する。
「貴方達の小細工が通用すると思わないで下さい」
その言葉にフリードがその右手に氷の矢を生み出しながら言う。
「何の事だか解らないな!」
放たれた氷の矢は空中で、増えていき、エイジに到達する時点では、二十本以上になっていた。
しかし、エイジは自分の影に手を付き唱える。
『影刀』
呪文と共にエイジの影から刀が生まれ、それを振るいエイジは、氷の矢を全て切り落とす。
「これも防げるか」
炎の球が赤い服の男から放たれる。
エイジはそれを切り裂かず、受け流して後方で爆発させる。
「腐っても人外かよ!」
不機嫌そうに青い服を着た男が言う。
「しかし、私達兄弟の攻撃を何処まで防げるかな」
次々と、炎の球を生み出す赤い服を着た男。
それをサポートするように青い服を着た男が、氷の矢を打ち放つ。
エイジは巧妙に炎の球は受け流し、氷の矢は打ち砕いていった。
「くそ決まれ!」
叫ぶ青い服を着た男に、エイジが迫る。
氷の矢を打ち砕き、後一歩で青い服の男にエイジの刃が届こうとした時、冷炎のファルードの精密な炎が、エイジの周囲に展開した。
「今だ!」
冷炎のファルードの言葉に、爆氷のフリードが巨大な氷の塊を炎で逃げ道を塞がれたエイジに放った。
「どういう事?」
少し離れていた所で一部始終を見ていたエテーナが戸惑う。
「あれがあの兄弟のトラップなんだろう」
ハイジペータ博士の言葉にエテーナが言う。
「意味が解りません。どうして冷炎のファルードって人があんな氷を生み出せるんですか?」
そう言って赤い服を着た男を指差すエテーナ。
「そこが間違ってるのじゃ。自己申告した名前が虚実で、あの赤い服を着た男こそ、爆氷のフリードなのじゃろう」
赤い服を着た男、爆氷のフリードは、高笑いをあげて答える。
「その通りだ、私こそ本物の爆氷のフリードだ。私達の名前を知っている者は、ちょっとした炎の小技と嘘で騙されてくれる」
青い服を着た男、冷炎のファルードが油断なくエテーナに近付きながら言う。
「この世界、一瞬の判断ミスが生死を分ける。この服も嘘もその一瞬の為の物だ」
エテーナの直ぐ傍までファルードが近付いて宣言する。
「ここに長居するつもりは無い。お前を奪還して直ぐにこの場を離れる」
エテーナはハイジペータ博士の前に立ち言う。
「あたしが目的でしたら、この人は関係無い筈です。危害を加えないで下さい!」
その言葉にファルードが首を横に振る。
「残念だが無理だ。我々が八刃の研究施設を襲った証人を残しては、我等の命が無い」
「証人が居なくても同じです」
直ぐ後ろからの声にファルードが青褪める。
「言った筈です、小細工は通用しないと」
後ろに立つエイジの言葉に戦慄を覚えながらファルードが言う。
「回避は出来なかった筈だ」
ハイジペータ博士が呆れたと言う顔をして言う。
「上位の谷走が影の中を移動する事が出来る事も知らなかったのか?」
「そんなふざけた技が実在するわけは無い!」
ファルードの言葉にエイジが冷たく告げる。
「だから私達は、人外と呼ばれるのです」
その一刀で、倒れるファルード。
「よくもやりやがったな!」
フリードが超特大の氷の塊を生み出し、エイジ達に落とす。
「任務を忘れて、皆殺しの技を放つ。愚かな判断ですね」
エイジは影に手を付き唱える。
『影断』
エイジの影が伸び、超特大の氷の塊を斬り砕く。
「あれを砕くなんて、こいつ人間じゃない!」
慌てて逃げ出そうとするフリードだったが、その前に現れ、エイジが一撃で意識を失わせる。
「無事で良かった」
安堵の息を吐くエテーナにエイジが頭を下げる。
「ご心配をおかけしてすいません。しかし、今はこの場を離れるのが先かと」
エテーナが頷き、ハイジペータ博士と共に研究施設をはなれるのであった。
移動中の電車の中でエテーナが告げた。
「自分の故郷に戻ってみようと思います」
その言葉にハイジペータ博士が言う。
「調査結果を待たなくていいのか?」
頷きエテーナが続ける。
「あたしが居ても早くなる事が無いみたいなので、あたしは、あたしの祖先と交渉があった、異世界者の事を調べたいんです」
「なるほどな。調査の方は私に任せて、じっくり調べて来るのじゃ。解った事はそっちの奴に伝わるようにしておいてやるからな」
ハイジペータ博士は、空き席が多いのに座らず、エテーナの横に立つエイジを指差す。
「お願いします」
エテーナは頭を下げた。
エテーナ達の動きを水晶で監視をしていたアリスが笑みを浮かべる。
「研究施設が襲われた以上、八刃も本格的に動き出すわね。本当にあの執事が現れてから面白い方向に進むわね。暫く退屈はしなそうね」
そう言いながら、アリスはエテーナが向かう、エテーナの故郷を地図で探す。
「そろそろ、あちきも動きますかねー」